海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第一章

第三二話 胃袋

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 クリスが塩結晶を飾る。大小の塩結晶を上手く組み合わせて綺麗に並べていた。

「グランマさん。厨房にあれ以上の大きいタライはありませんか?」
「あれより大きいタライはないわねぇ。甲板部なら何か持ってるかもしれないわ」
「わかりました。ジョジョさんに聞いてみます」

 今の時間帯、甲板部は船首楼で休憩中のはずだ。飾り付けに集中しているクリスに声をかけておく。

「クリス君」
「はい……。なんですか……?」
「ちょっと甲板部のトコに行ってくる。ここでお茶して待ってて」
「わかりました……」

 船首楼に向かって甲板を歩いていく。空は快晴。波は穏やか。強い日差しが降り注ぎ、オモテから吹く涼風が頬を撫でる。

 本船は変わらず南東へ針路を取り航行を続けていた。港町オプシーに到着するまであと八日。ちょうど航程の半分ほどを消化したところだ。

 船首楼に到着すると、甲板部のデリーが船楼の扉を開けて中に入るところだった。

「デリーさん。おはようございます」
「ホヅミじゃん。おはよっす!」

 姉御肌のデリーは快活に笑う。幼い容姿とのギャップが実にチャーミングだ。

「ちょっとお願いがあって来たんですが、皆さん休憩中ですか?」
「ちょうど一区切りついたとこ。ほら! 入った入った!」

 ブンブンと手招きするデリーに礼を言って船楼内に入る。船首楼の造りは船尾楼と大体同じだが、内部は舳先に向かって狭くなっている。両舷の壁際には棚が固定されており、工具やロープ、補修資材が収められていた。

「お邪魔しまーす」
「おぅ。ホヅミのあんちゃん。珍しいな。どしたぁ?」
「ジョジョさん。真水精製に使う資材を借りたいんですが」

 船首楼には甲板部の面々が集まっていた。朝から日課である甲板の椰子摺やしずりを終えて一服しているのだろう。

 『椰子摺り』とは、甲板磨きのこと。木甲板に海水と砂を撒いて半割れの椰子の実で磨く。海上という過酷な環境に晒される暴露甲板を長持ちさせるために必要な作業である。

「そうかぁ。まぁ、とりあえず一服していけぇ」
「ありがとうございます」
「ホヅミさん。どうぞ」

 ロブが液体の入った木製ジョッキを渡してきた。ゼクシィに振られたばかりで傷心とのことだったが。

「ああ。ロブ君、ありがとうね」
「のんびりしていってください。ホヅミさんが来てからクリスが楽しそうで、僕も嬉しいです」

 爽やかなイケメンを笑顔に変えて、キランッと八重歯を光らせるロブ。屋内で薄暗いのになぜ光るのだろう。デリーがポっと頬を染めている。

「クリス君は本当に頑張り屋だからね。今日は新しい精製方法を試してて、それで使う資材が無いか聞きに来たんだ」
「どんなもんが欲しいんだぁ?」
「海水がたくさん入るタライのようなものはありませんか? 司厨部の持ってるのより大きいやつ」
「『聚雨方』で使ってるのより大きいタライですか? デリー姉さん、そんなのありましたっけ?」
「へ!? ロブ? えっと、どうしたの?」

 唐突に話しかけられて、デリーがわたわたしている。

(微笑ましいな。早く、くっつけばいいのに)

「デリー姉さん。聞いてなかったんですか? 司厨部のより大きいタライですよ」
「あー。さらに大きいのは無いかなぁ。『聚雨方』用に特注したやつだし」
「タライじゃなくてもいいんです。海水を溜めておけるものならなんでも。何かありませんか?」
「デリー。アレはどうだ? 先航のラクナウで押し付けられたのあったろ?」
「あっ! 確かにアレならちょうどいいかも! 使い道が無くて困ってたのよー」
「アレ?」
「ちょっと待ってて。すぐ持ってくるから。ロブぅ、手伝って~」
「はい! デリー姉さん」

 デリーが少し甘えた声でロブを呼びつけて船楼の階段を下段へ降りていく。ロブも子犬のように後を追って行った。

(さっさと付き合っちゃえばいいのに)

「あんちゃん。人のことはどうでもいいから早く覚悟を決めろぉ」
「そうだそうだ」
「次がつかえてんだよ」
「さっさと先生を開放してくれぇ」

 穂積の考えを読んだかのように甲板部員からブーイングが飛ぶ。

「別に俺が引っ張ってる訳じゃないんですけどね」
「言い寄られてるじゃねえか」
「俺が望んだわけじゃありませんし、ゼクシィ先生から好かれる理由に心当たりがありません」
「先生にベタベタされて落ちないアンタがおかしい」
「……今まで断った人はいないんですか?」
「そんな畏れ多いことができるか!」

