Fragment-memory of moonlight-

黒乃

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第二話

第二十四節 聡明な考え

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 第一関門の模擬戦闘を勝ち抜いたヴァダースは、第一のグループで優勝した男と共にボスの部屋まで案内された。次の二次試験は学力テストだ。そしてここで正解を見つけたものが、最高幹部の地位を与えられる。ボスの部屋を一瞥したが、机が用意されているわけでも、答案用紙が用意されているというわけでもない。学力というが、筆記試験とは違うのだろうか。
 ちなみにヴァダースと共に二次試験を受ける人物は、ローゲの説明が始まる前にヴァダースに絡んできた、あの男だった。どうやら勝ち上がってきたところを見る限り、確かに腕っぷしの自信は確かなものなのだろう。その男がまず、ボスに尋ねた。何故学力試験が二次試験なのか、と。

「この選定試験は、実際の戦場を予測して考えられたものだ。のんびり筆記試験をする機会なぞ、戦場にはない。加えていつ戦闘があるかもわからない状況で、いかに冷静に判断ができるか……それをこれから見極めさせてもらう。そのためのこの順序立てなのだ」
「確かに……疲れた体と頭でいかに冷静に状況判断ができるかは、なくてはならないスキルですね」
「なるほど、理解できましたボス。それで、その学力はどうやって見定めるんですかね?」

 男の問いかけに小さく笑ってから、ローゲはある問題を二人に提示した。

 問題はこうだ。
 今各々は敵組織から逃れるために、線路の上に来たと仮定する。線路の分岐点を挟んで片方には五人の戦闘員が、もう片方には己が立っている。そして前からは、暴走状態のトロッコが向かってきている。加えて挟み撃ちするかのように、敵組織の人員が二名、後方から来ている。
 トロッコはそのまま何もしない状態では、五人の戦闘員の方へと駆けることになる。しかし分岐点には一人の戦闘員がいて、己が指示を出すとその人物はレバーを傾けさせる。レバーを傾けることでトロッコの行き先が変更され、己が立っている方へとトロッコが向かう。
 さて、一人側に立たされた自分たちは部下に指示を出すか否か。というものだ。

 条件として、トロッコは何をしても止まらないことになっている。同じように敵組織の人員も、歩みを止めてはいないと考える。また、己を含めて六名の能力は同等のものとする。そして、一度答えた回答は覆せない。

 提示された問題に、ヴァダースは少し考えをめぐらせ、男の方は即決した様子。数秒してから、ローゲがまず男の方から答えを聞くことにした。

「そんなのもちろん、指示なんて出しませんよ。俺様さえ生き残れば、追手の敵組織なんて壊滅させられますからね。人数だけいたって、指示できる人間がいなきゃ意味がないんで。それに、大勢いる戦闘員の中のたった五人なんて犠牲のうちに入りませんて。簡単な算数ですよ、算数」
「なるほど、それがお前の回答か。……ではダクター、お前ならこの問いかけにどう答える?」

 二人の視線が刺さる中、ヴァダースは平然とした様子で回答した。

「そうですね。私は指示を出して、己の方にトロッコを向かわせます」

 その答えに男は意味が分からないと声を上げ、ローゲは興味深そうに、ほうと頷いた。そのままヴァダースに、その回答の理由説明を促す。

「私なら、そのトロッコを破壊することができるからですよ」
「はぁ!?ちゃんとボスの問題を聞いていましたかお坊ちゃま?トロッコは止まらないって条件があるだろうが!それに己を犠牲にするなんて、ただの自己満足にすぎねぇじゃねぇか!」
「貴方こそ、この問題の意味をしっかり考えましたか?確かにボスはトロッコはとは言いましたがとは、一言も言ってませんよ」

 ヴァダースの言い分に納得できないのだろう、男は激高した様子で彼に畳みかける。ローゲは二人の言い争いを止めるわけでもなく、黙って各々を窺うようだ。

「そんなの屁理屈だろ!!」
「あらゆる状況を考えた合理的な考え、と言っていただきたいものですね。それに貴方はさっき大勢いる戦闘員の中のたった五人、と言いましたが……この間の被害からでも考えられるように、今のカーサには圧倒的に人員が少ない」
「だからなんだってんだ!?」
「五人を犠牲にするよりも、一人を犠牲にした方がカーサが被る被害は最小限で済むということです。貴方の言うように、簡単な算数の問題ですよ」
「なんだと……!」

 これでもまだ納得しないのかと内心ため息をつきながら、ヴァダースは己の答案の理由説明を続けた。

「そもそも、この問題に正確な答えなんてないんですよ。今回は条件も多く特殊な状況下という設定でしたが、時と場合によれば貴方の答えが正解に近いということもあるんです。この問題の最大のポイントは、己の指示で変化する状況に対してどう考え行動するか、ということだと思います」

 積極的に動いて確実に一人を殺すのか、消極的になって五人を見殺しにするか。そしてその選択をとることで負う責任を、考えられることができるか。
 それを見極めるための問題ではないのかと、ヴァダースは考えた。そして彼が選択した行動が、己一人の方にトロッコを移動させるよう指示を出すこと。

