Fragment-memory of moonlight-

黒乃

文字の大きさ
32 / 60
第二話

第三十二節 地道な努力を成功に導く

しおりを挟む
 幸か不幸か、訓練場には部下は一人もいなかった。しん、と静まり返っている空間に二人だけだと、初対面の時のことを思い出す。話の意味が分からないままボスにこの場に連れてこられ、メルダーとの手合わせで自分が一撃を受けてしまったこと。その事実を前に、半ば無理やりな形で彼の最高幹部着任を認めたこと。あの時の悔しさは今も胸に残っている。
 彼からは自分の訓練の相手をしてほしいと頼まれたが、ある意味これはあの時のリベンジにもなるのではないか、とも考えた。内心そんなことを考えているヴァダースの心情などいざ知らず、メルダーは上機嫌で準備運動をしている。

「誰もいないなんてラッキーですね!」
「訓練と言っても、そんなに時間は取りませんからね。まだ終えていない仕事もあるんですから」
「承知してます!ただ長く訓練することだけがいいとは限りませんもんね!」
「随分と物分かりがいいですね。いつもこの調子ならいいんですが」

 ヴァダースも同じように軽く準備運動をして、メルダーとの距離をとる。メルダーも同じように態勢を整え、ヴァダースと相対する。一呼吸おいて、お互い切り出すのを待つ。そのまま膠着状態が続いたが、先にメルダーが仕掛けた。

 以前と同じように特攻を仕掛けてきたメルダー。手にはあの時と同じように、ナイフを持って。ヴァダースはそれに対し一歩後退。後退の際に体も半回転させ、ナイフを突き出してきたメルダーの腕を捕らえる。
 一瞬息を呑むメルダー。彼の動揺をよそに、ヴァダースはメルダーを組み伏せた。

 以前対峙したときに感じたが、彼の戦闘スタイルは同じ近接型の自分とは似て非なるもののようだ。自分は相手の攻撃を起点として動くカウンター型。それに対しメルダーは自らの攻撃を起点とする、特攻型なのではないか。
 しかし特攻型なら、相手の反撃が来る前に一手仕向けてもいいはず。この突撃の意味するところは何か。

「動きが単調です。そんな体たらくでは、実地調査の指導係としては失格ですよ」
「いえいえ、これは確認したかったんです。ダクターさんは同じ近接型の戦闘スタイルでも俺とは違うのかもなって思ったら試したくて……ってあいててて!?」
「貴方の、お遊びに、わざわざ、自分の時間を割いて付き合っている、私の身にもなっていただきたい、ものですね」
「ごめんなさいごめんなさいだってダクターさんとの手合わせが嬉しくてつい!」
「ああそうですかそんなに私との手合わせを続けたいのならこの状態から抜け出してみてから言いなさい」
「当然、ですっ!」

 そう叫んだ瞬間、ヴァダースに組み敷かれていたメルダーの姿が消える。魔術を行使して自分の姿を隠したわけではない、らしい。自分の姿を覆い隠すだけなら、己の手に掴んでいた彼の腕の感覚が消失するわけがない。
 文字通り、消えた。いや消えたというよりこれは──。

「ってて……本気で絞めにかかってこなくてもいいじゃないですかダクターさぁん」

 瞬間移動、の類だろうか。彼のこの能力だけは解せない。あんなに完璧に組み敷いていた状態から、どうやって自分の視線の先へと移動できるのか。前回と同じく詠唱は聞こえなかった。
 先に魔術を展開していた?だとしたらどの段階で。あらかじめ準備していた、ということはないはず。自分たちがいつ訓練場に到着するのか──そもそも本当に訓練に付き合わされるとは思っていなかった──わからないのに、そんな用意周到に事前に用意ができるものか。

 思い出せ、過去に彼に似た相手と戦ったことがあったような気がする。その時講じた対抗策は──。

「行きますね!」

 思考をめぐる前に、再びメルダーが突進。相変わらず芸のない行動。
 しかし今度は魔術を展開してきた。

「"火の華よ、輝き燃えろ フンケルンフランメ"!!」

 メルダーの前を先行するように放たれたのは複数の火球。雷を纏っているそれらは予想よりも速度が速く、一直線にヴァダースへと向かってきた。
 攻撃を弾くか躱すか。弾くことを先に考えたが、躱せない速度ではない。

 それにこの攻撃は恐らく、ヴァダースの動きを誘導するためのもの。
 彼の狙いはこちらが攻撃を弾く瞬間。一瞬でも意識を攻撃に向けさせている間に、先程のように瞬間移動をして不意の追撃を仕向けてくるのだろう。こちらの予測不能な位置に移動されては、対応も後手に回る。
 ならば躱して反撃を試みるのみ。

 考えをまとめたヴァダースが火球を躱す。
 対象に衝突しなかった火球はそのまま素通りしてしまう、はずなのだが。こちらに向かってきているメルダーは、何故かにやりと笑みを深くした。

「っ!?」

 その笑顔に違和感を抱いた直後。通常ならばあり得ない軌道を描いた火球が、ヴァダースの横腹に直撃した。直撃して弾けた火球から雷が走り、微弱な電流となって体を走る。
 たとえ微弱であろうとも、それはヴァダースの動きを一瞬でも鈍らせるには十分な効力を持つ。その一瞬を狙い、メルダーがヴァダースにボディブローを仕掛けるも、それを寸でのところでダガーで受け止めた。

