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能事畢矣—のうじおわれり—
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しおりを挟む「彼の当選時の挨拶回りの時に会ったろう、雰囲気が…話し方も似てると思ってね、君と彼の奥さまは。城廻くんと馴れ初めなんかの話をしているうちに…もしやと思ったんだ。名前を聞けば、それもよく似ていて…失礼を覚悟で尋ねたんだよ。『聖さんという知り合いはいるか』と」
聖、それは私の養母の名だ。
私たちは幼い時に彼女の名を頂き、『聖』の字が付く名前に改名しているのだ。
「そうですか……それで、城廻さんはお悔やみの件は何と?」
「人を雇って、ポストに投函してもらうそうだよ」
「…大丈夫でしょうか」
「たぶん…ね」
「……」
優しく笑う先生を見ていると、養母への弔いとこの人の未来とどちらが大切なんだろうと思い始めた。
裏社会の大物の死というトピックに、もしその筋の雑誌記者などが張り付いていたら。
表社会で取り沙汰されない話題でも、国会議員が関わっているとなればセンセーショナルなニュースになる。
私の過去のために、先生の人生を危険に晒す訳にはいかない。
「先生、お悔やみは出しません」
私は毅然と言い、先生のスマートフォンの画面から先ほどの通話履歴を削除した。
「…良いのか?」
「こういうのは気持ちですから。宗派も分かりませんが、近くのお寺にでも参拝して手を合わせておきます」
「聖美が良いなら、それで良い」
「先生の晩節を汚す訳にはいきませんから」
先生の懐に顔を擦り付けて、しばし黙る。
先生は私に母性をお求めだが、私は私で先生に父性を感じることが増えて来ていた。
「よしよし」
温かい手、憶えていない実父よりきっと頼もしく優しい手。
過去をひとつ捨てて、自然と涙が溢れる。
「…先生、先生は…ずっと傍に居て下さい」
「聖美が、僕の傍に居てくれるなら」
「おりますわ、先生…」
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