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第三話
第六十節 永遠のメッセージ
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ヴァダースの祝詞が紡がれる。直後に目の前の魔物は一つ咆哮をあげると、崩れ落ちるように地面に倒れた。それを見届けたヴァダースも地面に膝をつき、項垂れる。
周囲は相変わらず炎の海に囲まれている。少しして、瓦礫の地面の上にぽたりぽたりと雫が落ちた。
「どう、して……!」
絞り出されるヴァダースの慟哭。誰に聞かれることもないその言葉は、虚しく空気に消えていく。様々な感情が言葉ではなく、代わりに涙になって双眸から零れ落ちる。
殺した。
殺して、しまえた。
たった一人の、愛していた人を。
「誕生日プレゼント、くれるって……。約束、してくれたじゃないですか……!」
瞼を閉じれば、そこにはいつもの笑顔のメルダーがいる。彼との思い出が思い返されると余計に、目の前の光景が夢ではない現実を突きつけられる。抑えきれなくなった感情が爆発して、ヴァダースはその日何十年振りかに声を上げて泣いた。
運命を変えられなかった現実に、己の無力さに、そして恋人を失った喪失感に耐えられるほど、ヴァダースの心は強くなかった。どれだけ言い訳してもこの現状は覆らない。たらればを言っても、時間は取り返せない。
それでも思わずにはいられない。こうなる前に、どうにかできなかったのかと。
少しだけ落ち着いた頃、ヴァダースは徐に立ち上がる。そしてメルダーの死骸だったものから彼がいつも身に着けていた髪飾りを外し、愛おしそうに握り締めた。
「……これ、もらっていきますね……。大丈夫です、メルダー。貴方の願いは……必ず、叶えてみせます……。だから……だからどうか、傍にいてください……」
いつの間にか西のアジトがある場所から、わらわらと魔物たちが湧き出ていた。彼らはヴァダースを殺そうとしているのか、じりじりとにじり寄りながら威嚇してくる。視線は常にヴァダースに向けられ、ふとした瞬間に飛び掛かってきそうな気迫が伝わってくる。彼らの主であろう世界保護施設の人間たちは、瓦礫の奥からこちらの様子を窺っているようだ。
握っていた髪飾りを左の横髪につけて、彼らを見据える。
「……来なさい。お望み通り、遊んであげますよ」
コートを脱ぎ捨てて、右眼に魔力を集束させる。途端にヴァダースから溢れ出た殺気に、魔物たちも反応。一斉に飛び掛かってくる。ヴァダースもダガーを展開させながら、彼らに対応していく。
何種類ものダガーが宙を舞い、魔物たちの肉体を切り裂いていく。そのたびに血の五線譜が舞い上がり、彼らの咆哮と悲鳴が曲を奏でる。その時のヴァダースの姿は鬼気迫る指揮者のようだった。
魔物たちを片付けたヴァダースは、かつての拠点だったアジトだった場所に降り立つ。カーサが放置していたあとに寄生虫のようにそこに棲みつき、屯していた世界保護施設の人間たちを惨殺した。
私怨の炎に包まれているヴァダースの右眼は、一人残らず敵を排除していく。彼らの魂のかたちはひどく醜いものばかりで、見るに堪えない。輪廻転生なんてさせない。文字通り身が切り裂かれる感覚に泣き喚け。そう言わんばかりの勢いで、殺戮の限りを尽くすのであった。
ヴァダースの意識が保てたのは、アジトにいた生物をすべて破壊したと確認できたあたりまでだった。アジト跡でもあった地下から這い出てきたヴァダースも無傷ではなく、所々から出血していたが、意地で身体を引きずりながら歩を進める。
「……まずは、一つ……片付き、ましたよ……め……る……」
地上に這い出てしばらく歩いてから、事切れたようにヴァダースは倒れた。
******
次にヴァダースが目を覚ましたのは、それから一週間も経った頃のことだった。
開けた視界には見慣れない天井があり、輪郭がはっきりと捉えられた頃に、聞き慣れた声が届く。
「……起きた?」
声のする方へ視線を傾けると、そこにはシャサールがいた。彼女の表情は、何処か安心感を覚えたようなものだった。聞けばここはボスが使用する仮眠室であり、彼女はボスの命令でヴァダースの看病をしていた、とのこと。
