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13章
36きゅん
しおりを挟むさて時は過ぎて8月夏休み。大輝は内々定も貰い余裕があるということで、ゼミの教授に頼まれてオープンキャンパスの手伝いへと駆り出されていた。
校内で一番新しい校舎のホールに学部・学科紹介の展示物を陳列して、教室で模擬授業を行ったり実際にパソコンを使って簡単な表を作ったりと、シンプルで実践的なプログラムを企画している。
大輝がここに呼ばれたのは単純に長机を上げ下ろしする人員が必要だったからなのだが、教授は「学科を売り込め、営業スキルを上げて是非将来に役立てろ」と上手いことを言って引っ張り出していた。
元よりそんな小細工が無くても、大輝は頼まれれば快く参加する予定だった。なのでゼミで作ったオリジナルプリントTシャツを着て、高校生を相手にパソコンの基本を教えたり表に立って呼び込みをしたりと交代しつつ昼過ぎまで無事に勤め上げた。
「やっとご飯…コンビニにしようかな…食堂かな…」
夏休み中は閉まっている食堂もオープンキャンパスということで久々の営業、しかも客引きのために少し豪華な限定メニューが出ると知っているので大輝はワクワクしつつポケットの小銭を確認した。
食堂に着いてフロアを見渡せばやはり満員御礼。
食券の券売機にも長蛇の列ができていて、大輝は2階のコンビニにしようかと悩みつつ…しかし時間は貰っているので辛抱して並ぶことにする。
「……」
地元の高校の制服がほとんどだが見たことのない学校のものもちらほら、男子も女子も春からのキャンパスライフに夢を馳せて皆キラキラと輝いて見えた。
「……えーと、今日は…お、包み焼きハンバーグか」
これは普段は見たことのないメニュー、食堂も高校生の心を掴もうと手間のかかるものを敢えて低価格で提供してくれる。
イベント事にこうして現れる特別メニューは美味しそうだし毎回頼んではいるのだが、ことハンバーグにかけては至高の逸品を知っているだけに大輝は大人しく間違いの無い『カツ丼+ミニうどん』のボタンを押した。
コスト面を考えれば仕方のないことなのだが出来合いの業務用ハンバーグはほとんどが合い挽き肉だ。物によっては鶏肉とつなぎの含有量が牛を超えているものだってあったりする。
カフェ・コンシャで食べたハンバーグの味は4ヶ月経った今でも色褪せずに舌先で再現される。やはり過去一番のハンバーグと言ったのは大袈裟などではなかったのだ。
「お願いしまーす」
「はーい、……あれ、今泉くん、ハンバーグにしなかったの?」
顔馴染みの麺類コーナーのおばさまは、食券を受け取りカツ丼用半券を返してくれる。
大輝は部門外だから良いかと
「はい。僕、ビーフ100パーセントが好きなので」
と混ざり物の多いハンバーグは好みでないと暗に伝えた。
するとおばさまは
「あら、今日のは牛100よ、赤字覚悟よー」
と腕を伸ばしお椀に入ったうどんをカウンターの台へと置く。
「うそ、すごい頑張りますね」
「そうよぉ、だからこうしていつものメニューで利益を取るわけよ、ふふ」
「それは…学食を舐めてたなぁ」
うどんを載せたトレーをスライドさせて隣の丼物コーナーへと移動する、渋い顔の大輝へ
「はい、いつもの」
とこれまた馴染みのおばさまがカツ丼を出してくれた。
食券を買った時点で券売機から厨房へ信号が飛ぶそうだ。大輝はいつもこのシステムを便利だなぁと興味深く思い、機械に動かされる人間にも面白みを感じている。
「(機械も便利だけど、最後は人だよね)」
大輝は3年ここに通ううちにおばさま方に顔を覚えられたのだ。
もちろん味が良いからここを選ぶのだが彼女たちとのちょっとしたコミニュケーションだってその理由にはなっている。ああいうのが営業力なのかな、そうすると自分は顧客に顔を覚えてもらい易くて捗ったりして、ほかほかの湯気の上がる丼を載せて、大輝は席を探した。
