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5章
14きゅん
しおりを挟む4月。
月最初の土曜日、前回と同じ甕倉市内の一番大きな公営体育館で合同企業説明会が催された。
大輝は今日もスーツを着て無難なブルー系統のネクタイを締めて、しかしハンカチだけはいつもよりお洒落というか機能性よりデザインを重視した物をポケットへ突っ込んでいる。それはお手洗いの後だとか汗をかいたときであるとか、自分を好いてくれている女性の眼前で口を拭くときであるとか…そのような時に垣間見える出番を見越してのことだった。
例によって真梨亜は前日に彼へ連絡して、待ち合わせの約束を取り付けている。
受付にて資料と記念品などが入った手提げ袋を貰いロビーで待機、大輝は
「レストランか…緊張するな」
と短く整えた爪の先で後ろ頭を掻く。
彼女の親の経営する店だと聞いてはいるがそれはつまり親御さんに面通りするということだ。交際してもないのにそんなオーディションを受けさせられるなんてとんでもないな…大輝は本来のメインイベントである企業説明会のリーフレットを開くも、企業名はつるつると滑っては脳をスルーして頭上をふよふよ漂うだけだった。
「大輝くん!おはよう!」
「あ、真梨亜さん、おはよう」
大輝は真梨亜の『挨拶』に少し警戒するも彼女は軽く手を挙げるだけに留め、
「今日も頑張ろうね。数社回って、お昼に1回合流で良いかな?」
と良い女風に仕切る。
「うん、最初はどこにしようか」
「これ、地元の大手」
「オッケー……真梨亜さん、そのスーツ、サイズ合ってる?」
真梨亜のスーツ姿は改めて見ると前回のものと違いその体型に合っていなかった。肩幅が広過ぎるしスカート丈も膝下で野暮ったくて、せっかくのスタイルを台無しにしていて勿体ない。まじまじ見ては失礼だが明らかにオーバーサイズなのだ、大輝は事情でもあるのかと他意なく清らかな心で問うた。
「え、これ?……んー、合って…ないの」
「借り物とか?」
「ううん、mainで着てるやつに今朝飲み物こぼしちゃって…予備のなの…変かな」
「いや、明らかに肩の位置が違うし袖も長いし…そっか」
「お尻がね、大きいから…そこに合わせるとwaistと着丈が大きくなっちゃうの。jacketもそう、前が閉まらないから大きめで…恥ずかしい」
ブラウスだって張り詰めてボタンが必死に仕事をしているように見える。
体型の事情だと思っていなかった大輝は
「ごめん」
と赤面して返す。
「(照れ隠しに饒舌になっちゃった…)tailormadeならこうはならないんだけど…えへ」
「そっか…僕も、胸板で測ると号数は上がるなぁ…特注できればカッコいいけどリクルートスーツにそこまでできないんだよね」
「厚いもんね…」
できればもう一度触れてみたい、真梨亜は横目で大輝のスーツの胸を確認してから目的の企業ブースへと入った。
新学期を区切りに学生たちも企業側も本気を出し始めていて、説明の最後の質問コーナーでは積極的に挙手する者も多い。大輝はといえば貰った資料に記載してある情報かホームページで済ませようという気だったので、特に知りたいことも無く「ふんふん」と他の学生への返答を参考程度に聴いていた。
はっきりとした実情は勤めてからでないと分かるまい。ただ法外なブラックでなければ良いなと担当者の健康状態などを観察する。
真梨亜もそれなりに興味深く聴き入ってリアクションをして、そうすれば担当者も気分が良いのか彼女の風貌が目を引くからか「何かありますか」と挙手をしてもないのに当てられたりした。
「よくあるんだ、目立つからとりあえず当てられるの。あたし、人の話を聴く時に相手の目をじっと見ちゃうのね、それで何か用事があるのかって思われちゃう」
「そっか」
「最低限の礼儀だと思ってやってるけど…あんまり良くないのかな」
「真梨亜さんは目力が強いからね」
次のブースへと移動して開始を待つ間、二人はそんなことを話して時間を潰す。
確かにマナーというか礼儀だとは思うが真梨亜の透明感のあるブルーアイに見つめられれば大輝だってたじたじになってしまう。まして初対面の者なら尚のことだろう。
「…あたし、恐い?」
「恐くはないよ。美人だし迫力があるのかな」
「え♡」
「僕は慣れたけど…目じゃなくて、相手の口元を見れば良いらしいよ」
「そう?変な感じしない?」
「その辺りを見ても、相手からは適度に目が合ってるように感じるらしいんだ」
「へぇ…どう?」
真梨亜は椅子に掛けた尻をきゅっと回して大輝へ向き直り、髭の剃り跡が生々しい顎を凝視した。
「…自然だと思うよ」
「そう?大輝くんは今私の目を見てるの?」
「うん。目が合ってるように感じるけど、圧は感じないよ」
「そう…心掛けてみる!」
本来これは人見知り対策というか人の目を見るのが苦手な人のための技らしいんだけどね、大輝は敢えてその辺りは黙っておく。
その成果だったのかそのブースでの説明会では特に当てられもせず、しかしニコニコと笑みながら聴く真梨亜の姿はやはり目立ったのか男性の担当者は彼女ばかり見ていたように感じた。
「(気のせいだ…外国人は目立つから…まぁ真梨亜さんは日本人だけどさ)」
別に大輝は真梨亜の恋人ではないし守るよう命を受けている訳でもない。初めての説明会では姫を守る騎士みたいな気もしたがあくまで『ごっこ』みたいなものだ。
出しゃばって彼氏ヅラするのはみっともないし嫉妬する権利なんて無い。けれど真梨亜は自分へ好意を伝えてくれたっけ…大輝は気も漫ろに席を立つ。
「大輝くん、あとは?」
「ムラタ…もう1回行ってみようかな。調べたけどやっぱ大手だし福利厚生も充実してた」
「そう、じゃああたしも」
それぞれになんて言いはしたが結局二人はその後も同じブースを周り、近くのショッピングモールのファーストフード店で昼食を摂ることにした。
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