転生蒸気機関技師-二部-

津名吉影

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第二部 1章 青年期 魔術学校編

19「誓いの言葉」

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 水面に反射する煌びやか大きな光を、アクセルは【花火】と呼んでいた。
 
 アンクルシティの天井には、太陽と呼ばれる物質の代わりに巨大な照明が幾つも存在している。
 そのどれもが暖かみを感じさせる暖色系の色をしていて、シティの住民の日常を彩る恵みとなっていた。

 しかし今宵、彼が私に見せてくれた光の色、水の球体の内部で弾ける花火や水面に反射する花火の光の色は、それとは違って幻想的で息を飲むほど、心を奪われる輝きを放っていた。

「読書好きなロータスさんなら花火の事は知っていますよね?」
「うん。旧世代の人類が残した本を読むことがあるし、美術館にも行くから花火がどういう物なのかは知ってる。だけど本物の花火がこんな物だとは――」

「本物の花火を観るのは初めて……ってことですか?」
「うん。だって花火って……とても魅力的だけど危険な光だから」

 アクセルがそう尋ねてきたので、私は自身が花火を初めて観ることを告げる。その後、花火がどれだけ環境に害を成すのかや、それでも花火という光は底知れない物であるのだと興奮しながら語った。

 第一に花火は火災の危険性がある。花火は爆発物であり、テロ行為が頻繁に行われているアンクルシティでは製造・使用を禁止された娯楽だった。
 それに花火は燃焼により煙やガスを発生させる。四番街のような文化を重んじるような街で花火を行えば、他の街へと流れる水に変化が現れる可能性も考えられた。

 でも今回の場合は、そんなことを心配しなくても良いとのこと。
 アクセルの話によると、彼とダスト閣下、バーレスク・ノヴァ劇場の支配人ロップイヤー・チャップマンと魔術師が計画した特別なショーには、シティに行き渡る水に変化がないよう、ベアリング王都で使われている上質な浄化石が用意されているらしい。

「ロータスさん、心配しなくても良いですよ。花火の煙も上位水魔術の内側でとどまっていますからね」

 私は初めて目にする実物の花火を見て、興奮を抑えられなかった。
 絵画や本でしか見たことがない、花火というエンターテインメント。それが目の前で繰り広げられているという現実に対して、夢でも見ているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

「落ち着いてください。今日の打ち上げ花火は一時間も続きます。子供じゃないんですから、窓から身を乗り出すのは危険ですよ」
「こんな綺麗な花火が一時間も続くの!?」

「はい。ですから、花火や料理をさかなにしてお酒でも飲みませんか?」
「そ、そうね……じゃあそうするわ」

 彼は興奮して取り乱した私を、子供でもなだめるように扱い始めた。
 それから少しした後、私たちが乗る屋形船は、魔術師によって作られた巨大な水の球体の周囲を漂い始める。

「う、浮かび始めたわよ。この屋形船!」
「何を今さら驚いているんですか。ここは四番街ですよ。浮遊型屋形船があったっておかしくありませんよ」

 それもそうか。四番街には蒸気型木馬や獣型自動車といった乗り物まで存在する。
 宙に浮かぶ屋形船があったとしても不思議ではない。

 等と考えていると、彼が再び私の顔を見つめて「今日のロータスさんは、なんだか子供みたいで可愛いです」と言ってきた。

 可愛いだと? え? 可愛い?
 素敵とか綺麗とかじゃなくて、私、可愛いって言われた?

 顔が燃えるように火照っているのが自分でも分かる。
 アクセルが視線を送り続けるが、私は真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠した。
 同年代や年上の男性ならまだしも、年下の彼氏に【可愛い】と褒められたのは生まれて初めてだ。

「ね、ねえ、私って本当に可愛いの? 顔に火傷の痕があるのよ?」
「あってもなくてもロータスさんはロータスさんです。可愛いことに間違いはありませんよ。僕が冗談を言うタイプに見えますか?」

「見える。貴方ってお尻を叩かれたがる変態さんだし、【最速の男】じゃない」
「最速の男かはさておき、僕がロータスさんを可愛いと思ったことは本当ですよ」

 彼は徐に席から立ち上がり、瓶ビールを片手に私の隣へ座ってきた。
 当たり前のように隣に座った彼は、私の腕や肩に寄り掛かり、「ロータスさんは僕にとって大切な存在です。もちろんリベットやエイダさんも同じように大切な存在ですよ」と耳元で囁く。

 アクセルは本気で私の事を愛してくれている。彼の言葉から察すると、リベットさんとエイダさんの事も本当のことなのかもしれない。
 それなら私も本気で彼の愛を受け止めなければならない。

