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第二話
第三十一節 家族の和合
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ミズガルーズ国立魔法学園中等科の入学式まで、あと少し。その日は新たに中等科から入学する子供たちのための入学説明会があり、スグリとヤクはルーヴァと共に説明会に来ていた。
説明会では入学後に必要な教材の配布や、クラス発表などがあるとのことだ。もうすぐ、新しい生活が始まる。それが楽しみでたまらない。そんな期待と、少しの不安を抱きながらスグリは説明をしっかり聞いていた。
時々ヤクの様子を盗み見ていたが、彼の雰囲気は落ち着いているように見えた。どうやら自分が考えていた、未知の世界へ恐怖を抱いているヤクはいないようで、一安心である。ヤクも、自分から率先してこの学園に入園したいと言ったのだ。ならば、その言葉と気持ちを信じようと、一人決めたスグリであった。
説明会も滞りなく終了し、渡された教材を持って帰宅する一行。帰ってきたときには時刻はお昼時であり、孤児院のみんなが昼食を食べていた。どうせならと持って帰ってきた教材を部屋に置いてから、ともに昼食を食べることに。
今日のメニューはエビピラフだ。しっとりとした食感のピラフは、まろやかなバターとコンソメの甘みが口いっぱいに広がる。エビもプリッとした噛み応えで、噛むほどにエビそのものの味わいも口内に溶けていく。
食事をしながらの話題はやはり、ミズガルーズ国立魔法学園のことだ。説明会の後に校門前に張り出されていたクラス発表の紙を見たが、二人は残念ながら別々のクラスに振り分けられていた。どうせなら一緒のクラスがいいと思っていたが、別々に過ごすことも経験の一つだとルーヴァに諭される。
「いろんな人とかかわりを持つのはいいことだからね、何事も経験、だよ」
「そういうもん、なのか?」
「最初は緊張とかもするかもしれないけど、焦る必要はないんだよ。それに、新しい友達を作るのはいいことさ。いろんな考えを持つ人と触れ合うのは、自分の成長にも繋がるからね」
「友達……作れるかな……?」
「大丈夫。二人ならきっと作れるよ、僕が保証する」
談笑する三人。先日ルーヴァが役所に、正式にスグリとヤクの保護責任者となる書類を出したと、彼自身の口から聞かされた。書類内容も認められたことで、スグリとヤクはルーヴァの家族になった。だからといって彼らの何かが変わることはなく、今まで通りの穏やかな時間が流れている。
そんな、会話を楽しんでいた三人にリゲルが近付いてきた。
「スグリ、ヤク。お前たちの制服が届いたぞ。あとで着てみるといい」
「リゲル院長、ありがとうございます。もう届いていたんですね」
「ああ、お前たちが説明会に行っている間にな。サイズが間違ってないか確かめておいた方がいいぞ」
リゲルが言うには、どうやら学園に通うにあたって着用義務のある制服が届いたそうだ。そういえば以前に制服を作るために採寸する、なんて言われてルーヴァに連れられ服飾店に出掛けた気がしたと思い出す。今まで制服というものを着たことがなかった二人にとっては、感慨深いものがある。
今日は試着だけではあるが、それでも自分だけの制服に期待が膨らんでしまう。二人は昼食の後片付けを率先して手伝うのであった。慌てなくても制服は逃げないよとルーヴァは苦笑したが、自分たちの様子にどこか楽しげだ。リゲルから制服が包まれた紙袋をもらったスグリとヤクは、早速部屋で着てみることにした。
紙袋の中の包みを開けると、真新しいミズガルーズ国立魔法学園中等科の制服が露わになる。新品の衣服の匂いを嗅ぎながら、袖を通していくスグリとヤク。しっかり糊付けされた制服は皴一つなく、ただ制服を着ただけなのに気分が一新するようだと言葉を零す。
「ルーヴァさん、どう?変じゃないか?」
「大丈夫、ですか?」
どうにも落ち着けない気分を紛らわそうと、二人は恐る恐るルーヴァに尋ねる。そんな二人を微笑ましそうに眺めてから、ルーヴァはいつものようににこりと笑う。
「うん、二人ともよく似合ってる。大丈夫、カッコいいよ」
「本当?」
「嘘なんて吐かないよ。今は少し大きいかもしれないけど、今に成長期が来てサイズも丁度良くなるから安心して」
