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第一章
第四八話 女の戦い
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クリスと二人、食堂に向かって廊下を歩く。食堂の入口が近づいてきた。なにやら雰囲気がおかしい。空気がヒリついている。
キュピリーンッと頭の中でアラートが響いた気がした。
(プレッシャー……! 俺はいつの間に〇ュータイプに!?)
気付かない間に感応能力に目覚めたのかと思ったが、そうではなさそうだ。
食堂には大勢の乗組員の気配がある。だというのに、いつもの騒めき、荒っぽい息づかい、船乗り特有の潮気すらも感じられない。誰もが息を潜め、気配を殺して静まり返っているのだ。
食事は船上生活の数少ない楽しみ。その憩いの場でこの雰囲気は通常ならあり得ない。何か良くない事が起こっているのは明白。足を止めた穂積をクリスが不思議そうに見上げる。
戦略的撤退を選ぶべきか、何食わぬ顔で食事にありつくべきか。
腹は減っている。究極の選択だ――と、その時、食堂の扉がそっと開けられ、小さな人影が足音も立てずに滑り出してきた。
「デリーさん……」
プレッシャーに押しつぶされた喉から微かな声を絞り出す。
「――っ! ホ、ホヅミ……」
扉をそっと閉めて身を屈めるデリーの隣に静かに移動。クリスは黙って付いてきて穂積の後ろに控える。
「ホヅミ……! あんた、一体、何をした……!」
息をするように凍えた小声で詰問してくる。状況が読めない。
「何があった……いや、何が起こって……?」
「あんたがそれを聞くの……?」
「俺には何がなんやら……。ものすごいプレッシャーは感じるけども……」
「あんた……! ちょっと行って収めてきなさいよ……!」
「事情も分からないのにどうしろと……? 余計に悪くなる可能性は……?」
「悪くなるに賭ける……!」
「ダメじゃん……!」
音を立てないように扉を少しだけ隙かして中の様子を窺う。扉の隙間から三つの目玉が覗く。
上から順に、穂積、デリー、クリスだ。プレッシャーの発生源はいつもの穂積たちのテーブル付近に立つ二人だった。
正確にはそれぞれが発するプレッシャーがせめぎ合い、サ〇コフィールドを発生させんほどに膨れ上がっている。
金と碧の二色のオーラがぶつかり合っていた。運悪く逢魔が時に行き合った乗組員は泣きそうな顔でプレッシャーに耐えている。
ロブのイケメンは苦笑いのまま固まり、八重歯がキランと悲しく光っていた。
「ああ……。ロブぅ~……。ごめんねぇ……。くうっ……」
「なんで……? 二人は義姉妹だよね……? あんなに仲が悪いなんて知らなかった……」
「ホヅミ……! あんた、なんとかしてきなさい……!」
「なんで俺……?」
「あんたが、原因、でしょうが……!」
(まさか……。ビクトリアが……?)
プレッシャーの発生源から声が聞こえてきた。耳をすませば――。
「船長。もう一度、言ってもらえる? 聞き間違い、或いは言い間違いかと思う。いや、そうに違いない」
「先生。現実をしっかりと見ろ。そして己を見つめ直せ。ホヅミはオレが貰いうける」
「貰いうける? 意味が分からないのだけど? 船長には婚約者がいるでしょう」
「東の三男坊など、取るに足らん男だ。婿に迎えたとてアルローはこれ以上良くはならん」
「そんな事を勝手に決めていいわけがない。お父様の顔に泥を塗るつもり?」
「父上とて人を見る目はある。何の問題もない。イーシュタルが欲しければくれてやるぞ?」
「そんなの要らないわ。それよりもホヅミンを政略の道具にするつもりなら許さないわよ」
嫌な予感が的中してしまった。ビクトリアがぶっちゃけたのだ。それにゼクシィがキレた。
「東の三男坊って何……?」
「船長の婚約者よ……。帝国の三大公爵家の一角……。東方の大運河周辺を治めるイーシュタル公爵家の三男……」
「婚約者……。公爵って最上位の貴族じゃ……?」
「そりゃそうよ……。歴代の当主は十賢者を歴任してる由緒正しい大貴族……!」
帝国の東方貿易を一手に握るイーシュタル公爵家。
領地には世界一の歓楽島スフィア群島を有し、世界中の大金持ちが集う。有力者の非公式なロビー活動の場ともなっており、帝国のみならず、様々な国や地域の権力者によって陰日向に手厚く保護されているという。