 ゼクシィを巡るジンクスは信仰の対象となりつつあった。振られた後に確実にモテるという噂は本当のことらしく、実績が数多くあるらしい。

「持ってきたよ!」

 穂積の肩身が狭くなってきた頃にデリーとロブが帰ってきた。折り畳まれた白いものを二人で抱えている。

「なんですか? それ」
「海獣の胃袋だよ!」
「へー! 海獣の! かなり大きそうですね」

 みんなで協力して広げていくと、船首楼の床いっぱいの巨大なものだった。

「これが、胃袋ですか?」
「そうだよ。大型の海獣から採れたものらしいんだけど、ここまで大きいと本船では使い道が無いんだよね」
「えー? これが生き物の胃袋? 本体はどれだけデカいんです? ロブ君は見たことあるの? 海獣」
「僕はまだ無いですね。海で大型にあったら死を覚悟せよ、とは聞きました」
「…………」
「ワシは何回もあるぞぉ。全部、生き残ったぁ」
「……でしょうね」(今も生きてるもんね)
「この海獣はラクナウ近海に出て、そのまま住み着いちゃったのを第四艦隊が袋叩きにして倒したらしいよ」
「第四艦隊って、確か帝国海軍の主力じゃ?」
「そう! 帝国最強と謳われる天下の第四艦隊! 大型を駆逐できる限られた戦力だよ」
「へぇー。でも、そのためにわざわざラクナウ列島まで出張でばるんですか?」
「ラクナウ近海には魔堰回廊ませきかいろうがあるからね。探索者が近づけなくなると発掘が滞って帝国も困るんだよ。ラクナウには組合支部の寄り合いしかないから、救援を呼ぶくらいしかできないし」
「大型海獣……。一回、見てみたい気もしますね」(リアルゴ〇ラかも)
「万が一にも無いって。てか、出たらマジで死ぬし……」
「ワシは全部、生き残ったぁ! じょははは!」

 甲板部のお茶休憩が終わると、デリーとロブに手伝ってもらって胃袋を踊り場まで運び、手摺りに沿わせて広げてみる。胃袋は分厚く、弾力があり、ちょっとやそっとでは傷もつかない。踊り場いっぱいにプールのような水溜めができた。

「デリーさん、ロブ君。助かりました。ありがとう」
「「どういたしまして!」」

(息ぴったり。付き合えばいいのに)

 ロブと声がハモって、デリーが嬉しそうにニヤニヤしている。

「これ、本当に貰っていいんですか?」
「いいのいいの! これでクリスの補水が捗るなら、みんな助かるし!」

 そこにクリスがやってきた。

「わっ……! なんですか、これ……?」
「クリス君。大型海獣の胃袋だそうだ。まだ試してないけど、かなり海水を溜められるはずだ」
「んじゃ! クリス! がんぱってね~」
「無理しちゃダメだよ?」
「デリーさん……ロブさん……。ありがとう……」

 二人はヒラヒラと手を振って船首へ向かって歩いて行った。

(手、繋いじゃえばいいのに。また、あの二人でできる仕事を頼もう)

「すごくおっきいですね……」
「ああ。びっくりしたよ。海獣って本当に大きいんだな」

 とりあえず海水を汲んでどんどん胃袋プールに入れてみる。一〇〇リットル入れても、まだまだ余裕があった。

「これで百っと。クリス君。どのくらいいけそう?」
「……。二百リットル……お願いします……」
「……わかった」

 穂積はさらに一〇〇リットルの海水をプールに注ぐ。

「クリス君。わかってると思うけど、決して無理はしないように。ダメそうなら途中で中断していいから」
「はい……!」
「よし! じゃあ、精製よろしく」
「いきます……」

 クリスが魔法を発動すると胃袋の中の海水が淡い真紅に光り始めた。徐々に結晶が成長していく。

(やはり時間がかかってるな。様子がおかしくなったら止めよう)

 それから約五分後、穂積の心配を他所にクリスの精製が終了した。

「ふー。終わりました……」
「大丈夫か?」
「はい……。平気です……。魔力もまだ半分以上残ってます……」
「そうか。よかった。二百リットルを一挙に精製か。やるなぁ」
「えへっ……」

 水面にはゴロリと大きな塩結晶と不純物の玉が浮いていた。

「すごく、おっきいのができました……」
「うん。素晴らしい」

 パチパチと拍手を送るとクリスは赤くなって「えへへっ……」と笑った。

「午前中はここまでにしておこう」
「はい……!」
「俺はこの真水をタンクに補水して、午後一の精製分の海水を準備しておくけど、どうする? 二百でいいか?」
「いいえ……。もっと……五百リットルで……」
「ええ!? さっきの二倍以上じゃないか。大丈夫なの?」
「はい……。お昼寝の後なら余裕を持ってできると思います……」
「攻めるなぁ~。クリス君。ちょっと飛ばし過ぎじゃない?」
「一回でたくさん精製した方がいいと思います……。無理なら途中で止められますし……」
「まぁ、失敗は成功の母と言うし……挑戦するのはいいことだが」
「はい……! 一挙に大量生産……です……!」
「わかったよ。じゃあ、この結晶を飾ったら居室で仮眠しておきなさい。昼飯前に起こしに行くから」

 クリスは両手で大きな結晶を持って裏口から厨房へ入っていった。

「こりゃあ、そのうち俺の方が追いつけなくなるかもなぁ。嬉しい悲鳴だが」

 この日の午後、クリスは五百リットルを二回精製した。合計の補水量は千四百リットル。一日の補水量の最高記録を更新した。

 出来上がったのは見事な塩結晶。ゴロゴロと飾られた塩結晶の美しさに女性陣は見惚れて溜息をついていた。

 翌日には精製作業の最適化が成った。

 朝一、午後一、夕食前の一日三回。五百リットルずつ精製するのが、最も効率的だと言う結果だ。

 クリス自身は、まだいけそうだと言うが止めておいた。

 空いた時間は睡眠や座学に当てることにしたのだ。前々から気付いていたことだったが、クリスは天才だった。九九をあっという間に覚えて四則演算をマスターした。

 穂積の中途半端な授業よりはいいだろうと、ビクトリアから借りた書籍を使って二人で一緒に勉強し始めた。

(やばい。ものすごい学習意欲が高いし、記憶力も半端ない。……置いて行かれそう)

 穂積が大人の威厳を保てなくなる日もそう遠くないかもしれない。

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