負けないふたり、勝てないふたり〜最強剣士の弱いとこ〜

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
17 / 27
3・めぐはめぐに勝てない

17

しおりを挟む

 それからしばらく経ち…具体的な結婚のプランを決めたとある春のこと。
 当初の予定より遅くなったが、私たちは正式に結婚のお知らせを伝えるべく、道場の師匠の元へと向かった。二人の出逢いの地であり、高校まで通った思い出深い場所だ。

 師匠は大変喜んでくれて、馴染みのある門下生はもう居なかったが、皆が祝福してくれた。
 小学生から中学生、社会人の方も稽古に励んでいるらしい。競技選手になる人や趣味で続ける人、段位を上げるために頑張る人など事情はそれぞれだ。
「(…懐かしい)」
 本日は道場に上がるということで、道着と袴を準備して訪ねている。もちろんマイ竹刀もだ。
 師匠は高齢ということもあり、今は後継ぎの息子さんが若先生として中心になり指導しているそうだ。
 私は基礎練習と素振りに参加して、防具まで持って来ていた周は打ち込み相手としても体力と存在感を発揮した。

「…あ、私たちの代だ」
 壁には、門下生の集合写真が年代順に貼られている。色褪せた写真の中で、小学生の私と周は直立して並んでいた。
 隣の壁には、周が全国大会に出場した際の地方新聞の切り抜きが掲示されている。そして他の輝かしい記録たちと共に、私の滑稽な道場内連勝記録も貼り出されていた。
 どうやら、いまだに更新されてないらしい。
「(忖度試合でもなかったのかな)」

 さて、誇らしげに「これ、私の記録なんだよ~」なんて子供たちに教えてみたら、ある子が「お兄ちゃんとどっちが強いの?」と周を指差した。
 全国大会の記事の本人なのだから、とてつもなく強いことは子供でも分かっているのだ。そしてその周が所属していた道場内で負け無しだった私とどちらが強いのか。その二人が夫婦になろうというのだから、気になっても不思議は無い。

 キョトンとなる私を尻目に周は
「僕かな」
と答えたのだが、当然私は聞き捨てならない。
「ちょっと周、私、周に負けたこと無いんだけど」
「萌、過去の栄光に縋るのはやめなよ。僕は接待試合で負けてあげてたって教えてあげたでしょ。師匠も気付いてたでしょう?」
 すっかり老いた師匠はコクコク頷いて、「どうせだから、決着つけたら?」と笑う。
「…でも、私は防具は持って来てないです…」
「貸してもらおうよ。師匠、若先生、良いですよね?一本勝負ね」
 若先生の防具を貸して頂くことになり、倉庫を案内される。大人用を1人分、頭に巻く手拭いもお借りした。


「周、あんな堂々とヤラセ試合のことバラさないでよ、若い子が毒されちゃうじゃん」
薄暗い倉庫で並んで座り、胴を着けながら周へ恨み言を吐く。
 周は既に自前のものを着けているのに、わざわざ隣に来て紐の調整なんか始める。
「良い機会だよ、剣道でもベッドでも、僕が上だって分からせてあげる。可愛いちびっ子と師匠の前で、堂々と負けな」

 もう忖度はしてくれない、分かっている。勝ち続けて鼻高々だった自分が恥ずかしいのに、それを思い出させて突き付けるようなことをしなくても良いのに。
 実生活でも優位に立ちたくなったのだろうか、思うところはあるが仕方ないとも飲み込める。
 例えば常に「僕より弱いんだから掃除当番しといて」と言われれば腹が立つ。「僕より弱いんだから、オカズ多くちょうだい」も許せない。でも何かを決める時の最終的な決定権を譲る、それくらいなら許容できる。
 そして周は上に立つからには下の者を徹底的に守ってくれるだろう。雄ライオンと雌ライオンの共同生活みたいになるかも、しかし話し合いの余地はある。
 もしここで負けたとしても、何とか懐柔して対等な立場に戻せるかもしれない。彼がそのまま横暴な男に成り下がってしまえば関係はそこまで、身支度をしながらそんなところまで考えてしまった。

「…萌?恐い?」
黙り込んだ私に、周は挑発するように上からものを言う。
 数年ぶりに本気で試合をするのだから、当時の戦略も当てにならない。癖も変わっているだろう、何より現役選手なのだから確実に格上だ。
 本来なら胸を借りるつもりで挑む相手、だけど私の昔から持ち越したプライドがそれを許さない。
「ううん、恐くない」
キッと、周を見上げ睨む。
「…僕、もう忖度しないからね」
「…本気で、試合してくれるの?」
「もちろん…負けても泣かないでよ?」
 おちょくるのではなく、本気で尋ねているのが分かる。
 周だって負けず嫌いなのに、私の負け顔が見たくなくてかつては接待試合に手を染めていた。わざと負けることにストレスは溜まったことだろう、自分に置き換えればその悔しさに奥歯がやられそうになる。
「泣かない。周が本気で来てくれるなら、負けも甘んじて受け入れる」
 胴を着けた胸を、バチンと叩く。

 張り切り姿に周は何を感じたのだろうか、
「…ほんと、そういうところなんだよね」
と目を細めた。
「…?何がよ」
「ううん……行くよ、萌」
「うん」
 ギャラリーと審判の待つ道場へ、竹刀と面を抱え足を進める。

 それぞれの陣へ分かれて、畳の上に荷を下ろす。借りた手拭いを頭に巻き、面を装着する。
 子供たちに参考にさせるならばゆっくり見せてあげた方が良いのだろうが、これは癖でサクサク済ませてしまった。
 若先生が背中に目印を付けてくれる。
「(赤)」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の身体を揺らす彼を、下から見ていた。 まさかあの彼と、こんな関係になるなんて思いもしない。 今日は同期飲み会だった。 後輩のミスで行けたのは本当に最後。 飲み足りないという私に彼は付き合ってくれた。 彼とは入社当時、部署は違ったが同じ仕事に携わっていた。 きっとあの頃のわたしは、彼が好きだったんだと思う。 けれど仕事で負けたくないなんて私のちっぽけなプライドのせいで、その一線は越えられなかった。 でも、あれから変わった私なら……。 ****** 2021/05/29 公開 ****** 表紙 いもこは妹pixivID:11163077

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日

クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。 いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった…… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新が不定期ですが、よろしくお願いします。

処理中です...