「あのね……アクセル。私、貴方に伝えておきたいことがあるの……」
「『実はバツイチで子持ちです!』って言われても、僕はロータスさんを好きでいますよ?」

「それなら心配しなくてもいいわよ。私は一夜限りの相手でもちゃんと避妊だけはするタイプの女だから」
「一夜限りの相手って……やっぱりロータスさんって百戦錬磨の達人なんですか?」

 私が瓶ビールをブツに喩えながら上下に動かすと、アクセルは少しだけ寂しそうな表情をして俯いてしまった。

「やっぱり気になる?」
「そりゃあ気になりますよ。ロータスさんは僕の彼女ですからね」

「言っとくけど、ショックを受けて卒倒する数よ。それでも知りたい?」
「卒倒する数ですか。これでも僕は何度か脳を破壊された経験があるんです。覚悟の準備はできていますよ」

 彼が胸を張ってそう言うので、私は耳元に潤んだ唇を近づけて経験人数を囁いた。
 
 凍りつく彼の表情を見て後悔しながらも「ビックリするよね?」と尋ねる。するとアクセルは鼻血を滴ながら、拳を握りしめて「だ、だだ、大丈夫です。ロータスさんが大人な女性なのは最初から知ってましたから」と言い、卓上に突っ伏した。

 流石に経験人数三桁は盛りすぎたな。
 アクセルは子供だけど、物凄く嫉妬深い男性だ。
 あとで謝っておこう。
 
「ロータスさん……」
「どうしたの?」

「僕は意外と嫉妬深い人間でした。リベットの件もそうですけど、今回のでハッキリと分かりました。僕って物凄く意地悪で強欲な人間かもしれません」

 彼の背中を擦りながら、私は酒の勢いに任せて本音で喋り続ける。
 
「だと思ったわ。別に変な意味で言う訳じゃないから誤解しないでね。貴方の性格って物凄く『捻くれてて最低で最悪』だもの」
「はいはい。そういった発言は『アテナの十戒』に触れる可能性があるので注意してくださいね」

 彼は勢いよく起き上がって、私の胸や肩へと寄り掛かる。彼はその後、アクセルはビールを飲み干し、ジャケットのボタンを外して私の瞳をじっと見つめてきた。

 何だか嫌な予感がする。
 
「ロータスさん。僕は確かに貴女にとっては百分の一の男かもしれません。でも僕は――」
「え!? ちょっと待って……さっきのは――」

 コイツ……酔っ払っているな?
 さっきから視線がおっぱいと顔を行き来しているぞ。
 それにしても本当に馬鹿な発言をしてしまった。
 経験人数が三桁だなんて、あんな言葉を真に受けるか?
 まさかこんなタイミングで、彼からこんなプロポーズの言葉を述べられるとは思いもしなかった。
 
「いや、待ちません! 僕はロータスさんが大好きです。貴女が何百人の男性と寝てようと僕は一向に構いません!」
「あのね。他の乗客に聞こえるから、声のボリュームを下げて。それとひとつだけ訂正させて……私は――」

 すぐ真横で打ち上げ花火が上がっているというのに、屋形船に居る乗客の皆さんはアクセル君のプロポーズに聞き入っていた。
 もちろん、私は顔を真っ赤にしながら、真剣にプロポーズの言葉を述べる彼をじっと見続けている。じっと……見続けていられなかった。

 私は咄嗟にその場で立ち上がって、腰のホルダーから特製の自動拳銃を引き抜く。その後、腑抜けた笑みを浮かべる彼氏の足元に二、三発ほど弾丸を放った。

「姿勢を正せ! アクセル・ダルク・ハンドマン!」
「はい!」

「私はダスト軍所属・五番街治安維持部隊隊長ロータス・キャンベルだ! 私はアンクルシティに住む民と同様に、貴様を社会的排除や差別、テロ行為から守り抜くとこの場で誓う! しかし愛すると誓えるのは貴様だけだ!」
「はい!」

 背筋を伸ばして硬直した彼に近づき、私は彼の目の前で跪いてポケットから指輪を取り出す。

「貴方がどんな業を背負っても一緒に償ってあげる。だから私の夫になりなさい」
「よ、よろしくお願いします……」

 彼は五番街を掌握するジャックオーという存在になる。
 これまで以上に汚れた仕事をする事にもなるだろうし、正気だとは思えない依頼が舞い込むだろう。

 私は彼を支える存在になれればいい。
 立ち上がった私と彼との身長差は数十センチある。
 少しだけ膝を屈んで彼の両頬に手を添えた後、私は彼に誓いのキスをした。
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