群島には公爵直属の情報収集に特化した隠密部隊が常駐しているという噂もあり、帝国情報部との太いパイプを持つらしい。
アルロー最大の貿易相手でもあり、影響力はとてつもなく大きい。
デリーがいろいろと教えてくれた。ただ家柄がいいとか、権力があるとか、そういうことでは無いようだ。敵に回せば厄介な事この上ない相手と言えるだろう。
(愛が重たくなるわけだ……)
「デリーさんって、かなりの情報通……?」
「まぁねー……。って、そんなこと、どうでもいい……! あの船長が、その婚約を踏み倒そうとしているの……! しかも、ホヅミを貰うって、どういうこと……!? あんた、ホントに、何したの……!?」
「うーん……。どうしようかな……」
食堂内では相対する義姉妹がヒートアップしている。勇猛と怜悧。二つの覇気が入り乱れ空気を圧迫する。
ロブは八重歯を光らせながら泣いていた。
「本当に何様のつもり? 船長の一存で動くのは船だけだ」
「誰が何と言おうと、ホヅミはオレが貰う。その他の事柄など些末な問題に過ぎん」
「ホヅミンを道具にするんじゃない!」
「勘違いも甚だしいぞ。政略とてくだらん些事だ。オレはホヅミを愛している! 重要なのはそれだけだ!」
ゼクシィが目を見開いて、成り行きを見守っていた職長たちも唖然としていた。信じられない。あのビクトリアが帝国を敵に回してでも、一人の男を得ようとしている。あり得ないことが起きていた。
「それが本心なら、ビクトリア。貴方はアジュメイルを名乗るべきじゃない。本船の船長も今すぐに辞めろ。私がすべてを代わってやる! 本心でないのなら、私の愛する男を侮辱したのなら、この場で殺してやる!」
ゼクシィから桁違いの覇気が迸る。若手の何人かが泡を吹いて倒れた。
ロブは滂沱の涙を流しながらも、まだ八重歯を光らせている。
(ゼクシィさん。あんなに怒ってくれるのか。最初からそうだったら……惚れてましたよ)
「カカカカっ! いいぞ、ジェジェ! 良くなってきたじゃないか! それでこそ、オレの義妹に相応しい。だが、やはり勘違いが過ぎる」
「何を言っている! 二つに一つだろうが!」
「言っただろう。己を見つめ直せと。長年の悪あがきの賜物か? お前さんがオレより優るものが一つだけあった。褒めてやる」
「何を偉そうに。アルローを継ぐものとして恥ずかしくないのか?」
「ああ。まったくもって羞恥の極みだ。お前さんの方が――男を見る目があった」
ゼクシィの威圧が萎んだ。ビクトリアが言わんとしていることを理解した。
「イーシュタルの三男坊など、取るに足らん小物だ。それでもアルローにはそれが限界だった。帝国にとっての我等はその程度の存在でしかない。だが、それも帝国と共に歩むならばの話だ」
「ほ、本気で帝国との縁を断ち切るつもり?」
この婚約は首長が長年の苦渋の末にようやく結んだものだった。それもこれもアルローのため。このトティアスで帝国から離れて、国を維持できるはずがない。
「すべての民を地獄に引きずり込むつもり!?」
「別に縁を切る必要はない。帝国市場にはこれまで通り、たっぷりと稼がせてもらうんだ。ただ、アルローにとってより良い関係を築くだけのことだ。むしろ向こうから擦り寄って来るように仕向ける」
ゼクシィはビクトリアの大きさを見せつけられた。きっと自分の知らない穂積を知っているのだろう。そして、自分がそれを知らないということは、やはり穂積の信頼を最も勝ち得ているのはこの義姉。悔しくて仕方がなかった。
「ホヅミンには、それだけの力があると?」
「ジェジェも知っているだろう。ホヅミにそんな力なんぞあるものか。あいつは本当にあの通りの男だ。だがそれでこそ、オレと並び立つに相応しい! あれは相当いい感じに狂っているぞ! オレは大好きだ! カカっ!」
食堂の扉が開く。ワタワタと慌てているデリーを尻目に、何食わぬ顔で入っていく穂積。何を考えているのかよく分からない顔に全員の視線が集中する。
「ひどい言い草だ。言ってるでしょ? 俺はまともで、トティアスがおかしいって」
空間を埋め尽くしていたプレッシャーが消えたとはいえ、あの義姉妹喧嘩の直後に現れた渦中の男とは思えない呑気な声が飛び出した。
