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3・めぐはめぐに勝てない
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しおりを挟むそれからしばらく経ち…具体的な結婚のプランを決めたとある春のこと。
当初の予定より遅くなったが、私たちは正式に結婚のお知らせを伝えるべく、道場の師匠の元へと向かった。二人の出逢いの地であり、高校まで通った思い出深い場所だ。
師匠は大変喜んでくれて、馴染みのある門下生はもう居なかったが、皆が祝福してくれた。
小学生から中学生、社会人の方も稽古に励んでいるらしい。競技選手になる人や趣味で続ける人、段位を上げるために頑張る人など事情はそれぞれだ。
「(…懐かしい)」
本日は道場に上がるということで、道着と袴を準備して訪ねている。もちろんマイ竹刀もだ。
師匠は高齢ということもあり、今は後継ぎの息子さんが若先生として中心になり指導しているそうだ。
私は基礎練習と素振りに参加して、防具まで持って来ていた周は打ち込み相手としても体力と存在感を発揮した。
「…あ、私たちの代だ」
壁には、門下生の集合写真が年代順に貼られている。色褪せた写真の中で、小学生の私と周は直立して並んでいた。
隣の壁には、周が全国大会に出場した際の地方新聞の切り抜きが掲示されている。そして他の輝かしい記録たちと共に、私の滑稽な道場内連勝記録も貼り出されていた。
どうやら、いまだに更新されてないらしい。
「(忖度試合でもなかったのかな)」
さて、誇らしげに「これ、私の記録なんだよ~」なんて子供たちに教えてみたら、ある子が「お兄ちゃんとどっちが強いの?」と周を指差した。
全国大会の記事の本人なのだから、とてつもなく強いことは子供でも分かっているのだ。そしてその周が所属していた道場内で負け無しだった私とどちらが強いのか。その二人が夫婦になろうというのだから、気になっても不思議は無い。
キョトンとなる私を尻目に周は
「僕かな」
と答えたのだが、当然私は聞き捨てならない。
「ちょっと周、私、周に負けたこと無いんだけど」
「萌、過去の栄光に縋るのはやめなよ。僕は接待試合で負けてあげてたって教えてあげたでしょ。師匠も気付いてたでしょう?」
すっかり老いた師匠はコクコク頷いて、「どうせだから、決着つけたら?」と笑う。
「…でも、私は防具は持って来てないです…」
「貸してもらおうよ。師匠、若先生、良いですよね?一本勝負ね」
若先生の防具を貸して頂くことになり、倉庫を案内される。大人用を1人分、頭に巻く手拭いもお借りした。
「周、あんな堂々とヤラセ試合のことバラさないでよ、若い子が毒されちゃうじゃん」
薄暗い倉庫で並んで座り、胴を着けながら周へ恨み言を吐く。
周は既に自前のものを着けているのに、わざわざ隣に来て紐の調整なんか始める。
「良い機会だよ、剣道でもベッドでも、僕が上だって分からせてあげる。可愛いちびっ子と師匠の前で、堂々と負けな」
もう忖度はしてくれない、分かっている。勝ち続けて鼻高々だった自分が恥ずかしいのに、それを思い出させて突き付けるようなことをしなくても良いのに。
実生活でも優位に立ちたくなったのだろうか、思うところはあるが仕方ないとも飲み込める。
例えば常に「僕より弱いんだから掃除当番しといて」と言われれば腹が立つ。「僕より弱いんだから、オカズ多くちょうだい」も許せない。でも何かを決める時の最終的な決定権を譲る、それくらいなら許容できる。
そして周は上に立つからには下の者を徹底的に守ってくれるだろう。雄ライオンと雌ライオンの共同生活みたいになるかも、しかし話し合いの余地はある。
もしここで負けたとしても、何とか懐柔して対等な立場に戻せるかもしれない。彼がそのまま横暴な男に成り下がってしまえば関係はそこまで、身支度をしながらそんなところまで考えてしまった。
「…萌?恐い?」
黙り込んだ私に、周は挑発するように上からものを言う。
数年ぶりに本気で試合をするのだから、当時の戦略も当てにならない。癖も変わっているだろう、何より現役選手なのだから確実に格上だ。
本来なら胸を借りるつもりで挑む相手、だけど私の昔から持ち越したプライドがそれを許さない。
「ううん、恐くない」
キッと、周を見上げ睨む。
「…僕、もう忖度しないからね」
「…本気で、試合してくれるの?」
「もちろん…負けても泣かないでよ?」
おちょくるのではなく、本気で尋ねているのが分かる。
周だって負けず嫌いなのに、私の負け顔が見たくなくてかつては接待試合に手を染めていた。わざと負けることにストレスは溜まったことだろう、自分に置き換えればその悔しさに奥歯がやられそうになる。
「泣かない。周が本気で来てくれるなら、負けも甘んじて受け入れる」
胴を着けた胸を、バチンと叩く。
張り切り姿に周は何を感じたのだろうか、
「…ほんと、そういうところなんだよね」
と目を細めた。
「…?何がよ」
「ううん……行くよ、萌」
「うん」
ギャラリーと審判の待つ道場へ、竹刀と面を抱え足を進める。
それぞれの陣へ分かれて、畳の上に荷を下ろす。借りた手拭いを頭に巻き、面を装着する。
子供たちに参考にさせるならばゆっくり見せてあげた方が良いのだろうが、これは癖でサクサク済ませてしまった。
若先生が背中に目印を付けてくれる。
「(赤)」
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