ルーヴァに褒められたことで、ようやくスグリは自分たちが学生になるんだということを自覚することができた。今まではどこか、自分のことのはずなのに他人事のような、夢見心地のような気でいたのだ。
それが制服に袖を通し、似合っているという言葉を聞いて、安心感のようなものを覚えることができた。思わず安堵の息を吐く。それはヤクも同じだったようで、ほっと息を吐く音が聞こえた。
「よかったです。似合ってなかったらどうしようって思ってました……」
「俺も今までこんな感じの服って着たことがなかったから、少し不安だった」
「どうしたんだい二人とも?もっと自信に溢れててもいいんだよ?」
「自信というかなんて言うか、その……」
そわそわ、と視線を逸らす。学園に通えることが楽しみなのは変わらない。しかし今更になって、本当に自分たちがしっかり通えるのかどうか、不安も大きくなってきていた。二人の様子に、何かを察したのだろう。ルーヴァは二人の頭に手を置いてから、こう声をかける。
「今になって不安が高まってきちゃったかな?全く知らない場所、まったく知らない生活になることに、不安を感じるなっていう方が確かに無理かもしれないけど……。でも、学園は本当にいいところだよ。今感じてる不安なんて、一気に吹き飛ぶさ」
「本当に……?」
「僕が今までにウソを言ったことなんて、あったかな?」
「ないです」
「ね、だから大丈夫だよ。もし学園でなにかあったら、その時は僕に相談してきてもいいし、リゲル院長にだって相談できる。二人の帰る場所はここで、僕たちはいつでも二人の味方だよ」
そう微笑みかけてくれるルーヴァの笑顔は優しく、心から不安が解けていく。ようやく二人にいつもの笑顔が戻った。
「そっか……そうだよな」
「うん。ありがとうございます、ルーヴァさん」
「これくらい、お安い御用さ」
皴になるといけない、と二人は制服を脱ぐことに。制服をハンガーにかけてから、入学前の準備としてルーヴァに買ってもらった勉強机に、教科書類を片付けていく。その作業のなかでヤクが何度も長くなった髪を耳にかけていることに気付き、思わず声をかけた。
「なぁヤク、髪が邪魔なら散髪したらどうだ?」
「え?」
「そういえば最近、ご飯を食べるときも髪を邪魔そうにしてるよね。スグリの言う通り、整えるかい?」
スグリたちの問いかけに対し、ヤクは少し考えるしぐさをしてから首を横に振る。今まで対して気にしていなかったが、ヤクが髪を切りたくない理由をスグリは知らなかった。ちょうどいい機会だと考え、思い切って尋ねてみることにした。
「なんか、髪切りたくない理由でもあるのか?」
「理由……うん。なんか、切りたくない」
「なんかって、深い理由はないってことか?」
「そうじゃない、けど……。ずっと、残ってる言葉があるんだ」
「残ってる言葉?」
オウム返しに聞き返したスグリに一つ頷くヤク。それから何かを思い出しているのか、彼は頭をひねりながら言葉を零した。
「きれいな空色。自由で縛られない、気持ちの良いこの空と同じ色だ。誰かから言われたのか、覚えてないけど……。でも、僕の髪の色のことを、そう言ってくれた人がいたような気がする」
「それって……」
世界保護施設の実験動物にされていた時か、と尋ねようとして口を噤む。思い出したくない内容のことを、わざわざ呼び起こす気にはなれない。それに、彼に苦しい思いはさせたくない。どうにか質問の内容を変えようと必死に言葉を探し、絞り出すように問いかけた。
「その人も、お前の髪の色が好きだったのかもしれないな。だから、そう褒めたのかもしれないし」
「そう、なのかな?」
「俺もお前の髪の色は好きだからな!だからきっとそうさ」
「……そうだと、思いたいな。本当の空みたいなのは難しいかもだけど、長い髪になってその人に逢えばいつでも空を思い出せて、喜んでくれるかなって思いたいから、切りたくないんだと思う」
小さく笑うヤクに、心のどこかで安心しながら彼の言葉に「そうか」と納得する。成り行きを聞いていたルーヴァも納得した様子で、それならと提案した。
「じゃあ、それなら邪魔にならないように髪留めを買いに行こうか。束にしてまとめておけば、そのままでいるよりは楽かもしれないし」
「いいん、ですか?」
「僕からの入学祝ってことで、ね。プレゼントさせてくれないかな?もちろんスグリにも同じように、何かほしいものを買ってあげるよ」
「でも、この間もいろいろ買ってくれたのに……」
「そんなことは気にしない。僕が二人にしたくてやるんだし、何より二人はまだまだ僕に甘え慣れていないようだからね。今のうちに甘えておいた方が、お得かもしれないよ?」
