うちの嫁さんは世界一可愛い、異論はあろうが知らねぇよ。

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
26 / 49
2010…母親学級バトル

26


 さて週が変わって母親学級当日。
 妊婦健診を終えた美晴とかーくんと共に2階の指導室なる部屋へと上がる。
 今日集まるのは出産予定日の近いママさんたちと付き添い人だけ、初産でなければ強制もされないらしいが入院設備の説明等もあるので参加した方が後々の心配も少ないようだ。

「こんにちはー。浩史くん、ここに座ろ」
「うん…俺たちは席は無くて良いよな?かーくん、ここで遊んでようか」
 室内にはホワイトボードを頂点にコの字に並べられた長机が3台、それぞれパイプ椅子が2脚ずつ置かれていた。後方の角にふかふかのマットが敷かれたキッズコーナーが設置されていたので、そこにかーくんを誘導して靴を脱がせる。
 12畳ほどあるこの部屋はこうした会合や研修などに使われているそうだ。

「(前に来た時と変わってねぇな…助産師さんも見た顔……お、あれか)」
 かーくんを膝に乗せて置いてあったギミック絵本を開いていると、入り口からいかにも「成金です」みたいな妊婦が歩いて来る。
 濃いめの化粧にしっかり巻いた髪をアップにして、ロングのマタニティワンピースの裾をなびかせてわざわざ美晴の隣の席へと鞄を置いた。
「久しぶりね、貴女相変わらず地味な格好ねー」
「こんにちは」
出会い頭のジャブに美晴は挨拶だけ返し、配られた冊子にまた目線を戻す。
「ねぇ、今日もすっぴんなの?そんなに素顔に自信があるの?」
「健診があったから薄化粧なんですよ」
「でもせめて髪くらいきちんとしたらぁ?サロンとか行かせて貰えないのかしら、旦那さんの裁量が疑われるわよぉ?」
「エコーで横になったら髪が崩れちゃうので。シャンプーでなんとかなってるので大丈夫です」
 美晴にしては素っ気なくて毅然とした対応だ。これははっきり相手から悪意を感じ取ったから出来ることだ。感じないままだとふわふわ相手のペースに呑まれて情報だけ引き出されてマウント材料にされるのだ。
 今日の美晴は自分から闘う意志を示せている。相手さんもそんなことを感じ取ったのだろう、「つまらない」とばかりに資料を開いてペラペラめくり始めた。

「んま」
「…ママのとこに行くか?」
 かーくんが早くも絵本に飽きて美晴の方へ向かおうとする。靴はまぁ良いかと先に歩かせて俺も腰を上げる。
「あら、かーくん。遊び飽きちゃった?もう少しで始まるから良い子にしてようね」
「すまん、出てジュースでも買おうか」
「持って来てるよ、マグ」
「ありがと」
 俺たちのやり取りを例のママさんはチラッと見て、
「……旦那さん?はじめまして…湯本ゆもとです」
とおずおず話し掛けて来た。
「どうも、津久井です」
「……」
 あからさまな批判は出てこない。どうやら配偶者にまでマウントをとるほど強者ではないようだ。
 しかし軽く鼻で笑われたような気がせんでもない。可もなく不可もなくといったところか。
「ねぇ、素朴で飾り気のない旦那さまね」
「そうなんです、私にはもったいない旦那さまなんです♡」
「……」
 おい美晴、褒められてないしだとしてもそこは謙遜するとこだぞ…呆気に取られる湯本さんの口の端がヒクと引きつる。
 看護師さんが「旦那さんもどうぞ」と美晴の隣にパイプ椅子を用意してくれたのでそこに座る。膝の上のかーくんは持参したマグのりんごジュースを美味そうに吸っていた。
 まだ会が始まりそうにない、静かな室内でかーくんの声とあやす俺たちの声だけが目立つ。