徐々に鮮明になっていく思考で、ヴァダースはそれまでのことを思い出す。気だるい身体をどうにか動かして起き上がるも、心にはぽっかりと空洞が開いてしまった感覚が残っていた。
「……また、私は置いていかれたのですね……」
そのつぶやきに対して、シャサールは沈黙で返答する。やがて立ち上がると、ヴァダースに背を向けながら言葉をかけた。
「……アタシ、ボスにアンタが起きたってこと伝えてくる。今はゆっくり休んでおきなさい」
それだけ言うと、彼女はヴァダースの返事を待たずに部屋を後にした。
静寂がヴァダースのいる空間を包む。視界に入った横髪の髪飾りに手を添えて、そこから伝わってきたひんやりとした温度に、胸が締め付けられた。随分と涙脆くなってしまったのか、ぼろぼろと大粒の涙が溢れて落ちる。
苦しさに息ができない。このまま窒息してしまえたらいいのに、身体がそれを許してくれない。そのことに苛立ちが募り、しかし何もできなかった己に、不甲斐なさがこみ上げる。
彼の笑顔は今も、瞼の裏に鮮明に焼き付いている。彼の自分を呼ぶ声も、耳の奥に残っている。それがもう、どこにもない。そのことを理解できてしまっている。嗚呼、本当に。これまでのことを忘れられたらどんなに楽なのだろう。どうしてこんなにも息ができないのに、自分は生きているのだろう。
「こんなに苦しく、なるのなら……貴方を嫌いなままの私で、いたかったっ……!」
どうして置いていったのか。その疑問をぶつける相手はもういない。どうしたって、誰も答えを教えてはくれない。ヴァダースはその現実を前に、今はただ涙するしかなかった。
それからしばらく経ったころ。涙が枯れてただ茫然としていることしかできなかったヴァダースの前に、ローゲが姿を見せる。シャサールから報告を受けたのだろう。彼はいつものように、淡々とした口調で語る。
「お前にとってはつらい結果となってしまっただろうが、これでまたカーサの脅威が減ることになった。感謝するぞ、ダクター」
「……ボス……」
「お前は覚えていないだろうが、その右眼も順調に力を増している。西のアジト跡地があったあの一帯は、すべてお前がその右眼で作り出した異次元の中へ放り込まれた。私も実際に目にしたが、まさか空間を丸ごと別次元に幽閉できるとはな」
感心した、と言わんばかりの言葉。ローゲがメルダーについて一言も言及しないことに、無性に腹が立った。たとえ裏切者だったとしても、彼も己と同じカーサの最高幹部として、カーサに貢献していたというのに──。
ヴァダースは烈火のように燃え上がりそうになった怒りの炎を胸に灯し、勢いそのままに立ち上がりローゲの胸ぐらを掴んだ。
「貴方はッ……!貴方は、それでも組織の上に立つ者ですか!?確かにメルダーは組織を裏切りました。それでも……それでも彼は貴方に、組織に、あれほど貢献していた!そんな彼に弔いの言葉一つかけないだなんて、人でなしにもほどがあります!」
「……」
「貴方は私たちをどうしたいんですか!!貴方にとって私たちは、ただの駒だとでも言うのですか!?答えていただきたい!」
激情をぶつけ、ローゲを睨みつける。そんな彼に対してローゲは微動だにしなかったが、やがて納得したように言葉を紡ぐ。
「……そうか、お前は答えが欲しいのか。ならばくれてやろう」
そう言った直後。ローゲは胸ぐらを掴んでいたヴァダースの手を握ると、いとも簡単に彼をベッドの上に組み敷く。そして空いている手で、ヴァダースの首を軽く締めにかかった。
「ぐ、うッ……!」
「そうだな、お前には私の真の目的を伝えてやろう。私はな、絶望しているのだよ。薄汚い人間がはびこっている、この世にな」
「どういう、こと……です、か……!」
「人間が存在する限り、この世から犯罪は消えない。人間が存在する限り、他の種族は永遠に安息を手にすることが出来ない。そんなこの世の何が平和か」
「それ、はっ……!」
「前にも言ったな、私は世界征服というお題目を隠れ蓑に、愚かしい人間たちに鉄槌を下すためにカーサを作り上げたのだと」
淡々と話すローゲの言葉の端々には、彼の怒りや悲しみ、憎悪の感情が込められているようだった。ぐぐ、とゆっくり真綿で首を締めるように、ヴァダースの首にかけているローゲの手の力が強くなる。
「ア……ッ……!」
「だから私は、その鉄槌を下すことで真の和平を築き上げる。人間以外の種族も分け隔てなく暮らせる、理想の世を作ること。それこそ私の目的よ」
