海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第一章

第三一話 おっきいの

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 翌朝、目覚めたクリスと身支度を整える穂積の姿があった。

 その顔にはいつもと何も変わらない律儀な穏やかさがある。

「クリス君」
「なんですか……?」
「今日は少しやり方を変えてみようと思う」
「どんな風にします……?」
「おっきい塩結晶を作ろう」
「おっきいの……ですか……?」

 穂積はニヤッと笑いかけるとクリスを急かして水タンクの踊り場へと向かった。

 踊り場にはいつもと違うものが一つ置いてある。司厨部から借りた一〇〇リットルは入りそうな大型タライ。昨日の『聚雨方しゅううかた』で使ったものだ。

「クリス君。ミーティングで説明したとおり、今日はおっきい塩結晶を作ることを目指す」
「はい……!」
「ラッキーなことに、昨日の『聚雨方』のおかげで余裕ができた。試すなら今がチャンスだ!」
「らっきー……! ちゃんす……!」
「今まで水桶一杯以上の量は精製したことがない、というのはわかってる。なので、少しづつ精製一回分の量を増やしていく」
「がんばります……!」
「よし! いい気合いだ! じゃ、汲んでくる」
「いってらっしゃい……」

 いつもの水桶で海水を汲み上げ、踊り場のタライに移す。水桶二杯分、約四〇リットルだ。

「これで良し。とりあえずいつもの倍量で試そう」
「はい。やっていいですか……?」
「おう。やってくれ」
「はい。いきます……!」

 クリスの両手がパッと光を放ち、タライの海水を照らすと徐々に結晶化が始まる。いつもより少し長い精製が終わると、一回り大きい塩結晶ができた。

「ちょっと……おっきい……」
「……どう? しんどい?」
「いいえ……。大丈夫そうです……」
「水桶一杯ずつ増やしてみようか。インターバルはいつもより長めに取ろう」
「そうですね……。休憩しておきます……」
「ん。じゃ、三杯汲んでくる」
「よろしくお願いします……」

 仕事中のクリスには以前に見られた遠慮や気負いが無くなって自然体だ。穂積が何をしたいのか分かっているのか不安を感じていないようだった。

 タライに水桶三杯分の海水を張り、踊り場でボケっと過ごす。

「ホヅミさん……。大丈夫ですか……?」
「ん? なんか相談?」
「いえ……。昨日はかなり酔ってたから……」
「あー。ははは。クリス君が部屋まで連れてってくれたんだよね? ありがとう。迷惑かけました」
「グランマさんが手伝ってくれたので……。いいんですけど……いつもあんなに……?」

 昨日は飲み過ぎだった。泥酔して意識を無くしたのも久しぶりだ。

(ビクトリアさんと飲めたからなー)

「潰れるほど飲むつもりは無かったんだけどな。学生の頃の飲み会以来かなぁ」
「がくせい……?」
「俺の世界では若者が生徒として通う学校ってのがあって、そこで色んなことを学ぶんだ。俺も二十歳はたちになったばかりで加減が判らなくて」
「がっこうでは、お酒の飲み方を学ぶ……?」
「……いや、違う。俺の行ってた学校では船のこと」

(酒の飲み方も学べるけどな)


 穂積の学校はキャンパスのすぐ近くに学生寮があり、四人部屋に複数の学生が相部屋で暮らしていた。ちなみに寮費は月八〇〇円。プラス光熱費だけだ。

 寮での共同生活を通じて、連帯感や協調性を養うための古くからある伝統だった。当然、上級生の先輩も同じ寮に住んでいるので、生活態度や礼儀についても実地で厳しく叩き込まれる。

 挨拶に始まり、共用スペースの掃除、酒とつまみの買い出し、酒の注ぎ方、単位の取り方まで様々だった。

『あいさつが無えぞ!』
『便器の磨きが甘い!』
『レシートはちゃんと貰ってこいって言っただろうが!』
『おい……、〇〇さんのグラスが空いてる。『二年生、教育が甘い』失礼しましたぁ!』

