自己評価低めの彼女には俺の褒め言葉が効かない。

茜琉ぴーたん

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11月

7・日々の雑談

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 商品管理部の業務はデスクワークから力仕事まで幅広い。
 在庫の片付けは男性陣に任せているので、知佳ちかは朝イチの荷受けと検品、開店準備の雑務などを受け持っている。そして空いた時間を見つけては売り場のレジ各所から伝票を回収し、事務室で登録業務を行う。
 現在の人員は4人、それぞれが週休2日をほぼ平日に入れるので組み合わせによっては特定の相手と一週間会えないこともある。
 配送業者側も同様なので、実は平日の千早ちはやと知佳のエンカウント率は低い。
 とはいえ初対面からひと月、遭遇すれば会話を交わし、二人はそれなりに親しくなってきている。
 配送から戻って翌日準備を始めるまでの長くても十数分、窓を挟んでのコミニュケーションは人見知りの知佳には丁度良かったのだ。

 一方の千早の動きだが、先日室内に貼ってあるシフト表をこっそり撮って帰ったので、知佳の当面の休日と出勤日は把握している。何かあれば、何もなくても、しばしの雑談をしに彼は商品管理室へ顔を出すのだ。
 何故かと言われればそれは知佳を気に入ってるから、しかしすぐのすぐ付き合いたいとか、デートをしたいとか、そんな事までは考えていなかった。平坦な日常にハリを出す為に配置換えをしてもらったのだ、触れ合うことでその効果は十二分に発揮されている。
 千早は最近仕事が楽しくて、かつ配送工事センターへ戻って商品管理室に知佳が見えると、あからさまに嬉しいという顔をするのだ。
 その様子をほぼ毎日見ている同僚・高石たかいしも、喜ばしいことだと感じていた。

 そんなある日の夕方。
「チカちゃん、甘いの好き?」
「はい、好きですよ」
「ほなこれ、さっき貰たやつあげるわ」
千早はお客様宅で貰ったという、饅頭を2つ手渡す。
 甘酒と小麦粉を混ぜた薄皮でこし餡を包んで蒸してある、お隣岡山県の銘菓である。
「ゎ、ありがとうございます。千早さんは食べないんですか?」
「ようけ貰うたんよ」
「あー、いっぱい入ってますもんね」
 知佳は立ち上がって紙の箱を剥く。
 この室内には小さな冷蔵庫と電子レンジが備えられており、部署メンバーはもちろん、売り場の営業スタッフも使いに来る隠れ休憩スポットなのである。
 知佳は電子レンジのターンテーブルへセロハン包みになった饅頭を1つ置き、600ワット固定なので10秒くらいか、セットして温める。
 オレンジ色に照らされた饅頭を二人で見守るが、千早は少し引いていた。
「…饅頭あっためんの?」
「少しですよ」
 すぐに電子音が鳴り、掴むとほんのり温かい。
 ながら作業でなければ多少の飲食は許容されているので、知佳は遠慮なくその場で頂くことにした。
「ふふふ。いただきます」
 温かい餡子あんこの甘みが口内に広がり、知佳の顔から思わず笑みがこぼれる。マイ水筒のお茶をすかさずひと口、中身は麦茶だが合わない訳ではないようだ。
 千早はその様子を窓の下枠にもたれてじぃと眺めていた。
 小さい饅頭を両手で掴んでチマチマかじっているのが小動物のようで面白い。そしてその口元の八重歯、千早が推す知佳のチャームポイントが見えやしないかと顔を僅かに振りながら眼を凝らす。
「あっためると美味いの?」
「この方が好きです。ホットミルクに入れてもいいですよ。饅頭系はトースターで焼いても美味しいです」
「あー、なんでもあったかい出来立ては美味いもんな」
「そうそう」
「あんま普段食わへんな」
「男の人はそうなんですかね?…私の出身地の、広島の銘菓も美味しいですよ」
「…へぇ。関西弁ちゃうなとは思てたけど。転勤?」
 知佳の新情報を得た千早は目に見えて生き生きとする。
「進学が関西で、そのままこっちで就職です」
「ほな、いつか帰んの?」
「い~やぁ~…無い、かなぁ~…転勤で故郷に返されるのはよくある話ですけどね…」
 どうも知佳は故郷に帰りたくなさそうだ、直感した千早は珍しく空気を読み、挨拶をしてからホールへ戻った。


