Fragment-memory of future-

黒乃

文字の大きさ
67 / 137
第三話

第五十一節 渦巻く陰謀

しおりを挟む
 アウスガールズ国某所。
 コツコツと靴音が響き渡る。廊下を歩く一人の人物。その人物はフードを被り、身の丈ほどある黒いコートを羽織っていた。しばらく進み、ある一室の前で止まる。なんの躊躇いもなく中に入ると、そこには先客がいた。

「遅かったなシャサール」

 真ん中が開いている、特徴的な円卓を囲うように座っていた二人の人物。そのうちの一人が、今しがた部屋の中に入ってきた人物に声をかけた。シャサールと呼ばれた黒い人物は、フードを下ろして笑う。

「あらごめんなさい。アタシ、そんなに遅刻したかしら?」

 コートを脱ぎながら、シャサールは自分の席に向かう。コートを背もたれにかけて着席すると、懐から葉巻を取り出し吸い始めた。彼女の質問に答えたのは、円卓の上座に座している人物だった。

「いえ、ちょうどこれから始めようと思っていたので大丈夫ですよ」
「そう?なら良かったわ、ヴァダース」

 上座に座していたのは、カーサの最高幹部の一人であるヴァダース。最初に彼女に声をかけた人物は、カサドルだ。そう、この部屋に集まっているのは、カーサの一員である。
 シャサールもまた、カサドルと同じくカーサ四天王の一人。紅一点の彼女は実力も申し分なく、何より鋭い判断力を持つ。冷静に広い視点を見渡すこともできる。四天王の中でも重要な人物であることは、間違いない。
 シャサールは部屋の中を一瞥して、ヴァダースに尋ねた。

「リエレンは?」
「彼なら今、別任務でヘルヘームの方へ向かわせています。まぁ彼のことです、すぐ帰ってくることでしょう」

 その説明で彼がいないことに、合点がいった。納得して二本目の葉巻を取り出す。煙が部屋に舞う。
 彼女が葉巻を吸っていることに、ヴァダースとカサドルは別に構う様子は見受けられない。ヴァダースがさて、と話を切り出した。不定期に行われるこの会議は、カーサにとって重要な情報を掴んだ時に開かれる。今回も例に漏れず、その手の話題だ。

「今年の世界巡礼の指揮官、中々のやり手です。先日のマシーネの古城でもアジトは壊滅。その後、付近一帯の小アジトも全滅させられました」
「全滅って、ここ最近そればかりじゃない。カサドル、アンタ一度戦ったんでしょ?奴ら、そんなに強いの?」

 疑惑の目をカサドルに向ける。その疑惑に、カサドルはただ淡々と答えた。

「あの二人を甘く見ない方がいい。さすが世界一の大国ミズガルーズ国家防衛軍、と言ったところだ。あの魔術師と剣士は、出会い方が違っていればこちらに引き入れても申し分ないと言える」
「私のエッジも、本気ではなかったとはいえ正確に弾かれましたからね。見誤ってはいけません」
「ふぅん……。そんなに強いのなら、一度り合ってみたいものね」

 シガーカッターで、葉巻の先端を切り落とす。なんとも楽しめそうな話題だ。そこに、ヴァダースがさらに燃料を投下した。

「そのミズガルーズ国家防衛軍が二人の子供を保護したことは、以前伝えていましたね?」
「ええ。あのバルドルの坊やと、半人前の魔術師の坊やのことね」
「その半人前の魔術師が、女神の巫女ヴォルヴァである可能性がさらに高まりましたよ」

 そう言いながら、ヴァダースが円卓のスイッチを操作する。やがて部屋の奥にあるモニターに映し出された映像。それはマシーネの古城で、四天王の一人のキゴニスが出した情報だ。被検体の血液中の「血中マナ含有量」「血中マナ伝達量」のデータ。映し出された情報を見て、ヴァダースの言葉の意味が理解できた。

「あくまで可能性の域は出ません。しかしそれを見極めるためにも、どこよりも早く、彼を手に入れることが重要になります」

 カーサには敵対する組織が大きく三つ存在する。一つは言わずもがな、ミズガルーズ国家防衛軍。二つ目が、ユグドラシル教団の教団騎士。そして最後の一つは、世界保護施設。特にカーサが注視しているのが、世界保護施設だ。

