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第二話
第三十九節 現状打破の切り札
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ヴァダースとメルダーから報告を受けたローゲは、なるほどと頷く。
「しかしこのタイミングでのリスト外商品か。ますます罠染みてきたな」
「ええ。仕掛けるとするならやはり、舞踏会中でしょうか」
「恐らくな。その時はもはや我らも偽る必要はない」
「ちなみにレーギルング家と世界保護施設が狙っているとされている獲物については先程、俺の方である程度目星をつけて印をつけておきました」
「ご苦労。では二人とも、スヴァットたちが片付くまでもう少しの間潜入を頼むぞ」
それだけ告げると、ローゲは他の参加者の気を引くために彼らの輪に混じる。ヴァダースたちも改めて気を引き締め、周囲を一瞥する。一応、各々武器は懐に忍ばせていた。有事の際に即座に動けるようにと、前もって準備をしていたのだ。
彼らがどう仕掛けてくるか分からない以上、対応が後手に回ってしまうことは致し方ない。しかし足元を掬われないようにするための対処は、ヴァダースとメルダーも事前に用意している。最大限の警戒の中、用意ができたとのことで舞踏会のための扉が開かれた。
******
ホール内にはレーギルング家が手配していたのか、ベネチアンマスクを身に着けた合唱団が控えており、舞踏会での演奏を披露している。参加者はこぞってペアを組んでダンスを踊り始めていた。何もしないとかえって不審がられる。仕方なしにヴァダースとメルダーも踊り始めた。
練習の甲斐あってか、メルダーに無駄な動きはなくごく普通に踊れている。踊りながら周囲を確認してみれば、ホールを見下ろすことができるバルコニーにファルがいることが確認できた。
ローゲの姿は見えないようだが、彼は言ってしまえば神出鬼没の人物。自分たちは護衛ということで同行したが、彼が下手をする確率は低いと考えられる。そこまで焦る必要はないと考えていたが──。
パンパン、と手を叩く音が響く。何かの合図か、演奏が止まった。不審に思い音の鳴った方角──バルコニーの辺りから聞こえていた──に視線を向けると、そこにいたファルが笑みを深くして自分たちを見下ろしている。何を始めるつもりなのか。
「みなさん、今宵は十分にお楽しみいただけただろうか。私の主催するパーティも貴方たちのお陰で、大いに盛り上がっている。とても感謝してもしきれまい。ただ残念なことに……どうやらそこに水を差す輩が混じってしまっているようだ」
ざわめく周囲。そんな彼らには意を介さず、ファルの演説は続く。
「とても残念ではあるが、同時に私はこれほどまでの幸福を覚えたことはない。何故ならその輩は、私がずっと追い求めていた私だけの宝なのだから!」
ファルが歓喜の叫びをあげた瞬間。ホールのシャンデリアの光を利用したのだろうか、まるでライトのような強い光がヴァダースとメルダーを照らす。突然のまぶしさに思わず腕で目を覆う。……やはり、このままただで帰れるわけがなかったか。
ライトが当てられた瞬間、二人を中心にまるでクモの子が散るように参加者の人間が一歩、また一歩と後ずさる。
「さてみなさん、どうか私に協力をしてくれないだろうか?その藍色の髪の男は、今や10億クローネの賞金首。その理由は彼の右目にある。私は彼が欲しくて欲しくてたまらなかった」
10億クローネという言葉に、途端に周囲の参加者の目の色が変わる。目の色を変えた多くの人物は、世界保護施設が斡旋した密猟者だ。そのことを踏まえると、恐らく彼ら自身には特殊な力はないだろう。世界保護施設に属するのは、力のない人間だと聞く。ただの人間相手なら、後れを取ることはない。
「捕まえてくれた参加者の方には、私の方からも餞別を送らせていただく。それこそ先程貴方たちが競り落とした商品を試すのに、ちょうどいい機会だろう。ここからは戦場のダンスパーティと洒落込もうではないか!」
ファルの言葉を皮切りに、ホールの入り口部分が破壊されぞろぞろと魔物が侵入してくる。シャサール達の投薬が間に合わなかったのかと考えるも、今はそれよりこの場から撤退することを考えた方がいいだろうと思考を切り替えた。
「メルダー」
「心得てます、ダクターさん!」