 意味が分からない、という表情をしていたのだろう。それに対しメルダーはしてやったりと、楽しそうな笑みを浮かべている。余裕、だろうか。気に食わない。

「っ……あの攻撃、追尾機能もあったんですか」
「少し違いますね。これは俺自身の能力、みたいなものです。俺、物体を自分の思う場所に瞬間移動させることができるんですよ。例えば──」

 ──こんな風に。

 今の今まで正面で拳を突き出していたメルダーの姿が、不意に真横から現れる。右横はヴァダースの死角だ。右にいる、と察知するも一足遅く。メルダーの足蹴りを身に受けてしまったヴァダースは、しかし膝を地面につけさせることはなかった。

「魔術を使わないでどうやってって顔をされていますね。……これが、俺がボスにスカウトされた理由でもあるんです」
「貴方自身の能力……?」
「はい。自分の血液を目印に、対象を自由に移動させることのできる能力。ダクターさん、制服の横っ腹部分と足元を見てみてください」

 メルダーの指摘でまず、ちらりと己の足元に視線を落とす。そこにはごく少量ではあるが、何か赤い液体を引きずったような跡が見受けられた。そして次に己の制服を一瞥すると、確かにいつの間にか攻撃を受けた部分が赤く汚れている。

「移動できるものは、物体であればなんでも可能です。俺自身はもちろん、マナを集束して作り出した攻撃も移動できるんですよ。この能力を知ったとある組織に襲われて、逃げ出したんです。その逃走中のさなかでボスに救われて、今ここにいます」
「貴方がここに来るまでの経緯に、興味はありません」
「あ……はは、すみません。つい自分語りしちゃって──」
「ですが、貴方の説明のお陰である程度の対抗策を練れました。次に攻撃を受けるのは、貴方です」

 そう言葉を返せばメルダーは一瞬呆気にとられたような表情になってから、楽しそうに笑う。その笑いからは、自分を馬鹿にしている様子は見受けられない。

「さすがダクターさんです!まだまだ俺、最高幹部としても戦闘員としても半人前ですね。訓練中だっていうのに、話を逸らしてすみません。続きをお願いします!」

 明るい口調で返事を返し、再び構えをとるメルダー。
 ヴァダースも息を一つ吐き、呼吸を整える。

 相手が縦横無尽に動くのならば、その動きを制限すればいい。そのための術を、ヴァダースは持っているのだ。彼もメルダーと同じく構え、腰に下げていた、一見すれば何の変哲もないダガーを空間上に浮遊させる。

「全力で行きますよ!」

 駆けだしたと同時に瞬間移動を始めるメルダーに、ヴァダースも浮遊させていたダガーを投擲する。

「"終局告げる銀龍の鎮魂曲 エンデレクイエム"!」

 放たれたダガーは様々な軌道を描くも、どれもメルダーに直撃することなく。狙いを外した、というわけではない。寧ろ狙い通りだ。ヴァダースの考えていることを、メルダーの方は理解できなかったらしい。先程と同じようにヴァダースの死角に入り込む、が──。

「っあれ……!?」

 今度はメルダーが驚きの声を上げることになる。確かに彼はヴァダースの死角である、彼の右側面に移動した。そこから攻撃を仕掛けようとしたらしいが、彼の手足はまるで金縛りにでもあったかのように動かせないようだ。

 それもそうだろう。彼の動きを封じることが、ヴァダースの目的だったのだから。

「かかりましたね」
「どうして……ダガーは当たってなかったのに!」
「私のダガーが一重だけだと思わないことですね。今貴方に放ったダガーには、特殊な加工が施されています」

 "終局告げる銀龍の鎮魂曲 エンデレクイエム"。そのダガーは銀龍の鱗で造られている。投擲後は糸のような形状に変化させることが可能であり、蜘蛛の巣のように空間に張り巡らせることができるのだ。
 極細に細められたダガーは光の屈折で、簡単に視界に捉えることもできなくなる。そしてピアノ線のようにピンと張りつめたそれは、見た目よりもかなり頑丈なものでもあるのだ。

 手足にダガーの糸が絡みついた今のメルダーを例えるなら、蜘蛛の巣に引っかかった哀れな蝶と言ったところだろう。

「昔、貴方のように己の姿を相手に掴ませないような戦い方をする人物がいたんですよ。その人物は己の姿を水の膜で覆い隠すことで視界から消えましたが、その時の応用です。要は相手の行動範囲を極端に狭めればいいんです」

 ヴァダースがこの訓練中に思い返していたのは、最高幹部選出試験の時の対戦相手のことだった。あの時の対戦相手もメルダーと同じく、己の姿をくらませることで相手をかく乱させ、その隙を突くタイプだった。

 今回のメルダーの場合は姿を見せたままだが、移動速度が異様に速いこともあり、同じようにかく乱させられていた。こういうタイプを相手にする場合は、相手の行動範囲を己が管理できるように制限させてしまうことが効果的だ。相手の勝手にさせないよう、自分の射程距離に来るよう相手を誘導させる。

「その手筈さえ整えられれば、今の貴方の状態に持ってこれるというわけです」
「な……なるほど……」

 完敗です、と言わんばかりに苦笑を浮かべるメルダー。そんな彼に対しヴァダースは容赦なく、以前の仕返しと言わんばかりに渾身の一撃を放つのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。 種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。 ハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました! おまけのお話を時々更新するかもです。 ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! トェルとリィフェルの動画つくりました!  インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...