 カーサは魔物を狩り、従えることで村や街を支配している。自分たちの支配下に置くように調はしているが、実験台にすることは基本的にない。
 しかし世界保護移設はそうではない。彼らは自分たちの欲望のままに、種族の実験や研究、殺処分を行っている。実験台へを施し、それを繰り返すこともあるそうだ。自分たちの知的好奇心を満たすためだけに、魔物ですら生贄にする。
 その影響で自分たちに従えさせるための、狩る魔物の数が減少する。それは引いてはカーサの弱体化にも繋がりかねない。ヴァダースが懸念していることはこれだ。
 万が一、世界保護施設がレイという存在に気付いたのならば。確実に彼を実験しようと、彼を手中に収めるために行動を起こすだろう。レイが世界保護施設に捕らえられる前に、ミズガルーズ国家防衛軍から彼を奪わなければならない。

「一刻の猶予もない、ということですか」
「そうです。さらに彼が本当に女神の巫女ヴァルヴァだった場合、ミズガルーズ国家防衛軍やユグドラシル教団騎士との正面衝突も、免れないでしょう」
「厄介ねぇ……最悪の場合、四つ巴も考えられるのね」
「ですが、吉報が一つ」

 にこりと笑い、ヴァダースから新しく情報が伝えられる。

「ミズガルーズ国家防衛軍の世界巡礼、彼らは次の目的地をどうやらここアウスガールズに決めたそうですよ。そうでしょう、キゴニス?」

 彼の視線の先。そこにあるのは。ヴァダースは確かにそれを、キゴニスと呼んだ。
 キゴニスが四天王である理由が、まさにこれにある。魂を別のものに移し替えることのできる技術。一度自分の魂を何分割かに分け、転移したい先に付与させる。常人では、まず数式すら組むことすら不可能である技術だ。
 今の白い浮遊する物体は言うなれば、器のない剥き出しの魂。そんな状態での帰還とはつまり、あるべき身体はとうに消失してしまったということだろう。

「その姿になってからここに来るまでの貴方の視覚情報は、全て送られてきています。海上を移動するミズガルーズの軍艦を、見ましたね?」
『ああそうだよ、クソッ!あの野郎、僕の古城を爆破しやがって……!!』
「撃退も強奪もできずに、おめおめと帰還してきたわけか」
「ツメが甘いのよ。それに自分の力に陶酔して、過信しすぎた。当然の結果ね」

 冷たくあしらうカサドルとシャサール。四天王の中でも、その陰湿さからキゴニスは煙たがられている存在でもあった。当の本体は表情は見えないが、まだ感情が残っている。言い返したいがどれも事実な為、言葉に詰まったようだ。

『アイツ等、ケルス・クォーツをダシにしたらすぐに釣れたんだ!!そのために人体実験までして、奴の悲鳴を録音したっていうのに……』

 そこまで言ったものの、キゴニスは言葉を止めた。何故ならば──。

「……キゴニス。どういうことです?」

 ヴァダースの纏う雰囲気が、一気に殺し屋のそれに変わったからだ。冷たく睨む金の瞳には、毒を孕んだ殺気が渦巻いている。その雰囲気に思わず背筋が凍る。一瞬にして理解した。キゴニスが、ヴァダースの地雷を踏んだと。

「ケルス・クォーツは古城で捕虜にしたのち、すぐさま本部に輸送する手筈でしたね。何故、人体実験なんて余計なことをしているんです?」
『い、ぃ、今はもういない!奴らが来る前にすぐに渡した!』
「……キゴニス」

 ヴァダースが、自身の右目の眼帯に手をかける。彼の、滅多に使われない右目。普段は眼帯で隠し、力を抑えているらしい。それを使うということは、対象の死を意味する。
 もっともそれが、普通の死であるならば多少の救いはあったのだろう。しかしヴァダースの右目が与える死とは、普通のそれとは全く違うものだ。死の呪い。彼が使う右目の力の、その一部。
 キゴニスは震え上がり、必死に許しを乞うた。

