Fragment-memory of moonlight-

黒乃

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第二話

第四十節  思慮深い指導者への成長

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 それは水の檻からヴァダースとメルダーが脱出した後のことまで遡る。
 ファルは目の前の現実を受け入れられなかったのか、ひどくたじろいでいた。あともう少しで切望していたものが手に入ると思っていた彼にとって、目の前の空の水の檻は受け入れがたい事実だったのだろう。

「な……何故だ、何が起きた!私の計画は完璧だったはず、何一つ間違いなどあるはずがない!」

 そんな彼の背後から、落ち着いた声が届く。その声の主は今のヴァダースの主人ともいえるべき存在、ローゲだ。

「どうかされたのかファル殿?そんなに慌てふためくなど、貴方らしくもない」
「あ……アカツキ殿!貴方は知っていたのか?知っていて私を欺いていたのか!?」
「どうか落ち着いてほしい。なにがあったのか、ご説明願いたい」

 ローゲの言葉にファルは狼狽しながらも今自身の目の前で起きたこと、そしてそうなるまでに至った経緯をすべて説明した。ローゲは黙って彼の話を聞いている。

「そう、すべてはあのヴァダース・ダクターを手に入れるためだけに!そのために私は父から裏家業を引き継ぎ、この手を汚い金で汚してきたのだ!それを何故……!」
「……そういうことだったか」
「アカツキ殿!それより貴方こそどういうことか説明していただきたい!!彼の正体を貴方は最初から知っていたのか?もしそうなら何故私に──」
「一つ、言わせてもらうならば」

 激高するファルの言葉に重ねるように、ローゲが口を開く。途端に彼の雰囲気が一変したことに、ファルは気付いたようだった。彼は誰だ、と目が雄弁に語っている。目の前にいる男は本当に、自分が知っている密猟者の一人なのだろうかと。

「申し訳ないが、先にに目を付けていたのは私だ。横取りはよくないと思わないか、ファル殿?」
「な……なにを言って……!?」
「あまつさえ傷をつけようなどと。傲慢にもほどがある。あの男は、お前が手を出していい存在などではない」

 周囲に炎が満ちていく光景に、ファルは恐怖に身を包まれていた。まるでその炎は自分を罰するためのもののように思えたのか、しかし足が動くことはなかった。否、動かすことができなかった。極限の恐怖のあまり身体が竦み、彼は指一本すら動かすことができなかったのだ。
 そんなファルを滑稽だ、と言わんばかりの表情でローゲが見つめる。

「ああそれと、言い忘れていたが。貴方の協力に加担したこのパーティの参加者はみな、私の部下たちに始末させておいたのであしからず」
「だ……だれ、だ……誰だお前はァア!?」
「それではごきげんよう、ファル・レーギルング殿」

 その言葉を最後に、古城にローゲの炎が満ちていく。逃げ場のない炎の檻を前に、ファルはなす術もなくただただ焼却されてしまうのであった。

 ******

 闇オークションの任務を終えてから数日が経ったある日。ボスであるローゲの部屋には、ヴァダースとメルダーの二人が呼ばれていた。

 闇オークション時に入手した密猟品である魔物は、無事にカーサが所有する戦力として確保することができた。結局レーギルング家と世界保護施設が狙っていたという本当の目的は手に入れることはできなかったが、結果を見れば今回の任務は成功と言っていいだろう、というのがローゲの見解だった。
 しかし今回の任務で、カーサの弱点が浮き彫りになったことも明らかだ。やはり即時に発動できる撤退方法がないことには、迅速な任務遂行が行えない、という事実が先日の会議でも議題に上がった。

 その時の会議の議事録はすでにローゲにも提出したことから、彼もその事実は理解しているだろう。そして会議から数日たった今日、二人は呼ばれた。部屋に入ると、そこには先客としてキゴニスがいた。しかしまずはローゲの前で一礼して、彼の話を聞くことにした。

「ヴァダース・ダクター、メルダー・ラフィネ。ともに参上しました」
「ご苦労。今日お前たち二人を呼んだのは、ほかでもないカーサの弱点についてだ」
「そのことにつきましては、先日の会議の議事録をすでに提出済みですが……」
「ああ、確認させてもらった。そこから私も調査を進めたのだが、その過程である案が浮かんだのだ」
「ある案、ですか?」

 ヴァダースの言葉に頷いたローゲは、メルダーを一瞥してから話す。

「ラフィネの血の力を利用して、空間転移が可能な鉱石を作る。これが、今最も考えられる最善の案だ」

 ローゲの言葉に、ヴァダースは最初その言葉の意味を理解できなかった。しかし徐々に理解してからは、思わず声を荒らげてしまうほどに驚愕してしまう。

「な……なにを仰っているのか、貴方は理解されているのですか!?メルダーの血の力を利用だなんて、そんなの彼に人身御供になれと言っているようなものではありませんか!」
「早合点するなダクター。私は何も、ラフィネに死ねと言っているわけではない。利用するのはあくまで彼の血に含まれている、転移の能力だ」
「そうは言いますが、しかし!」
「彼の血液から情報を抜き取り、その能力を特殊な鉱石に転写させる。実現させるために、ラフィネには多少人体実験に付き合ってもらう必要はあるが……。成功すればカーサの新たな力になることは、確実だ」

