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しおりを挟むあれやこれやと忙しくしている間に月日は流れ。
出産から10年…つまりは裕大くんと別居して10年。私たちの子供は10歳になろうとしている。
「沙耶ちゃん、今日は泊まって良いかな」
裕大くんが、キッチンで振り返る。
彼は今日、子供との面会がてら私の家に遊びに来ていた。
子供は裕大くんのことを"母の彼氏"だと認識しており、まさか自分の本当の父親とは想像もしていないようだ。たまに「裕大くんがお父さんになってくれたら良いのに」と私に言ってきたりする。
産後はバタバタして、子に会わせたのは百日祝いの日が初めてだった。なんとなく遮断していたがうちの母と祖母にも会ってもらい、皆でお宮参りもした。
私個人で言うと、裕大くんへの恋愛感情はしばらく沸かず…しかし「別れよう」と決定的な言葉はどちらも発しなかった。付かず離れず、彼の仕事が忙しくなったことで会える時間が取りにくくなり、しかしこまめに連絡を取って今に至る。
40歳を超えた私は彼に限らず誰に対しても性欲というものが果ててしまい、裕大くんとは友人くらいの感覚になっていた。彼は私を恋人と認識してくれていたので他の女性に靡くこともなく、良い感じに歳を取りナイスミドルになっている。
会う度に男前になる裕大くんにドキッとはしないものの、少しずつまた距離を縮めつつある。
さてお泊まりの可否を尋ねられた私は、
「え、ソファーで大丈夫かな?」
と寝室には入れないことを暗示した。
子供は自分の部屋で寝るのだが、ホイホイと寝所を彼と共にする気は無い。
裕大くんは動じず「OK」とハンドサインだけで応えた。
子が寝静まって、私は裕大くんに掛け布団などを準備して手渡した。
彼は就寝時間直前まで子供と遊んでくれて、その光景はまさに親子に違いなかった。
「沙耶ちゃん、僕と…恋人に戻ることは考えられない?」
裕大くんは控えめに尋ねる。
関係自体は降りてないからまだ私たちは恋人関係ではあるはずだ。彼が示唆しているのは、肉体を含む愛し合う関係に戻れないか、ということだろう。
「…裕大くん、私、その…性欲とか枯れちゃってさ、何かしようとか思えなくなっちゃったんだよね。もう良い歳だしさ、恋愛って柄じゃないかなって」
「体だけじゃなくて」
裕大くんは布団をソファーに置き直して、私の手を取った。
「……」
「老後の、パートナーとして…一緒に過ごせないかな」
「…また、同居するの?」
もうイライラするのも見るのも嫌なのだが、彼は首を横に振る。
「最終的にはそれでも良いし、アパートの隣同士に暮らしても良い。沙耶ちゃんは、僕の子供を産んでくれた大切な人だから…生活の保障をしてあげたいんだ」
「…うん?」
「僕の稼ぎを、子供と沙耶ちゃんに遺したい。そういう…契約を結びたいんだ」
「契約って、そういう制度的なことは苦手だから結婚しなかったのに」
私が眉を顰めれば、裕大くんは困り顔で笑う。
「言うと思った。なら、ビジネス的な…何かをしてもらった対価として資産を分けてあげたい」
「…例えば?」
「1日1回、顔を見せてくれるだけで良い。挨拶をして、近況を話して…電話でも良い。それだけで良いんだ」
私は彼の資産を狙ってはいない。だから彼の提案は面倒というか、本当に奉仕作業みたいになるかもしれない。
でも元々は話が合って、楽しくて価値観を共有できたから仲良くなったんだよなぁ、私はともかく子供へのお金だと思えば受け取りやすいか。
「それで…裕大くんが納得できるなら…子供のためにお願いします」
「ありがとう。遺言書ももちろん書いておくつもりだけどね、僕が先に逝くとは限らないじゃない。だったら生きてるうちに、沙耶ちゃんたちに渡したくて」
「もしかしてどこか悪いの?」
「そんなことないよ、僕も性分が変わったんだ」
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