一斉にとびかかってくる魔物たち。初撃を難なく躱し、二人は散開。ベネチアンマスクを投げ捨ていつもの眼帯をつけてから、ヴァダースは反撃に出た。
「"悲劇を奏でる白い旋律"!」
光のマナを内包した、白く光る無数のダガー。
その一振りを魔物たちに向けて投擲。
投げられた一本のダガーは向かっていくなかで複数本に数を増やし、独自に回転しながら軌道を描く。回避するという知性はないのか、魔物はヴァダースの攻撃をまともに身に受けた。
ただ人間とは違い、頑丈さはさすがといったところか。多少の怪我などものともしない、と言わんばかりに突進してくる。一直線に向かってくる魔物。こちらは簡単に躱すことができた。
相手はその、ヴァダースが躱した先の一瞬を狙う。別の人間が、手にしていた道具で攻撃を仕掛けようとする。しかし彼は気付いていない。自身の背後にメルダーが控えていたことに。
「甘い」
背後からの強烈な一打は、簡単に相手の意識を失わせた。
その後も難なく彼らの攻撃をかわしていくが、同時にある違和感を覚える。捕まえると言った割には、自分たちに対して一つも強力な攻撃を仕掛けてくる様子が見られない。これではまるで、自分たちを誘導しているような──。
そこまで気付くも、一手遅かった。ファルが一段と笑みを深くしたと視界に捉えることはできたが、次の瞬間にはヴァダースはある檻に折檻されてしまっていた。
まるで水晶のように丸いその檻は、中が水で満たされている。加えて目には見えない縄のようなものが、ヴァダースに巻き付いていた。身動きが出来ないうえに呼吸を封じられたヴァダースは、苦悶の表情を浮かべるだけで精一杯だ。
状況に気付いたメルダーの声が、ぼやけて聞こえたような気がする。
「ダクターさんっ!?」
焦るメルダーやヴァダースとは対照的に、悠然と言った様子でバルコニーからホール部分へと歩くファル。恍惚の笑みを張り付けながら、彼はやがてヴァダースを見上げる。
「嗚呼、ようやく私の手の中に収められた。ずっと貴方を探していたのだよ、元音楽家貴族ダクター家の跡取り息子、ヴァダース・ダクター!数年前に失踪したと聞いていたが、まさかこんな形で再会できるとは思わなかったっ……!」
うっそりとした表情で水の檻を撫でるファルに、軽蔑の視線を送る。しかしそんなことでは動じないファルは、語り掛けるように独白を続けていく。
「昔から貴方の才能を我が物にしたかった。貴方のその音楽の才能は、聞く人間を魅了する力がある。初めて貴方の演奏を聞いてから、私も父上も虜になっていた。そこからいつの日か、我がレーギルング家のためだけに演奏をしてもらおうと。貴方を手中に収めるために、日夜画策していたものだ」
彼の話では、突然のヴァダースの失踪には驚かされたが、ある時裏家業である密輸の仲介作業を行っていた時に、彼の噂を耳にしたのだそうだ。ダクター家の跡取り息子は実は生きていて、邪眼をその身に宿したことで懸賞金がかけられたと。そしてその彼が、世界的な犯罪組織集団であるカーサに所属していると。
その話の詳細を聞いたファルは今度こそヴァダースを手に入れるため、綿密に策を練ったのだそうだ。この闇オークションもブラフ。すべて彼がヴァダースを手に入れるための、前座でしかなかったのだと。
「しかしまさか、こんなに簡単に飛び込んでくるとは思っていなかった。まさに飛んで火にいる夏の虫……いや、これでは貴方に失礼か。今の貴方はさながら、鳥籠の中のカナリアそのものだ」
「ぐ……ゴボッ……!!」
「安心したまえ、殺しはしない。まずは貴方自身に私の下で鳴いてもらうための、下準備をするだけだ」
「ッ!?」
その言葉の後、一段ときつく締め上げられた。その衝撃でただでさえ苦しかった呼吸が、さらに難しくなる。もはや息が、限界を迎えようとしていた。意識を失いそうになりながらも気付けたことと言えば、水の檻の外にいたはずのメルダーが自分の肩を掴んでいる様子だけだった。
******
途端に空気が肺一杯に入り込む。脳も体もそのことを理解できなかったのか、うまく呼吸ができない。誰かに名前を呼ばれているような気もするが、酸素が足りないのか多すぎるのかすらわからない。苦しい、誰か助け──。
「っ、ン……」
両の頬が包み込まれる感覚と、それから唇を塞がれる感覚。一瞬何が起きているのか、理解できなかった。しかし苦しかったはずの呼吸が、ゆっくりと落ち着けるようになってきている。やがて自分が落ち着いたと相手が判断したのだろうか、静かに唇が離れていく。目の前には、安心したようなメルダーがいて。