くすくすといたずらっぽく笑うルーヴァに、スグリもヤクもつられて笑ってしまう。それなら目一杯甘えてしまおうと考え、彼に入学祝のプレゼントをねだるのであった。
説明会では入学後に必要な教材の配布や、クラス発表などがあるとのことだ。もうすぐ、新しい生活が始まる。それが楽しみでたまらない。そんな期待と、少しの不安を抱きながらスグリは説明をしっかり聞いていた。
時々ヤクの様子を盗み見ていたが、彼の雰囲気は落ち着いているように見えた。どうやら自分が考えていた、未知の世界へ恐怖を抱いているヤクはいないようで、一安心である。ヤクも、自分から率先してこの学園に入園したいと言ったのだ。ならば、その言葉と気持ちを信じようと、一人決めたスグリであった。
説明会も滞りなく終了し、渡された教材を持って帰宅する一行。帰ってきたときには時刻はお昼時であり、孤児院のみんなが昼食を食べていた。どうせならと持って帰ってきた教材を部屋に置いてから、ともに昼食を食べることに。
今日のメニューはエビピラフだ。しっとりとした食感のピラフは、まろやかなバターとコンソメの甘みが口いっぱいに広がる。エビもプリッとした噛み応えで、噛むほどにエビそのものの味わいも口内に溶けていく。
食事をしながらの話題はやはり、ミズガルーズ国立魔法学園のことだ。説明会の後に校門前に張り出されていたクラス発表の紙を見たが、二人は残念ながら別々のクラスに振り分けられていた。どうせなら一緒のクラスがいいと思っていたが、別々に過ごすことも経験の一つだとルーヴァに諭される。
「いろんな人とかかわりを持つのはいいことだからね、何事も経験、だよ」
「そういうもん、なのか?」
「最初は緊張とかもするかもしれないけど、焦る必要はないんだよ。それに、新しい友達を作るのはいいことさ。いろんな考えを持つ人と触れ合うのは、自分の成長にも繋がるからね」
「友達……作れるかな……?」
「大丈夫。二人ならきっと作れるよ、僕が保証する」
談笑する三人。先日ルーヴァが役所に、正式にスグリとヤクの保護責任者となる書類を出したと、彼自身の口から聞かされた。書類内容も認められたことで、スグリとヤクはルーヴァの家族になった。だからといって彼らの何かが変わることはなく、今まで通りの穏やかな時間が流れている。
そんな、会話を楽しんでいた三人にリゲルが近付いてきた。
「スグリ、ヤク。お前たちの制服が届いたぞ。あとで着てみるといい」
「リゲル院長、ありがとうございます。もう届いていたんですね」
「ああ、お前たちが説明会に行っている間にな。サイズが間違ってないか確かめておいた方がいいぞ」
リゲルが言うには、どうやら学園に通うにあたって着用義務のある制服が届いたそうだ。そういえば以前に制服を作るために採寸する、なんて言われてルーヴァに連れられ服飾店に出掛けた気がしたと思い出す。今まで制服というものを着たことがなかった二人にとっては、感慨深いものがある。
今日は試着だけではあるが、それでも自分だけの制服に期待が膨らんでしまう。二人は昼食の後片付けを率先して手伝うのであった。慌てなくても制服は逃げないよとルーヴァは苦笑したが、自分たちの様子にどこか楽しげだ。リゲルから制服が包まれた紙袋をもらったスグリとヤクは、早速部屋で着てみることにした。
紙袋の中の包みを開けると、真新しいミズガルーズ国立魔法学園中等科の制服が露わになる。新品の衣服の匂いを嗅ぎながら、袖を通していくスグリとヤク。しっかり糊付けされた制服は皴一つなく、ただ制服を着ただけなのに気分が一新するようだと言葉を零す。
「ルーヴァさん、どう?変じゃないか?」
「大丈夫、ですか?」
どうにも落ち着けない気分を紛らわそうと、二人は恐る恐るルーヴァに尋ねる。そんな二人を微笑ましそうに眺めてから、ルーヴァはいつものようににこりと笑う。
「うん、二人ともよく似合ってる。大丈夫、カッコいいよ」
「本当?」
「嘘なんて吐かないよ。今は少し大きいかもしれないけど、今に成長期が来てサイズも丁度良くなるから安心して」
ルーヴァに褒められたことで、ようやくスグリは自分たちが学生になるんだということを自覚することができた。今まではどこか、自分のことのはずなのに他人事のような、夢見心地のような気でいたのだ。