 そしてまたある日のこと。
「チカちゃん、40型担げるってほんま?」
 ここでの40型は薄型テレビを指すが、コツさえ掴めば女性でも箱を傷つける事なく積み下ろしできるようになるのだ。
「積み直しで持ち上げるくらいなら。さすがに持って歩くのは無理…どこ情報ですか」
「ん?うちの高石。じゃあ、スナック菓子にチーズ入れて湯で溶かして食うてたっていうのは?」
「…それはホントです。お芋がペーストになるのが美味しくて…それもどこ情報ですか」
「高石。チカちゃん情報は、大抵あいつからやねん。しかしチカちゃん、食の趣味、変わってるって言われへん?」
「…言われますよ。自覚してます」
「もしかして、料理でけへん?」
「し…ますよ、ひとり暮らしだし。でも昼くらい、楽に食事したいじゃないですか」
「ほな、得意料理なによ」
「……ポン酢使う系ですかね…」
「………鍋?」
「…はい…」
「そう…」
「自分ひとりのために派手な料理はしない、それだけですよ」
 ムキになる知佳をニラニラと笑いながら見つめ、
「彼氏のためにとか…そもそも彼氏は作らへんの」
と千早は少し踏み込んだ。
「いやぁ…出会いも無いですしね」
「…もったいないね」
 俺たちはこうして出会ってるじゃないか、千早は強く思うが知佳には届いていないということだ。
「そう言う千早さんは?」
「しばらく彼女はいてないよ。募集中。ええ子いない?」
 紹介されたって乗る気は無いくせに、千早はフリーをアピールするためにガツガツ感も前面に押し出す。
「…少ないコネをフル活用しましょう。どんな方がタイプですか?」
「笑顔がかぃらしい子。これね」
 これは知佳である。
「…かわいい子…」
「よぉ働く子、も追加で」
 これも知佳である。
「仕事熱心で笑顔が可愛い子、ですか…可愛いって主観ですからね…誰に似てるとかで表せません?」
 君だ、なんて気取ったことは千早は言えない、芸能人も詳しくない。
「誰に……あ、タヌキっぽい子ね」
と強いて言うならの特徴を伝えても当の彼女はピンと来ないようだった。
「たぬき…」
「タヌキ顔とかカワウソ顔とかあるやん、そのタヌキ顔よ」
 実際知佳には紹介できるほど人脈も無いのだが、一応スマートフォンにメモをして「聞いてます」の雰囲気を出すも、面倒なので抜粋して入力する。
「仕事熱心…タヌキ…笑顔…ですね、分かりました」
「顔ね、顔。タヌキは来て貰ろても困るから」
 「八重歯が目立つ子」と言っても結果は同じだっただろう、千早は以上でも以下でもない触れ合いを良しとした。

 知佳は堂々彼氏募集中と宣言するほどひどく愛に飢えているわけでもない、体が疼くわけでもない。
 千早との初対面の時彼の笑顔についニヤけてしまったこと、ギャル仮装を褒められて照れてしまったこと、名前をちゃん付けで呼ばれて浮ついたこと、点を線で繋げは何かが見えてくるだろうにそこまではしなかった。
 しかしこうして千早と会話を重ねるうちに、知佳はつい無意識にホールに目をやるようになっている、点が増えている。本人はそれに薄々気付き始めていたが、今改めて千早の好みを聞き…「自分は千早の彼女候補ではない」と再確認してしまった。
 知佳は著しく自己評価が低いのだ。「かわいい」などという言葉はお世辞か裏がある企みくらいに捉えてしまう。社交辞令のストライクゾーンが異常に広いため、あからさまな言動でなければ匂わせにも感じない。
 それ故に千早のアプローチも右から左、たまにヒットして頬を染めるくらいの進捗具合だ。点をポツポツ増やしつつ、千早の道のりはまだまだ長い。
 さて余談だが、知佳は高石を介しての情報の漏れが気になるところであった。



