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私は天川和都、この8月で28歳になったばかりのアラサー女である。
職業は専門学校の事務員で、地元・群馬県は前橋市で最大手の福祉系専門学校で、あくせく働く日々だ。
そんな私が、生徒さんも帰った夕方、終業も押し迫った頃合いに…人気の無い資料室で、後輩くんからどうしてか尋問を受けている。
「和都センセ、ねぇ、生徒さんに色目使っちゃダメだって、言ったよね、上に報告しちゃうよ?」
遥か天井に近い所から降りて来る声は、私を脅す。
身の丈188センチの大男の名は熊倉傑、今年4月に配属されたばかりの私の後輩である。
無邪気で意地悪で、私以外には外面が良い。彼目当てに事務室を訪れる生徒さんもいるくらいのイケメンさんだ。
「色目なんて、そんなことしてない、」
「嘘、ニコってしてた、書類受け取るだけなのに」
「あう」
力強い指でフェイスラインを掴まれて、無様な声が漏れた。
背中にはファイルを並べた書架、頻繁に使う資料なので埃も積もっていない。
その書架に追い詰められ、顔を掴まれ、
「お仕置き、しちゃおっかなぁ」
などと凄まれて…私は
「やべてぇ…」
と涙が溢れた。
私は泣き虫で、脅されれば簡単に涙腺が崩壊してしまうのだ。
「やだ、センセ泣かないで」
飴にも感じない仄かな優しさで、彼は私から手を離す。
しかし強引にスラックスの膝を私の脚の間に捩じ込んで、私を書架へ磔にしてしまった。長い股下だから膝も高い位置にある、その膝は故意か必然か私の股間スレスレを射抜いている。
「あの、許して、」
「そんなに怯えないでよ、俺が虐めてるみたいじゃん」
「ご、めんなさ…」
「センセ、笑って」
「へ、えへへ…」
それなりにイケメンな顔が至近距離に、私は目を逸らして口だけ笑う。
酷いことをしないで欲しい、目先の無事を請うための嘘笑いだ。
「うん、可愛い…和都センセ」
その口を塞ぐように、薄い唇が重なる。
わざと音を立てて、舌を吸われる。わざと垂れるように、口を開けて涎を満たす。そしてわざと、逃げられるように、私の腕は拘束されない。
「(逃げたって、追われるだけ…)」
「センセ、ベロ出して、俺の吸ってよ」
「あむ…」
「センセは俺のだよ、他の男なんか見ちゃヤダよ、酷いことしちゃう」
「やべ、で…あム」
私は彼と交際もしておらず、このキスもハグも心から合意してはいない。彼から私への執着はダダ漏れで、しかし私は恋人として彼を受け入れてはいない。
けれど完全に嫌いとかそこまでではなく、でも満更でもないとかいう訳でもなく。
ともかく私と彼は勤める前から縁があって、こうして絡まれるのだ。職場においてこんなことをされるのは悪質で、陰湿で、然るべき機関に訴えるべき事案である。すぐにでも廊下に駆け出して、他の職員に「助けて下さい!」と縋るべきなのである。
なのに、
「(今日、激しい…)」
悔しいがうっとりと、体を任せてしまっている。
好ましくない、でも拒むのを諦めている。
「…センセ、ねぇ、そろそろ考えてよ…ホテル行こ、エッチしようよ」
見つめないで、負けてしまう。溢れ出るオーラ、迸るリア充感。彼は華やかで明るくて、対して私は地味で目立たない。
それなのに彼は私にこうしてしつこくアプローチを仕掛けては、私を泣かす。
「やめて、ってばぁ…えぐ」
「そんなに泣いたら、もう事務室帰れないよ」
「だって、熊倉さんが……、」
ぽろぽろと涙を落として細やかな反抗をしてみるも、キッと睨まれて黙ってしまう。
私は彼より5歳も年長で職場でも先輩なのに、勝てない。それは体格差があるからとか暴力が恐いからとか、そういうものではない。
「センセ、二人っきりの時は、どう呼ぶんだっけ?ん?」
33センチ上空からの尋問は、圧迫感がありつつも甘い。
頬に手を当てられた私はその甲に自分の手を添えて、
「傑くん、意地悪しないで…」
と、許しを請う。
私は事務員であって、講師ではない。
なのにどうして傑くんが私を"センセ"と呼ぶかといえば、私は元々、彼の家庭教師をしていたからだ。
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