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1・アカデミック ラブ
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しおりを挟む私とて、経験は無い。
けれど翔の行動が常軌を逸してることは分かる。
私だったらしない、出来ない。
普通なら気持ち悪くて断るはず、けれど…私もちょっと普通じゃなかった。
「(…可愛い…)」
しゅんと落ち込む大型犬を眺めている気分に、母性が疼く。希望をチラつかせてあげればその表情は晴れるんじゃないの、試してみたい。
人の感情を操作するなんて人道に反している、けれど私の行いで翔の気持ちが動かせると知って…私は高揚していた。好奇心が、興味が、理性を超えてしまったのだ。
「私と…付き合えたら、嬉しい?」
少しの望みに、翔の瞳が輝く。
「は、はい。大変嬉しいです」
「付き合えたら、何する?」
「え、っと…色んな所にデートをしに行きたいです。博物館、動物園、他の水族館も」
「デートだけ?」
意地悪な質問だが、翔の顔は曇らない。むしろその頬は赤らんで目尻はうっとりと下がり…電車を待つ通行人が振り返り二度見するほどだった。
翔は背中を丸めて私の耳元に寄り、
「…手、手を繋ぎたいですっ…」
と告げて離れ、口をへの字に曲げる。
「…ピュア」
「それ以上のことは、ここでは言えません」
「…教えてよ、翔」
これまで特に苗字も名前も呼んでいなかったが、突然呼んでみる。
翔は予想通り真っ赤なまま固まって、再度背中を屈めた。
「あの、き、キスも、したい、です、」
「だけ?」
「…あの、せ、せっ…いえ、そういうのは結婚してからで、」
「私とシたくないんだ?」
「シたいですよ、でも、私、経験がありませんし、不快な思いをさせたくないので、練習してから臨みたいです……あ、多香子さんは、ご経験は…?お美しいので、経験も豊富だろうと予測は付きますが」
翔はMっ気が強いようで、私をやたら担ぎ上げる。とすれば余計に生娘な私でなく経験豊富なお姉さまに可愛がってもらえば良かろうに。
しかしここで私を選んでくれたことに意味があるのだろう、正直に
「私も、処女だよ」
と耳打ちし返す。
さて落胆するか歓喜するか。
顔を離して数秒、反応が無いのでバツが悪くなる。
喪女が良い女風吹かせてみっともなかったな、しかし顔を覗き込めば翔は放心していた。
そしてツーっと、静かに鼻血が落ち出した。
「あ、鼻血!」
「……あ、すみません、」
「ほらティッシュ、どしたの…」
「すみません、多香子さんがその、手付かずと聞いて…色んな妄想が広がってしまいまして…」
「それは日記にでも書きなよ。とりあえず詰めて、下向いて」
「あい」
幸いにも服は汚れず、私は彼の鼻が落ち着くまで付き添った。
気休めに背中をトントンして声を掛けて、翔は鼻声で何度も謝罪を繰り返す。
純真で可愛いな、私はお姉さん属性でもサディストでもないけれど、この人のこんな姿を見ても幻滅はしなかった。元々が変態だと思って下がっていたイメージだったから、これ以上下がり切らなかったのかもしれない。
「翔…くん、ごめんね、意地悪言っちゃって」
「いえ、ほんなここは」
「翔くんって、マゾなの?」
直球質問はデリカシーに欠ける、しかし彼は嫌味にも感じないようだった。
「いひきはひてらいんれふけろ、たぶんほうれふ」
「そっか…私、別にサドじゃないよ?そういうのを求めてるんなら合わないと思う」
「ちがいまふ」
実質お断り文句にも、彼はめげない。
「そう?」
「多香子はんにほういうのをみいだひたとかひゃなくて……んっ、んー……あ、鼻が通りました…多香子さんがサドっぽいとかそう思って声を掛けた訳じゃありません。所作や話し方も、今日デートさせてもらえて、もっと好きだと思いました。私がマゾ気質なのは私の問題ですので、そこはまぁ、私が解決しますから」
「うん」
「キーホルダーの件は、恋愛初心者の暴走だと思って流して下さい…初めてのアプローチの方法が分からず、迷走したんです」
「あはは、そうだろうね…これ捨てとくね」
彼の手に握られた鼻血付きティッシュをもぎ取り、別のティッシュで包む。
汚れ物を触らせたからか翔は大層驚いて、あわあわしていた。
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