Fragment-memory of future-

黒乃

文字の大きさ
78 / 137
第三話

第六十二節 強くなりたくて

しおりを挟む
 ガッセ村に来てから、六日間経つ。
 スグリは目が覚めた翌日に、港町エーネアにいるであろうミズガルーズ国家防衛軍の軍艦宛てに、直筆の書状を出した。自分たちの現状を報告するためだそうだ。
 それをベンダバル家の人間が、使いとして届けてくれるという。未だ全回復してしないこともあり、素直にその申し出を受けたとのこと。ガッセ村から港町エーネアまでは、馬を使えば三日で着くらしい。問題がなければ、昨日辿り着いたことになる。

 その間、エイリークは一人悩んでいた。思い返すのは、ヴァダースとの戦いだ。
 あの時の自分は、あまりにも無力だった。次戦う時このままの状態では、確実に殺される。グリムとケルスの二人を助けるためにも、もっと強くならなければならない。だがその方法が思いつかないでいた。

 屋敷を歩きながら溜息を吐く。軽く頭を振って、辺りを見回した。

「あれ……?」

 考え事をしながら歩いていたためか、見覚えのない場所に来てしまっていた。一体ここはどこだろうか。完全に迷子である。辺りに人の気配もなく、トホホと肩を落としたところで、ある音が聞こえてきた。
 この音は、硬い何かがぶつかり合う音だ。音に導かれるように、屋敷内を再び歩き始めた。

 ******

「ハッ!」
「やりますな……!」

 音の発生源は、屋敷の裏側にあるという道場からだった。木刀がぶつかり合う音が、外にまで響いている。入り口が開いていたので、ちらりと中を覗く。そこではスグリと、なんとヤナギが打ち合いをしていたのだ。
 ヤナギはもうそこそこ、いい歳のはず。しかし歳による体の衰えを、全く感じられない。若くて力のあるスグリの木刀を、軽くいなしている。

 打ち合い、間合いを置く。
 再び打ち合う。

 エイリークはただ圧倒されていた。目の前の光景が、あまりにも自分とかけ離れすぎている。スグリの剣技が凄いものだとわかるが、ヤナギの受け流しも見事なものだ。名の通り、柳に風といった様子。

 もう一度、踏み込む。
 スグリが仕掛ける。ヤナギが受け流す。
 受け流された木刀を構えようとする。

 そこに突き出される木刀の剣先。
 体が止まる。

「……参りました」

 ヤナギが、スグリを制してしまった。構えを解いて、二人は互いに一礼する。
 実際に打ち合いをしていたわけでもないのに、どっと疲れが押し寄せる。なんだか言葉にできない、凄いものを見てしまった気がした。大きく息を吐く。

「おや、見物客がおりましたな」
「エイリーク?」

 二人の視線が集中する。思わず身体が跳ねるが、見つかったものは仕方ない。中に入って、二人に近付いた。

「ごめんなさい!隠れるつもりは、ええっと……」
「よい。何も取って食いはせんよ」
「俺に用でもあったか?」

 怒ってはいないようで一安心する。顔をあげて、礼を述べた。ふと視線を落とすと、スグリが右手に木刀を持っていることに気付く。慌てて尋ねた。

「スグリさん!?右肩はもう大丈夫なんですか……!?」
「ん?ああ、まだ多少の痛みはあるが、そこまで無理をしなければ問題ない。それにあまり、剣を持たない時間を作りたくないんだ」
「そう、なんですか?よかった……」
「若様、あまり無理をなされますな。治りかけの時期が、一番危ういのですぞ。その上、子供に心配をかけるなど……」

 ヤナギが苦言を呈す。あまり見られない光景だった。バツが悪そうに、スグリが少し顔をそらす。そんな二人を見て、ある思いがふつふつと湧く。自分の中でそれを形成する前に、言葉が先に出た。

「スグリさん。俺に、剣を教えてくれませんか?」

 その言葉にスグリが向き直り、ヤナギが自分に目を落とす。

「剣を?」
「はい。……俺、ヴァダースと戦った時に何にも太刀打ちできなかった。凄く悔しくて情けなくて。このままじゃ絶対に次は勝てないって、思ったんです」

 だからもう二度と負けたくない。強くなりたい。守りたいものを守れるようになりたい。グリムとケルスを救うためにも、仲間のみんなの役に立つためにも。
 自分の中にあった不安や思いを、スグリにぶつけた。真剣に話を聞いてくれた彼だが、申し訳なさそうに答えられる。

「それは構わないが……俺とお前では、扱う剣も違えば戦い方も違う。今まで自分の基盤としているものに新しいものを詰め込もうとしても、変な癖がついてしまう可能性もある。そうなると全部がなし崩しになるぞ」
「あ……」

 冷静に考えれば、確かにそうだ。
 自分はパワー型であり、スグリはスピード型。それに自分は彼の扱うような、抜刀術なんて使ったこともない。構えも違えば力の運用方法も違う。
 スグリの言っていることは、筋が通っている。今まで自分が良しとして会得してきたものを、一気になくすことなんてできない。無理に習得しようとすれば、どれも中途半端に終わってしまうことは火を見るよりも明らかだ。
 当たり前の事実がすっかり頭から消えていた。がっくり項垂れる。
 そこに、助け舟を出す人物が一人。