「……大丈夫ですか、ダクターさん?」
人のいい顔で笑って、自分の安否を尋ねてきた。いまだ混乱はしているが、とりあえず呼吸も落ち着き苦痛から解放されたことを伝えるために頷く。ヴァダースの返事にようやく安心できたのだろう、メルダーはほう、と息を吐いてから笑った。
「よかった、ならもう平気ですね」
なにがあったのかと尋ねようとして、メルダーの左腕から血が流れていることに気付く。いつ傷を負ったのかと迫れば、自分で切ったとのこと。どういうことだ。
「ほら、覚えていませんか?俺の能力ですよ」
──自分の血液を目印に、対象を自由に移動させることのできる能力。
──移動できるものは、物体であればなんでも可能です。俺自身はもちろん、マナを集束して作り出した攻撃も移動できるんですよ。
過去にメルダーから聞いた、彼自身の能力のことを思い出す。
「黙っていてすみません。実は万が一のことを考えて、自分の血を採血したものを瓶に詰めて、シャサールに渡しておいたんです。俺が合図をしたら、瓶を破壊して採血した血をその場に撒いてほしいって、事前に説明して。それで、ダクターさんを助けることが出来たんですよ」
彼の説明ではこうだ。メルダーは事前に、ヴァダースの衣服に小さな血痕を残していたそうなのだ。能力を発動しないのなら、そのままでよかった。しかしヴァダースが水の檻に捕らえられてしまったことで、能力を使わざるを得ない状況になってしまったのだ。
彼は隙を見て通信機越しにシャサールへ合図を送った。その後己の腕を切り、自身をヴァダースの隣に転移させた。ヴァダースの体の一部に触れてしまえば、彼の能力で彼自身とヴァダースを空間転移させることが可能になる。そして、今の状況というわけだと。
「……では、貴方の傷は私を助けるために……?」
「へへ、気にしないでください。ダクターさんを守れたのですから、これは名誉の傷ですよ!」
そういうことではない、と言いかけたその時。カサドルとシャサール、そしてローゲの三人が森の茂みから現れる。予定外の戦闘があったものの、密猟品の多くを確保することができた、とのこと。一行はひとまず、魔物に打ち込んだ薬の効果が切れる前に、近くのアジトへ戻ることに。
胸の内に落ちた小さなしこりのようなものに苛まれながら、ヴァダースも彼らと共にアジトへ帰還するのであった。
「しかしこのタイミングでのリスト外商品か。ますます罠染みてきたな」
「ええ。仕掛けるとするならやはり、舞踏会中でしょうか」
「恐らくな。その時はもはや我らも偽る必要はない」
「ちなみにレーギルング家と世界保護施設が狙っているとされている獲物については先程、俺の方である程度目星をつけて印をつけておきました」
「ご苦労。では二人とも、スヴァットたちが片付くまでもう少しの間潜入を頼むぞ」
それだけ告げると、ローゲは他の参加者の気を引くために彼らの輪に混じる。ヴァダースたちも改めて気を引き締め、周囲を一瞥する。一応、各々武器は懐に忍ばせていた。有事の際に即座に動けるようにと、前もって準備をしていたのだ。
彼らがどう仕掛けてくるか分からない以上、対応が後手に回ってしまうことは致し方ない。しかし足元を掬われないようにするための対処は、ヴァダースとメルダーも事前に用意している。最大限の警戒の中、用意ができたとのことで舞踏会のための扉が開かれた。
******
ホール内にはレーギルング家が手配していたのか、ベネチアンマスクを身に着けた合唱団が控えており、舞踏会での演奏を披露している。参加者はこぞってペアを組んでダンスを踊り始めていた。何もしないとかえって不審がられる。仕方なしにヴァダースとメルダーも踊り始めた。
練習の甲斐あってか、メルダーに無駄な動きはなくごく普通に踊れている。踊りながら周囲を確認してみれば、ホールを見下ろすことができるバルコニーにファルがいることが確認できた。
ローゲの姿は見えないようだが、彼は言ってしまえば神出鬼没の人物。自分たちは護衛ということで同行したが、彼が下手をする確率は低いと考えられる。そこまで焦る必要はないと考えていたが──。
パンパン、と手を叩く音が響く。何かの合図か、演奏が止まった。不審に思い音の鳴った方角──バルコニーの辺りから聞こえていた──に視線を向けると、そこにいたファルが笑みを深くして自分たちを見下ろしている。何を始めるつもりなのか。