ヴァダースを見下ろしているローゲの瞳が見えた。そこには触れるだけで凍傷しそうなほど冷たくも、熾烈な炎が灯っていた。
「それにお前も、十二分に理解しているだろう?どんなに尽くそうとも、手を伸ばそうとも、人間は簡単に裏切る。彼らの中には損得しか存在しない。愛情など、存在しないのだよ」
「だか、ら……使い捨て、ると、でもッ……」
「使い捨て?いいや違うな。お前は私にとってお前たちは駒なのかと問うたが、それは過ちだ。お前たちは血液よ。カーサという体の中で、私という脳を働かせるために必要な糧だ。今回はその血に毒が入り込んだから、解毒したまでのこと」
「な……!」
「それに勘違いしてもらっては困るが、私はお前が憎くてこれまで命令してきたのではない。怪我をした私の右腕を治療したいだけだ」
ローゲの声色はどこまでも真意が掴めないものままだった。それまでヴァダースの首を絞めていた手の力が、徐々に緩められていく。そのままローゲの語りは続く。
「それにお前はすでに私に誓ったはずだ。カーサに所属した時点で、その命はカーサの繁栄のために使うべき。そのためなら、自分の命すら差し出す覚悟だとな。まさかお前ほどの男が、自分の言葉を裏切ることはあるまいな?」
ローゲの言葉で、ヴァダースは最高幹部選出の試験を思い出す。確かにあの時自分はローゲの前で、彼が言うように宣言していた。彼の言葉を論破できる部分はない。
「お前の私への見立ては正しい。そう、私は人でなしだ。それは何より私自身が理解している。だが、そんな人でなしにお前は誓いを立てたのだ。その事実は覆せまい」
「だから、受け入れろと、でも……!?」
「そうだ。今のお前にそれ以外の選択肢はない。だが私も鬼ではない。お前が苦しんでいるのなら、これまで通り手を差し伸べ、導いてやろう」
そこまで言葉をかけたローゲが、ようやくヴァダースの首を絞めていた手を離す。そして咳き込むヴァダースを見下ろしながら、彼は言い聞かせるように囁いた。
「ヴァダース・ダクター。お前はすでに私の右腕だ。お前の命はお前の言葉通り、カーサの繁栄のため、ひいては私の目的のために在る。そこを二度と、履き違えるな」
その言葉に反論できる術はなく、ヴァダースはただ悔しさに打ち震えるしかできなかったのであった。
第三話 完
周囲は相変わらず炎の海に囲まれている。少しして、瓦礫の地面の上にぽたりぽたりと雫が落ちた。
「どう、して……!」
絞り出されるヴァダースの慟哭。誰に聞かれることもないその言葉は、虚しく空気に消えていく。様々な感情が言葉ではなく、代わりに涙になって双眸から零れ落ちる。
殺した。
殺して、しまえた。
たった一人の、愛していた人を。
「誕生日プレゼント、くれるって……。約束、してくれたじゃないですか……!」
瞼を閉じれば、そこにはいつもの笑顔のメルダーがいる。彼との思い出が思い返されると余計に、目の前の光景が夢ではない現実を突きつけられる。抑えきれなくなった感情が爆発して、ヴァダースはその日何十年振りかに声を上げて泣いた。
運命を変えられなかった現実に、己の無力さに、そして恋人を失った喪失感に耐えられるほど、ヴァダースの心は強くなかった。どれだけ言い訳してもこの現状は覆らない。たらればを言っても、時間は取り返せない。
それでも思わずにはいられない。こうなる前に、どうにかできなかったのかと。
少しだけ落ち着いた頃、ヴァダースは徐に立ち上がる。そしてメルダーの死骸だったものから彼がいつも身に着けていた髪飾りを外し、愛おしそうに握り締めた。
「……これ、もらっていきますね……。大丈夫です、メルダー。貴方の願いは……必ず、叶えてみせます……。だから……だからどうか、傍にいてください……」
いつの間にか西のアジトがある場所から、わらわらと魔物たちが湧き出ていた。彼らはヴァダースを殺そうとしているのか、じりじりとにじり寄りながら威嚇してくる。視線は常にヴァダースに向けられ、ふとした瞬間に飛び掛かってきそうな気迫が伝わってくる。彼らの主であろう世界保護施設の人間たちは、瓦礫の奥からこちらの様子を窺っているようだ。
握っていた髪飾りを左の横髪につけて、彼らを見据える。
「……来なさい。お望み通り、遊んであげますよ」
