受話器の向こうに、恋。—君の声は、重くて甘い—

茜琉ぴーたん

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 夕方4時、真澄は自身の昼休みを犠牲にして本店へと向かった。

 やるべきことは済ませたし、万が一にも時間をオーバーしてしまってもフロア長から言いつかった用事なので充分に業務である。

 この時間なら早番の社員も居るだろう。

 真澄は従業員用の駐車区画へ車を停めて、そこそこ見慣れた本店の裏口をくぐる。


 入ってすぐは壁沿いにエレベーターが2基、その続きに2階へ上がる階段がある。

 そちらへ用事は無いので真澄は体を右へ、カゴ台車がひしめくホールを抜けて奥の商品管理室を目指した。


 ムラタはどこでもそうなのだが、外部の人間が入館する際には商品管理室が守衛代わりになっている。

 そこを経由して入館証を貰い、事務所などに到達できる仕組みだ。

 真澄は再々ここを訪れてはいるが、菫には会ったことが無い。

 彼が他店に行く時間帯には、大抵商品管理室は空である。

 それは真澄がいつも退店して帰宅がてら寄っているのと同じ理由で、本店の人員だって定時で退社しているためだ。

 商品管理室の業務の肝は朝の商品の入荷管理であり、配送伝票登録なども含めても夕方には事務仕事は終わっている。

 なので力のある男性スタッフを遅番にして、事務以外は在庫整理に時間を費やしたりする。

 特にこの年末年始の物流量がピークになっている時などは、売り場からも応援を貰い倉庫に商品を詰めていく。

 真澄だって、北店に帰ったら定時まで倉庫整理が待っている。


「(……人が…居る)」

 ホールから見えやすいよう大きな窓を配置した商品管理室の中に、人影が見える。

 近付いて見てみればそれは女性、意中の菫なのか、それとも。


 真澄は意を決して、ドアをノックする。

「失礼します」

「はい、どうぞ」

 扉越しのその声は、不鮮明で菫のものかは分からない。

 真澄は恐る恐るドアを開き一歩踏み込んで、

「お疲れさまです。北店の牧野です。ポットを頂きに参りました」

と堅苦しい挨拶をしてみた。


「あぁ、はい」

女性は部屋の中央の机に載った箱を指し示す。

「(…この人…かな…?)」

 話が通っているということはこれが二宮菫なのか、しかし確証が無い。

 胸に付けられているはずのネームプレートも、羽織られたカーディガンによって隠されていた。


 今目の前に居るこの女性が、誰なのか。

 そうだとしても、そうでないとしても、何を確かめるというのか。

 そして確かめてどうしようというのか。

 しかしもうここまで来てしまったのだから、諦める手は無い。

「すみません、あの…」

「はい?」

 飾り気の無い顔、きっちりまとめられた黒いロングヘア。

 美人だが、地味というか華が欠けるというか素材の良さを活かしきれてない。

 けれど短い言葉の中に感じる深み、引き寄せられる魅力を感じる。

「に、二宮さん…ですか?」

「…はい、今朝電話に出た二宮ですが」

「っ……あの、その節は、へ、変なこと言っちゃって、すみませんでした!訴えないで下さい‼︎」

真澄は言葉を言い終わらないうちに勢い良く頭を下げた。

「え…あ、はい、大丈夫です…」

「ハラスメントになるなって思って、でも、二宮さんの声、僕、結構好きで…いえ、安定感があって、こうして直接聞いたらまた雰囲気が違って、それも良い感じだし、何て言ったら良いのか…」

「はぁ」

「ともかく、貴女を侮辱する意図はありませんでした。僕は純粋に、その…二宮さんの声に惹かれてまして、一度お会いしたいなと思ってまして」

「……」
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