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第三話
第六十三節 自然の中で修行開始
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ヤナギに連れられてきた場所は、ガッセ村から少し離れた場所にある川だった。案内された箇所は上流部分だ。見たところ、結構深さもある。
剣は持ってこないようにと言われたが、剣を持たないでどうやって修行をするのだろう。さて、と向き直ったヤナギに声をかけられる。
「本来ならばゆっくりと修行をさせたいが、其方たちには時間もない。少々手荒くもなろう。それでも構わぬか?」
「はい、大丈夫です。俺やります!」
その返事ににっこりと笑うヤナギ。懐かしい、と呟いた。聞けば幼少期のスグリも今の自分と同じように、諦めない目をしていたのだと言う。なんだか面映ゆい気持ちになる。
ヤナギが表情と話の内容を切り替える。
「エイリーク殿、其方は確かに狂戦士族と名高いバルドル族。その名に恥じぬ潜在的な力を有しておられる、とは思うが……。先日、若様との打ち合いの折に某が拝見した所感としては、少々勿体ないと感じたのだ」
「勿体ない、ですか?」
あんな一瞬のうちに終わった打ち合いで、彼にはいったい何が見えたのだろう。
それに勿体ない、とはどういうことなのか。考えてみたが思いつかない。首をかしげていると、こう告げられる。
「其方の身体が、あの大剣を完全に使いこなせていないと見た。エイリーク殿。其方はあの剣を上半身だけ……否、腕の力だけで振るってはおらぬか?」
「腕だけ……?」
そんなことない、はずだが……。いざ尋ねられると正直不安な部分もある。
今までも旅の中で時間を見つけては、大剣を使っての素振りをしていた。その際の踏み込みの仕方も、何回も確認していた。それに大剣は見た目の通り重い。腕力を鍛える意味でも、素振りはいいと思っていたのだが。
「ふむ、無自覚であると」
「俺の素振り、無意味だったんですか?」
「そうは言わぬ。身体を剣に馴染ませることも、修行として良い。しかし、別の部分が疎かになっている。それでは本来の力の半分も、出せてはおらんだろうて」
「半分!?」
「左様。試しにその川の真ん中にある岩まで、歩いてみよ」
横を見れば、流れがそれなりにある川が流れている。ただ、歩けないほどの流れではないようだ。ヤナギが言った岩は、反対側の岸との丁度中間の辺りに、人一人が立てる大きさの岩だろう。そこまでなら大丈夫なはず。一つ頷いて、川の中に入った。
「うわ……!?」
進もうとして驚愕する。この川、思った以上に流れが速い。しっかり意識しないと、水流に身体を持っていかれそうだ。川の流れに逆らいながら、ゆっくりと歩き始めた。
思うように足が動かない。その上、何より水が重い。時々バランスを崩しそうになり、足元が覚束無くなる。やっとの思いで岩まで辿り着いて、上に上がる。体力には自信があったが、少し肩で息をしていたことに自分自身衝撃を受けた。
「如何かな?」
「体力には、自信があったんですけど……」
「なに、最初からここまで来れたことは立派。そう気を落とされるな」
「はい……。って、え?」
ヤナギの声が、案外近くから聞こえる。聞き間違いかと思い顔を上げれば、そこには激しい川の中で微動だにしない彼がいて。自分があんなにバランスを崩していた中で、しっかりと立っている。
「ナンデ!?」
「ははは。修行の成果よ。体幹を鍛えることで、体を安定させるやり方が身につく。手足のコントロールや足腰などの、下半身の強化の基盤である」
「体幹?」
「然り。体の芯、とも言えよう。安定した体幹があれば、強靭な下半身で出すパワーを上手く上半身に伝え、腕なども強く振ることが可能となる」
つまり腕を振る力を、最大限に武器に伝えることが出来る。その言葉に惹かれないわけがない。ヤナギの言った勿体ないとは、このことだったのだろう。身体全体を使って武器を使っていなかったことを、あの打ち合いの時に見抜いていたのか。
「体幹なんて、考えたこともなかったです」
