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しおりを挟む—おぉ、勿体ない…
酒を口で迎えるように肘の滴を舌で受け、そのままそのざらりとした感触で流れを辿り、数本重なる乾いた線をなぞる。
ジクジクと痛み、「いやだ」と述べるも止めてはくれず。
ついに男はその唇を真新しい傷の下に添わせて、絞ったものをそこで味わい始めた。
—あァ…美味いな…
ほんま、贅沢な嗜好品やで…
なかなか平和的に入手できひんから…
今、こちらは快く血を提供していると解釈されているのだろうか。
しかし振り払う力も無ければ大声を上げる気力も失せてしまっている。
だくだくと迸るわけでもないが、少しずつ滲み出る血はヴァンパイアの唇を紅く汚す。
その表情はうっとりと、イケナイ薬でもキメたかのように恍惚としていた。
—お姉ちゃん…
なんか理由あって切ってんの?
ワシで良けりゃ話聞くで
男が唇を少し浮かせ至近距離、三白眼の上目遣いでこちらへ問う。
「なんか、って」…大きな理由など無い。
嫌な事が有ったり陰鬱な心持ちの時にこれをすると、体を巡る毒素が流れ出て心身リセットできた気がしてスッキリするのだ。
半身浴で汗をかくのと同じ、辞めようと思えばいつでも辞められる。ただ動機が尽きないので辞められない。
そんな事を男へ話してやった。
—ふーん…
こっちの街は初めてやから、気付かんかったなァ
…痛いやろ
男は理由を聞いてもなお絞るのを辞めず、口の端に付いた鮮血を舐め取ってはハァハァと息を吐き鉄分を摂取する。
傷は痛い。
荒んだ心も痛い。
そんなことを露呈しているこの状況も痛々しくて辛い。
—ふィー…
こんくらいにしとくわ、お姉ちゃん。
おおきにね
男は最後に新旧の縞々をべろんと舐め手首を解放し、その口周りを舌で掃除してから、酔いが抜けた様な清々しい表情で礼を述べた。
「どういたしまして」、やっと自由になった手首の表面をティッシュで拭い絆創膏を貼ろうと立ち上がった瞬間。
そこに有ったはずの傷が無くなっていることに気付く。
—ヴァンパイアの唾はな、傷とか治せんのよ。
せっかくキレイにしたったんやから、もう切ったらあかんよ
…体は大切にせなね
手品か魔法を見ている気分だった。
見下ろす手首にはさっきまでの凹凸は無くすべすべと滑らかな質感。
傷のリセット、まさかヴァンパイアにこんな施しをされるなんて思ってもみなかった。
無意識に口元が緩み、呆れた笑い声と嗚咽、眼からは温かい涙が溢れる。
—また切りたなってもよぉ考えてな。
運動するとか、映画観て泣くとか、そっちでスッキリしぃや。
…ワシは何べんでも呑みに来れるけど…次…噛むで。
お姉ちゃんの血ィ美味かったしな。
肉が千切れたら、唾付けても治んの時間かかるで…
骨見えるから傷どころやなく痛いしな…
嫌やったら大事にしな
男はそんなゾッとする事をアドバイスしたと思うと、部屋の明かりが突如プツッと消え、目の前が真っ暗に、意識が遠のいていく。
—ほなね、お姉ちゃん。
ごちそうさん
それがヴァンパイアの去り際最後の言葉だった。
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