好き、やねん

茜琉ぴーたん

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So I am.*

So I am.

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 鳥のさえずりさえももう聞こえない、朝と呼ぶには遅すぎる二人の寝覚めの時。
 「おはよう」のやりとりさえもいつしか消えた、もしかしたら最初の朝から交わしていなかったかもしれない。
 せっかくの休日だから何か実りのあることをしたいけれど、私の隣に涅槃ねはん像の如くでんと横になった彼のまぶたは一度目が合ったきり閉じられてピクリとも動かない。
 下手に起こして機嫌を損ねるのも恐いので、私は先にお手洗いへと立った。

 どこかに出掛けようか、それとも移動ばかりで疲れている彼を労って家で過ごそうか。
 そんなことを考えつつ顔を洗ってキッチンへ向かうと冷蔵庫の前では先程の涅槃が大きく伸びをしていた。
「うわぁ」
「んー…あー、よう寝た」
「お、おはよ…」
「うん」
 やっぱり挨拶は返って来ない。これに損も得も無いけれど先に発したこちらが負けた気分になるのがなんだか悔しい。
すぎちゃん、もう10時やし朝ごはん我慢して、どっか出掛けて昼ごはん豪華にせぇへん?」
「ん?んー…んー」
「行きたない?」
「んー…いや、ええよ、どこにしよ」
「駅前まで出よか」
「んー」
「もう、行きたないなら言うてよ」
「行くよ、着替えるわ」
 超短髪の頭というかもはや頭皮を大きな手の平で撫でて「くあぁ」と欠伸あくび。こちらの提案に否定こそしないものの心の底からの同意ではなさそうなのがモヤモヤする。

 私は着替えて基本的な化粧をして、Tシャツを替えただけで支度の済んだ彼にスマートフォンの画面を見せた。
「ほらここ、この前テレビで特集しててん。洒落てるけど安くて美味しいねんて、ここでランチしよ」
「うん」
 一瞥いちべつしただけでスマートフォンを返して洗面所へと向かう彼は疲れと言うより怠そうで、しかし
「家で寝とく?やめよか」
と尋ねると
「行くって」
と水浸しの顔を鏡越しにこちらへと向ける。
「…やる気が感じられへん」
「やる気はハナからあれへんよ、基本俺は家で何でも済ませられんのよ。それをお前に合わせる言うてんねんから立派なもんやろ」
「せやけど…行きたないのを引っ張り出すんはちゃうやんか」
「ひつこいな、行きたい、行きますー」
 顔をがしがし拭いてヒゲも剃らずに私の横をすり抜けてまた寝室へ、適当に選んだ靴下は私の部屋に置かせてあげているものだ。
「おい、準備できてる?行くで」
「うん…」
 靴を履いてまた欠伸、これはもう私のワガママに付き合ってくれているという意識から来る生理現象なのだろう。

 彼はいつもこうだ。何でも提案するのは私でそれを拒まず受け入れてくれるだけ。それが上手くいっていると言えばそうなのだけど、私ばかり張り切っているようで虚しい時もある。
 男の人はそういうものなのかな、拒否されないんだからまだマシなのかな。でも時には率先して動いてくれても良いんじゃないかななんて思う…これはワガママなのだろうか。
「…なぁすぎちゃん、うちと付き合うてて楽しい?」
「楽しなかったら別れてるよ」
「楽しいかどうか聞いてんねん」
「楽しいですー」
 それは本心?それともこの場を収めるための方便?この調子だといつ心変わりされてひょいと目の前から居なくなっても引き留めることもできない。
 もっとももう私に気が無かったりして、惰性で相手されてるんなら哀しいな、
「…うちばっか好きな気ぃがすんねんな」
とボヤけば彼はそれっきり駅前までだんまりになった。

「……」
 もうすぐ目的の店だけどこのまま食べても美味しくない。良いランチを食べるんなら話の分かる友人と来た方が思い出にも残るし、お高めのお金を払う気にもなるというものだ。
 どうせ割り勘だしハッキリさせようか、私は店の手前の路地で立ち止まる。
「ねぇ杉ちゃん、うちが告白したから杉ちゃんは付き合うてくれてて、別に好かれてへんけどご飯作ったりエッチしたり上手く使われてる気ぃがする」
 結局言いたかったのはそこ。適当に機嫌を取るだけで利用できる家政婦&性処理役…そんな不名誉な役割を担わされているのではないかということだ。
 私の不機嫌は伝わっているはず、彼はこれまで通りなあなあで丸め込みに来るのかと思いきや、
「…自分、そない偉そうに言える身分やの?」
と高姿勢で睨まれた。
「は?」
「『上手く使う』て、お前そないええ具合してんのか、て」
 あーけなされてる、昨日の夜だって私で満足したくせに、何度も「気持ちええ」って呟いてたくせに。
「…少なくとも、うちの体で気持ち良うはなってるやろ」
「まぁな、でもお前やのうても世の中気持ちええことはようさんあんねんで」
「…うちやなくてもええってこと?」
 怒りで手が震える、そりゃお金を出せば風俗にだって行けるしその気になれば出会いはあるし不自由はしないでしょうよ。でもそれだけじゃないから交際するんじゃないか。
 そりゃあ私じゃなきゃ駄目になるようなとびっきりスペシャルな技も技術も無いさ。
 ここまでコケにされて一緒に居られないと目線を落とせば、
「阿呆、お前でのうてもええのに付き合うてるんは何でか、ってことやろ」
と彼はナゾナゾか禅問答のようなことを始めた。

