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序章 私、寺本 あかりは、新選組の攻略キャラクターなんかに負けません!

波乱の新選組屯所

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  私は沖田さんに連れられながら、壬生屯所にやってきた。思い出す……前世では沖田さんを追い求め、跡地巡りの際に行った施設のひとつだと……今私は推しに腕を拘束され、推しがで生活している場所に連れてこられた……最高である。私はこれからどうなるのだろうか……心がときめく。

「何を立ち止まってるの?ほら、入って」

  私は沖田さんに導かれるまま、屯所の中へと足を踏み入れた。今は無き米蔵、稽古を行う隊士達の声、全てが思い描いた過去のままで、心が踊る。ふと目の前には眉間に皺を寄せ、形相を浮かべた鬼の副長の姿が見える。土方歳三だ……ゲーム内でも何度も登場しては隊士に厳しく指導する姿が伺えた。個人的には苦手なキャラだが、面と向かって顔を見ると、中々の二枚目顔だ。そんな鬼の副長が、出会い頭に棘を指してきた。

「……総司、屯所に女を連れてくるたァ舐めてんのかてめぇは」

  鬼顔の土方に飄々と笑みを浮かべながら、沖田さんは悪戯っぽく言葉を返す。


「僕はただ洋装に身を纏った怪しい女性を捕まえただけですが、そんな事が職務怠慢になる筈ないですよね……?」

    沖田さんの言葉に副長は舌打ちをしながら背を向ける。

「確かに怪しいのは同意だが、妙な格好をしてるくらいでわざわざ女とっ捕まえて屯所に連れ込むのはおかしいだろ……」

  ため息を着き呆れ返る土方を目に、沖田さんは続けて声をかけた。

「彼女は僕に「あなたを幸せにしたい」って言ってきたんですよ。しかも未来から来たとも言ってます」

  土方は呆れ顔をこちらに向けては、鬱陶しそうに重い口を開けた。

「未来だ?馬鹿馬鹿しい……そんなホラを吹いて気を引かせたいだけだろう……」

  私はこの土方の決めつける態度にカチンと来た。知りもしない相手をよくもホラ吹きだなんて……ほんっと侵害だし嫌な感じ……!私は「雷鳴」の主人公と同じようにカバンの中から数学の教科書を取り出し見せた。

「ほら、この本の出版日を見てください」

 そこには2022年の文字があった。流石の土方さんもこれには驚き、教科書をまじまじと見つめた。

「この本の文字はなんだ…?炭で書かれた形跡がねぇ…」

 沖田さんも教科書を覗き込んで見た。

「確かに、この日付も未来のものだし、この文字も初めてみるね。この文字はなんて書いてあるの?」

 沖田さんはCOSをさし、私に問いかけた。

「これはコサインと言って、これを使って三角形の三角比を求める公式になるんです」

 私は脳みそを振り絞り、沖田さんに答えた。こんな人生で受験でくらいしか使わない公式を、今日この推しのために覚えておいて良かったと思うことはこの先絶対にないであろう。右手に拳を握りながら感動を握り占めていると、土方さんは教科書から目を離し、私を見て言葉をかけた。

「しかし、本当にテメェが未来から総司のためにやってきたって言うんなら、どうやって来た。そして総司の身にこれから何か起こるのか?」

 どうやって…自分も思い出せなかった。あの時剣を抜き、時を超えた代償として、寺本 あかりとして生きた18年の記憶が綺麗さっぱり無くなっているのだから…というよりも、以前からそれがあったのかすら危うい位、記憶が混乱した中こちらにきてしまったのだから、記憶の糸すらない。あるのは「雷鳴」を全キャラ(シークレット以外)周回し、全スチルを手に入れたというプレイ履歴だけだ。私は「雷鳴」の主人公が初めにここにきた経緯である「階段から落ちた」という理由を答えることとした。

「はい。私は以前、朝に学舎に行こうと思って階段を駆け降りた際に、足を踏み外して、転落してしまいました。その時大きな時計の中に吸い込まれて、この世界にやってきたんです」