「ふー」
運良く団体が立ったのですぐさま座らせてもらい、高校生の若さ溢れる会話を聞き流しながら黙々と食べ進める。
彼らはこれから楽しいキャンパスライフが待っているのだ、反対に半年後にここを出て行く自分に待っているのは会社員という仄暗いトンネルだ。
別に過去に戻れたところで柔道に費やした汗塗れの日々が戻って来るだけ、でも今はそれさえも懐かしく青い彼らが羨ましい。
目的地が決まってそこに行き着くまでのモラトリアム、社会人になればまとまった休日なども無いのだから今のうちに満喫しておこう。大輝はあと半月ほど残る夏休みに有り難みを感じて胸が苦しくなった。
・
「戻りましたー」
「あ、先輩、ちょうど良いところに」
「ん?」
食べ終わった大輝が学科ブースの控え室へ入ると、後輩がパーテーションから覗いて手招きした。
「表に人を探してる男の子がいるんですけど、手掛かり知りませんか?」
「人…?」
大輝が味わったのは何とも言えぬ既視感、大学で人探し…それは春休みに真梨亜がまさにここでしていたことだ。
そしてそれだけではない、展示物の前に立っているその男子高校生の頭は軽やかな金髪で…出て行った大輝も見上げる長身のその顔の中の目は碧眼だったからなおさら身に覚えがある。
「こんにちは、あの、この辺で、カメジョ…甕倉女子大の金髪美女を彼女にしてる男、知りません?」
「金髪」
「そう、外国人の。パッと見で目立つ美人、それを連れてる男、見たことありません?」
「さ、ぁ……知らない、かな…」
これはかつて扉越しに会話した真梨亜の弟・礼央だ。大輝は瞬間ピンと来て脂汗がびやと額から吹き出す。
そうか高3だから来ていても不思議は無いか、しかし彼の目的は姉の彼氏を探すことが最優先のように思えた。
キョロキョロと大きな青い瞳を動かして周囲を探る、各所で資料やパンフレットが配られているはずだが彼が手にしているのは正門で全員貰える構内マップだけ。ある程度のアタリを付けて真っ直ぐここへ来ているのかもしれない。
だとすれば自分はあの時彼に名を名乗っている。大輝は願わくば彼がセックスに思考を奪われ、姉のボーイフレンドの名前など記憶しなかったことを期待する。
だってこんな美形男子と並んでいるだけで眩しくてオーラで消し飛ばされそうなのに、その美しい姉と仲良くしているということを知られたら、さらに自分の容姿を馬鹿にされたら立っていられない。大輝は一刻も早く逃げ去りたいと出口を横目で窺った。
「ふーん…ちなみに、お兄さん、お名前は?」
「え、あの、あー、…マ…ズミ、」
「え?すみません、もう一度…クマネズミ?」
「そ、そう、そんな感じ」
「熊鼠…?珍しい苗字ですね」
「珍しいよね、はは…」
周囲の後輩は不審そうな顔で大輝と礼央のやり取りを遠巻きに見つめ、まぁ上手く処理しているのだろうと他の作業へと入る。
「(弱ったな…嘘ついちゃったからもう戻れないぞ…)」
熊鼠こと今泉大輝は一応役割だからと礼央へパソコン作業を少し教え、器用にこなした礼央を出口まで見送ってひらひら手を振った。
「(…バレなかった…良かった…とも限らないか…どうしよ)」
真梨亜と交際を続けていればいずれ礼央と顔を合わせる日が来るだろう。その時に「あの時はよくも騙したな」となればコスタ家全体からの評価も下がるに違いない。
とはいえやはり住む世界が違うと言うか人種が違うのだ。礼央は自分より背が高いのに顔が小さくて頭身が漫画みたいだった。
大輝は乙女のようにもじもじと自身のあっさりした目元を手で覆った。
再会した時の反応は怖いがせめて真梨亜か両親がそばに居ればそこまでの悪態もつかれまい。
そして身分を隠した理由は『みっともなくて言い出せなかった』で決まり、情けないが本当にそうなのだ。
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