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2010…母親学級バトル
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そして無事に臨月を迎えて一家は俺の実家へお世話になり、8月のとある夜に陣痛が始まって翌朝産院へと美晴を運び込んだ。
会社は休ませてもらい病室でかーくんと待ち、「生まれましたよ」の知らせまでそう時間が掛からずスムーズな分娩だった。
兄になったかーくんは新生児を神妙な面持ちで見つめて押し黙り、しかし「可愛いな?」と尋ねれば「ウン」と応えるのでこちらも心配は無さそうである。
産後はバタバタしつつも子供たちは可愛く、一家総出で世話をして何とか新生児期を乗り越えて自宅アパートへと戻って来た。
1ヶ月健診でも母子共に問題なし。実家のお袋は約束通り飯のサポートをしてくれて、親父も買い出しに車を出してくれたりと様々な点で周りの協力を貰い生活ができている。
そしてゆくゆくはと考えていたのだが実家近くに戸建てを買うことを決めた。親からの援助なんかも加味しながらバリアフリーと作業動線に特化した家をハウスメーカーさんと相談し始めた。
そして半年後。
寝る支度をして薄暗くした寝室で、授乳を終えた美晴がぽつりと入院中のことを話してくれた。
「私の出産の翌日かな、湯本さんが入院して来たの」
「そうなのか…気付かなかったな」
入院中に数回見舞いに行ったが俺は会わなかった。会ってしまえば嫌味のひとつも言ってしまったかもしれないので、エンカウントしなかったのは彼女からするとラッキーだったことだろう。
「予定日を過ぎても兆しが無いから促進剤を打つって決まってたんだって。廊下にご飯のトレイ出しに行ったらばったり会ってね、『あの時はごめんなさい』って謝られちゃった」
「へぁ」
「簡単に言うとね、羨ましかったんだって。高校の時に学力も勝てなくて、でも私は大学も行く気も無いし。湯本さんは志望校落ちて専門に行って、授かり婚らしいの」
「どっちが無計画だよ」
「前期の母親学級で私を見つけて、でも私が湯本さんのこと気付かないから腹が立ったんだって…湯本さんの旦那さんね、あんまり家事に協力的じゃないみたい」
ライバル視してたのに美晴は乗らないどころか存在さえ憶えていなかった、プライドの高そうなあの人は実に歯痒かったことだろう。そして俺がラブラブっぷりをアピールしたもんだから爆発したのか。
語っていた理想は割と切実に欲しい未来の形だったみたいだ。
「自分がしてもらえねぇことをこっちに当たり散らしてたってのか?はぁ…迷惑なこって」
「私はゆるゆる生きてて優しい旦那さんがいて、『羨ましい』って……湯本さん、そこで倒れてそのまま破水しちゃってね、でも駆け付けた旦那さん、蒼白になってたしすごく心配してて…話し合えば解決出来そうかな?って…勝手に思っちゃった」
美晴がそう言うなら俺はそれを信じるだけだ。「そうか」とベビーベッドを確認してから夫婦のベッドへと腰を下ろす。
ダブルベッドの真ん中ではもうじき2歳のかーくんがすぅすぅ眠っていて、起こさぬようそうっと布団を直してやった。
「んでさ、美晴はどうしてそれを俺に黙ってたわけ?」
「…だって、湯本さんが同時期に入院してるって知ったら、浩史くん、変なことしちゃうかもしれないし」
「…しちゃうかもね」
美晴に予測されるとは俺もまだまだだ。それとも美晴の察しが良くなったのか。
どちらにしても俺から湯本さんを守った訳だ。
英断だが俺はそこまでスッとはしない。謝罪して向こうもスッキリ出産に臨めたのかもしれないが、あからさまに非難されてモヤモヤした妊娠期間を過ごした美晴が報われないじゃないか。
だいたい美晴が早産して産院で会わなかったら、その謝罪だって受けるタイミングは無かった訳だし。
消化し切れない俺の心情を珍しく読み取った美晴は俺の頭を抱いて、
「もう謝ってもらったから良いの」
と赤子をあやすみたいにぽんぽん背中を叩いた。
「ふーん…美晴を散々馬鹿にされて、俺は腹立ったけどねぇ」
「私は良いの、馬鹿だし鈍いし」
「馬鹿じゃねぇって…また折檻して欲しいのか」
「え、あ、」
そこまでは期待してなかったのか、後ずさった美晴の顔は困り顔で…顔色までは近眼の俺には分からないが口元はニヤけている。
「嫌がってねぇな、エッチな嫁さんだねぇ」
「ひゃん」
寝室では出来ないのでやはりリビングへ、家が完成したら俺個人のゲーム部屋も作ろうと思っているからそこで出来たりして。
夢は膨らむが今はとりあえず小さなソファーの上だ。
「美晴、乳が出てる」
「あー…もったいない」
ちなみにだが美晴には、よく協議した上でこの度の分娩後に卵管結紮を施してもらった。ピルは飲み忘れるかもしれないしリングというやつはこの先入れ替え手術が要るという。もう子供は2人恵まれたし打ち止めにしてしまおうと決めたのだ。
だから心置きなく致し放題…という訳もなく、俺は俺で産前に半分騙して書類に判をつかせ内緒で結紮手術を、つまりはパイプカットを行った。勢いで決めて手術はすんなり終わり、美晴の床上げまでには精液検査も済ませてゆったり営みを再開することができた。
「浩史くん、あ、ゴム、」
「良いよ、手術したんだから」
「でも、100パーセントじゃないって、あ、あ♡」
「(俺もしたんだから限りなく100パーセントだよ)」
もし出来たってもちろん産ませるし可愛がってやるよ、確率を掻い潜って成せたらそれこそ奇跡の子じゃないか。
俺が何故パイプカットのことを黙っているかといえば美晴が心配するし負い目を感じるだろうからだ。何故決断したかってそれは美晴だけに痛い思いや身体の改造をさせたくないと思ったからなのだが…そんなことは美晴は知らなくて良いのだ。
「浩史くん…ギュッてして」
「ん」
「幸せだね」
「あぁ」
この頃から俺は、あまり可愛いとか愛してるとかを言葉に出さないようにしようと決めた。元々が照れて発しない方なのだが、特に自粛しようと思った。
それは美晴を甘やかさないためで彼女の上に立っていたいからで一国一城の主としての自覚を持つためで。しかし感情のダムが決壊して愛しさが溢れてしまいそうになるからでもあり…俺自身が美晴に溺れてしまいそうになるからだ。
「浩史くん、好き♡」
「うん」
「私のこと、好き?」
「あぁ」
「…うれしい…」
これも美晴は悟っただろうか。しかし最初が塩対応だったから問いかけに同意するだけでも嬉しいらしかった。
悪いが俺はこれから強い男として生きていきたいんだ。美晴への想いは心の中だけで吐露して、あってもセックス中だけになるだろう。
冷たくはしない、ただ見境なく甘えたりもしない。お互い強くなっていかねばならないんだ、子供たちを守るために。
「おやすみ、浩史くん」
「おやすみ」
パジャマを着直して寝室に戻った俺たちは、二手に分かれてベッドへと入った。
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