 必修科目の過去問、丸写し可の実験レポート、乗船実習の心得。

『はいコレ。あの教授は毎年同じだから』
『はいコレ。助詞と接続詞は適当に変えろ』
『自分専用のバスマットは用意しておけ。水虫になる』

 野良猫への対処。

『誰だ! 猫に餌やるなって言っただろ!』
『さっき、〇〇さんがやってました』
『あの猫は特別だ。毛色と尻尾の形を覚えておけ』

 そして当時は自治寮だった。防犯も自分たちでやる。下手に敷地に入ろうものなら、誰であろうと強制的に大声で挨拶されるのだ。

『おはようございまーす!』
『あ、あの~。N〇Kの者なんですが……、受信料の方を……』
『そういうのは自治会を通してください』

『おはよーうござぁいまーす!』
『あ、あの! N〇Kの者ですが……!』
『ウチの部屋テレビ無いんで』

 それでも季節になると、近所のマダムは銀杏の実を拾いに来る。

『おはようございまーす!』
『おはよーうござぁいまーす!』
『はっざぁっ~ぁすっっ!!』

『あら。おはよう』

『……△△さん、今年も来てるよ』
『……誰なんですか?』
『……毎年来るんだ。あの人には『挨拶』が効かない』
『……マジっすか? やっべぇ』

 そんな古き良き伝統も今は昔の話。自覚の無い者たちによる強制飲酒事件が明るみとなり、自治寮に学校側の介入を許してしまった。

 寮生も減少の一途をたどっており、建物も老朽化していたためリフォームが推し進められた。

 穂積が卒業して数年後には全員に個室が割り当てられ、普通の学生寮になったという。


 そんな思い出話を懐かしそうに語って聞かせると、クリスはくすくすと笑いながら聞いてくれた。

「ふふふっ……」
「おもしろいだろ? いろいろと大変だったけど、いい思い出だ」
「えへっ……。がっこう……。楽しいところなんですね……」
「トティアスには学校は無いの?」
「どうでしょうか……ボクは知りません……。家では家庭教師の先生が……」
「子供の教育はそれぞれの家庭でやるってこと?」
「そうですね……。姉さま方も同じ……あっ……」

 クリスはハッとした様子で口篭もる。

「そっかぁー。この世界には学校は無いのかもなぁー。……そろそろかな。やろうか、クリス君」
「は、はい……。やりましょう……」

 穂積は気付かない振りをしてサラッと流した。

(家庭教師……ね。クリスの家は裕福だったのかもな……)

 精製をするクリスを見守りながら、一瞬、悲しい顔を浮かべる。

 目覚めたばかりの穂積が何気なく聞いたとき、出身は大陸南部だと言っていた。

 大陸の地理についても勉強は続けているが、大陸東側の南方には広大な砂丘が広がっている。

 乾いた大地は数千年の時間をかけ海岸線から内陸へ向かって拡大を続けており、帝国にとって最も重大な環境問題となっている。砂丘の北には大陸で最も広い耕作地帯があり、砂丘侵食への対策は喫緊の課題だ。

 帝国は南方砂丘と耕作地帯の干渉地域に辺境伯を置き、砂丘拡大抑止の大任を与えている。

 特例措置として子爵以下の任命権限を持つ辺境伯は、優秀な精製魔法適性者を貴族として抱き込み、領地を与えて真水精製による緑化活動を推進しているらしい。

(そんな地域で生まれたクリス。生来の魔力容量が大きいのなら、なおの事……)

 そして、辺境伯領は砂丘に根城を持つ盗賊団が多く出没する地域でもある。そう『地政学入門』には紹介されていた。

(――教えられることはすべて教えてやる。将来、しっかりと稼げるように……)

 穂積の表情からは何も読み取れない。いつもと同じ、何を考えているのか分かりにくい顔だ。

 穂積は覚悟を決めて目標を定めていた。

 先ずは、クリスのこと。クリスを教育し、知りうる限りの知識と技能を与え、『レギオン』に負けずに自活するためのノウハウを模索する。

 今日の実験もクリスの収入源となる『商品』を開発することが目的だ。クリスには本来の意図を告げずに、真水精製の最適化が目的だと説明している。

「できました……!」
「よーし。やっぱ大きいな。いつもの倍くらいあるように見える」
「そうですね……。飾るのが楽しみ……です……」
「大きい方が見栄えがいいもんなぁ。これで、いつもの一時間分だ。魔力はどんなもん?」
「精製に時間はかかりますけど、百リットル当たりに使う魔力は……むしろ少ないような……」

