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第三話
第六十二節 強くなりたくて
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ガッセ村に来てから、六日間経つ。
スグリは目が覚めた翌日に、港町エーネアにいるであろうミズガルーズ国家防衛軍の軍艦宛てに、直筆の書状を出した。自分たちの現状を報告するためだ。それをベンダバル家の人間が、使いとして届けてくれるという。未だ全回復していなかったこともあり、素直にその申し出を受けた。ガッセ村から港町エーネアまでは、馬を使えば三日で着くらしい。問題がなければ、昨日辿り着いたことになる。
その間、エイリークは一人悩んでいた。思い返すのは、ヴァダースとの戦いだ。
あの時の自分は、あまりにも無力だった。きっと次戦う時、このままの状態だと確実に殺される。グリムとケルスの二人を助けるためにも、もっと強くならなければならない。だがその方法が思いつかない。焦燥しているのだ。
屋敷を歩きながら溜息を吐く。軽く頭を振って、辺りを見回す。
「あれ……?」
考え事をしながら歩いていたためか、見覚えのない場所に来てしまっていた。一体ここはどこだろうか。完全に迷子である。辺りに人の気配もなく、トホホと肩を落とす彼に、ある音が聞こえてきた。
この音は、硬い何かがぶつかり合う音だ。その音に導かれるように、屋敷内を再び歩き始めたのであった。
******
「ハッ!」
「やりますな……!」
音の発生源は、屋敷の裏側にあるという道場からだった。木刀がぶつかり合う音が、外にまで響いていたのだ。
入り口が開いていたので、ちらりと中を覗く。そこではスグリと、なんとヤナギが打ち合いをしていたのだ。
ヤナギはもうそこそこ、いい歳のはず。しかし歳による体の衰えを、全く感じられない。若くて力のあるスグリの木刀を、軽くいなしている。
打ち合い、間合いを置く。
再び打ち合う。
エイリークはただ圧倒されていた。目の前の光景が、あまりにも自分とかけ離れすぎている。スグリの剣技が凄いものだとわかるが、ヤナギの受け流しも見事なものだ。名の通り、柳に風といった様子。
もう一度、踏み込む。
スグリが仕掛ける。ヤナギが受け流す。
受け流された木刀を構えようとする。
そこに突き出される木刀の剣先。
体が止まる。
「……参りました」
ヤナギが、スグリを制してしまった。構えを解いて、二人は互いに一礼する。
実際に打ち合いをしていたわけでもないのに、どっと疲れが押し寄せる。なんだか言葉にできない、凄いものを見てしまった気がした。大きく息を吐く。
「おや、見物客がおりましたな」
「エイリーク?」
二人の視線が集中する。思わず身体が跳ねるが、見つかったものは仕方ない。中に入って、二人に近付いた。
「その、ごめんなさい!隠れるつもりは、ええっと……」
「よい。何も取って食いはせんよ」
「何か、俺に用でもあったか?」
怒ってはいないようだ。一安心する。顔をあげて、礼を述べる。ふと視線を落とすと、スグリが右手に木刀を持っていることに気付く。慌てて尋ねた。
「スグリさん!?右肩はもう大丈夫なんですか……!?」
「ん?ああ、まだ多少の痛みはあるが、そこまで無理をしなければ問題ない。それにあまり、剣を持たない時間を作りたくないんだ」
「そう、なんですか?よかった……」
「若様、あまり無理をなされますな。治りかけの時期が、一番危ういのですぞ。その上、子供に心配をかけるなど……」
ヤナギが苦言を呈す。あまり見られない光景だった。バツが悪そうに、スグリが少し顔をそらす。そんな二人を見て、ある思いがエイリークにふつふつと浮かぶ。自分の中でそれを形成する前に、言葉が先に出た。
「スグリさん。俺に、剣を教えてくれませんか?」
その言葉にスグリが向き直り、ヤナギが自分に目を落とす。
「剣を?」
「はい。……俺、ヴァダースと戦った時、何にもできなかった。太刀打ちできなかった。物凄く悔しくて情けなくて、このままじゃ絶対に、次は勝てないって、思ったんです」