「はぁ」
「他がおんのにお前と一緒に居るんは何でか、って」
「…まどろっこしい…うちのことが好きやから付き合うてんねんな、せやな?」
「好きやなかったらとっくに別れてるよ」
 それで論破でもしたつもりか。ポケットの煙草を触り喫煙所を探すその頭を叩いてやりたい衝動に駆られる。
 しかし彼は喫煙欲を治めたのか諦めて辺りをキョロキョロと見回して、鼻からふすーとため息を吐いた。
 また私の駄々で済んでしまうのか、私は間違ったことを言っているか。
「しやから、はっきり言うてくれりゃええのに!」
と声を張り上げると少し広角を上げて
「そんな明文化を求める女は嫌いやなぁ」
とやれやれ顔をかまされる。
 脳と心臓の血管が切れそうで顔面崩壊の時も近い。私はバッグで彼の腹を殴りつけて来た道を引き返そうと背を向けた。
「いて」
「あっそう…ほなもう…ええわ……あっ」
 けれど掴まれた腕に一縷いちるの期待、気丈な表情を作り振り返ると彼はアゴで店の方を示し「ん」とそれを振る。
「なんよ」
「ランチタイム、始まったで」
「はぁ」
 まだ私と食事を共にしようと思えるのか、どういうつもりなのか。それとも何も考えてなくて空腹に思考を乗っ取られているのか。
 全く真意が読めない。まぁそれは今に始まったことではないから気にしないけども。
 掴んだ腕を一向に離す気配が無いので、私は半ば引き摺られるようにしてお目当てのちょっぴり豪華なランチ店へと入り昼食を摂るのだった。


「美味しかった?」
「んー、うん」
 食後の感想だってこうだ、なんとも報われない。
 不味くたって会心の出来だって反応は同じ、「おかわり要る?」と聞けば「うん」と皿を差し出すのだ。
「なんで素直に『美味しかった』って言われへんの」
「不味かったら終いまで食わへん」
「嘘や、杉ちゃんはどんな不味いもんでも食べるやんか、……そういうとこ好きやねん…」
 生焼けのお好み焼きだって濃すぎたサバ味噌だってペロッと食べて不平は言わなかった。怒られるより気が楽だけど同時に無関心が寂しくて…でも空になった皿を見れば嬉しくて。
 そして挽回のチャンスを与えるように「この前のアレまた食べたいわ」などとリクエストをくれるのが優しくて、そういう彼の寛大なところが好きなのだ。
 さて私の訴えは何か心に響いたのか、彼は
「……美味かった」
と珍しくランチを讃えてグラスの水を一気した。
「…良かった」
 家に帰ったらまた重い空気になるのかな、晩御飯まで居るのかな、だったら何を作ろうかな。
 悶々と考え込んで伝票を掴むと「ん」と彼が財布ごと渡して席を立つ。これは先に喫煙するから払っておいてということか。先払い後払いはよくあることだけど財布ごと任されたのは初めてだった。
 ここから全額出して良いのだろうか、良くないよね、文句を言われると面倒なのできっちり割り勘にして店を出る。


「杉ちゃん」
「ん、」
 路地を入った所にあった喫煙所で彼は体を小さくして煙草をふかしており、財布を返すと黙ってジーンズの後ろポケットへと挿す。
 手持ち無沙汰なので他の店でも見ようかと離れると、彼は「おい」と手招きして立ち上がり私に掛からないように煙を空へ吐いた。
「お前さぁ、『ハッキリ言え』とか言うけどさぁ、お前も言わへんよな」
「え……なに、」
 まさかの逆襲か。
 わりかし要望は伝えているつもりの私は、彼の厚いまぶたがゆっくり上下して瞳の焦点が自分に合うとぴたと体が固まり動けなくなる。
「セックス中に『気持ちええ』のひと言もあれへん。それどころか喘ぎ声すらあげへん、どういうこと?」
 何を直訴されているのか。声を抑えもしないもんだから2メートル向こうで吸っていたお兄さんがゲフンゲフンと煙にせた。
「なっ…何言うてんの、外やで」
「知ってるけど。…ハッキリ言われな、俺かて不安よ、ちゃんと出来てるんか」
「分かった、家で聞くから」
 こんなやり方は卑怯だ。私があたふたと周囲を気にするも彼は火のついた煙草を消す素振りも見せず、先程のお兄さんだってチラチラこちらを窺っている。

