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11月
9・言わずもがなの寄り道
しおりを挟むある日の昼下がりのこと。
知佳がいつものように午後一番の伝票回収を終えて1階へ降りてきたところ、ホールの資材置き場に黒い尻尾の不審者が何かを探していた。
「千早さん、お疲れ様です。珍しいですね、この時間に店に居るなんて」
「おつかれ、いや…ドレンホースが足りなそうやったから…近くまで戻ったついでに寄ったんよ…」
作業仕様の黒いポニーテール、耳を出した千早は新鮮に知佳の目に映った。
「髪…ちゃんと括るんですね」
「おぅよ、ワシ工業出てるから。基本やからね、実験・実技・機械触るときは絶対よ。燃えたり巻き込まれたりするからな、チカちゃんも気ぃつけて」
そのプロフェッショナルらしい言葉が異様に知佳の胸を打つ。しかし髪を切れば良いのでは?なんて無粋なことを聞かないのは、気遣いではなく厚い心の壁がまだそこにあるからであった。
「心掛けます!」
「うん、……あ、しまった…すまんチカちゃん…切るもん持ってる?ハサミ」
「いえ、カッターなら…」
「あ、それでええわ、ここ、ヒモ切って」
「はいはい」
両手が塞がった千早の代わりに、知佳がホースを縛ったビニール紐をスパッと切った。
そしてこれでパーツが揃ったのだろう、千早は資材を持って出口へ向かおうとする。
「ほなね、チカちゃん。また夕方に」
「はい、お気をつけて」
バタンと重い金属扉が閉まって、知佳はふとポケットに新しい飴ちゃんを入れたことを思い出す。
「(お好きかな)」
伝票を入れたカゴに蓋をして商品管理室に置き、知佳は千早を追って裏口を出た。
幸いまだ工事車両はそこに居て、千早がトランクのドアから資材を積み込み終えたところだった。
「千早さん!」
「うおぉ!あ、チカちゃん、な、なん…」
千早は何故だか慌てた様子でトランクを閉め、知佳の方へぎこちなく向き直った。
「…飴ちゃん…リンゴ味を仕入れたので、お渡ししておこうと思って…」
「あ、あぁ……おおきに…。励みになるわ…」
ホッとしたようなその顔はいつになく唇が色っぽく、高い陽の下で頭には天使の輪がキラキラと輝いていた。
「ほな、うん…改めて、行ってくるわ」
「はい、行ってらっしゃい」
これも挨拶、特別なことでもないがそこに意味を持たせるかどうかは本人次第で、まるで夫婦のようなこのやりとりに千早は歓び打ち震える。
エアコンの工事車両は大きめのワンボックスカーで、ルーフに脚立、後列シートは取り外して資材や本体を置けるようになっている。その運転席に乗り込みドアをバタンと閉めた時、衝撃で車内の棚からパーツがいくつか落下した。
その動きに反応して知佳はトランクの窓へ目を遣る。整頓された車内には追加したホースの他に、同じ物が新品の箱入りで2箱も置いてあるのが見えた。午後の工事件数から考えても余分な量、近くに来たからと空き時間を潰してまで取りにくるものではない。
「(うん?ドレンいっぱいあるな…)」
彼女のぽかんとした表情から何かを悟ったか、ルームミラー越しの千早は知佳が久々に「こわっ」と感じてしまうほど鬼気迫った表情だった。
弁解は不自然だろう、千早はゆーっくりと駐車場を後にする。
「…見られたか…?」
彼が近くに戻っていたというのは本当である。しかし説明するまでもなく、千早は知佳の顔を見るためにわざわざ資材を取りに戻ったのだ。前日の時点で工事詳細も分かっている、過不足なく準備した資材があるにも関わらず、知佳に会えればいいなと立ち寄り見事に狙い通りの触れ合いができた。
その意図を勘付かれたら、拒絶されたら…この楽しい時間は終わるかもしれない。
知佳に貰ったリンゴ味の飴ちゃんをガジガジ噛み砕き、千早は次の現場へ向かって行く。
・
その夕方。
「チカちゃん…資材な、取りに帰って正解やったよ…あの後の工事で伝票外のホース取り替えが発生してん、余分に持ってて助かったわ」
「あ、なら追加伝票出ますね、はい」
新たな仕事が増える、知佳は無意識にコキコキと手のウォームアップを始める。
「ホースは…箱で積んであったけどあれでも足りないことがあるんですね?」
「せやね…わざわざ取りに来た甲斐があったわ」
これは嘘である。一般家庭のエアコンのドレンホースを総取り替えしたところでたかが知れている。更に追求されれば嘘を重ねるつもりでのハッタリであった。
「…わざわざ、ですか?」
「わざわざ…よ、うん…あのー…、チカちゃんに」
『♪~♪~♪』
千早が思い切ったところで知佳のスマートフォンが鳴り響いた。
「あ、すみません」
「ええよ、出て、うん…」
「もしもし、はい、はい………」
仕事に関わる事だろう、千早は窓を閉めて背を向けた。そして本来の職務をせねばなるまい、ホールの長机に着き翌日準備を始める。
もしあの着信が無ければ自分は何をどこまで話していただろうか?そのまま思いの丈を告げるところまで行ってしまっていたかもしれない。
出会って約ひと月、まだお互いのことを多くは知らない。アプローチは届かないし響かない。ここから更に時間をかけて育む…強い一手に出ても良いのか、悩ましい。
「当たって砕けたろかァ…!」
「な、なに?ついに?」
隣で作業をしていた高石が千早の急な所信表明に驚く。
「うん…ちっとでも意識してほしいわ」
「具体的には?告白?」
「いや…声かけやなぁ…」
「フーン」
これはまだまだかかるだろう、高石は途中から生返事に切り替え、千早より先に仕事を片付けたのだった。
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