それが制服に袖を通し、似合っているという言葉を聞いて、安心感のようなものを覚えることができた。思わず安堵の息を吐く。それはヤクも同じだったようで、ほっと息を吐く音が聞こえた。
「よかったです。似合ってなかったらどうしようって思ってました……」
「俺も今までこんな感じの服って着たことがなかったから、少し不安だった」
「どうしたんだい二人とも?もっと自信に溢れててもいいんだよ?」
「自信というかなんて言うか、その……」
そわそわ、と視線を逸らす。学園に通えることが楽しみなのは変わらない。しかし今更になって、本当に自分たちがしっかり通えるのかどうか、不安も大きくなってきていた。二人の様子に、何かを察したのだろう。ルーヴァは二人の頭に手を置いてから、こう声をかける。
「今になって不安が高まってきちゃったかな?全く知らない場所、まったく知らない生活になることに、不安を感じるなっていう方が確かに無理かもしれないけど……。でも、学園は本当にいいところだよ。今感じてる不安なんて、一気に吹き飛ぶさ」
「本当に……?」
「僕が今までにウソを言ったことなんて、あったかな?」
「ないです」
「ね、だから大丈夫だよ。もし学園でなにかあったら、その時は僕に相談してきてもいいし、リゲル院長にだって相談できる。二人の帰る場所はここで、僕たちはいつでも二人の味方だよ」
そう微笑みかけてくれるルーヴァの笑顔は優しく、心から不安が解けていく。ようやく二人にいつもの笑顔が戻った。
「そっか……そうだよな」
「うん。ありがとうございます、ルーヴァさん」
「これくらい、お安い御用さ」
皴になるといけない、と二人は制服を脱ぐことに。制服をハンガーにかけてから、入学前の準備としてルーヴァに買ってもらった勉強机に、教科書類を片付けていく。その作業のなかでヤクが何度も長くなった髪を耳にかけていることに気付き、思わず声をかけた。
「なぁヤク、髪が邪魔なら散髪したらどうだ?」
「え?」
「そういえば最近、ご飯を食べるときも髪を邪魔そうにしてるよね。スグリの言う通り、整えるかい?」
スグリたちの問いかけに対し、ヤクは少し考えるしぐさをしてから首を横に振る。今まで対して気にしていなかったが、ヤクが髪を切りたくない理由をスグリは知らなかった。ちょうどいい機会だと考え、思い切って尋ねてみることにした。
「なんか、髪切りたくない理由でもあるのか?」
「理由……うん。なんか、切りたくない」
「なんかって、深い理由はないってことか?」
「そうじゃない、けど……。ずっと、残ってる言葉があるんだ」
「残ってる言葉?」
オウム返しに聞き返したスグリに一つ頷くヤク。それから何かを思い出しているのか、彼は頭をひねりながら言葉を零した。
「きれいな空色。自由で縛られない、気持ちの良いこの空と同じ色だ。誰かから言われたのか、覚えてないけど……。でも、僕の髪の色のことを、そう言ってくれた人がいたような気がする」
「それって……」
世界保護施設の実験動物にされていた時か、と尋ねようとして口を噤む。思い出したくない内容のことを、わざわざ呼び起こす気にはなれない。それに、彼に苦しい思いはさせたくない。どうにか質問の内容を変えようと必死に言葉を探し、絞り出すように問いかけた。
「その人も、お前の髪の色が好きだったのかもしれないな。だから、そう褒めたのかもしれないし」
「そう、なのかな?」
「俺もお前の髪の色は好きだからな!だからきっとそうさ」
「……そうだと、思いたいな。本当の空みたいなのは難しいかもだけど、長い髪になってその人に逢えばいつでも空を思い出せて、喜んでくれるかなって思いたいから、切りたくないんだと思う」
小さく笑うヤクに、心のどこかで安心しながら彼の言葉に「そうか」と納得する。成り行きを聞いていたルーヴァも納得した様子で、それならと提案した。
「じゃあ、それなら邪魔にならないように髪留めを買いに行こうか。束にしてまとめておけば、そのままでいるよりは楽かもしれないし」
「いいん、ですか?」
「僕からの入学祝ってことで、ね。プレゼントさせてくれないかな?もちろんスグリにも同じように、何かほしいものを買ってあげるよ」
「でも、この間もいろいろ買ってくれたのに……」
「そんなことは気にしない。僕が二人にしたくてやるんだし、何より二人はまだまだ僕に甘え慣れていないようだからね。今のうちに甘えておいた方が、お得かもしれないよ?」
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