愛の議論は長々と—あなたには理屈じゃ敵わない—

茜琉ぴーたん

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1・アカデミック ラブ

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「いけません、私が」
「良いって」
「多香子さん、お手が汚れます」
「汚れないって…」
 手足が長い翔には取っ組み合いでは負けるだろう。しかしティッシュを握り締めてじいっと睨むと、途端に翔は叱られた犬のように大人しくなる。
「(大型犬だな…賢いのにちょっとバカ、命令には忠実…?)」
 本当に出来心というか好奇心で、口元が緩む。
 彼も私も、知的好奇心の下僕なのである。

「翔、」
 ティッシュをバッグに雑に押し込み、右手の平を上にして差し出す。体をこちらへ向けた翔の両目が、そこに集中する。
 すると私が命を下す前に、
「はい、」
と彼の大きな右手拳がそこに乗った。
「…まだ何も言ってないのに」
「あ、いえ、"お手"かなって、」
「じゃあこっち、"おかわり"」
「はい、」
 次は左手拳、随分と躾のなったワンコのようだ。
「…翔くん、実は調教済みなんじゃないの?」
「い、違います、ご主人さまとかまだいません、未経験です、」
「まだ、ね…」
「本当です、女性にこんな気持ちになったこともありませんし…オープンキャンパスの研究だって、発表者が男性でもお近付きになりたかったと思います。でもネームプレートに添付されたお名前の響き、私、運命というか、感じたことの無い電撃みたいなものを感じて…すみません、非科学的で気持ち悪くて」
「なるほど、それで一目惚れか…」

 ここまで説明されると、彼の言い分を信じたくなる。
 翔が間違えたのは距離の詰め方で、あと何回目か後のデートで詳細を教えてくれていれば引かずに素直に聞けただろう。
 そして恋なるものは非科学的で構わない、と私は思う。
「(こんな大きな男性が可愛く思えちゃう、これってなんで?)」
 なんせビギナー同士だし、討論しても答えは出るまい。
「翔くん、卒業後のことは分からないけどさ」
「はい、」
私が左手を引けば、翔も左手拳を下げた。
 まるでお座り状態の大男の姿に、少しだけ良心が痛む。
「お友達から、仲良くなろっか」
「…恋人が良いです」
「押し強いなぁ」
「嫌です、足踏みしている間に他の方に盗られたくありません!」
「誰も盗らないよ!今まで何も無いんだから!」
「いえ、陰ながら狙っている、私みたいな男がいるかもしれないでしょう!」
「あんたみたいな男が2人もいてたまるかー!」
 イケメンと美女ならともかく私はモブ喪女な訳で、思い上がった言い争いは聞くに耐えない。
 翔はM気質らしいが押しは強く、頑固というか根はワガママみたいだ。
 不毛な口喧嘩は電車十数本を見送るまで続いた。


「…だーっ、もう、分かった、分かったよ、彼女になる、だから帰って!」
いい加減疲れた私は、翔の告白を渋々了承した。
 いや了承せざるを得なかった。
 翔はテコでも動かないという姿勢だったし、家まで付いて来そうだった。放っておいたら通報されそうだし、最終的には世を儚んで身投げでもしそうなくらい悲壮感を漂わせていた。
 しかし私がOKしたらケロッとしていたので、演技だったのかもしれない。

「…嬉しいです、よろしくお願いしますね」
「うん、翔くんは反対方向でしょ、電車、ほら、」
「急ぎませんけど…今後の話とかしませんか」
「私、帰ってやることあるから。もうギリギリ、」
「それは失礼しました……また、連絡しますから…多香子さん、私、本気ですからね!」
「…うん、気を付けて!」
 長い脚で駆けていく、翔をホームで見送る。
 私の用事というのは帰らせるための方便だが、長々と駅に居座るのも辛かったので帰ってもらえて良かった。
 背中合わせに座っていたカップルはワクテカでこちらを観察していたし、見世物になるのがモブにはしんどかった。

 無事に乗って帰ったろうか、何線かの発車メロディを聴きながら、改札を抜けた。
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