泥より這い出た蓮は翠に揺蕩う

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
48 / 49
エピローグ・憎くて愛しい

48

しおりを挟む

 帰りの車内で息子はくたっと寝てしまい、彼用に流していたアニメ音楽を消して夫が口を開く。
「水蓮……あっくんに見つかったのは…ひじりさんに貰ったニップルピアスか?」
「…はい」
「…まだ大切か?」
「違います、自分で買ったものや拓朗たくろうさんに頂いたものとは分けて…これに入れてたのを…あっくんが見つけて…」
 バッグから出したマスコットをチラッと見た夫は見覚えがあったのか鼻からため息を吐き、信号が赤になると手に取りふにふにと外から中身を確かめた。
「そうか…」
「これだけなんです、他のものは棄てました、マンションに置いて来たんです。でもここに入れてるのを忘れていて持ち出してしまいました…すみません」
「謝ることじゃない…でもわざわざ持ち歩くのは妬けるね」
「…あの、棄てようと思って咄嗟にバッグへ入れてしまって…でも海はゴミになるし…ダメですよね」
「うん。それをゴミだと思うならゴミ箱に捨てなさい」

 そのピアスはファーストピアス、大きなストーンが両端に付き肌に優しい素材のもので穴が定着してしまえば不要な…ゴミと言えばゴミだ。しかしそれを私が保管していたのだから夫としては気分が良くないだろう。
 私は親に捨てられ過去も捨てた、記憶を改竄かいざんしてまで養母と過ごした人生を正当化していた。夫は全てを知った上で私と一緒になってくれた、その彼の前でこんなピアスを持っていること自体が裏切り行為である。そしてこれを捨てることが一種の踏み絵、今一度夫への忠誠を誓うことに繋がるなら是非にでも見届けて欲しくなる。
「……あの、」
「思い出だと思うなら持って帰っ」
「違います、ゴミです‼︎……っと…」
 声を荒げれば後部座席で息子がビクッと肩をうずかせた、しまったと背中を丸めて夫を窺うと大きな手が伸びてきた。
「っ……?」
「…水蓮……ふー…久しぶりだね、聖さんの話をするのは」
夫は手の甲で私の首筋をすりすりと触り、天然パーマの毛束を摘んで指先でねじねじといじる。
 そして信号が青に変わると手をハンドルへ戻してまた鼻からため息を逃した。
「…拓朗さん、どこに…捨てたら良いんでしょうか」
「それ、素材は?」
「チタン…でしょうか、一番最初の…ファーストピアスだったんです」
「…まだ…残ってたんだな、憎いねぇ」
「…すみません」
「謝るなって……クリーンセンターに持ち込もうか、金属ごみだから」

 夫は車線を変更して山側へ、市のごみ処理場方面へと向かうらしいことが分かりその覚悟に胸が騒めく。
「…はい」
「…長らく水蓮のお守りだったんだよな、でももうお役御免だ。お焚き上げみたいなもんだよ」
「…就職してからも…フロア長になってからも、持ち歩いてました。チェーンの所がほころんだので外して…ぬいぐるみとして部屋に置いて…」
「うん、知ってる…30過ぎてもカバンにキャラクターのマスコットなんか吊り下げてるから印象的だった」
 私のことをそんな風に見てらしたのね。
 何が悪いのよとばかりに
「この子は悪くありません」
とマスコットを胸に抱けば
「まぁね」
と夫は苦笑した。


 数分走って処理場に着き、私はカウンターで持ち込みごみの受付をしてもらう。
 係員のおじさまは「これ?」と受け取った小さなピアスを握って同じ金属のゴミ山へポイ、実にあっけない最期だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...