「ホ、ホヅミン……」
「なんだ居たのか? なら、もっと早く割って入れ。ジェジェに殺されるかと思ったぞ」
「サイ〇フィールドが発生してる場に割って入れるわけないでしょ? チビったらどうすんの。それにゼクシィ先生が人を殺すわけがない。医者ってのは人を助けるもんだ」
ゼクシィに対して申し訳ない気持ちはある。命の恩人でもあるし、早すぎた猛烈なアピールに引いてしまった点を除けば十分過ぎる魅力を備えた女性だ。
「ゼクシィさん。俺のためにあんなに怒ってくれるなんて感激です。ありがとう。危うく惚れそうでしたよ」
「ホヅミン……!」
「なんだホヅミ。貴様、早速に浮気か?」
「まさか! ……危うく惚れそうってだけ。それにビクトリアの重過ぎる愛の理由が分かってスッキリした。婚約者がいるなんて、一言も言わないんだから。知らない内に略奪愛しちゃったじゃないか」
「なんだホヅミ。貴様、オレに婚約者がいたら身を引いたのか?」
「まさか! ……慰謝料とか請求されたらどうしようってだけ。俺、一文無しだから。もし請求されたらお金貸してね?」
呑気な会話に職長たちは呆然としている。どうやら本当に穂積とビクトリアは恋仲のようだ。
ジョジョは頭を抱えた。アルロー首長からお目付役、兼、護衛としての任務を言い渡され、長年に渡りこの義姉妹の面倒を見てきたのが元親衛隊隊長の彼だった。ゼクシィのことは応援していたが、穂積がビクトリアを落とすとは全くの想定外。
「ホヅミン。リア姉のこと、好きなの?」
「そうだ。俺はビクトリアを愛している」
「オレも愛してるぞ! 愛しのホヅミ!」
「リア姉は黙ってて! そう……――でも、ゼクシィにも惚れそうなのよね?」
「え?」
「うふふ。なら、何の問題も無いわ。リア姉から奪えばいいかしら。ゼクシィだってアジュメイルだもの。帝国への牽制としての婚姻なら、相手がゼクシィでもいいわよね? リア姉?」
「ふむ。確かにそれはそうだ。欲しければ自力で奪え。まぁ、やらんがな。カカっ!」
ゼクシィからじわりと覇気が漏れ出した。当たり前のようにビクトリアも覇気で応じるが、穂積にとっては意味不明な謎の力場に他ならない。
「うふふ。その貧相な胸でどこまでやれるかしら?」
「あん!? 乳しかない女が何を言ってんだ?」
「男を見る目もあるかしら。ホヅミンに最初に目を付けたのはゼクシィだもの。譲らないわよ!」
「これまで迷走した挙句、なんの進展も無かったのにか? オレは会った瞬間にホヅミを落とした自負があるぞ? すでに勝敗は決している!」
「まだ、これからかしら! リア姉は史上最も自己中心的で変な姫! 傾奇姫と名高い女だもの! どうせすぐに愛想を尽かされるわ!」
再び二人のプレッシャーが高まっていく。今度は間に穂積を挟んでの壮絶な応酬だ。不可視のフィールドが穂積を中心に展開された。空間が悲鳴を上げる。
「ふん! ジェジェ。ホヅミの悦ぶ顔を見たことがあるかぁ? アイツのナニはすごかったぞ? 見たこともないほどの大物だ! アレはオレのものだ!」
「わ、私だって見た! 一番最初に見た! だから、私のナニだ!」
「死にかけて縮こまったナニだろうが!」
「一晩、みっちり全裸で暖め続けたのは私だ! ついでに、タップリと口移しで湯を飲ませたのも私だ! 死の淵から舞い戻った男の猛りは素晴らしいモノだった!」
「意識の無い男をレイプしたのか!? 貴様、オレのホヅミになんてことをしてくれたんだ!」
「レイプじゃない! 歴とした医療行為だ!」
「この負け乳がぁー!」
「黙れ無い乳がぁー!」
プレッシャーに押し潰されて穂積が崩れ落ちる。クリスがちょこちょこと駆け寄り穂積の頭を撫でた。
「ホヅミさま……? 大丈夫……?」
「うん……。ちょっと、チビッちゃったけど……」
「ボクとお部屋に戻りましょう……。ここは……危ないです……。ね……? 帰って着替えましょ……? ご飯はボクが持って行きますから……一緒にお部屋で食べましょう……」
「うん……。そうする……」
優しいクリスにも惚れそうになる穂積。気の多い男は、義姉妹の覇気に当てられて漏らした挙句、美少女に寄り添われてすごすごと退散した。
キュピリーンッと頭の中でアラートが響いた気がした。
(プレッシャー……! 俺はいつの間に〇ュータイプに!?)