コートを脱ぎ捨てて、右眼に魔力を集束させる。途端にヴァダースから溢れ出た殺気に、魔物たちも反応。一斉に飛び掛かってくる。ヴァダースもダガーを展開させながら、彼らに対応していく。
何種類ものダガーが宙を舞い、魔物たちの肉体を切り裂いていく。そのたびに血の五線譜が舞い上がり、彼らの咆哮と悲鳴が曲を奏でる。その時のヴァダースの姿は鬼気迫る指揮者のようだった。
魔物たちを片付けたヴァダースは、かつての拠点だったアジトだった場所に降り立つ。カーサが放置していたあとに寄生虫のようにそこに棲みつき、屯していた世界保護施設の人間たちを惨殺した。
私怨の炎に包まれているヴァダースの右眼は、一人残らず敵を排除していく。彼らの魂のかたちはひどく醜いものばかりで、見るに堪えない。輪廻転生なんてさせない。文字通り身が切り裂かれる感覚に泣き喚け。そう言わんばかりの勢いで、殺戮の限りを尽くすのであった。
ヴァダースの意識が保てたのは、アジトにいた生物をすべて破壊したと確認できたあたりまでだった。アジト跡でもあった地下から這い出てきたヴァダースも無傷ではなく、所々から出血していたが、意地で身体を引きずりながら歩を進める。
「……まずは、一つ……片付き、ましたよ……め……る……」
地上に這い出てしばらく歩いてから、事切れたようにヴァダースは倒れた。
******
次にヴァダースが目を覚ましたのは、それから一週間も経った頃のことだった。
開けた視界には見慣れない天井があり、輪郭がはっきりと捉えられた頃に、聞き慣れた声が届く。
「……起きた?」
声のする方へ視線を傾けると、そこにはシャサールがいた。彼女の表情は、何処か安心感を覚えたようなものだった。聞けばここはボスが使用する仮眠室であり、彼女はボスの命令でヴァダースの看病をしていた、とのこと。
徐々に鮮明になっていく思考で、ヴァダースはそれまでのことを思い出す。気だるい身体をどうにか動かして起き上がるも、心にはぽっかりと空洞が開いてしまった感覚が残っていた。
「……また、私は置いていかれたのですね……」
そのつぶやきに対して、シャサールは沈黙で返答する。やがて立ち上がると、ヴァダースに背を向けながら言葉をかけた。
「……アタシ、ボスにアンタが起きたってこと伝えてくる。今はゆっくり休んでおきなさい」
それだけ言うと、彼女はヴァダースの返事を待たずに部屋を後にした。
静寂がヴァダースのいる空間を包む。視界に入った横髪の髪飾りに手を添えて、そこから伝わってきたひんやりとした温度に、胸が締め付けられた。随分と涙脆くなってしまったのか、ぼろぼろと大粒の涙が溢れて落ちる。
苦しさに息ができない。このまま窒息してしまえたらいいのに、身体がそれを許してくれない。そのことに苛立ちが募り、しかし何もできなかった己に、不甲斐なさがこみ上げる。
彼の笑顔は今も、瞼の裏に鮮明に焼き付いている。彼の自分を呼ぶ声も、耳の奥に残っている。それがもう、どこにもない。そのことを理解できてしまっている。嗚呼、本当に。これまでのことを忘れられたらどんなに楽なのだろう。どうしてこんなにも息ができないのに、自分は生きているのだろう。
「こんなに苦しく、なるのなら……貴方を嫌いなままの私で、いたかったっ……!」
どうして置いていったのか。その疑問をぶつける相手はもういない。どうしたって、誰も答えを教えてはくれない。ヴァダースはその現実を前に、今はただ涙するしかなかった。
それからしばらく経ったころ。涙が枯れてただ茫然としていることしかできなかったヴァダースの前に、ローゲが姿を見せる。シャサールから報告を受けたのだろう。彼はいつものように、淡々とした口調で語る。
「お前にとってはつらい結果となってしまっただろうが、これでまたカーサの脅威が減ることになった。感謝するぞ、ダクター」
「……ボス……」
「お前は覚えていないだろうが、その右眼も順調に力を増している。西のアジト跡地があったあの一帯は、すべてお前がその右眼で作り出した異次元の中へ放り込まれた。私も実際に目にしたが、まさか空間を丸ごと別次元に幽閉できるとはな」
感心した、と言わんばかりの言葉。ローゲがメルダーについて一言も言及しないことに、無性に腹が立った。たとえ裏切者だったとしても、彼も己と同じカーサの最高幹部として、カーサに貢献していたというのに──。
