3秒の楽園

松竹梅猫

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 今何時だ?

 夜野が帰ってから俺たち四人はずっと喋っていた。

 いつのまにか寝ていたらしく、朝の光がカーテンの隙間から漏れている。

 ベッドには律と朔がまだ寝ていた。

 公平がいない。

 胸がそわそわして、静かに部屋から出た俺は足早にリビングに降りた。

 すると公平はキッチンに居た。

 姿を見たらめちゃめちゃ安心した。

「よかった、いた……」

「いるにきまってるだろ」

 あくびをしている公平に近づいて、いつもと変わりないその姿をまじまじと見る。

 これが半月後に死ぬかもしれない男だなんて信じられないな。

 公平は目玉焼きを焼いていた。

 ちゃんと四人分用意してくれてるんだから、優しい奴だ。

「おい」

 公平が顔をしかめて振り返ってくる。

「近い」

「あ、ほんとだ」

 無意識に抱きしめられる距離にまで来ていた。
 
 でももう好きだと伝えたのだし、これからはがんがん攻めると宣言したのだし。

 まあいいか。

 と開き直って俺は公平の背中から腹に腕をまわした。

「ちょ、修十!」

 公平が焦った声を出して体を硬くする。

 無視して鼻を首筋に埋めると背中を反らしてうわずった声を上げてきた。

「や、やめ……!」

「なんで? いいじゃん。あー気持ちいい。朝から二人きり、最高」

「全然最高じゃない! 邪魔だ!」

「邪魔してないって。ほら目玉焼きちゃんと見て、蓋して」

 はっとして公平は俺に抱きつかれたまま蓋に手を伸ばしてフライパンに乗せる。

 俺はその間に手の平で腹をまさぐった。

 時折公平が弱い脇をかすめるようにすると面白いくらいに体をびくつかせる。

「ん、や、め……! あ、くすぐったい……からぁ」

「あ、ごめん。ついつい」

「ふざけんな……っ」

「公平、好き」

「っは、あ、やめろ! 耳……!」

 耳に唇を触れさせて囁く。
 
 吐息が耳の穴に入ると公平は全身を跳ねさせて俺にもたれかかってきた。

「おっと? 脇だけじゃなく耳も弱いのね」

「はぁ……んぅ!」

「耳元でしゃべってるだけだよ? それだけなのに公平やらしい~。息あがってる? はあはあ言ってる、可愛い」

「気持ち悪ぃな、てめえ!」

「ぐあっ!」

 鳩尾に肘鉄をくらった。

 振り返った公平は赤い顔で俺をぎっと睨みつけて容赦なく腹を蹴る。

「出てけ! あっち行ってろ!」

「痛っだぁー! そこまでする!? ケチ! ケーチ!」

「うるせえ! 変態!」

 こうまで拒否られては流石にキッチンから出て行くしかない。

 くそー、と毒づきながらリビングに行ってテレビをつける。

 気づかれないように公平の顔を見ると、頬は赤いままだ。

 おあずけをくらった犬のような顔に見えるのは俺だけなのか?

 恥ずかしい反面気持ち良かった、もっと強い刺激が本当は欲しい、と思っているように見えるのは俺だけなのかー!?

 全然テレビの内容が頭に入ってこない。

 またも獲物の前で待てをしている猛獣のような心地で俺は顔を洗うことにした。

《同棲15日目》

 昼。

 俺は仕事で街中の大型本屋に来ていた。

 今日はここで絵本の読み聞かせイベントがある。

 この春の新作タイトルが何冊も読まれるのだが俺がこの前出した本もそのうちの一つに選ばれたので見学だ。

 だが正直頭の中は公平と夜野の話のことでいっぱいである。

 今朝公平が出勤してから朔と律とも話したのだがーー律はここで夜野の話の全容を知った。かなりショックを受けていたが大丈夫だろうかーーとにかくできることといえば今まで通りの日常を送りつつ公平から目を離さないことだ、と結論に至った。

 公平が生きたいと願えば半月後の「死ぬ日」以降も楽園から解放される。

 夜野の話についてはまだ半信半疑だが、信じるほかにない。

 だから本当は仕事なんか放って公平につきっきりでいたいのだ。

 イベントが始まろうとしている。

 本を朗読してくれる方を囲むように親子がたくさん集ってきて、それを後ろから俺や他の作者が眺めている構図だ。

 イベント後に本を買ってくれた方にサインをしたりするため待機しているのだ。

 ふと、スマホがポケットの中で震えた。

 電源を切り忘れていたな、と一応確認すると、朔からのメッセージが受信されていた。

『テレビ。公平の職場』

「え、なに」

 端的な文。

 店内にテレビは無い。

 イベントが始まってしまった。
 
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