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2006…家無し少女
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しおりを挟む1週間くらい前だったか。
彼女は彼氏らしい男と一緒に来店して、いつものようにゲームやDVDなんかを物色しては楽しそうに笑っていた。
このカップルは見るだけではなく毎回何かしら買ってくれるので、売り場に長時間滞在しようが隠れもせずキスをしていようがまぁ許容範囲だった。
俺はエンタメコーナーで唯一の正社員なので肩書きなしで実質責任者なのだが、小物会計はパートさんに任せてゲームハードの会計・保証説明・売り場の保全や発注業務なんかをメインの仕事にしている。
しかしその日はパートさんが電話対応中で、俺がレジで作業をしていたタイミングでこの港カップルが来たために、そのまま会計をすることにした。
「…、3点で2万3600円になります。防犯タグ外しますね」
愛蔵版ライブDVDと特典付きゲームを2本、平日の昼間は学生なども来ないからこの売り上げはありがたい。
男がカウンターに置いたそれらの盗難防止タグを器具で外すために彼らに背を向けた時、男の方が
「おい、美晴、払っといて」
と振り返り軽快に慣れた様子で言い放った。
カップルそれぞれの慣習があるだろうからそれ自体は何とも思わなかった。
俺が知らないだけで食事やその他の代金は男が持っているのかもしれないし、今回の買い物が何かしら男へのプレゼントとかそんなものなのかもしれないし。
しかし「はーい」と返事してため息混じりにバッグから財布を取り出す彼女はあまりに浮かない表情で、それが逆に艶っぽくて印象的だった。
前回俺がこのカップルの会計をしたのは家庭用ゲームハードの新機種の発売日だった。
バタついていて注視しなかったがその時も彼女が財布を出していたように思う。
ケバケバしい化粧と対照的な物憂げな面持ち、男に見えない角度でこんなに悲痛な顔をするなんて、何か問題を抱えているのかと感じてしまった。
ここの商品は必需ではなく娯楽だ。
お小遣いやお年玉を握り締めた鼻息荒い子供たちを見るのが普通で、大人でもこんなに暗い表情をするのは珍しい。
「3万円お預かりします。ポイントカードはお持ちですか?」
「あ、はい」
「お預かりします…」
レジにはお買い物ポイントの累積が表示されるのだが、貯まっているそれはとても数回の買い物で集められるものではなかった。
エンタメ商品は家電よりもポイント率を高く設定してあるのだがそれにしてもヘビーユーザーだ。
おそらくクレジットカードではなく前回と今回のように現金でコツコツ払って貯めたものだろう。
「……いつも、ご利用頂きありがとうごさいます。カード、お返しします」
「はい…」
「こちらお釣りとレシートになります、お確かめ下さい」
「はい…」
この子はいつもこうして男の買い物を負担しているのだろうな。
「楽しみー」なんてウキウキしている男の馬鹿面にこのしょんぼりした顔を見せてやりたいとさえ思ってしまった。
在り方はそれぞれだ。
ポイントカードを統一してるとか俺が知らないだけで男の支払いの日があるのかもしれない。
けれど今のこの子の気持ちを分かってやらない男に腹が立った。
なので俺はつい
「何か、お困りのことがあればご相談下さいね」
と、「お困り」のところを強調して彼女の濃いまつ毛の下の瞳に訴えた。
俺の勘違いでたまたま彼女の体調が悪いとか気分が乗らないとかそういう事情かもしれない。
しかし男に隠れてその無防備な顔を見せてくれた、俺は特別感にちょっといい気になったのだ。
彼女は最初ポカンとして、営業スマイルを頑張る俺を見つめて何か言いかけた。
しかし男が「あざーっす、帰ろうぜ」と商品の入った袋と彼女の腕を雑に掴んで出口の方へと引っ張って行った。
足取りの重い彼女は男の歩みに追い付こうと小走りで、俺はその時の彼女の後ろ頭を記憶に焼き付けていたらしい。
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