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5…好きなの食べな
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しおりを挟む「そうだよな…サイズ合わないもんな…」
「ハイ?」
「ううん…あのさ、失礼だけど彼氏とかそれに準ずる相手とかいたりする?」
「へぁ?」
まさかそちらから来るとは思わなかった、私の間の抜けた声に吹き出す栄さんは視線を落としてはにかんでいた。
これはそういうことなんでしょうか、
「いませんが」
と答えるとその顔は少しだけ華やいだように見える。
「準ずる」が「気になっている人」を指すならばそれは目の前の貴方なのだけど余計な勘違いを生むのも本意ではない。
それともセフレとかを指すのならばそんなものはいやしない。
「じゃあ…好きな人は?」
「好……あの、気になってる…人は…います…」
「……それは、会社関係の人?」
「へ、あ、会社…」
栄さんはやけにぐいぐいと来るもので、最終的に「栄さんでぇす」と白状させられそうで恐くなる。
こういうタイプの人なのか、初対面の時の威圧感を思い出して体が強張った。
しかしこの手の頓智みたいなやり取りは苦手だ。
ロジックとか帰納法とかで明に暗に答えを導き出される感じ、真綿で首を絞められるような寒々しさがある。
「……」
「会社関係…ではありますね…」
「ふーん…そっか」
私がここを訪問するのは業務の一環だからであってプライベートではない。
だから売り場で栄さんに対面している時間は仕事・会社関係によりもたらされたものだ。
しかして今のこの時間はプライベートな訳でそれでも仕事から派生したようなものであって…しかしどうやら私は彼の望む答えを出せなかったようだ。
つんと唇を尖らせた栄さんは革靴の先で床を数回蹴って数秒の沈黙の後、
「あのさぁ…宇陀川さんは…やめといた方が良いよ」
と言い捨てて残りのドックを全部口に入れてしまった。
「え、宇陀川さん?」
私はぽかんと自分と栄さんの相関図を頭に描き、なぜか天から降ってきた宇陀川のアイコンの置き場所に困ってしまう。
「(宇陀川…?なんで?私、何かそんな素振り見せたっけ?)」
宇陀川は30代半ばで歳の割にたぶんモテる男で、けれどそれがなんだという感じで全くもって私は意識したことが無い。
だから上司にも関わらず内心では呼び捨てているのであって、嫌味なハラスメント上司くらいにしか思っていない。
栄さんは個人的に宇陀川と面識があるっぽいから私が知らない所で知らない会話を交わしているのかもしれないが、宇陀川から私へ何らかの矢印が向いていることを把握しているということか。
しかし実感が無いというか私は宇陀川とは雑談らしい雑談もしないしそもそも部門が違うから接する時間も少ない。
宇陀川は好意を持っている女性の元には勤務時間に自由に足を運んでモーションを掛けたりするので分かりやすいし、たぶん手広く浅く遊んでいるような印象を受けている。
そんな男と私が何か関係があると思われているなんてショック過ぎる。
訂正しようにも問いただそうにも彼の口の中が空になるのを待つしかない。
「(とりあえず…なんか…)」
なんだろうフラれるよりも嫌な気分だ、いや実質フラれたのか。
私はあの宇陀川と番になるような女だと思われていたんですね、寂しさと侘しさと悔しさで顔が熱くなる。
もっしゃもっしゃ噛み続ける栄さんの前でフォカッチャを掴み、景気良く大口で齧り付いた。
つづく
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