自己評価低めの彼女には俺の褒め言葉が効かない。

茜琉ぴーたん

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11月・恋育つ編

20・帰りましょうか

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「国道をとりあえず明石方面、んでJCTジャンクションから大橋やな」
 これは喫煙可の車両だが、千早は今日はなるべく煙草を控えようと決意し、口寂しさを紛らわすための飴を持って来ていた。口の中で転がしながら、知佳にざっくりと経路を説明して、道なりに走る。
 通り慣れた街、しかし初めて乗る車の助手席からの景色は新鮮で、助手席の知佳も千早と同じように感じていた。
 建て替えられたショッピングモール、何かに強烈に反対する意志を示したプラカード。あそこの角はスロット屋になりましたね、などと周辺の状況を話題にしながら国道を東へ東へ進める。

 しかし走り出して5分ほど経った頃、千早の様子が変わった。
「……」
ルームミラーをしきりにチラチラ確認し、後続車を気にしている。
 知佳も気になり横目で振り返って見ると、それは白黒の県警のパトカーであった。何もやましい事は無いはずなのだが、肝がきゅうっと締まる。
 大きな国道だし、ここらで一番大きい警察署が近いからこの辺りを走ればよく出会でくわすし、流れで付いてくるだけだと知佳はさほど気にならなかったが運転席の男は違ったようだ。
「あー、チカちゃん、すまん。俺かもしれんな、ちょっと試そかな」
そう言って用事も無いのに左折でコンビニへ入ると、案の定パトカーも追って駐車場へ入ってくる。
「…やっぱりな、すまん。ちょっと我慢してや」
「え?速度超過もしてないのに…」
「いや、たぶんただの…職質や」

 パトカーからは中堅どころだろうか男性警察官が2人降りてきて、声を掛けられるより先に千早は自ら降車して待ち構えた。
「あ、すいませーん、お兄さん。どこ行かれてるんですか?」
「ドライブっすよ」
「これ、レンタカーだよね、ちょっとトランクとか見せてもらっていいかな?」
「ええっすよ、気が済むまで」
 警官はトランク・後部座席・あらゆる収納とポケット、そして千早の身体を確認する。
「両手広げてー」
 同年代の警官が千早の脇から腰までぱんぱんとその身体を調べ始め、ポケットの煙草も中身まで見られた。
「お出かけですか?」
 少しは市民の機嫌をとるのかと思えばそうではない。警官が試すような口ぶりで千早に尋ねる。
「淡路島へドライブデートっすわ」
「あぁそう、腕捲れる?」
「はいはい、…こっちも」
「君、なんだか手慣れてるね」
「見た目怪しいっすから、へっ」

 警官たちは結局何も無いと踏んだのだろう、
「すみませんねー、行っていいよ」
と謝罪にもなってない挨拶ひとつで千早を解放してくれた。


 この職務質問は数分だったが助手席に座る知佳は針のむしろで、周囲からの視線に生きた心地がしなかった。千早は外で身体を調べられているし、何も出ないとは思うが百パーセント信頼しているかと聞かれれば悲しいがそうだとも言い切れない。
 ただ彼は堂々と、何か警官に聞かれるとしっかりと答えているように見えた…あれに動じないのは大したものである。

 解放された千早は知佳に断ってからコンビニ店頭の喫煙スペースで久々に一服し、しっかり吸い切ってから車へ戻ってきた。
 空は今にも振り出しそうな曇天に変わり、車内に煙の匂いが充満する。
「ふぅ、すまんね、チカちゃん…よぉあんのよ、……怪しないか見られんねん」
「はぁ、なんか失礼なはな……」
そういえば、知佳もこの男の第一印象は「不審者」だったことを思い出し、皆まで言えず呑み込んだ。
 パトカーは走行中どのタイミングで千早に当たりをつけたのか分からないが、パッと見た目の怪しさだけで追跡したのならその洞察力は大したもの。
 しかしながら警察の勘も当てにならないもんだと知佳は視線をあちこちに遣りながら自身の上唇を喰む。
「慣れてるよ、さっきの警官も前に遭うたことあるしな、クスリやってへんか腕見られたりすんねん。失礼やで、ほんま…チカちゃんもゴメンやで」
 先ほどは、知佳も警官に疑いの目を向けられていた。非合意で連れ回されてるとか、共犯者とか、犯罪ありきで声を掛けているのだから当然か。
 知佳は美月に遅れる旨を伝えようかと思ったのだが、こんな時に助手席の女が動くと何か怪しまれるのでは?と不安になりただジッとしていた。よくテレビでやっている警察密着特番では、たいがい同乗者が証拠隠滅に動いているイメージがあったのだ。
「いえ…初めての職質でした。いい経験になりました」
これは知佳の本音に違いないが、人からあのような目で見られるのは快い気持ちはしない。
 正直一度でお腹いっぱいであった。

「ふィーーー……なんや、あれやな…」
 千早は大きく息を吐き頬を擦り、
「せっかくの……うん、サガってもうたよな?」
と、開始十数分でのドライブ終了を覚悟する。
 確かに盛り下がったし気分も害されてしまったが千早が意図的にしたことではないし、なんというか悲しい事故のようなものである。
 しかし知佳を不名誉な目に遭わせてしまったことを悔やんでいるのだろうか、千早はハンドルに突っ伏したまま動かなくなった。
 まるで「もう帰りましょう」と知佳から切り出すのを待つかのような静かな時間、沈黙は3分か5分か、正確には分からないが体感したよりは短かったのだろう。

「あの、」
少し煙にせた知佳が小さく咳払いをして口を開く。
「千早さん、私は大丈夫なので、元気出してください」
 小さく丸まった男の背中へ励ましの言葉、そしてその声はこれからの計画の変更を告げる。
「そこの角の信号で元の道に戻って、レンタカー屋さんにこの車を返しに行きましょう」
「……あ」
 元気など出ない、こんな情けない姿を見せてしまって消え入りたい気持ちで、それなのに自分からは「帰ろう」なんて言いたくないから知佳に言わせてしまった。
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