だからもう二度と負けたくない。強くなりたい。守りたいものを守れるようになりたい。グリムとケルスを救うためにも、仲間のみんなの役に立つためにも。
自分の中にあった不安や思いを、スグリにぶつける。真剣に話を聞いてくれたスグリは、しかし申し訳なさそうに答えた。
「それは構わないが……俺とお前では、扱う剣も違えば戦い方も違う。今まで自分の基盤としているものに、新しいものを詰め込もうとしても、変な癖がついてしまえば全部がなし崩しになるぞ」
「あ……」
冷静に考えれば、確かにそうだ。
自分はパワー型であり、スグリはスピード型。それに自分は彼の扱うような、抜刀術なんて使ったこともない。構えも違えば力の運用方法も違う。スグリの言っていることも、筋が通っている。今まで自分が良しとして会得してきたものを、一気になくすことはできない。無理に習得しようとすれば、どれも中途半端に終わってしまうことは火を見るよりも明らかだ。
当たり前の事実が、すっかり頭から消えていた。がっくり項垂れる。
そこに、助け舟を出す人物がいた。
「ふむ……。若様、彼を某に預けてはもらえませぬか?」
「爺?なにをするつもりだ……?」
「なに、彼は幼き頃の若様と、同じ目をしておられる。そしてこの心意気……老婆心が駆られるのですよ」
楽しそうににこりと笑い、自分を見るヤナギ。彼を見たスグリは一度、ため息をついて確認してきた。
「エイリーク、それでも構わないか?」
思いがけない提案に、光明が見えた。気を取り直して、返事を返す。
「はい!よろしくお願いします!」
「では手始めに、其方の実力を拝見したい。道場の裏に広めの庭がある。そこで若様と一手、打ち合ってはもらえぬか?」
ヤナギの突然の提案に驚く。まさかこんな形で、ミズガルーズ国家防衛軍のトップの一人と打ち合いができるなんて。
早速、裏にあるという庭に案内される。バルドル族と元次期領主で、いまや軍のトップの一人との打ち合いということで、ギャラリーが思った以上に多い。縁側には、小さな子供たちに囲まれたヤクや、興味深そうにしているレイもいる。ベンダバル家の人も数名、見学に来ていた。そんな中で多少の緊張を覚えつつも、どこか楽しんでいる自分がいた。
エイリークはいつも使っている大剣を、スグリはいつもとは違う無銘の刀剣を使い、手合わせすることに。さすがに技を繰り出すのは禁止だが、それでも十分に実力を見ることができるという。
「両者、構え」
大剣をいつものように構える。スグリは抜刀している状態で構えた。空気が研ぎ澄まされる感覚を感じ、真剣な面持ちになる。
「始め!」
一歩、踏み出す。
勢いそのまま大剣を逆袈裟に振り下ろす。
スグリはそれを、難なく躱す。彼がいた地面が抉れた。
大剣は見た目の通り、振りかぶってから振り下ろすまで時間を要する。威力は申し分ないのだが。
大剣を持ち直そうとしたところに、スグリの突きが繰り出される。
咄嗟に大剣を盾として、剣先から身を守る。しかし彼はそれを読んでいたようで、突きの姿勢から手首を上に向け、剣を大剣の面に滑らせる。
次に自分の右側へ踏み込んで、体勢を低くする。そのまま右に大きく移動して、左足で地面を蹴った。
体を反転させたスグリに、自分の背後を取られる。首元に剣先を当てられた。
「そこまで!」
ヤナギの制止の声。感嘆の声が聞こえる。
打ち合いは一瞬のうちに終わりを告げた。
向き直って、先程スグリとヤナギがしていたように一礼する。
勝とうとは思っていなかったが、あまりにも圧倒的すぎた。こんな一瞬のうちに終わるなんて。わかっていても、悔しさが若干こみ上げた。
「どうだ爺。何かわかったか?」
「とっくりと」
ヤナギの言葉を聞いたスグリが、自分に近付く。
「そう落ち込むなエイリーク。俺も昔は、爺にしごかれていたんだ。あまり時間はないかもしれないが、学べる部分はあるはずさ。俺が保証する」
「スグリさん……。はい!ありがとうございます!」
スグリのお墨付きをもらい、俄然やる気が出てきた。時間は少ないかもしれない。だけどその中で、自分ができる精一杯のことをやろう。