(まだ四則演算は教えてないんだが……。任意単位当たりの考え方ができるのか……。天才か)

「ほうほう。じっくり時間をかけて大量に精製した方が、魔法の効率がいいのかもな」
「魔法の効率……ですか……?」
「俺の世界での話だけどな。何を作るにしても、大掛かりな設備で同じものを一挙に大量生産した方が一つ当たりのコストが下がるんだ。設備への初期投資に金はかかるが、長期的に見れば効率がいい。魔法にも同じことが言えるのかも」
「一挙に……たいりょうせいさん……」
「物を運ぶのも一緒。一度に大量輸送するのが最も経済的だ。そこに船舶輸送のメリットがある。俺が乗っていた船は、ビクトリア号の三倍くらいの巨大船で、一度に三〇万トンの油を運んでた」
「三〇万トン……?」
「ザックリ計算して、この水タンクの三万個分だな」
「水タンク三万個の……油……?」

 クリスはポカーンとしている。まったく想像できないのだろう。

「まぁ、この世界ではあり得ないことだ。とにかく、クリス君の魔力残量で可能な範囲で、一度に出来るだけ多くの真水を精製することを目指そう。今日はその実験だ」
「わかりました……!」
「水桶五杯、百リットル。……いけそう?」
「できると思います……」
「じゃ、汲んでくるから、のんびりしてて」
「はい……!」

(張り切ってるな。自分でも可能性を感じてるんだろう)

 のんびりと海水を汲み上げタライに溜めていく。急ぐ必要はない。

 たっぷり一時間休んだ後、クリスは大型タライ一杯分の精製に挑戦した。

「ふぅ……。できました……!」
「すごいじゃないか!」

 百リットルの海水からできた塩結晶は、クリスの小さな掌にちょうど収まるくらいの大きさ。

 立方体の真っ白な結晶。表面には独特の縞模様が規則的に浮かんでいて、とても綺麗で見栄えがいい。

(思った通りだ。しかも味は司厨部のお墨付き。これは絶対売れる!)

「今の魔力の消費具合を覚えておいてくれ。自分の感覚でどのくらいのインターバルが適切なのか探るんだ」
「はい……! ホヅミさん……。ボク、もっと一挙にできる……と思います……」
「ふむ。とりあえず食堂に飾りに行こうか」
「はい……。キレイに飾ります……」

 厨房に入りグランマを見つけると、クリスは自慢げに大きめの塩結晶を見せる。

「グランマさん……。見てください……」
「ン~? クリス。ニコニコしちゃって可愛いじゃない。なぁに? ……アラ、ヤダ~! おっきいのね~!」

(グランマさんが言うと、違う風に聞こえるな……)

「えへっ……。すごく……おっきいの……」
「そうねぇ。おっきくて、立派だわぁ」
「えへへっ……。ボク、もっと……おっきくできるの……」
「あらまぁ! クリスは上手なのねぇ」
「えへへへっ……。ホヅミさんが……どうすればいいか……教えてくれるの……」

 苦笑いの穂積を見るとニヤリと笑うグランマ。

「ホヅミちゃんってば! この色男ぉ!」
「やめてください。わかってて言ってるでしょ」
「あ~ら。なんのことぉー?」
「クリス君の教育に良くないですから」
「ウフっ。クリスを『教育』してるのはホヅミちゃんじゃないの」
「……邪推はやめてください」
「ホヅミちゃん。真面目な話。クリスはオススメしちゃうわ。末永く可愛がってあげてねぇ」

(グランマさんはどこまで本気なんだ。やたらとソッチに話を持っていこうとするんだが)

 ジョジョはゼクシィを推し、グランマはクリスを推し、穂積に何かを期待する眼差しを向けてくる。しかし、穂積の推しはビクトリアなのだ。

 船内の人間模様は、益々、混沌としていくのだった。

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