ヴァダースは烈火のように燃え上がりそうになった怒りの炎を胸に灯し、勢いそのままに立ち上がりローゲの胸ぐらを掴んだ。
「貴方はッ……!貴方は、それでも組織の上に立つ者ですか!?確かにメルダーは組織を裏切りました。それでも……それでも彼は貴方に、組織に、あれほど貢献していた!そんな彼に弔いの言葉一つかけないだなんて、人でなしにもほどがあります!」
「……」
「貴方は私たちをどうしたいんですか!!貴方にとって私たちは、ただの駒だとでも言うのですか!?答えていただきたい!」
激情をぶつけ、ローゲを睨みつける。そんな彼に対してローゲは微動だにしなかったが、やがて納得したように言葉を紡ぐ。
「……そうか、お前は答えが欲しいのか。ならばくれてやろう」
そう言った直後。ローゲは胸ぐらを掴んでいたヴァダースの手を握ると、いとも簡単に彼をベッドの上に組み敷く。そして空いている手で、ヴァダースの首を軽く締めにかかった。
「ぐ、うッ……!」
「そうだな、お前には私の真の目的を伝えてやろう。私はな、絶望しているのだよ。薄汚い人間がはびこっている、この世にな」
「どういう、こと……です、か……!」
「人間が存在する限り、この世から犯罪は消えない。人間が存在する限り、他の種族は永遠に安息を手にすることが出来ない。そんなこの世の何が平和か」
「それ、はっ……!」
「前にも言ったな、私は世界征服というお題目を隠れ蓑に、愚かしい人間たちに鉄槌を下すためにカーサを作り上げたのだと」
淡々と話すローゲの言葉の端々には、彼の怒りや悲しみ、憎悪の感情が込められているようだった。ぐぐ、とゆっくり真綿で首を締めるように、ヴァダースの首にかけているローゲの手の力が強くなる。
「ア……ッ……!」
「だから私は、その鉄槌を下すことで真の和平を築き上げる。人間以外の種族も分け隔てなく暮らせる、理想の世を作ること。それこそ私の目的よ」
ヴァダースを見下ろしているローゲの瞳が見えた。そこには触れるだけで凍傷しそうなほど冷たくも、熾烈な炎が灯っていた。
「それにお前も、十二分に理解しているだろう?どんなに尽くそうとも、手を伸ばそうとも、人間は簡単に裏切る。彼らの中には損得しか存在しない。愛情など、存在しないのだよ」
「だか、ら……使い捨て、ると、でもッ……」
「使い捨て?いいや違うな。お前は私にとってお前たちは駒なのかと問うたが、それは過ちだ。お前たちは血液よ。カーサという体の中で、私という脳を働かせるために必要な糧だ。今回はその血に毒が入り込んだから、解毒したまでのこと」
「な……!」
「それに勘違いしてもらっては困るが、私はお前が憎くてこれまで命令してきたのではない。怪我をした私の右腕を治療したいだけだ」
ローゲの声色はどこまでも真意が掴めないものままだった。それまでヴァダースの首を絞めていた手の力が、徐々に緩められていく。そのままローゲの語りは続く。
「それにお前はすでに私に誓ったはずだ。カーサに所属した時点で、その命はカーサの繁栄のために使うべき。そのためなら、自分の命すら差し出す覚悟だとな。まさかお前ほどの男が、自分の言葉を裏切ることはあるまいな?」
ローゲの言葉で、ヴァダースは最高幹部選出の試験を思い出す。確かにあの時自分はローゲの前で、彼が言うように宣言していた。彼の言葉を論破できる部分はない。
「お前の私への見立ては正しい。そう、私は人でなしだ。それは何より私自身が理解している。だが、そんな人でなしにお前は誓いを立てたのだ。その事実は覆せまい」
「だから、受け入れろと、でも……!?」
「そうだ。今のお前にそれ以外の選択肢はない。だが私も鬼ではない。お前が苦しんでいるのなら、これまで通り手を差し伸べ、導いてやろう」
そこまで言葉をかけたローゲが、ようやくヴァダースの首を絞めていた手を離す。そして咳き込むヴァダースを見下ろしながら、彼は言い聞かせるように囁いた。
「ヴァダース・ダクター。お前はすでに私の右腕だ。お前の命はお前の言葉通り、カーサの繁栄のため、ひいては私の目的のために在る。そこを二度と、履き違えるな」
その言葉に反論できる術はなく、ヴァダースはただ悔しさに打ち震えるしかできなかったのであった。
第三話 完
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