心の中で誓った彼は、その日からヤナギの教えを受けることになった。
スグリは目が覚めた翌日に、港町エーネアにいるであろうミズガルーズ国家防衛軍の軍艦宛てに、直筆の書状を出した。自分たちの現状を報告するためだ。それをベンダバル家の人間が、使いとして届けてくれるという。未だ全回復していなかったこともあり、素直にその申し出を受けた。ガッセ村から港町エーネアまでは、馬を使えば三日で着くらしい。問題がなければ、昨日辿り着いたことになる。
その間、エイリークは一人悩んでいた。思い返すのは、ヴァダースとの戦いだ。
あの時の自分は、あまりにも無力だった。きっと次戦う時、このままの状態だと確実に殺される。グリムとケルスの二人を助けるためにも、もっと強くならなければならない。だがその方法が思いつかない。焦燥しているのだ。
屋敷を歩きながら溜息を吐く。軽く頭を振って、辺りを見回す。
「あれ……?」
考え事をしながら歩いていたためか、見覚えのない場所に来てしまっていた。一体ここはどこだろうか。完全に迷子である。辺りに人の気配もなく、トホホと肩を落とす彼に、ある音が聞こえてきた。
この音は、硬い何かがぶつかり合う音だ。その音に導かれるように、屋敷内を再び歩き始めたのであった。
******
「ハッ!」
「やりますな……!」
音の発生源は、屋敷の裏側にあるという道場からだった。木刀がぶつかり合う音が、外にまで響いていたのだ。
入り口が開いていたので、ちらりと中を覗く。そこではスグリと、なんとヤナギが打ち合いをしていたのだ。
ヤナギはもうそこそこ、いい歳のはず。しかし歳による体の衰えを、全く感じられない。若くて力のあるスグリの木刀を、軽くいなしている。
打ち合い、間合いを置く。
再び打ち合う。
エイリークはただ圧倒されていた。目の前の光景が、あまりにも自分とかけ離れすぎている。スグリの剣技が凄いものだとわかるが、ヤナギの受け流しも見事なものだ。名の通り、柳に風といった様子。
もう一度、踏み込む。
スグリが仕掛ける。ヤナギが受け流す。
受け流された木刀を構えようとする。
そこに突き出される木刀の剣先。
体が止まる。
「……参りました」
ヤナギが、スグリを制してしまった。構えを解いて、二人は互いに一礼する。
実際に打ち合いをしていたわけでもないのに、どっと疲れが押し寄せる。なんだか言葉にできない、凄いものを見てしまった気がした。大きく息を吐く。
「おや、見物客がおりましたな」
「エイリーク?」
二人の視線が集中する。思わず身体が跳ねるが、見つかったものは仕方ない。中に入って、二人に近付いた。
「その、ごめんなさい!隠れるつもりは、ええっと……」
「よい。何も取って食いはせんよ」
「何か、俺に用でもあったか?」
怒ってはいないようだ。一安心する。顔をあげて、礼を述べる。ふと視線を落とすと、スグリが右手に木刀を持っていることに気付く。慌てて尋ねた。
「スグリさん!?右肩はもう大丈夫なんですか……!?」
「ん?ああ、まだ多少の痛みはあるが、そこまで無理をしなければ問題ない。それにあまり、剣を持たない時間を作りたくないんだ」
「そう、なんですか?よかった……」
「若様、あまり無理をなされますな。治りかけの時期が、一番危ういのですぞ。その上、子供に心配をかけるなど……」
ヤナギが苦言を呈す。あまり見られない光景だった。バツが悪そうに、スグリが少し顔をそらす。そんな二人を見て、ある思いがエイリークにふつふつと浮かぶ。自分の中でそれを形成する前に、言葉が先に出た。
「スグリさん。俺に、剣を教えてくれませんか?」
その言葉にスグリが向き直り、ヤナギが自分に目を落とす。
「剣を?」
「はい。……俺、ヴァダースと戦った時、何にもできなかった。太刀打ちできなかった。物凄く悔しくて情けなくて、このままじゃ絶対に、次は勝てないって、思ったんです」
だからもう二度と負けたくない。強くなりたい。守りたいものを守れるようになりたい。グリムとケルスを救うためにも、仲間のみんなの役に立つためにも。