「学ぶことは恥ずべきことに非ず。これから授けよう」
「よろしくお願いします!」
「ではまず、其方には一つ制約を付けねばならん」
「制約ですか?」
頷いて、ヤナギは自分を見据えた。
彼のこの視線はいつも鋭くて、思わず背筋が伸びる。
「某が許可するまで、大剣を持つことは禁止とする」
思いがけない言葉に、驚愕の声が漏れる。大剣を持つな、だなんて。その代わりに渡されたものが、自分の身長ほどある一本の棒。重さは手に馴染んでいる大剣より、圧倒的に軽い。持った感じだと、自分が羽織っている外套くらいだろうか。
この棒で何をするのだろう。
「ではまずその岩の上に、片足で立っていただこうか」
大剣を持たないことへの反論をする前に、あれよあれよと修行が始まる。
言われるがまま、岩の上に片足で立つ。時々川の水が岩の上を超える。バランスが取りにくい。次に、棒を川と水平になるように持つように指示された。
「その姿勢を、そうさな……四半時程保ってもらおうか」
「四半時?」
「数字的に言い換えるならば、約15分といったところよ」
15分くらいならば余裕だろう、と構えていた。だが案外これが、足にくるのは当然として背中にもくる。倒れはしないが、ぷるぷると震える。ただ棒を水平にして持ち、片足立ちをしているだけなのに。
そして15分経つと、反対の足で同じように片足立ちをする。背中に一本の棒が入っていると意識しながら立つことが重要らしい。
「足を踏ん張るのではない。ヘソに少し力を入れ、背筋を伸ばす。さらに体重が常に真下にかかるように意識せよ」
「は、はい……!」
「背が曲がっておる。時間を追加する」
「ちょ、え、ええぇえ!?」
「ほほう、文句があると?」
「ない!ないですーー!」
悲鳴を上げながらも、なんとか合計30分の片足立ちを耐え切った。休憩する間もなく、別の修行に入ることになる。
今度は川の上に、橋のように横だわっている流木の上を歩く修行だ。流木とは言うが、あんまり太さはない。足の幅より多少の広さがあるだけだ。バランスを崩せば、川に真っ逆さま。さらに、ただ渡るだけではない。横から飛んでくるヤナギの妨害を、全部避けながら渡り切らなければならない。これをなんと100往復。
このヤナギの妨害がなんというか、かなりえげつない。足元を狙っていたかと思えば、上半身を狙われ、持っている棒で文字通りの横槍を入れられる。そんな障害を全部躱せるはずもなく、何度も川に落ちてはやり直す。
100往復をこなし、少し休憩したかと思えばまた新しい修行を言い渡される。内心勘弁してくれよ、なんて泣き言を言いたくなったが我慢する。
内容としては先程の棒を振るだけ、なのだが。棒は振り下ろすのではなく、途中でその動きを止めるように、とのことだ。いつも扱っている大剣に比べたら、こんな棒なんて羽根のようなものなのに。
「腕で振るうのではないぞ。身体全体を使って振るわれよ」
「身体全体……」
「腕だけで振るうと、いずれ肩を痛める。そうなってはもう取り返しはつかぬぞ。腕を伸ばしすぎず、脇はしっかりと閉めよ」
「はい」
素振りに似た要領で、手に持つ棒を振る。ただし振り下ろすのではなく、腰のあたりで一度止める。最初の構えに戻る時は、その軌道を辿る。
この時意識することは、力の入れ方らしい。構えはリラックスした状態で、振り下ろす時もゆっくりと。腰で止める時にかけて、手首のスナップも効かせつつ力を込める。
ただ力任せに振るのでは意味がない。踏み込みから腕にかけての、力の運用を覚えさせる。最初は力も入れず、動きを馴染ませるように動かす。慣れた頃合いを見計らい、他にも横に薙ぐ動作なども教えられた。
陽がだいぶ傾き、辺りがオレンジ色に染まる頃。本日の修行は終了となった。身体はクタクタで、今すぐ横になりたい気分だ。
「本日分の修行、よく諦めないで終えたな。明日も、同じメニューを午前と午後とで2周ずつ行ってもらう。それまで十二分に、身体の筋肉を休めよ」
「はい……がんば、ります……!」
「良きかな。さて、では戻るとしよう。風呂が沸いていたら、入るがよい。身体が冷えたままでは、体調が崩れよう」
「ありが、とう……ございま、した……!」
