受話器の向こうに、恋。—君の声は、重くて甘い—

茜琉ぴーたん

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 ここは、家電量販店ムラタ・甕倉カメクラ本店の1階の事務室。

 商品の受け入れや搬出や、配送伝票を取りまとめる『商品管理室』である。

 出入荷に関わることは全てここに集約された、縁の下の力持ち的な部門だ。


 そこで働く二宮にのみやすみれは、勤続8年目の26歳である。

 量販店勤めなんて性に合わないと思ったが、裏方だと実に心地良く動けている。

 というのも、彼女はあまり表に出て行きたいタイプではなかった。

 手堅い事務作業でやって行きたいと高卒求人を探していた時に、「業界最大手だし近場だし」とお勧めされたのがムラタだったというだけだ。

 半年ほどは売り場で基礎を習い、レジなどの営業事務を経て商品管理室へと降りて来た。


 ところで「降りる」とは、地理的なことに限った表現ではない。

 商品管理室も売り場も同じ階に設置されている店の場合でも、しばしばこういった表し方をする。

 というのも小売店での花形は営業で、事務方はそこからあぶれた者の流刑るけい地扱いにされることがあるのだ。

 上からすれば適材適所の配置、なのだが営業至上主義の管理職などはいまだに事務方を下に見ている者もいたりする。

 そこで働くのがまるでペナルティかのような傲慢さに、不満を募らせる者もいた。

 いささか不名誉だが、実際に営業と比べて給与も下がるので菫は妥当なところだと感じている。

 実家住みで大きな出費も無し、いずれ家を出るにしても今の給与なら難なく独りでやっていける。

 けれど勤務地も近いし無理に独り暮らしする動機も無く。

 売り上げノルマも無く伝票や商品の段ボールと向き合う日々に、菫は満足していた。


「これ終わったら、明日配送分の伝票をまとめて…」

室内には他に人もおらず、自然と独り言が増える。

 そうして午前の仕事に区切りを付けていると、デスクの端に設置した電話機が鳴った。

『♪…』

「内線だ」

 このコール音は外線ではなく内線、受話器を上げたら2階家電フロアのスタッフから「北店から店間依頼です」とのことだった。

 商品の店舗間移動をお願いしたい旨の連絡、つまりは在庫のおねだり電話である。

「分かりました、ありがとうございます」

 菫は赤く点滅している5番ボタンを押して

「……お疲れさまです、商品管理の二宮です」

と自己紹介した。
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