自分の中にあった不安や思いを、スグリにぶつける。真剣に話を聞いてくれたスグリは、しかし申し訳なさそうに答えた。
「それは構わないが……俺とお前では、扱う剣も違えば戦い方も違う。今まで自分の基盤としているものに、新しいものを詰め込もうとしても、変な癖がついてしまえば全部がなし崩しになるぞ」
「あ……」
冷静に考えれば、確かにそうだ。
自分はパワー型であり、スグリはスピード型。それに自分は彼の扱うような、抜刀術なんて使ったこともない。構えも違えば力の運用方法も違う。スグリの言っていることも、筋が通っている。今まで自分が良しとして会得してきたものを、一気になくすことはできない。無理に習得しようとすれば、どれも中途半端に終わってしまうことは火を見るよりも明らかだ。
当たり前の事実が、すっかり頭から消えていた。がっくり項垂れる。
そこに、助け舟を出す人物がいた。
「ふむ……。若様、彼を某に預けてはもらえませぬか?」
「爺?なにをするつもりだ……?」
「なに、彼は幼き頃の若様と、同じ目をしておられる。そしてこの心意気……老婆心が駆られるのですよ」
楽しそうににこりと笑い、自分を見るヤナギ。彼を見たスグリは一度、ため息をついて確認してきた。
「エイリーク、それでも構わないか?」
思いがけない提案に、光明が見えた。気を取り直して、返事を返す。
「はい!よろしくお願いします!」
「では手始めに、其方の実力を拝見したい。道場の裏に広めの庭がある。そこで若様と一手、打ち合ってはもらえぬか?」
ヤナギの突然の提案に驚く。まさかこんな形で、ミズガルーズ国家防衛軍のトップの一人と打ち合いができるなんて。
早速、裏にあるという庭に案内される。バルドル族と元次期領主で、いまや軍のトップの一人との打ち合いということで、ギャラリーが思った以上に多い。縁側には、小さな子供たちに囲まれたヤクや、興味深そうにしているレイもいる。ベンダバル家の人も数名、見学に来ていた。そんな中で多少の緊張を覚えつつも、どこか楽しんでいる自分がいた。
エイリークはいつも使っている大剣を、スグリはいつもとは違う無銘の刀剣を使い、手合わせすることに。さすがに技を繰り出すのは禁止だが、それでも十分に実力を見ることができるという。
「両者、構え」
大剣をいつものように構える。スグリは抜刀している状態で構えた。空気が研ぎ澄まされる感覚を感じ、真剣な面持ちになる。
「始め!」
一歩、踏み出す。
勢いそのまま大剣を逆袈裟に振り下ろす。
スグリはそれを、難なく躱す。彼がいた地面が抉れた。
大剣は見た目の通り、振りかぶってから振り下ろすまで時間を要する。威力は申し分ないのだが。
大剣を持ち直そうとしたところに、スグリの突きが繰り出される。
咄嗟に大剣を盾として、剣先から身を守る。しかし彼はそれを読んでいたようで、突きの姿勢から手首を上に向け、剣を大剣の面に滑らせる。
次に自分の右側へ踏み込んで、体勢を低くする。そのまま右に大きく移動して、左足で地面を蹴った。
体を反転させたスグリに、自分の背後を取られる。首元に剣先を当てられた。
「そこまで!」
ヤナギの制止の声。感嘆の声が聞こえる。
打ち合いは一瞬のうちに終わりを告げた。
向き直って、先程スグリとヤナギがしていたように一礼する。
勝とうとは思っていなかったが、あまりにも圧倒的すぎた。こんな一瞬のうちに終わるなんて。わかっていても、悔しさが若干こみ上げた。
「どうだ爺。何かわかったか?」
「とっくりと」
ヤナギの言葉を聞いたスグリが、自分に近付く。
「そう落ち込むなエイリーク。俺も昔は、爺にしごかれていたんだ。あまり時間はないかもしれないが、学べる部分はあるはずさ。俺が保証する」
「スグリさん……。はい!ありがとうございます!」
スグリのお墨付きをもらい、俄然やる気が出てきた。時間は少ないかもしれない。だけどその中で、自分ができる精一杯のことをやろう。
心の中で誓った彼は、その日からヤナギの教えを受けることになった。
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