屋敷に戻ってから風呂に浸かり、夕飯をいただいたあとのこと。まるで空気の抜けた風船のように、布団の上にぺしゃりと倒れこんだエイリークであった。
剣は持ってこないようにと言われたが、剣を持たないでどうやって修行をするのだろう。さて、と向き直ったヤナギに声をかけられる。
「本来ならばゆっくりと修行をさせたいが、其方たちには時間もない。少々手荒くもなろう。それでも構わぬか?」
「はい、大丈夫です。俺やります!」
その返事ににっこりと笑うヤナギ。懐かしい、と呟いた。聞けば幼少期のスグリも今の自分と同じように、諦めない目をしていたのだと言う。なんだか面映ゆい気持ちになる。
ヤナギが表情と話の内容を切り替える。
「エイリーク殿、其方は確かに狂戦士族と名高いバルドル族。その名に恥じぬ潜在的な力を有しておられる、とは思うが……。先日、若様との打ち合いの折に某が拝見した所感としては、少々勿体ないと感じたのだ」
「勿体ない、ですか?」
あんな一瞬のうちに終わった打ち合いで、彼にはいったい何が見えたのだろう。
それに勿体ない、とはどういうことなのか。考えてみたが思いつかない。首をかしげていると、こう告げられる。
「其方の身体が、あの大剣を完全に使いこなせていないと見た。エイリーク殿。其方はあの剣を上半身だけ……否、腕の力だけで振るってはおらぬか?」
「腕だけ……?」
そんなことない、はずだが……。いざ尋ねられると正直不安な部分もある。
今までも旅の中で時間を見つけては、大剣を使っての素振りをしていた。その際の踏み込みの仕方も、何回も確認していた。それに大剣は見た目の通り重い。腕力を鍛える意味でも、素振りはいいと思っていたのだが。
「ふむ、無自覚であると」
「俺の素振り、無意味だったんですか?」
「そうは言わぬ。身体を剣に馴染ませることも、修行として良い。しかし、別の部分が疎かになっている。それでは本来の力の半分も、出せてはおらんだろうて」
「半分!?」
「左様。試しにその川の真ん中にある岩まで、歩いてみよ」
横を見れば、流れがそれなりにある川が流れている。ただ、歩けないほどの流れではないようだ。ヤナギが言った岩は、反対側の岸との丁度中間の辺りに、人一人が立てる大きさの岩だろう。そこまでなら大丈夫なはず。一つ頷いて、川の中に入った。
「うわ……!?」
進もうとして驚愕する。この川、思った以上に流れが速い。しっかり意識しないと、水流に身体を持っていかれそうだ。川の流れに逆らいながら、ゆっくりと歩き始めた。
思うように足が動かない。その上、何より水が重い。時々バランスを崩しそうになり、足元が覚束無くなる。やっとの思いで岩まで辿り着いて、上に上がる。体力には自信があったが、少し肩で息をしていたことに自分自身衝撃を受けた。
「如何かな?」
「体力には、自信があったんですけど……」
「なに、最初からここまで来れたことは立派。そう気を落とされるな」
「はい……。って、え?」
ヤナギの声が、案外近くから聞こえる。聞き間違いかと思い顔を上げれば、そこには激しい川の中で微動だにしない彼がいて。自分があんなにバランスを崩していた中で、しっかりと立っている。
「ナンデ!?」
「ははは。修行の成果よ。体幹を鍛えることで、体を安定させるやり方が身につく。手足のコントロールや足腰などの、下半身の強化の基盤である」
「体幹?」
「然り。体の芯、とも言えよう。安定した体幹があれば、強靭な下半身で出すパワーを上手く上半身に伝え、腕なども強く振ることが可能となる」
つまり腕を振る力を、最大限に武器に伝えることが出来る。その言葉に惹かれないわけがない。ヤナギの言った勿体ないとは、このことだったのだろう。身体全体を使って武器を使っていなかったことを、あの打ち合いの時に見抜いていたのか。
「体幹なんて、考えたこともなかったです」
「学ぶことは恥ずべきことに非ず。これから授けよう」
「よろしくお願いします!」
「ではまず、其方には一つ制約を付けねばならん」
「制約ですか?」
頷いて、ヤナギは自分を見据えた。
彼のこの視線はいつも鋭くて、思わず背筋が伸びる。
「某が許可するまで、大剣を持つことは禁止とする」