気付かない間に感応能力に目覚めたのかと思ったが、そうではなさそうだ。
食堂には大勢の乗組員の気配がある。だというのに、いつもの騒めき、荒っぽい息づかい、船乗り特有の潮気すらも感じられない。誰もが息を潜め、気配を殺して静まり返っているのだ。
食事は船上生活の数少ない楽しみ。その憩いの場でこの雰囲気は通常ならあり得ない。何か良くない事が起こっているのは明白。足を止めた穂積をクリスが不思議そうに見上げる。
戦略的撤退を選ぶべきか、何食わぬ顔で食事にありつくべきか。
腹は減っている。究極の選択だ――と、その時、食堂の扉がそっと開けられ、小さな人影が足音も立てずに滑り出してきた。
「デリーさん……」
プレッシャーに押しつぶされた喉から微かな声を絞り出す。
「――っ! ホ、ホヅミ……」
扉をそっと閉めて身を屈めるデリーの隣に静かに移動。クリスは黙って付いてきて穂積の後ろに控える。
「ホヅミ……! あんた、一体、何をした……!」
息をするように凍えた小声で詰問してくる。状況が読めない。
「何があった……いや、何が起こって……?」
「あんたがそれを聞くの……?」
「俺には何がなんやら……。ものすごいプレッシャーは感じるけども……」
「あんた……! ちょっと行って収めてきなさいよ……!」
「事情も分からないのにどうしろと……? 余計に悪くなる可能性は……?」
「悪くなるに賭ける……!」
「ダメじゃん……!」
音を立てないように扉を少しだけ隙かして中の様子を窺う。扉の隙間から三つの目玉が覗く。
上から順に、穂積、デリー、クリスだ。プレッシャーの発生源はいつもの穂積たちのテーブル付近に立つ二人だった。
正確にはそれぞれが発するプレッシャーがせめぎ合い、サ〇コフィールドを発生させんほどに膨れ上がっている。
金と碧の二色のオーラがぶつかり合っていた。運悪く逢魔が時に行き合った乗組員は泣きそうな顔でプレッシャーに耐えている。
ロブのイケメンは苦笑いのまま固まり、八重歯がキランと悲しく光っていた。
「ああ……。ロブぅ~……。ごめんねぇ……。くうっ……」
「なんで……? 二人は義姉妹だよね……? あんなに仲が悪いなんて知らなかった……」
「ホヅミ……! あんた、なんとかしてきなさい……!」
「なんで俺……?」
「あんたが、原因、でしょうが……!」
(まさか……。ビクトリアが……?)
プレッシャーの発生源から声が聞こえてきた。耳をすませば――。
「船長。もう一度、言ってもらえる? 聞き間違い、或いは言い間違いかと思う。いや、そうに違いない」
「先生。現実をしっかりと見ろ。そして己を見つめ直せ。ホヅミはオレが貰いうける」
「貰いうける? 意味が分からないのだけど? 船長には婚約者がいるでしょう」
「東の三男坊など、取るに足らん男だ。婿に迎えたとてアルローはこれ以上良くはならん」
「そんな事を勝手に決めていいわけがない。お父様の顔に泥を塗るつもり?」
「父上とて人を見る目はある。何の問題もない。イーシュタルが欲しければくれてやるぞ?」
「そんなの要らないわ。それよりもホヅミンを政略の道具にするつもりなら許さないわよ」
嫌な予感が的中してしまった。ビクトリアがぶっちゃけたのだ。それにゼクシィがキレた。
「東の三男坊って何……?」
「船長の婚約者よ……。帝国の三大公爵家の一角……。東方の大運河周辺を治めるイーシュタル公爵家の三男……」
「婚約者……。公爵って最上位の貴族じゃ……?」
「そりゃそうよ……。歴代の当主は十賢者を歴任してる由緒正しい大貴族……!」
帝国の東方貿易を一手に握るイーシュタル公爵家。
領地には世界一の歓楽島スフィア群島を有し、世界中の大金持ちが集う。有力者の非公式なロビー活動の場ともなっており、帝国のみならず、様々な国や地域の権力者によって陰日向に手厚く保護されているという。
群島には公爵直属の情報収集に特化した隠密部隊が常駐しているという噂もあり、帝国情報部との太いパイプを持つらしい。
アルロー最大の貿易相手でもあり、影響力はとてつもなく大きい。
