Fragment-memory of moonlight-

黒乃

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第二話

第二十二節 不屈の精神を胸に

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 カーサが襲撃に遭った日から、一ヶ月ほど経ったころ。本部アジトの集会場に集められた戦闘員たち。集会場のステージに登壇した、カーサのボスであるローゲはその身を黒い外套で覆い、フードも目深に被っている。彼はまずは、ざわついていた戦闘員たちに静粛を呼びかけた。次に、今後のカーサの新たな体制を提示する。

 カーサは、今の少数人数による班制度を撤廃。代替案としては、まず戦闘員の中から学力と戦闘能力が突出した四人を選出する。その四人を四天王と定め、それ以下の戦闘員をそれぞれの四天王が選出し、分担。各四天王が指示等を出すことで任務や訓練にあたることになる。また、指示に従わない戦闘員、または反逆行為が見られた戦闘員が出た場合の処遇は、各四天王の処分に一任されることに。
 そしてその四天王に指示を出し、ボスの右腕となってサポートする人員──つまり最高幹部も、同じく選出。最高幹部には戦闘能力、学力、そして判断力などの診断テストを行い、合格した人物のみが選ばれることになる、と。

 それが、カーサの新体制となると説明を受ける。周りの戦闘員がざわつく中、ヴァダースは一人冷静に分析していた。
 四天王と、最高幹部。これらの制度は確かに少数班での行動、報告をしていたころと比べたら、情報の信憑性は格段に上がるだろう。情報が右往左往し、集中した場所に集まらないことは、組織の性質を落としてしまう事態に繋がりかねない。そして戦闘員を四天王自ら選出することは、そのままその戦闘員の意欲向上にもつながる。なるほど、選出されなかったとしても戦闘員としての誇りは保たれるということになるのか。

 次に最高幹部について思考する。最高幹部はその名目上、実質組織を取りまとめる総括のような役割が与えられることになる。ボスの右腕になる、ということはそういうことだ。ボスの仕事を詳しく知ったわけではないのであくまで憶測にすぎないが、組織強化などの案を考えることも視野に入ってくるだろう。
 それでは確かに、いくら戦闘能力があったとしても知識が伴っていないのなら、その立場に任命されることはない。その逆も然り。元々カーサは実力主義の組織。力のない人物は、まず戦闘員に認められることはない。戦闘員全体をまとめる立場になるには、彼らを圧倒的なまでに屈服させる力が必須になる。

 ここまで考えて、ボスが提示した新体制が理に適っているのだと理解する。しかし問題は、それらの人員をどう選出するかだ。正式な戦闘員に昇格するための昇進試験では、殺人すら許可された何でもありのルールで戦い、勝利することが条件だったが。あの時と比べて、訓練生もましてや正式な戦闘員も人手不足だ。選出方法によっては、かえってカーサ全体の戦闘員を減らすことになってしまうが。
 ヴァダースがそう考えていると、知ってか知らずかローゲが語る。

「次に最高幹部、四天王を選出する方法だが……資格があるのはもちろん正式な戦闘員のみ。まずは最高幹部を決めるため、来月より選定試験を行う」

 来月、という言葉に周りはざわつく。急なことだ、と。
 そんな有象無象の呟きを無視して、彼は続けて語った。

「希望する者、自信のある者は一ヵ月後、同時刻にこの場所に集まるがいい。最高幹部が決定次第、次いで四天王の選出に移る。……話は以上だ。始まるまで各々修練等に励むがよい」

 それだけ言うとローゲは去り、自然とその場は解散となった。ヴァダースは己の部屋に戻り、ローゲの提示した新体制について考えていた。これからのカーサを強化していくための制度、最高幹部に、四天王。そのどれもが今のカーサに必要だというローゲの言葉も理解できる。

 しかし胸に灯った拭えないこの違和感は、なんだろうか。

 新体制についても、制度についても、まるですべて元より整えられていたかのように完璧すぎるのだ。最初からこの体制を作るために、あの襲撃があったかのようにも思えてしまう。一を疑い始めては全を疑いかねない。しかし今の自分にはどうこうできる力も、地位もない。背に腹は変えられない。ヴァダースは芽を出した猜疑心を飲み込んだ。

 そこまで考えていたら、ドアをノックされる音で我に返る。この部屋に来る人物なんて、一人しかいない。いますよ、と返事を返せば遠慮なしに一人の人物が入ってきた。シャサールである。
 彼女は対面にあったベッドに腰掛けると、慣れた手つきで葉巻をふかし始める。

「一応禁煙にしてるんですけどね、ここ」
「お堅いこと言わないでよ。アタシが気楽に吸える場所なんて、そうそうないんだから」
「まぁ、目を瞑りますよ。それで、どうしたんですか?」
「……単刀直入に聞くわ。アンタ……どうするの?最高幹部と四天王の、新体制」