 予定ではもっと美晴を虐めるつもりだったのか、湯本さんは見た目に分かるくらいにイライラを滲ませて長机をコツコツと指で叩き始めた。
 これはかーくんが真似してしまうな、少し椅子ごと後ろに下がってゆらゆら揺れれば、まったり気分の彼のまぶたはとろんと降りてくる。寝てくれた方が楽で良いか、そのまま揺らしていると思惑通りかーくんは寝息を立て始め、同時に助産師さんが入室し会が始まった。

 今回はうちと湯本さんの2組だけみたいだ。まぁ平日だし予定日でくくっているからこんなものか。
 今回は産前準備や暮らし方についてと、産気づいた時の連絡方法や困った時の相談先なんかの説明を資料に沿って聴いた。
 うちはもう経験しているが初めての者にとっては不安だろう。しかし美晴をチラと見ればまるで初見のリアクションで「へぇ~」と頷いていて俺も不安になった。

 後半は座談会だ。
 「発言は自由に」とのことなので各自気になることを質問したり体験談を語ったりと控えめガールズトークみたいな空気になってくる。とはいえ、2組だけなので湯本さんと美晴しか話し手はいない。
 看護師さんは『妊婦の悩みあるある』を話してこちらの意見を引き出そうとした。「旦那が家事を手伝ってくれなくて」なんてのもあるあるだろう。世の中の夫の立場を一身に背負い気まずい俺は、さらに椅子を下げて自ら蚊帳かやの外感を醸す。
「津久井さんの旦那さまはどうですか?家事の困りごととかは?」
 目ざとい看護師さんが俺に話を振る。
 世のパパさんの為には俺が悪者になった方が良かったのかもしれないが
「え、そうっすね、任せっきりになってますけど、いつもキレイにしてくれてますよ」
と美晴の頑張りを推しておいた。
 実際に部屋は綺麗だし美晴は掃除は得意だし、極力物を増やさない生活をすることで最低限の労力で済むように取り組んでいる。なので料理にも比較的時間の余裕を持って臨んでもらえる。出来合いでも市販のルウものでも腹が満たせれば何だって良い。
「津久井さん、褒めてもらって良かったわね」
「えへへ」
 また謙遜を忘れた美晴は助産師さんに笑顔を返し、こんなことで上機嫌になるならばいくらだって褒めてやるさと胸を撫で下ろす。
 しかし美晴の向こうの湯本さんはボソッと
「当たり前のことで喜んじゃって」
と俺にか美晴にか悪態をついた。

 どうやら俺もあからさまな見下し対象に入ったようだ。少しイメチェンしたところで根のモサさは払拭出来なかったらしい。
 湯本さんは人前だということを忘れたのか、段々と増長する。
「お腹が大きくたって、身だしなみをきちんとして、栄養バランスの取れた食事を用意して、旦那さまを仕事に送り出すのは妻として当然のことですよねぇ」
「そうですね、でも後期悪阻つわりが出る人もいますからね、無理をしない方が良いですよ」
「ファストファッションでダサい格好なんて私は絶対嫌だわぁ、そんなのでペアルックとかどんな罰ゲームって思っちゃう」
「湯本さん?」
進行を務める看護師さんも困り顔で、明らかに俺たちを指した悪口が突如始まり目を白黒させて口籠った。
 今日の美晴は軽めのニットとゴムウエストのスカート、俺は同じニットのメンズサイズをお揃いの色でチノパンに合わせて着ている。つまりは王道ペアルック、湯本さんは俺たちの服装を批判している訳だ。
 前回の母親学級で料理が苦手という話題を提供していたのだろうか。美晴はもじもじ恥ずかしそうに「はぁ」と指を擦り合わせる。
 見た目はともかくウィークポイントを突かれた美晴は俺への申し訳なさで縮こまってしまった。

 これはいけないねぇ、おろおろする看護師さんにアイコンタクトで発言権を主張して、
「化粧品の匂いで体調を崩したりする人もいるでしょう、うちのもそのがあったから簡単にさせてます。料理も出来る範囲のことをしてくれてますよ、俺も大人なんで支度もひとりで出来ますしね、何も問題はありません」
と言い含めるように伝える。
感想 0

あなたにおすすめの小説

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

ズボラ上司の甘い罠

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。