「先に帰るからな!」
 胸をぱしんと叩いて来た道をひとり戻る。
 それなりに早足で歩いたつもりだったが、すぐに煙草を吸い切った彼が大きな歩幅で追いついて来た。
「見つけた」
「……信じられへん、どういうつもりやの」
「言うたまんまよ。お前はセックス中に感想を言わへん。俺がどんだけ腰を振ろうが、返りがあれへんから気持ちが分かれへん。俺がそこそこ高収入やから付き合うてんのか、打算があんのか、分かれへん」
 それは彼なりの悩み、営みの度に「これで良いのか」と気持ちを疑っていたと言うのだ。
 そうは言われても私はセックス中に声が出せないタイプなのだ。興奮で頭がいっぱいになって言葉による感情表現は最中どころか事後でもしない。
「無い、んなもんあれへん…声は…出されへん…分かるやんか、顔とかで」
「分かれへんわ。明文化してくれな分からんわ」
 同じ立場になって考えろと質問返ししてきているのか。自分が投げたことがブーメランとなってグサグサ心へ刺さって痛い。
 伝わってると思っていた、理解してくれていると思っていた。
 私は彼の言葉を借りて
「……気持ち良うなかったら、エッチなんかせぇへんわ」
と返すも、
「は?『俺とが気持ちええからエッチしてる』やろ?なんでちゃんと言われへんねん、俺かて自信失くすわ」
と腰を抱かれた。
「きゃ」
「俺がきちんと伝えたら、お前も同じだけ返せよ?」
「なに」
「素直になったろやないか」
「え、え、」

 そこから彼は歩幅をもっと大きくして二人三脚のように私をリードして家まで歩き、玄関を入れば私を抱えて寝室へと運び込んだ。
 そして私が喋れない分だけ余計に口を動かして…私を抱いた。
「おー……うん、こんだけギチギチにする癖に、『気持ちええ』って言わへん」
 良くなかったらセックスなんてしない、繰り返し抱かれたりしない。
「ん?なに?喋られもせん癖に、なんでそない強気でいれんの、なぁ、」
 気持ち良いから口が回らないの、頑張ったってこの口からは吐息とよだれしか出ない。分かるはずじゃない。
「ほんまに、崩しがいのある…なぁ、こない真っ赤になって、なぁ、イキ狂ってんのに、『気持ちええ』て言われへんの、言えや、おい」
 言わなくても分かるじゃない、抵抗する気も素振りも見せないし逃げないし泣きわめいたりもしない。望んで抱かれているんだから気持ち良いことくらい分かるはずじゃない。
「分かれへんわっ、俺やのうてもこないなるやろがっ⁉︎」
 ならないよ。
「あー、言えや、ごらァ、強情な、どやの、なァて、」
 何で伝わらないの。
「俺のこと、好きかっ⁉︎」
 好きだよ…好き。

 慣れない挙動に喉が違和感を訴える。
 けれどり出した
「…ッ…すぎぃッ」
の言葉を彼はしっかりと聞き取ってくれた。
「あ?」
「す、ぎィっ…ずぎ、ぢゃ、きもぢ、イ、」
「おう、もっと鳴けや、なぁ、」
「気持ち、い、」
 呼気に混じって吐き出された想いを彼は全て拾って汲み取って、また言葉と動きで返してくれる。
 伝え合うって気持ちが良いんだ。こんなに安心して心が軽くなるんだ。
 自分の声が耳に入って一層恥ずかしくて弱気な音になる、彼はその変化を楽しむように動き方を変えながら私を崩した。
 やっていることはいつもと同じのはず、けれど彼が達してくったりと私の上に覆い被さって触れ合うその肌の温度が異なる気がした。いつもよりも温かくぽかぽかとしていた。

「やればできるやん」
「……むずい、ねん…突かれながら…喋んの…」
「ん…でも伝わったな…気持ちええねんな?」
「当たり前やん…気持ちええから杉ちゃんとエッチすんねん、杉ちゃんとやから気持ちええねん」
「素直やないか…うん」
 ショリショリした頭、伸びたヒゲ、腕を目一杯使ってこの愛しい顔を包んで胸に抱く幸せ。
 言葉足らずで正論好きで合理的な貴方が好き。でも私にはハッキリとした言葉を求めるわがままな貴方が好き。
「杉ちゃんは…うちのこと、好き?」
「…嫌いやったら付き合わへん」
「強情やな」
「嫌いやったらセックスせぇへん」
「はいはい」
 それはごもっともだものね、腕の中の穏やかな表情からもそれは分かる…ならばこれはどうだろう。食べ物の美味い不味いは答えられるんだから同じ要領でいけるはず。

 私が答え方をはっきりさせてあげれば良かったね。
「ほな杉ちゃん、ハイかイイエで答えてな?…うちのこと、好き?」

 ほら早く、間抜けで可愛らしい声を聞かせて。



おしまい
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