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エピローグ・憎くて愛しい
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しおりを挟む帰りの車内で息子はくたっと寝てしまい、彼用に流していたアニメ音楽を消して夫が口を開く。
「水蓮……あっくんに見つかったのは…聖さんに貰ったニップルピアスか?」
「…はい」
「…まだ大切か?」
「違います、自分で買ったものや拓朗さんに頂いたものとは分けて…これに入れてたのを…あっくんが見つけて…」
バッグから出したマスコットをチラッと見た夫は見覚えがあったのか鼻からため息を吐き、信号が赤になると手に取りふにふにと外から中身を確かめた。
「そうか…」
「これだけなんです、他のものは棄てました、マンションに置いて来たんです。でもここに入れてるのを忘れていて持ち出してしまいました…すみません」
「謝ることじゃない…でもわざわざ持ち歩くのは妬けるね」
「…あの、棄てようと思って咄嗟にバッグへ入れてしまって…でも海はゴミになるし…ダメですよね」
「うん。それをゴミだと思うならゴミ箱に捨てなさい」
そのピアスはファーストピアス、大きなストーンが両端に付き肌に優しい素材のもので穴が定着してしまえば不要な…ゴミと言えばゴミだ。しかしそれを私が保管していたのだから夫としては気分が良くないだろう。
私は親に捨てられ過去も捨てた、記憶を改竄してまで養母と過ごした人生を正当化していた。夫は全てを知った上で私と一緒になってくれた、その彼の前でこんなピアスを持っていること自体が裏切り行為である。そしてこれを捨てることが一種の踏み絵、今一度夫への忠誠を誓うことに繋がるなら是非にでも見届けて欲しくなる。
「……あの、」
「思い出だと思うなら持って帰っ」
「違います、ゴミです‼︎……っと…」
声を荒げれば後部座席で息子がビクッと肩を疼かせた、しまったと背中を丸めて夫を窺うと大きな手が伸びてきた。
「っ……?」
「…水蓮……ふー…久しぶりだね、聖さんの話をするのは」
夫は手の甲で私の首筋をすりすりと触り、天然パーマの毛束を摘んで指先でねじねじと弄る。
そして信号が青に変わると手をハンドルへ戻してまた鼻からため息を逃した。
「…拓朗さん、どこに…捨てたら良いんでしょうか」
「それ、素材は?」
「チタン…でしょうか、一番最初の…ファーストピアスだったんです」
「…まだ…残ってたんだな、憎いねぇ」
「…すみません」
「謝るなって……クリーンセンターに持ち込もうか、金属ごみだから」
夫は車線を変更して山側へ、市のごみ処理場方面へと向かうらしいことが分かりその覚悟に胸が騒めく。
「…はい」
「…長らく水蓮のお守りだったんだよな、でももうお役御免だ。お焚き上げみたいなもんだよ」
「…就職してからも…フロア長になってからも、持ち歩いてました。チェーンの所が綻んだので外して…ぬいぐるみとして部屋に置いて…」
「うん、知ってる…30過ぎてもカバンにキャラクターのマスコットなんか吊り下げてるから印象的だった」
私のことをそんな風に見てらしたのね。
何が悪いのよとばかりに
「この子は悪くありません」
とマスコットを胸に抱けば
「まぁね」
と夫は苦笑した。
数分走って処理場に着き、私はカウンターで持ち込みごみの受付をしてもらう。
係員のおじさまは「これ?」と受け取った小さなピアスを握って同じ金属のゴミ山へポイ、実にあっけない最期だった。
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