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6…これもお食べ
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しおりを挟むあー美味しい。
気分は最悪でも味覚は変わらないんだな、硬めの生地にトマトの果汁とオリーブオイルが染みて塩っぱさもちょうど良いバランスだ。
ミルクとは合わないがこんなもんだろう。
私は割高だけどお外でわざわざたっぷりの牛乳を頂くこの贅沢感が好きなのだ。
「……」
口に含んでもくもく噛んでいると栄さんはまた私を真っ直ぐ見つめて身を乗り出して、少々哀しげではあるけれど口元に笑みを浮かべた。
ぱくり、ぱくり、こちらも負けじとメンチを切るくらいの気持ちで目線を彼に合わせてもっしゃもっしゃとフォカッチャを腹へと落とす。
「(あー、美味しい)」
最後のひと切れを飲み込んでミルクをふた口、塩っぱいんだか甘いんだかが喉を通過してから深く座り直してわざとらしく咳払いをした。
「コホン……あの、何か勘違いされているようなんですが、私は宇陀川さんと疚しい関係にはございません」
「…そうなの?」
「証明する術はありませんが…でも連絡先も知りませんし、個人情報はほぼ知りません」
「そう、なんだ」
ホッとしたのはどういう理由なのか。
私に並々ならぬ想いを抱いているからなのか、それとも宇陀川を軽蔑していて引き離そうとの善意からなのか。
「はい、なのでその…わ、私は宇陀川さんのことは営業はできるけど扱きのやり方が無茶なハラスメント上司としか見ておらず…ひとつ屋根の下で働く口うるさいオジサンくらいにしか…いえ、言い過ぎましたすみません」
「ぷふっ」
「……」
「あー…ごめん、あーそう、そう……謝ることないよ、俺もそれくらいの認識だから…まぁ俺はもっと嫌いだけどね」
「ハァ」
旧知の仲と思ったがそうでもないのか。
栄さんはコートの前を開けてだらりと背もたれに身を任せる。
薄いブルーのワイシャツに無地の青のネクタイ、オーサキは管理職のネクタイは本部から支給されるそうで階級によって色が異なるらしい。
店長は赤、副店長は黄、そして各部門の主任は青。
一般職は私物で色はともかく柄物を着けるそうだ。
栄さんはその青のネクタイの結び目を緩めて、
「あの人な、元々は先輩で…うちで働いてたんだよ」
と宇陀川との過去を明かす。
「え、オーサキで?」
「そう。んでそっちに転職したんだよ」
「へぇ…知りませんでした」
宇陀川は時たま愛社精神を問いたりするので、てっきり新卒採用でムラタ一筋なのかと思い込んでいた。
そういえばオーサキに関してプチ情報を知った風に話すなぁと思ったことはあった。
値引やポイント率なんかもいやに勘が働くと感じたこともあった。
なるほどかつて所属した会社を利用してムラタでのし上がった訳か。
各地に店舗はあるから「あ、あいつムラタに居やがる!」なんてゴタゴタにはならなかったようだ。
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