「みなさん、今宵は十分にお楽しみいただけただろうか。私の主催するパーティも貴方たちのお陰で、大いに盛り上がっている。とても感謝してもしきれまい。ただ残念なことに……どうやらそこに水を差す輩が混じってしまっているようだ」
ざわめく周囲。そんな彼らには意を介さず、ファルの演説は続く。
「とても残念ではあるが、同時に私はこれほどまでの幸福を覚えたことはない。何故ならその輩は、私がずっと追い求めていた私だけの宝なのだから!」
ファルが歓喜の叫びをあげた瞬間。ホールのシャンデリアの光を利用したのだろうか、まるでライトのような強い光がヴァダースとメルダーを照らす。突然のまぶしさに思わず腕で目を覆う。……やはり、このままただで帰れるわけがなかったか。
ライトが当てられた瞬間、二人を中心にまるでクモの子が散るように参加者の人間が一歩、また一歩と後ずさる。
「さてみなさん、どうか私に協力をしてくれないだろうか?その藍色の髪の男は、今や10億クローネの賞金首。その理由は彼の右目にある。私は彼が欲しくて欲しくてたまらなかった」
10億クローネという言葉に、途端に周囲の参加者の目の色が変わる。目の色を変えた多くの人物は、世界保護施設が斡旋した密猟者だ。そのことを踏まえると、恐らく彼ら自身には特殊な力はないだろう。世界保護施設に属するのは、力のない人間だと聞く。ただの人間相手なら、後れを取ることはない。
「捕まえてくれた参加者の方には、私の方からも餞別を送らせていただく。それこそ先程貴方たちが競り落とした商品を試すのに、ちょうどいい機会だろう。ここからは戦場のダンスパーティと洒落込もうではないか!」
ファルの言葉を皮切りに、ホールの入り口部分が破壊されぞろぞろと魔物が侵入してくる。シャサール達の投薬が間に合わなかったのかと考えるも、今はそれよりこの場から撤退することを考えた方がいいだろうと思考を切り替えた。
「メルダー」
「心得てます、ダクターさん!」
一斉にとびかかってくる魔物たち。初撃を難なく躱し、二人は散開。ベネチアンマスクを投げ捨ていつもの眼帯をつけてから、ヴァダースは反撃に出た。
「"悲劇を奏でる白い旋律"!」
光のマナを内包した、白く光る無数のダガー。
その一振りを魔物たちに向けて投擲。
投げられた一本のダガーは向かっていくなかで複数本に数を増やし、独自に回転しながら軌道を描く。回避するという知性はないのか、魔物はヴァダースの攻撃をまともに身に受けた。
ただ人間とは違い、頑丈さはさすがといったところか。多少の怪我などものともしない、と言わんばかりに突進してくる。一直線に向かってくる魔物。こちらは簡単に躱すことができた。
相手はその、ヴァダースが躱した先の一瞬を狙う。別の人間が、手にしていた道具で攻撃を仕掛けようとする。しかし彼は気付いていない。自身の背後にメルダーが控えていたことに。
「甘い」
背後からの強烈な一打は、簡単に相手の意識を失わせた。
その後も難なく彼らの攻撃をかわしていくが、同時にある違和感を覚える。捕まえると言った割には、自分たちに対して一つも強力な攻撃を仕掛けてくる様子が見られない。これではまるで、自分たちを誘導しているような──。
そこまで気付くも、一手遅かった。ファルが一段と笑みを深くしたと視界に捉えることはできたが、次の瞬間にはヴァダースはある檻に折檻されてしまっていた。
まるで水晶のように丸いその檻は、中が水で満たされている。加えて目には見えない縄のようなものが、ヴァダースに巻き付いていた。身動きが出来ないうえに呼吸を封じられたヴァダースは、苦悶の表情を浮かべるだけで精一杯だ。
状況に気付いたメルダーの声が、ぼやけて聞こえたような気がする。
「ダクターさんっ!?」
焦るメルダーやヴァダースとは対照的に、悠然と言った様子でバルコニーからホール部分へと歩くファル。恍惚の笑みを張り付けながら、彼はやがてヴァダースを見上げる。
「嗚呼、ようやく私の手の中に収められた。ずっと貴方を探していたのだよ、元音楽家貴族ダクター家の跡取り息子、ヴァダース・ダクター!数年前に失踪したと聞いていたが、まさかこんな形で再会できるとは思わなかったっ……!」
うっそりとした表情で水の檻を撫でるファルに、軽蔑の視線を送る。しかしそんなことでは動じないファルは、語り掛けるように独白を続けていく。
