Fragment-memory of future-

黒乃

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第二話

第四十一節 銀世界にて

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 この惑星カウニスの北にあるノルズリ地方。そこは一年中雪が降っている豪雪地帯である。太陽はほとんど顔を出さず、天気は曇りか雪の日が多い。灰色が大陸全体を包んでいるような地域だ。
 そんなノルズリ地方の玄関口である、氷の都ニールヘーム。機械技術に長けており、暖房機器の世界シェアを誇る街は何処か、機械都市マシーネを連想させた。霧が街全体を包んでいて視界が悪いが、これは暖房機器による蒸気らしい。霧の濃度が、このノルズリ地方の厳しい寒さがどれ程のものかを物語っている。しかしそんな厳しい寒さの中でも、防寒具を着た子供達は楽しそうに港で走り回っている。元気でいいことだ。
 そんなニールヘームの港にソワンと共に降り立つ。さらに二人だけではなく、なんとツバキが同行者として港に降りた。なんでも、元々ニールヘームでの任務があったらしい。そこで彼──一応念のため彼と表記しておく──に老婆心が芽生えたと。子供二人だけで未踏の地に行くことを案じ、ついでだからと付いてきたのだという。しかしエイリークとソワンの行き先は、現在地よりもさらに北にある、フヴェルゲルミルの泉だ。ここでお別れとなる。

「じゃあアタシとはここでお別れだけど……二人とも大丈夫ね?船でアタシが言ったこと覚えてる?」
「だ、大丈夫ですっ!」

 まだアクの強いツバキに慣れず、思わず返答の声が上ずった。エイリークの反応に「初心なのねぇ」と呟いた言葉は、聞き流すことにしよう。

 今回自分たちの最終的な目的地は確かに、フヴェルゲルミルの泉だ。ただしそこまで辿り着くためには、その泉を保護している村まで行かねばならない。村の名前はヘルヘーム。そこの村長が、巫女ヴォルヴァだという。そこまで行くにはギョール川という、ここニールヘームとその村を隔てる川を渡らなければならない。
 地図もコンパスも、今のところ不審な点はない。ソワンもそれを確認済みだ。さらにソワンにはツバキから渡されたという、ミズガルーズ国家防衛軍からの協力要請についての信書がある。これはヘルヘームの村長に渡すものだ。
 ただ今から出発しても、ヘルヘームに辿り着くまでに半日はかかる。今日の目標としては何処か休めそうな洞窟を探し、そこで野宿が出来るスペースを確保すること。勿論レイをおぶっているため、戦闘はなるべく回避すること。それらをソワンと確認できたところで、出発することに。それにしてもと、ソワンを一瞥する。

 ……なんだか、ソワンは妙に焦っているように思える。何かに追い詰められているようで、とにかく余裕を感じない。なんだか、少し前の自分を見ているようだ。

 大丈夫だろうかと彼を見ていたが、不意にツバキに肩に手を置かれる。振り向けば、彼に耳元で呟かれる。

「ハートちゃん、一人で切羽詰まってるようだから。もし無事に野宿の場所が確保できたら、適当にガス抜きしてあげてちょうだい」

 心配なのよ、と付け加えて。そのお願いに首を縦に振った。自分だってソワンのことは心配している。このまま放っておくわけにもいかない。頑張ってとツバキからの応援を背に、ニールヘームを出て奥の方へと向かい始めた。
 太陽が厚い雲に覆われているからか、辺り一面が灰色と白の二色しか見えない。遭難防止として、エイリークとソワンはお互いをロープで繋いでいる。さらにおぶっているレイを落とさないように、ロープやベルトで彼をガッチリと自分の背に固定していた。

 ニールヘームではそれ程でもなかった雪が、都の外を出てからは荒々しくなっていた。視界も悪くなっていく上に、雪の上を歩くのは案外体力を使う。轍でも出来ていれば歩きやすかったのだろうが、次から次へと降り積もる雪の前ではそれは期待できそうにない。ぐっ、ぐっ、と足を滑らせないようにしっかりと踏みしめて、一歩ずつ確実に歩いていく。時折声かけをしながら、お互いが無事なことを確認する。
 さて、一体どれくらい歩いたのだろう。肌を突き刺すような寒さが、一段と強くなっている気がする。現地で準備してくれていた防寒具を羽織っている上からでも、体感できるほどだ。ノルズリ地方は、他の大陸に比べると陽が落ちるのが早い。体力温存のためにも、もうそろそろ洞窟を見つけたい。焦りが出始めそうになった頃、目の前に川が見えた。一際大きな川だ。

「ソワンさん!あれ、さっき言ってたギョール川かな!?」

 吹雪に声が掻き消されないように、声を大にして確認する。ソワンもまた同じように答え、目的地までの半分の距離を進むことが出来たと伝えられる。思っていたよりいいペースだと言う。その言葉に幾ばくかの余裕が出てきて、焦りかけてた思考が元に戻る。なんとなく視界が急に開けたような気にもなった。そのお陰か、川を渡ったすぐそばに洞穴があることに気付く。
 先行していたエイリークは、ソワンを誘導するように指で行く道を指し示した。彼の頷く姿を確認して、洞穴へと向かう。ちなみに、川の上には石畳で作られた橋があった。こんな豪雪地帯には一番向かない素材だ。
 足を滑らせて転倒したとして、川に落ちたら文字通り死に直結する。作った人物はそれが目的だったりするのだろうか、と邪智してしまった。ともあれこの吹雪の中で魔物に出会うことなく、ここまで進めたことは僥倖だった。戦えなくもないが、レイをおぶっている以上は動きが制限される。彼を守りながら慣れない環境の中での戦闘は、やらないに越したことはない。