思いがけない言葉に、驚愕の声が漏れる。大剣を持つな、だなんて。その代わりに渡されたものが、自分の身長ほどある一本の棒。重さは手に馴染んでいる大剣より、圧倒的に軽い。持った感じだと、自分が羽織っている外套くらいだろうか。
この棒で何をするのだろう。
「ではまずその岩の上に、片足で立っていただこうか」
大剣を持たないことへの反論をする前に、あれよあれよと修行が始まる。
言われるがまま、岩の上に片足で立つ。時々川の水が岩の上を超える。バランスが取りにくい。次に、棒を川と水平になるように持つように指示された。
「その姿勢を、そうさな……四半時程保ってもらおうか」
「四半時?」
「数字的に言い換えるならば、約15分といったところよ」
15分くらいならば余裕だろう、と構えていた。だが案外これが、足にくるのは当然として背中にもくる。倒れはしないが、ぷるぷると震える。ただ棒を水平にして持ち、片足立ちをしているだけなのに。
そして15分経つと、反対の足で同じように片足立ちをする。背中に一本の棒が入っていると意識しながら立つことが重要らしい。
「足を踏ん張るのではない。ヘソに少し力を入れ、背筋を伸ばす。さらに体重が常に真下にかかるように意識せよ」
「は、はい……!」
「背が曲がっておる。時間を追加する」
「ちょ、え、ええぇえ!?」
「ほほう、文句があると?」
「ない!ないですーー!」
悲鳴を上げながらも、なんとか合計30分の片足立ちを耐え切った。休憩する間もなく、別の修行に入ることになる。
今度は川の上に、橋のように横だわっている流木の上を歩く修行だ。流木とは言うが、あんまり太さはない。足の幅より多少の広さがあるだけだ。バランスを崩せば、川に真っ逆さま。さらに、ただ渡るだけではない。横から飛んでくるヤナギの妨害を、全部避けながら渡り切らなければならない。これをなんと100往復。
このヤナギの妨害がなんというか、かなりえげつない。足元を狙っていたかと思えば、上半身を狙われ、持っている棒で文字通りの横槍を入れられる。そんな障害を全部躱せるはずもなく、何度も川に落ちてはやり直す。
100往復をこなし、少し休憩したかと思えばまた新しい修行を言い渡される。内心勘弁してくれよ、なんて泣き言を言いたくなったが我慢する。
内容としては先程の棒を振るだけ、なのだが。棒は振り下ろすのではなく、途中でその動きを止めるように、とのことだ。いつも扱っている大剣に比べたら、こんな棒なんて羽根のようなものなのに。
「腕で振るうのではないぞ。身体全体を使って振るわれよ」
「身体全体……」
「腕だけで振るうと、いずれ肩を痛める。そうなってはもう取り返しはつかぬぞ。腕を伸ばしすぎず、脇はしっかりと閉めよ」
「はい」
素振りに似た要領で、手に持つ棒を振る。ただし振り下ろすのではなく、腰のあたりで一度止める。最初の構えに戻る時は、その軌道を辿る。
この時意識することは、力の入れ方らしい。構えはリラックスした状態で、振り下ろす時もゆっくりと。腰で止める時にかけて、手首のスナップも効かせつつ力を込める。
ただ力任せに振るのでは意味がない。踏み込みから腕にかけての、力の運用を覚えさせる。最初は力も入れず、動きを馴染ませるように動かす。慣れた頃合いを見計らい、他にも横に薙ぐ動作なども教えられた。
陽がだいぶ傾き、辺りがオレンジ色に染まる頃。本日の修行は終了となった。身体はクタクタで、今すぐ横になりたい気分だ。
「本日分の修行、よく諦めないで終えたな。明日も、同じメニューを午前と午後とで2周ずつ行ってもらう。それまで十二分に、身体の筋肉を休めよ」
「はい……がんば、ります……!」
「良きかな。さて、では戻るとしよう。風呂が沸いていたら、入るがよい。身体が冷えたままでは、体調が崩れよう」
「ありが、とう……ございま、した……!」
屋敷に戻ってから風呂に浸かり、夕飯をいただいたあとのこと。まるで空気の抜けた風船のように、布団の上にぺしゃりと倒れこんだエイリークであった。
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