 信じられない…と言った顔を2人は私に向けた。それもそうだ。私だって逆の立場ならそんな反応をするだろう。沖田さんと土方は互いの顔を見合わせ、こちらに目を写した。

「じゃぁお前はここに来たのは自分の意志ではないのか…?」

 自分の意志じゃない…確かに元々の寺本あかりならそうだろう。元々の「雷鳴」のオリジナルキャラクターなら、主人公は元の世界に戻るまで新選組のお世話になるという立ち位置で各攻略キャラの小姓。または新選組の雑用担当に配属される。私もそうすればこんなややこしい話し合いにならなかったことは知っていた。しかし、これでは沖田さんは攻略できない…ゲームの主人公と同じ行動をすれば、必ず沖田さん以外の攻略キャラと行動を共にする事となるだろう…ましてや沖田さんの尊敬する師、近藤さんルートに行ってしまえば沖田さんは近藤さんを絶対に裏切らないため、自ら応援するだろう。それは絶対あってはならない…だからこそ、ここで私がその質問に頷いてはならない。

「いいえ、ここに来ることは存じていました。だからこそ、私は沖田さんを幸せにするため、策を弄し、ここへ来ました」

 絶対に沖田さんの小姓になる…そして沖田さんルートを構築するために、ここで皆を納得させなくてはいけない…!私の言葉の矛盾点に2人は眉を顰めている。言い分が苦しいのはわかる。でもここで引いては絶対に沖田ルート構築なんてできない…何か、もう一手言葉を口にしなきゃ…そう思っていた時であった。

「ほぉ、総司をここまで想う女子が、こんな男臭い屯所までやってくるとは、やはり総司は隅におけないな」

 陽気な声でこの凍りついた話し合いに割混んできたのは、大柄で優しい声の近藤勇だ。近藤は斎藤一をつれ、こちらに歩み寄る。ゲームでも感じていたが、何たるイケメン…そして漢らしく、安定感のある面構え…思わぬ助け舟に心が絆される。土方は近藤さんに呆れ顔を向けながら、文句を垂れる。

「近藤さん、さっきの話聞いてたんだろ?どう考えても可笑しいじゃねぇか…話が難点か矛盾がある」

 近藤さんは土方に一喝入れられるも、言葉をもろともせず、笑いながら返す。

「そうか?だが、この女子が嘘をついている様には見えん。こんなに真剣な眼差しは、中々の覚悟がないとできないと思うぞ?」

 近藤さんの温かい言葉に感激をうけた。流石新選組の局長。心が広く、温かい…しかし、私の顔を覗き込むように腰を低くしては真剣な眼差しでこちらを見た。

「しかし、我々浪士組は命と隣り合わせの身、君が総司を守りたいという気持ちは否定しないが、それ相応の剣術と自衛できるだけの才覚がないと、総司にとっても足手まといがいるのは困るだろう。君の実力を知るためにも、一度手合わせを行う。もし君の剣技が認められれば、総司の隊に入ってもいいぞ?」

 剣技のない自分には最悪の展開だ…剣の心得のない私には、ほぼ絶望的だ…でも沖田さんを攻略するのにはまたとないチャンスが訪れた。一番危惧していた近藤ルートに遠のくだろうし、沖田さんの隊に入れば、他の隊士ルートにも干渉しにくくなるだろう…私は首を縦に振った。

「わかりました。ぜひそのお話、引き受けさせてください…!」

 震える手で拳を作り、少しの恐怖心を隠す。大丈夫…人を殺すってわけじゃないんだから…近藤さんは私の顔を見るなり、「良い面構えだ」と声を漏らした。隣でただ話を聞いていた斎藤さんはこちらに来るなり、静かに言葉を発した。

「なら、俺が相手をしよう」

 顔色ひとつ変えずに淡々と話すこの白い百合のような美しい男性…佇まいもしとやかでとても人斬りをしているようには見えない。細身の背丈が長い男性だ。新選組でもトップ3と謳われる彼が話を割り込んだ時点で額から汗が流れた。私はこの彼に勝てるのだろうか…そしてみんなに認めてもらえる武士の仲間に入れてもらえるのか…顔を引き攣りながら道場へと導かれていく。
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