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12…食べかけのあれ

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「やっと梅雨明けですねぇ」

冷房の効いた店内から風の無い表へ出るとぶわと体感温度が上がり汗腺が開く。

 ただでさえ仕事終わりで化粧が浮きそうなのにベタベタ感が気持ち悪い。

「うん…でも蒸し暑いや」

「…雅樹さん?」

暑いと言いつつ私の手を握り離さない彼は、いつものルートでムラタ側へと渡るための横断歩道へと歩き出す。

 表情が暗いのは宇陀川のことを思い出したからだろう。

 でも直前になって知らせるより前もって教えた方が心の準備ができて良いと思ったのだ。


「…美羽ちゃん、結婚さ、早めることって出来るかな」

「え、」

既定事項のように繰り出されたプロポーズに、嬉しさよりも戸惑いが上回る。


 これといったドラマティックなプロポーズは受けていないけれど、彼は昨年くらいから結婚の意志を示してくれていた。

 私の実家に挨拶も来てくれたし私も彼の実家に伺ったし、あとはタイミングだねなんて話していたのだ。

 というのも我々の所属は全国展開企業、県をまたぐ転勤は今は滅多に無いのだが管理職ともなれば話は別だ。

 雅樹さんは店長登用試験や特別研修なるものを受けているらしく、もし昇進する場合には今の店ではなく他の店舗にて就任するのがオーサキの慣例らしい。

 この甕倉カメクラ市内にオーサキの店舗は3つあり、ここ本店の他は郊外の北店か西店が候補になりそうなのだが…まだ分からないそうだ。

 なので昇進が本決まりになったら籍だけ入れて落ち着いたら挙式なり披露宴なり準備を…という感じの段取りにしていたのだが、彼はそれを早めたいと言う。


「…ごめん、不安なんだ…自信が無い」

「宇陀川さんのことですか?」

「うん…おかしいだろ、恐いんだ…対面する前に他の店に行けたら良いけど」

「そ、それと結婚と何の関係が」

 タッグを組んでどうにかなる話でもあるまいに、しかし雅樹さんは割と本気でそう考えていたみたいだ。

「だから、支えて欲しいんだ…ついて来て欲しい。ムラタを辞めろとは言わないけど、俺は出来ればここから遠い店に行きたい。そこから通える範囲にムラタの店舗があれば転勤願いを出して…引っ越したいんだ」

「……はぁ…」

 頃合いだから結婚するのに理由がそれでは『宇陀川婚』になってしまう。

 だいたい私だってそこそこのプライドを持って働いているのに付属品扱いされたみたいで納得がいかない。

 今後も彼の転勤によってこちらの事情も加味されず駒のように動かされるのは辛いというかあまりに独りよがり過ぎやしないか。

 こんなところにも宇陀川の影か、それとも人は地位を手にすると傍若無人になってしまうのだろうか。
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