「ふむ……。若様、彼を某に預けてはもらえませぬか?」
「爺?なにをするつもりだ……?」
「なに、彼は幼き頃の若様と、同じ目をしておられる。そしてこの心意気……老婆心が駆られるのですよ」

 楽しそうににこりと笑い、自分を見るヤナギ。彼を見たスグリは一度、ため息をついて確認してきた。

「エイリーク、それでも構わないか?」

 思いがけない提案に、光明が見えた。気を取り直して、返事を返す。

「はい!よろしくお願いします!」
「では手始めに、其方の実力を拝見したい。道場の裏に広めの庭がある。そこで若様と一手、打ち合ってはもらえぬか?」

 ヤナギの突然の提案に驚く。まさかこんな形で、ミズガルーズ国家防衛軍のトップの一人と打ち合いができるなんて。
 話はとんとん拍子に進み、裏にあるという庭に早速案内される。バルドル族と元次期領主──今や軍のトップの一人との打ち合いということで、ギャラリーが思った以上に集まった。縁側には小さな子供たちに囲まれたヤクや、興味深そうにしているレイもいる。ベンダバル家の人も数名、見学に来ていた。そんな中で多少の緊張を覚えつつも、どこか楽しんでいる自分がいた。

 自分はいつも使っている大剣を、スグリはいつもとは違う無銘の刀剣を使い、手合わせをすることになった。さすがに技を繰り出すのは禁止だが、それでも十分に実力を見ることができるとのことだ。

「両者、構え」

 大剣をいつものように構える。スグリは抜刀している状態で構えた。空気が研ぎ澄まされる感覚に、神経が集中されていく。

「始め!」

 一歩、踏み出す。
 勢いそのまま大剣を逆袈裟に振り下ろす。
 それをスグリに、難なく躱される。彼がいた地面が抉れた。

 大剣は見た目の通り、振りかぶってから振り下ろすまで時間を要する。威力は申し分ないのだが。

 大剣を持ち直そうとしたところに、スグリの突きが繰り出される。
 咄嗟に大剣を盾として、剣先から身を守る。しかし彼はそれを読んでいたようで、突きの姿勢から手首を上に向け、剣を大剣の面に滑らせてきた。
 次に自分の右側へ踏み込んで、体勢を低くする。そのまま右に大きく移動して、左足で地面を蹴った。

 体を反転させたスグリに、背後を取られる。首元に剣先を当てられた。

「そこまで!」

 ヤナギの制止の声。感嘆の声が聞こえる。
 打ち合いは一瞬のうちに終わりを告げた。

 向き直って、先程スグリとヤナギがしていたように一礼する。
 勝とうとは思っていなかったが、あまりにも圧倒的すぎた。こんな一瞬のうちに終わるなんて。わかっていても、悔しさが若干こみ上げた。

「どうだ爺。何かわかったか?」
「とっくりと」

 ヤナギの言葉を聞いたスグリが、自分に近付く。

「そう落ち込むなエイリーク。俺も昔は、爺にしごかれていたんだ。あまり時間はないかもしれないが、学べる部分はあるはずさ。俺が保証する」
「……はい!ありがとうございます!」

 スグリのお墨付きをもらい、俄然やる気が出てきた。時間は少ないかもしれない。だけどその中で、自分ができる精一杯のことをやろう。

 心の中で誓う。その日からヤナギの教えを受けることになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

縫剣のセネカ

藤花スイ
ファンタジー
「ぬいけんのせねか」と読みます。 -- コルドバ村のセネカは英雄に憧れるお転婆娘だ。 幼馴染のルキウスと共に穏やかな日々を過ごしていた。 ある日、セネカとルキウスの両親は村を守るために戦いに向かった。 訳も分からず見送ったその後、二人は孤児となった。 その経験から、大切なものを守るためには強さが必要だとセネカは思い知った。 二人は力をつけて英雄になるのだと誓った。 しかし、セネカが十歳の時に授かったのは【縫う】という非戦闘系のスキルだった。 一方、ルキウスは破格のスキル【神聖魔法】を得て、王都の教会へと旅立ってゆく。 二人の道は分かれてしまった。 残されたセネカは、ルキウスとの約束を胸に問い続ける。 どうやって戦っていくのか。希望はどこにあるのか⋯⋯。 セネカは剣士で、膨大な魔力を持っている。 でも【縫う】と剣をどう合わせたら良いのか分からなかった。 答えは簡単に出ないけれど、セネカは諦めなかった。 創意を続ければいつしか全ての力が繋がる時が来ると信じていた。 セネカは誰よりも早く冒険者の道を駆け上がる。 天才剣士のルキウスに置いていかれないようにとひた向きに力を磨いていく。 遠い地でルキウスもまた自分の道を歩み始めた。 セネカとの大切な約束を守るために。 そして二人は巻き込まれていく。 あの日、月が瞬いた理由を知ることもなく⋯⋯。 これは、一人の少女が針と糸を使って世界と繋がる物語 (旧題:スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...