 シャサールはまっすぐヴァダースを見据えて、言葉通り誤魔化さずに質問を投げた。その目は真剣そのもので、茶化しているわけではないということは安易に窺えた。ヴァダースはそうですね、と一言零してから返す。

「貴女はどうするつもりなんですか?」
「質問に質問を返さないで」
「すみません」
「……それで?」
「……私は、受けますよ。最高幹部の選出試験に」
「そう……」

 ヴァダースは彼女に告げると、己の手を見つめながら続いて語り始める。

「私は……新しく手に入れたこの場所を、他の組織に蹂躙されるだけでは嫌なんです。そのためにはこのカーサを強くしなければならない……かといって、ただ手をこまねいているだけでは何も変わらないのも、わかっています」
「……そうね」
「そのためにはまず、私自身が強くならなければいけないんです。戦うための力は勿論ですが、それ以外での分野の面においても。そのためにも私は、上に行って多くのことを学ぶ必要があります。だから受けますよ、無謀だと言われようともね」

 話し終えたヴァダースは手を軽く握ってから、シャサールに対して苦笑の笑みを浮かべた。笑いますかと尋ねれば、彼女は一つため息をつく。

「笑うわけないでしょ、馬鹿にしないでちょうだい」
「それは……失礼しました」
「わかればいいのよ。でも、そう……アンタがまさか、そこまで考えているなんて正直思ってなかったわ」
「私も正直、自分がここまで大それた目標を目指していたなんて自覚していませんでしたよ。最初は半ば無理矢理な形でしたが、過ごしているうちに無意識にカーサここが大切な場所に変わったんだと思います」

 だからこそ、失ったものの大きさが分かった、とも。そう言葉を漏らすと、脳内で己を置いて去ってしまった人物たちの顔が浮かんでしまった。決して感傷的になっているわけではないが、忘れていい人物たちでないことは確かだ。
 散っていった彼らのためにも、カーサを強固なものにする。それはヴァダースが最高幹部を目指す理由の、一つでもあった。

「それで、貴女はどうするんですか?」
「そうね……アタシは最高幹部になるつもりはないよ。そんなタマ持ち合わせてないからね」
「そうですか……」
「でも、アンタが最高幹部になるっていうんなら……四天王を目指してもいいかなって思ってるよ。アンタ以外の奴に命令されるのは御免被りたいわ」

 それに、と付け加えてからシャサールは言葉を続ける。

「アタシだって、このままぬるま湯に浸かる気なんてさらさらないわよ。シューラたちのことは、アタシだって悔しい。アンタばかりにいいカッコなんて、させてたまるもんか」
「それは年上としての意地ですか?」
「それもあるけど、女のプライドってやつよ」

 最後にそう発言して、シャサールは悪い笑みを浮かべた。それが挑発していると気付いたヴァダースも、お返しと言わんばかりに悪く微笑んでから言葉を返す。

「いいですよ、その挑発に乗りましょう。まぁ、もし学力について不安でしたら教えてあげなくもないですよ。私の下で働くというのならね」
「お坊ちゃんがイキがるんじゃないよ。その鼻の先、へし折ってやったっていいんだからね?」
「おあいにく様ですが、私は貴族です。今の私はカーサなのですから、そうしたいのなら実力で組み敷けばどうです?」
「ええ勿論そうさせてもらうつもりよ。けど、四天王を目標としてるアタシに組み敷かれるようじゃ、最高幹部の椅子はまだまだ遠いってことを自覚するだけなんじゃないの?」

 そこまで言い合ってしばらくお互いを睨みあっていた二人だが、それがなんだか笑えてしまい、二人して噴き出す。まったく子供じみた言い争いだと笑えば、確かにそうだとつられて彼女が笑う。
 しばらくの間笑いを収めることができなかったが、どうにか落ち着く。久々にこんなに笑ったような気がする。

「はーまったく、馬鹿ばかしいったらありゃしないのに。ひっさしぶりにこんなに笑ったわよ」
「私もですよ。もしかすると、カーサに来てからこんなに笑ったのは初めてかもしれません」
「でもお陰で、いい力の抜き方ができたわよ。ありがとね」
「こちらこそ、ありがとうございます。どうやら自分で思っていた以上に、気が張り詰めていたようです。いいリラックスができたので、これで落ち着いて事に挑めそうですよ」
「それはなにより。今度、何かで返しなさいよ?」
「それを言うなら貴女もですからね」

 ヴァダースの言葉に、わかってると小さく笑うシャサール。
 その後の一ヵ月間、ヴァダースはシャサールに勉学を、シャサールはヴァダースに組み手をそれぞれ指導しながら試験の日を待った。
 そしてローゲの提案から一ヵ月経った、運命の日。最高幹部を選定する試験日の今日、ヴァダースは指定された広場へと足を運ぶのであった。
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