「昔から貴方の才能を我が物にしたかった。貴方のその音楽の才能は、聞く人間を魅了する力がある。初めて貴方の演奏を聞いてから、私も父上も虜になっていた。そこからいつの日か、我がレーギルング家のためだけに演奏をしてもらおうと。貴方を手中に収めるために、日夜画策していたものだ」
彼の話では、突然のヴァダースの失踪には驚かされたが、ある時裏家業である密輸の仲介作業を行っていた時に、彼の噂を耳にしたのだそうだ。ダクター家の跡取り息子は実は生きていて、邪眼をその身に宿したことで懸賞金がかけられたと。そしてその彼が、世界的な犯罪組織集団であるカーサに所属していると。
その話の詳細を聞いたファルは今度こそヴァダースを手に入れるため、綿密に策を練ったのだそうだ。この闇オークションもブラフ。すべて彼がヴァダースを手に入れるための、前座でしかなかったのだと。
「しかしまさか、こんなに簡単に飛び込んでくるとは思っていなかった。まさに飛んで火にいる夏の虫……いや、これでは貴方に失礼か。今の貴方はさながら、鳥籠の中のカナリアそのものだ」
「ぐ……ゴボッ……!!」
「安心したまえ、殺しはしない。まずは貴方自身に私の下で鳴いてもらうための、下準備をするだけだ」
「ッ!?」
その言葉の後、一段ときつく締め上げられた。その衝撃でただでさえ苦しかった呼吸が、さらに難しくなる。もはや息が、限界を迎えようとしていた。意識を失いそうになりながらも気付けたことと言えば、水の檻の外にいたはずのメルダーが自分の肩を掴んでいる様子だけだった。
******
途端に空気が肺一杯に入り込む。脳も体もそのことを理解できなかったのか、うまく呼吸ができない。誰かに名前を呼ばれているような気もするが、酸素が足りないのか多すぎるのかすらわからない。苦しい、誰か助け──。
「っ、ン……」
両の頬が包み込まれる感覚と、それから唇を塞がれる感覚。一瞬何が起きているのか、理解できなかった。しかし苦しかったはずの呼吸が、ゆっくりと落ち着けるようになってきている。やがて自分が落ち着いたと相手が判断したのだろうか、静かに唇が離れていく。目の前には、安心したようなメルダーがいて。
「……大丈夫ですか、ダクターさん?」
人のいい顔で笑って、自分の安否を尋ねてきた。いまだ混乱はしているが、とりあえず呼吸も落ち着き苦痛から解放されたことを伝えるために頷く。ヴァダースの返事にようやく安心できたのだろう、メルダーはほう、と息を吐いてから笑った。
「よかった、ならもう平気ですね」
なにがあったのかと尋ねようとして、メルダーの左腕から血が流れていることに気付く。いつ傷を負ったのかと迫れば、自分で切ったとのこと。どういうことだ。
「ほら、覚えていませんか?俺の能力ですよ」
──自分の血液を目印に、対象を自由に移動させることのできる能力。
──移動できるものは、物体であればなんでも可能です。俺自身はもちろん、マナを集束して作り出した攻撃も移動できるんですよ。
過去にメルダーから聞いた、彼自身の能力のことを思い出す。
「黙っていてすみません。実は万が一のことを考えて、自分の血を採血したものを瓶に詰めて、シャサールに渡しておいたんです。俺が合図をしたら、瓶を破壊して採血した血をその場に撒いてほしいって、事前に説明して。それで、ダクターさんを助けることが出来たんですよ」
彼の説明ではこうだ。メルダーは事前に、ヴァダースの衣服に小さな血痕を残していたそうなのだ。能力を発動しないのなら、そのままでよかった。しかしヴァダースが水の檻に捕らえられてしまったことで、能力を使わざるを得ない状況になってしまったのだ。
彼は隙を見て通信機越しにシャサールへ合図を送った。その後己の腕を切り、自身をヴァダースの隣に転移させた。ヴァダースの体の一部に触れてしまえば、彼の能力で彼自身とヴァダースを空間転移させることが可能になる。そして、今の状況というわけだと。
「……では、貴方の傷は私を助けるために……?」
「へへ、気にしないでください。ダクターさんを守れたのですから、これは名誉の傷ですよ!」
そういうことではない、と言いかけたその時。カサドルとシャサール、そしてローゲの三人が森の茂みから現れる。予定外の戦闘があったものの、密猟品の多くを確保することができた、とのこと。一行はひとまず、魔物に打ち込んだ薬の効果が切れる前に、近くのアジトへ戻ることに。
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