 洞穴まで到着して、雪除けのために少し中に入る。光はなく、人の気配はない。念のため入口でソワンを待たせて、奥の調査に向かった。御誂え向きにと付近に落ちていたであろう太めの枝に、魔術で炎を灯す。それを持ち、足の踏み場に気を付けつつ進む。
 吹雪いていた外と比べると大分暖かく感じ、魔物が巣にしている様子もない。奥の方の開けた空間でなら、今夜は休めそうだと判断が出来た。入口まで戻り、大丈夫だと伝える。それを聞いたソワンから、安堵の表情が伺えた。
 開けた空間まで案内して、自分の外套や持ってきていた荷物でレイのための簡易的な寝床を作る。焚き火の準備をしている間、異常がないかソワンがレイに簡易的な診察をしていた。

「……うん、大丈夫。脈も安定してるし、一先ず急変することはなさそう」
「良かった……。あ、これ飲みますか?ツバキさんに渡されて、持ってきたんです」

 はい、とホットミルクを入れたカップを手渡す。地面にはジンジャーシロップの瓶を置いた。この寒さでミルクもシロップも凍ってしまうかとヒヤヒヤしたが、どうやら事なきを得たようだ。これらは全て、冷えた身体を芯から温めるようにとツバキから渡されたのだ。自分は少し多めにシロップを入る。ソワンも同じように好みの量を入れ、火傷しないようにゆっくりと飲む。
 ミルクが舌の上で、するすると滑る。喉元を過ぎて胃に届けば、身体の筋肉を優しくほぐしてくれるような安心感と温もりが灯る。ジンジャーシロップのお陰で、内側から体温が戻る感覚がわかる。ほっと一息ついたソワンが、今日初めての笑顔を見せた。

「美味しい」
「ですね。そうだ、ツバキさんから饅頭も貰ったんです。食べましょうよ」
「全然気付かなかった……ありがとう」

 ぱちぱち。焚き火で燃える枝の音や炎を見ながら、無言で饅頭を食べる。食べながらソワンの横顔を盗み見るが、表情は読めない。用意していた饅頭を平らげて、ジンジャーシロップのホットミルクを楽しんでいると、不意にソワンに声をかけられる。

「……ごめんね、エイリーク」
「ソワンさん?」

 そこには立派な軍人ではなく、自分と同い年の、一人の少年がいる。体育座りをして、悲痛な面持ちで炎を眺めている。

「……本当は、ボクがしっかりしてエイリークやレイのこと、保護しなきゃいけないのに。何から何までエイリークに頼りっぱなしで、何も出来てなくて……」

 レイが倒れてからというもの、彼を助けるためのことにしか目が向いていなかった。自分がやりたいからって軍人としてやるべき事を放棄して。一般人の自分に散々迷惑をかけているのが情けない、と懺悔される。

「軍人たるもの、何事も常に冷静に、私情は挟むべからず。……士官学校時代でも、実際に軍に所属してからも、耳にタコが出来るくらい聞かされてたのに。頭で理解していたはずなのに──」

 やっぱり、と続けたソワンは表情を歪める。

「ボクが軍人なんて……レイを守るだなんて、烏滸がましかったんだ。エイリークまでボクのやりたい事に巻き込んで。最低だ」
「……俺、巻き込まれたなんて思ってないです。それに、ソワンさんだけじゃない。俺だってレイのこと、助けたかったから」
「エイリーク……」
「それに俺から見たら、ソワンさんは本当に立派です。人を救うための技術を持ってて、しかもそれに対して常に誠実で」

 流石、ミズガルーズ国家防衛軍の軍人だ。
 そう言えば、泣くことを堪えていたソワンの目から、ポロポロと涙が溢れた。張り詰めていたものが、ふっと消えたように感じる。一人で気を張り詰め過ぎていたんだろう。少しは、ガス抜きってやつができただろうか。

「……ありがとうね」

 消え入るようにだが、その言葉は確実に届いていた。嗚咽を漏らしながら泣くソワンに声はかけず、落ち着くまで焚き火の炎を見ていた。
 数分後。落ち着いたソワンから、ホットミルクのおかわりを要求される。用意をしながら、ふと気になっていたことを尋ねてみた。

「そういえばソワンさんって、レイとは同級生なんでしたっけ?」
「そうだよ。ミズガルーズ国立魔法学園の中等科で、3年間同じクラスだったんだ」
「幼馴染、だったんですか?」
「それとは違うかな。初等科の時は同じクラスじゃなかったし、そもそも中等科で同じクラスになるまでは話したこともなかったんだよ」

 コトト、と再び温めたホットミルクをソワンのカップに注ぐ。

「聞きたい?」
「うん、是非」

 カップをソワンに手渡す。それを一口飲んでから、長くなるよと彼は続けた。
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