 そのためにキゴニスもここに呼んだ、ということなのか。理屈としては理解したくはないが、理解ができてしまう。確かにメルダーの空間転移の能力は、使い方によっては大いに活躍できるものだろう。しかしローゲの言葉に賛同しかねる自分がいることを、ヴァダースは理解していた。

「人体実験だなんて……そんな、世界保護施設が行うようなことをして、いったいなにになると言うのですか!?」
「しかしダクター、お前も忘れたわけではあるまい?ラフィネの能力のお陰で、お前は今こうしてここにいることができている。彼の能力を一番に経験したお前が、まさか彼の能力がカーサの利益にならないとは言えまい?」
「それはっ……」

 ローゲの言葉ももっともで、思わず閉口してしまう。闇オークションでの一件で、確かにヴァダースはメルダーの能力によって窮地を脱することができた。それに彼の能力の偉大さは、ヴァダース自身も身に沁みて理解している。彼の力は、確実にカーサの力を跳ね上げてくれることだろう。

 言い返すことができないヴァダースを尻目に、ローゲは話題をメルダーに振る。

「どうだラフィネ。お前には多少、無理を強いることにはなるが……」

 ローゲの言葉に、メルダーは考え込んでいる。内心で彼に、どうかローゲの意見に反対してほしいと願っている自分がいたことに、ヴァダースはその時は気付いていなかった。数分を要してから、メルダーは明るい表情で返事を返す。

「承りました。カーサの強化に繋がるのなら、俺は喜んでその礎になりましょう」
「な……なにを言ってるんですか、貴方は!?」

 まさかの彼の言葉に、ヴァダースは驚愕のあまりメルダーの肩を掴む。そのまま彼に言い聞かせるかのように、言葉をぶつけた。

「わかって言っているのですか!?いくら貴方の能力が使えるものだとしても、人体実験をしてまでそんな鉱石を生み出す必要などないでしょう!?」
「でも、成功すればカーサにとって良いこと尽くめじゃないですか。空間転移の鉱石が完成したら、今以上にカーサの力が増すんですよね」
「必ず成功するとは限らないって、何故想定しないのです!?」
「俺、馬鹿ですから。悪いことを考えるよりも、いいことを考えていたいんですよ」

 大丈夫ですから、メルダーの手がヴァダースの手に重ねられる。自分が犠牲になるかもしれないということをまるで厭わないメルダーの姿に、ヴァダースの中で鬱屈感が渦巻く。そんな彼に追い打ちをかけるかのように、ローゲが告げる。

「ダクター。私はラフィネの意見を尊重する。それにカーサの戦闘員である以上、お前たちはカーサに尽くすと私に誓ったはずだぞ」
「貴方という方は……!それでも貴方は、人間なのですか!?」
「思い返せ。私がこれまでカーサのためにならないことを提案したことがあったか?実行したことがあったか?」
「ボス!」
「勘違いするなダクター。私はこのカーサのボスで、お前は私の部下だ。弁えないというのならば、お前とて容赦はしないぞ」

 途端に向けられた殺戮者の視線を前に、ヴァダースはそれ以上反論することはできなかった。まだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。憤懣やるかたないが、ぐっと唇をかんでから苦々しく言葉を紡ぐ。

「……ボスの、仰せのままに」

 ヴァダースの姿勢に、ローゲもそれ以上彼を責めることはなかった。話は以上だと告げ、二人に退室を言い渡す。彼の命令に素直に従い、ヴァダースとメルダーは自分たち執務室へと戻っていく。
 ヴァダースの心中はとても穏やかと言えるものではなかったが、不意にメルダーから声をかけられる。

「あの、ダクターさん」
「なんですか」
「ありがとうございました。その、ダクターさんが俺のためにボスに怒ってくれるなんて思ってなかったんで、めちゃくちゃ嬉しかったです」
「別に、貴方のためでは……」

 ない、とは言い切れなかった。あの時少なからず、メルダーの身を案じていたことは本当だ。なぜ自分があんなにも怒れたのか、実のところヴァダース自身も理解できていなかった。そんな彼はいざ知らず、メルダーは言葉を続ける。

「俺、ダクターさんからはてっきり嫌われているんだって思ってたから……。だから本当に嬉しかったんですよ!ありがとうございました!じゃあ俺、このまま実地任務に向かうんで、また後程!」

 言いたいことだけ勝手に告げたメルダーは、ヴァダースの言葉を聞かずにそのまま任務に向かってしまう。一人残されたヴァダースは、メルダーに対する自分自身の姿を見失ってしまうのであった。

 第二話 完
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