泥より這い出た蓮は翠に揺蕩う

茜琉ぴーたん

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12・支配、して下さい

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 そして出産から1年…水蓮すいれんは無事に職場へと復帰した。
 ちなみにだが俺と混同されると煩わしいからと入籍後も彼女は『笹目ささめ』姓を名乗っている。少しは名残惜しいのかな、なんて思ったが彼女曰く「行き違いや説明の手間を解消するための周囲への配慮ですわ」とのことだ。

「…常盤ときわチーフ、なんだかお顔が赤いですね」
「…笹目コーナー長、気のせいだよ」
 彼女の育休中の間に俺はチーフフロア長に昇格、水蓮は自主的にコーナー長に降格させてもらい仕事を調整することになった。
 そして、もうその乳首にピアスは着いていない。その代わりと言うのか復帰のお祝いと言うのか、本日ワイシャツの下の俺の乳首には水蓮の希望により例のニップルピアスががっちりハマっていた。
「何か興奮することでも?」
「してない…帰ったら覚えてろよ」
「まぁ怖い♡」
 朝礼前にそんな会話を交わして普通に仕事をして、帰宅すればご飯を作ってニコニコと出迎えてくれる…とんでもないギャップに俺は初日からだいぶん痺れている。


 そして宣言通り帰宅後、いつもの部屋にて少々の折檻せっかん、もとい愛の交感を行った。
「笹目、ッあ、このエロコーナー長が、仕事中勃っちゃったよ、」
「ひゃんッ♡あ、見たかった、ですわ」
「明日、笹目もピアス着けて来な、店内で、いじってやる!」
「やだ、店内ではダメですわ♡」
「言葉で、だよッ!」
 息子の入園に先駆けて断乳した今ではこの豊かな乳房は主に俺のもの、夜泣き中にくわえさせたりもするが授乳と言うよりは安心させるためのおしゃぶりだ。
 乳量は徐々に減ってきていて俺が夜にちょっと味わうくらい、勿体ないことだがその乳首にピアスが光る時間も段々と増えた。今はノンホールタイプで息子が求めた際にサッと外し、俺が抱く時はしっかり針を通した物を着けさせている。
「…あー、ちょっと休憩…ゔん…マジで気になって仕方なかった…」
「すみません、仕事に支障が出るならやめましょう、着けて下さっただけでも嬉しかったです」
「うん……俺は穴は開けられないけど…水蓮が着けてって言うならその時だけ着けるよ」
「ありがとうございます…ん、お可愛い乳首…」
「ひい」

 このところの俺たちはすっかり愛欲に溺れてしまっている。俺は掃き溜めから彼女をすくったつもりだったが、反対に彼女の磨き上げられた性技に引き摺り込まれどっぷり状態だ。
 ちなみにというか様々なことを経験しているだろう水蓮にも地雷はあるようで、それはこちらからの口淫、つまりはクンニリングスだった。
 同棲時代に試したところ宇宙人を見るような目で睨まれて、これまでに無い拒否と嫌悪と少々の罵倒…「やめて下さい。無理です、こんなことをなさるなら私はここ最上階から飛び降ります。汚らしい…私の体もですが、なさろうとするその気持ちが分かりませんわ。神経を疑います」とフェラチオ好きな自分のことは棚に上げて随分な言われようをした。
 「愛しいから丸ごと味わいたい」と言えば刃物を持ち出しそうだったので諦めた。
 どうも超えられないラインというものは人それぞれなのだなと興味深い出来事で…しかし「俺が君のピアスを見た時もなかなかの衝撃だったけどね」、と訴えないのは俺が思慮深い大人だからなんだろうなぁとそういうことにしている。

 ところで彼女の過去についてだが、俺は普段の生活でひじり氏の名前を出したり過去を尋ねたりもしない。そして彼女もかのご主人様の名を口にすることは無くなった。
 命日に静かに空へ手を合わせただけ、引っ越し時点で遺骨も遺影も全て後見人を通してあちらのファミリーへ返しているからだ。
 実は入籍のタイミングで、水蓮は後見人に対しこれ以降の聖氏由来の金銭を一切放棄すると宣言し手続きをした。
 これまでに溜まった分は遺言通り頂くとしても今後関連の無い家賃収入などは貰えない。これをずっと享受していては聖氏からの呪縛が解けないようで辛かったそうだ。
 正直金が水蓮に流れ続けるのは痛かったのだろうか向こうさんもあっさりと了承してくれて、『手切金』の名目で結構な額の餞別せんべつを包んでくれた。
 人身売買の件を水蓮が口外しでもすれば各界の要人の座が危うくなり組も危ないとのことで、口止め料と慰謝料も兼ねているらしい。そしてその口止めはもちろん俺に対してもで、「貴方が水蓮さんをしっかり管理すること」という半ば脅しにて首を縦に振らされた。
 わざわざ俺に真実を告げなければ良かったのにと思ったが、病状が重くなった聖氏は以前のような勢いや威厳を保てなくなり、聖氏を盲信していたこれまでとは違い水蓮にも疑念が生まれ始めたようで…洗脳はいずれ解けると後見人たちも準備していたそうだ。
 ただでさえ昼間は一般の社会で暮らし世間の価値観や恋愛観を見聞きしてしまう。そして聖氏が入院などして留守がちになれば段々と無条件で慕っていた心が揺らぎ、それをリカバーするために帰宅したらべったりとくっ付きを与えていたのだという。
 そして転勤して来た俺と出逢い、水蓮はまとう雰囲気が監視の目から見ても変わったらしい。その頃から彼らは俺の周辺を嗅ぎ回り相応ふさわしいかリサーチを重ねていたとのことだ。

 洗脳を続けられるほど影響力のある人間が他には居なかったから、正気に戻って過去を思い出した時のことを考えた。反社会的勢力への警察のマークはひと昔前より格段に厳しくなっているし…水蓮を母親のように消してしまうなど余程のことでなければできないのだろう。
 一般社会に馴染んでない夜職の嬢ならある日突然忽然と姿を消しても大ごとになりにくいのかもしれない、それを考えると一部上場の業界大手に勤めておいて良かったなぁと思わなくもない。欠勤して連絡不通になれば上司が警察を動員して自宅まで来てくれるように管理職フローが作ってあるし。

 そして俺がもうひとつ約束させられたのは水蓮の過去を次代、つまり子供へ伝えないこと、俺と水蓮の胸の内だけで伝承させず消滅させることだ。
 俺たちがマンションを出たら後見人たちはそこにあるもの全てを然るべき処分にかけ、水蓮は自分の給与で買った洋服や化粧品などの身の回り品のみ持ち出して今の家へ移らされた。
 書架にあったファイルなどは燃やしたのだろうか、水蓮たちを可愛がったあの部屋も玩具も全て消滅した。日々薄れゆく聖氏の記憶だけが彼女たちの心の奥底で生きて、それもいずれ消えてゆく。
 ちなみに立場上なのか知らされなかったのか、聖氏の葬儀に養女たちは誰ひとり姿を現さなかったらしい。
 その代わり彼女たちのから香典がたんまり届いた、これもひとつの口止め料だったようだ。

 せめて彼女たちも幸せであれ、部外者の俺はそんなことしか願うことができない。
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