 またある日のこと。
「千早さんは、地元のひとですか?」
「いや、出身は大阪よ。高石も」
「ほー、大阪!どの辺りですか?」
「岸和田。だんじりの」
「岸和田!あ、いえ、割とコテコテの関西弁で話されるんで、どの地域なのか気になってて……南の……なんだっけ、和泉、…泉州!泉州弁ですね」
 出自を聞いて、知佳は彼の喋り方のルーツを探りにわかに興奮し出した。
「…そーなん?」
「えぇ…まぁ世代差もあるし、色々混ざったりもしますから、あくまで地域で言うと、って感じですが。使ってる人は、何弁かなんて意識しませんよね」
「えらいテンション上がってんね。詳しいの?大阪弁」
「専攻が言語学で。大阪弁はレポート書くために少し齧った程度ですけど。ざっくり関西弁って言っても細かく分かれてて、大阪とか河内とか、京都・奈良も少しずつ違って…違いとかルーツを知るのが好きなんです。…文化的なことが好きで…」
 好きなことを語る人は美しい、千早はその内容はよく分からないが楽しそうな知佳の顔を目の当たりにして色めき立つ。なんにしても彼女の興味を引けたのは喜ばしいこと、饒舌じょうぜつになった知佳はキラキラしていてさらに可愛らしかった。
「はー、……言葉と言えばチカちゃん、」
 大人しそうな見た目だがそれは仕事上そうしているだけでプライベートではおしゃべりなのかもしれない。
 千早は
「もぉええ加減、敬語やめへん?」
とまたしても踏み込む。
「…えー、んー、………一応、出入り業者さんとは一線引かなきゃいけないんですよ。公正な取引的なやつです」
 話しながらも仕事の手は止めない、これも馴れ合わないための振る舞いである。
「はぁ、」
 こんなに顔を合わせて個人を認識しているのに、「業者」でひと括りにされる関係が千早は悲しい。
 補足するとそれは、特定のメーカースタッフと親しくする事でそのメーカー商品を贔屓ひいきして売るようになったりする、そういった事を防ぐためである。客を待つ間の立ち話くらいは許容されているが、店全体での呑み会や食事会にはメーカースタッフを呼んではいけないことになっているのだ。
「そう?ワシらが仲良くなっても、ウチの会社に損得は出ぇへんと思うけどね」
「んー、確かに…まぁ言葉遣いこそこんなですが、私的には仲良くさせてもらってるつもりですよ」
 ちなみに知佳の基準では、食べ物をくれた人には「良い人」の称号が付くようになっている。
「ほんま?ならチカちゃん笑てよ」
「は?」
 これにはさすがに知佳も作業の手を止めて千早を見てしまう。
「ハロウィンの写真、八重歯出ててカワイイ思てんよ。俺と話しててもあんま歯ぁ見せへんから」
 目下注目の八重歯の件、二人で談笑はするものの、まだしっかりと見えてはいない。なにも、唇をめくって見せろというのではない、八重歯が見えるほど笑って欲しいという意なのだが、いまいち伝わらないようだ。
 「かわいい」「歯を見たい」は、千早としては口説き文句と思って発したのだが暖簾のれんに腕押し、彼女には響いてないように見えた、が。
「…ぁー」
 それこそ歯が浮きそうなストレートな言葉を貰い、知佳は自分の顔色が変わっていくのを感じる。
 その変化に気付いたのか、千早はニヤニヤと知佳を見つめながら両手で頬杖をついた。
「…なぁ、わろて歯ぁ見せてや」
「…今度」
「うん?」
「今度、笑います」  
「ほぉー、待ってるわ」
 千早はそれで満足したのか、ホールへ戻っていく。

「(あぁー、カワイイだってカワイイだって)」
いくつになっても褒められれば嬉しいもので、口元がニヤけてしまうのは無意識によるものである。
 知佳はむにむにと頬を揉み解し、作業を再開した。
 彼は確かに、ギャルメイクではなく素の自分の笑顔を望んでくれた。
「…ふふ」
 千早が笑わせてくれるなら、是非にお願いしてみようかと知佳は思ってしまうのだった。
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