「カーサに所属した時点で、その命はカーサの繁栄のために使うべきです。そのためなら、私は自分の命すら差し出す覚悟です。まぁ、貴方は違うようですがね」
「ンなわけあるか!俺様もカーサが発展するのはいいことだと理解してらぁ!」
「……果たして本当にそうでしょうか?先程とは随分と、言っていることが真逆のように聞こえますね?」
「はぁ!?」
「貴方は自分一人さえ生きていれば敵組織の人員に対処できると言いましたが、一人でできることには限界があります。それにこの選定試験の説明の前に、貴方が私に言ったではありませんか」

 ──周りの人間なんて俺が高みに昇るだけの足枷でしかねぇよ。力のない奴は俺様の手となり足となって、死ぬ間際まで使いっ走りにするだけだ。

 ヴァダースの発したその言葉に、男は焦りの表情を見せ始めた。続けざまに、ヴァダースは告発するかのように話す。

「加えて、俺様さえ生き残れば追手の敵組織なんて壊滅させられる。人数だけいたって、指示できる人間がいなきゃ意味がないとも言いましたよね。そんな人がカーサの発展を望んでいる、なんてよくもまぁ言えたものです。結局自分が上に行くことだけしか頭にないじゃないですか」
「な、な……!」
「……アウスガールズの僻地にある村には、こんな言葉があるそうです。三人寄れば文殊の知恵、とね」
「どういう意味だ!ワケわかんねぇことばかり言いやがって!」

 とうとう吠え始めた男に対し、ヴァダースはあくまで冷静に男に落ち着くよう制止をかけ、話の続きを語る。

「文殊とは、知恵を司る神のことを指し示します。つまり、凡人だろうと三人も集まれば神のような素晴らしい知恵が思いつく、という意味ですよ」
「だからそれが──」
「己を含めた六名は、全員が同じ能力値の人間なのでしょう?ならば、私が他に五人もいるも同然。そう考えれば、話は簡単です。五人分の私を殺すより一人分である己を殺した方が、圧倒的に状況打開が優位に運べるじゃないですか」
「なっ……!」
「ここまで言えばおわかりになるでしょう?貴方の言う通り、簡単な算数だとね」

 軽く小馬鹿にしたように話を終えると、男はそれ以上何も言えないのか、わなわなと震えるだけだった。二人の言い合いを静かに見守っていたローゲも、終わったなと呟き立ち上がる。

「お前たちの考えは理解した。この場で合否判定を出させてもらおう」

 その言葉に、二人がローゲを見つめる。口元しか見えないが、彼は小さく笑ってからヴァダースに向かって話す。

「今回最高幹部として私が選んだのはお前だ、ヴァダース・ダクター」
「な!?」
「……ありがとうございます、ボス」

 ボスの言葉に一礼したヴァダースと、予想外だと狼狽える男。すかさず男はローゲに詰め寄り、己の是非を問うた。そんな男の様子を冷静に見下ろしながら、彼は静かに口を開く。

「一ヶ月前に言ったな、この最高幹部は私の右腕となって働いてもらうための地位だと。それはつまり、私と同じレベルの思考能力を持ってもらわないとならないということに、ほかならん」
「俺様の意見は、貴方には及ばないと仰るのですか!?」
「言外にそう言ったつもりだが?それにお前の思考は確かに、場合によっては必要なのかもしれんが……。たかだか高みを目指すためだけに私が集めた戦闘員たちを見殺しにするとは、なんとも傲慢な考えだな?」
「そ、それはっ……!言葉の綾と言いますか、そのようなつもりでは決して!」
「もうよい。お前はカーサには必要のない男だった、それだけよ」

 冷酷に男に吐き捨てるローゲ。事実上の解雇通告を受けた男はわなわな、と拳を震わせていたが突如として顔を上げ、ヴァダースに刃を向ける。

「このガキさえいなければ!!」

 突然のことに反射が間に合わない、どうする。
 いっそのこと攻撃を受けるかと考えた直後、男の動きがぴたりと止まる。まるで彼の時間が剥ぎ取られたかのような、そんな様子が見て取れる。男も何があったのか理解できない、と言わんばかりに目を見開いている。横を見れば、男に向かって手を突き出しているローゲの姿。

「……愚かな男だ。おとなしく下がっていれば、死なずに済んだものを」

 そう呟いてもう片方の手で、一度指を鳴らす。直後、男は炎に全身が包まれる。文字通り、男は丸焼きにされている。つんざくような悲鳴が室内に響くも、ローゲはただ冷酷にそれを見つめるだけ。しばらくすると男は骨までをも焼き尽くされ、ただの炭と灰に化す。やがて腐った肉と油が焼け焦げたような、鼻を突くような臭いが部屋中に充満してから、彼はヴァダースに声をかけた。

「部屋を一つ台無しにしてしまったな。致し方あるまい、この部屋は破棄しよう」
「は、はぁ……」
「さて、お前にはさっそく働いてもらう。最高幹部として、私の右腕にふさわしい男になれるよう、精進することだ」
「……了解しました」

 頭の中で、この人物はまだ理解できないと警戒をしながら、それでも新しい一歩として。ヴァダースはローゲに仕え、カーサの最高幹部としてその人生を送ることになった。
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