『わ、悪かった!僕が間違っていました、許してくれ!!』
「今更遅いですね、反省が」

 最後ににこりと笑い、死刑宣告を下す。

「精々悶え苦しみなさい、裏切り者」

 その言葉とともに、右眼がキゴニスを捉えたようだ。途端に、部屋の中に絶叫が木霊する。白い浮遊する物体が、どろどろと溶ける。果たして本当に溶けている感覚であるかは、当のキゴニスにしかわからない。
 とはいえ布を引き裂くような悲痛な叫びが、それがどのような悍ましい感覚なのかを物語る。溶けた物体は、床に落ちると蒸発して消えていく。高温の鉄板の上に垂らした水のように、一瞬で呆気なく。やがて全てが消滅すると、ヴァダースが眼帯を右目に付け直す。

「やれやれ、無駄な力は使いたくなかったのですがね」
「……アンタ、さっきカマかけたでしょ?」

 シャサールがヴァダースに指摘する。
 そもそも今しがた映し出された、キゴニスが出したという情報。それは果たして本当に、彼が提示したものなのか。キゴニスは確かに自己顕示欲が強い人物だった。ただし同時に、独占欲の強い人間でもあった。自分の得た情報を、そう容易く他者に開示するとは、とても思えない。
 ならば何故、ヴァダースはその情報を持っていたのか。圧力と言ってしまえばそれまでだ。しかし少なくともヴァダースは、大っぴらに自分の地位を利用する人物ではない。考えられる答えは一つ。元々キゴニスは危険人物として、常日頃から監視されていたのだ。
 その監視の目を、彼がアジトにしていた古城にも取り付けていたのではないだろうか。聞けば古城内部はモニターなどの、機械類が多かったらしい。監視の目が一つ増えたところで、気付くはずもないだろう。その監視の中で、レイについての情報が出たとき、それを引き抜いた。
 加えて先程のヴァダースの発言。魂の状態になる前の行動は見ていないと告げられたキゴニスは、自分がしていたことは監視されていないと勘違いして、油断するだろう。油断すればスキが生まれるのは道理。その結果口を滑らせ、あのような結末に至った。そう述べれば、ヴァダースがわざとらしく肩をすくめる。

「さて、なんのことでしょう?」
「本当に食えない人間ねぇ……」
「まぁ彼は元々世界保護施設の人間。いつかは処分しなければならないとは思っていましたよ。あの姿での帰還が幸いでした。生身のままだったら、分割したという魂を取り逃がすところでしたからね」

 ヴァダースという人間の恐ろしさを、改めて痛感した。
 そんなことはいざ知らずといった様子で、ヴァダースが話題を切り替えた。

「シャサール、先程言っていましたね。彼らと一度り合ってみたいものだと」
「え?ええ、言ったけど」

 何をするつもりかと尋ねる。悪戯を思いついた子供のように、酷く純粋な笑顔を浮かべたヴァダース。今しがた人一人を殺したとは思えないほど、素直な笑みだ。

「彼らを招待しましょう?私たちがいる、このアウスガールズのアジトに、ね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

縫剣のセネカ

藤花スイ
ファンタジー
「ぬいけんのせねか」と読みます。 -- コルドバ村のセネカは英雄に憧れるお転婆娘だ。 幼馴染のルキウスと共に穏やかな日々を過ごしていた。 ある日、セネカとルキウスの両親は村を守るために戦いに向かった。 訳も分からず見送ったその後、二人は孤児となった。 その経験から、大切なものを守るためには強さが必要だとセネカは思い知った。 二人は力をつけて英雄になるのだと誓った。 しかし、セネカが十歳の時に授かったのは【縫う】という非戦闘系のスキルだった。 一方、ルキウスは破格のスキル【神聖魔法】を得て、王都の教会へと旅立ってゆく。 二人の道は分かれてしまった。 残されたセネカは、ルキウスとの約束を胸に問い続ける。 どうやって戦っていくのか。希望はどこにあるのか⋯⋯。 セネカは剣士で、膨大な魔力を持っている。 でも【縫う】と剣をどう合わせたら良いのか分からなかった。 答えは簡単に出ないけれど、セネカは諦めなかった。 創意を続ければいつしか全ての力が繋がる時が来ると信じていた。 セネカは誰よりも早く冒険者の道を駆け上がる。 天才剣士のルキウスに置いていかれないようにとひた向きに力を磨いていく。 遠い地でルキウスもまた自分の道を歩み始めた。 セネカとの大切な約束を守るために。 そして二人は巻き込まれていく。 あの日、月が瞬いた理由を知ることもなく⋯⋯。 これは、一人の少女が針と糸を使って世界と繋がる物語 (旧題:スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...