デリーがいろいろと教えてくれた。ただ家柄がいいとか、権力があるとか、そういうことでは無いようだ。敵に回せば厄介な事この上ない相手と言えるだろう。
(愛が重たくなるわけだ……)
「デリーさんって、かなりの情報通……?」
「まぁねー……。って、そんなこと、どうでもいい……! あの船長が、その婚約を踏み倒そうとしているの……! しかも、ホヅミを貰うって、どういうこと……!? あんた、ホントに、何したの……!?」
「うーん……。どうしようかな……」
食堂内では相対する義姉妹がヒートアップしている。勇猛と怜悧。二つの覇気が入り乱れ空気を圧迫する。
ロブは八重歯を光らせながら泣いていた。
「本当に何様のつもり? 船長の一存で動くのは船だけだ」
「誰が何と言おうと、ホヅミはオレが貰う。その他の事柄など些末な問題に過ぎん」
「ホヅミンを道具にするんじゃない!」
「勘違いも甚だしいぞ。政略とてくだらん些事だ。オレはホヅミを愛している! 重要なのはそれだけだ!」
ゼクシィが目を見開いて、成り行きを見守っていた職長たちも唖然としていた。信じられない。あのビクトリアが帝国を敵に回してでも、一人の男を得ようとしている。あり得ないことが起きていた。
「それが本心なら、ビクトリア。貴方はアジュメイルを名乗るべきじゃない。本船の船長も今すぐに辞めろ。私がすべてを代わってやる! 本心でないのなら、私の愛する男を侮辱したのなら、この場で殺してやる!」
ゼクシィから桁違いの覇気が迸る。若手の何人かが泡を吹いて倒れた。
ロブは滂沱の涙を流しながらも、まだ八重歯を光らせている。
(ゼクシィさん。あんなに怒ってくれるのか。最初からそうだったら……惚れてましたよ)
「カカカカっ! いいぞ、ジェジェ! 良くなってきたじゃないか! それでこそ、オレの義妹に相応しい。だが、やはり勘違いが過ぎる」
「何を言っている! 二つに一つだろうが!」
「言っただろう。己を見つめ直せと。長年の悪あがきの賜物か? お前さんがオレより優るものが一つだけあった。褒めてやる」
「何を偉そうに。アルローを継ぐものとして恥ずかしくないのか?」
「ああ。まったくもって羞恥の極みだ。お前さんの方が――男を見る目があった」
ゼクシィの威圧が萎んだ。ビクトリアが言わんとしていることを理解した。
「イーシュタルの三男坊など、取るに足らん小物だ。それでもアルローにはそれが限界だった。帝国にとっての我等はその程度の存在でしかない。だが、それも帝国と共に歩むならばの話だ」
「ほ、本気で帝国との縁を断ち切るつもり?」
この婚約は首長が長年の苦渋の末にようやく結んだものだった。それもこれもアルローのため。このトティアスで帝国から離れて、国を維持できるはずがない。
「すべての民を地獄に引きずり込むつもり!?」
「別に縁を切る必要はない。帝国市場にはこれまで通り、たっぷりと稼がせてもらうんだ。ただ、アルローにとってより良い関係を築くだけのことだ。むしろ向こうから擦り寄って来るように仕向ける」
ゼクシィはビクトリアの大きさを見せつけられた。きっと自分の知らない穂積を知っているのだろう。そして、自分がそれを知らないということは、やはり穂積の信頼を最も勝ち得ているのはこの義姉。悔しくて仕方がなかった。
「ホヅミンには、それだけの力があると?」
「ジェジェも知っているだろう。ホヅミにそんな力なんぞあるものか。あいつは本当にあの通りの男だ。だがそれでこそ、オレと並び立つに相応しい! あれは相当いい感じに狂っているぞ! オレは大好きだ! カカっ!」
食堂の扉が開く。ワタワタと慌てているデリーを尻目に、何食わぬ顔で入っていく穂積。何を考えているのかよく分からない顔に全員の視線が集中する。
「ひどい言い草だ。言ってるでしょ? 俺はまともで、トティアスがおかしいって」
空間を埋め尽くしていたプレッシャーが消えたとはいえ、あの義姉妹喧嘩の直後に現れた渦中の男とは思えない呑気な声が飛び出した。
「ホ、ホヅミン……」
「なんだ居たのか? なら、もっと早く割って入れ。ジェジェに殺されるかと思ったぞ」
「サイ〇フィールドが発生してる場に割って入れるわけないでしょ? チビったらどうすんの。それにゼクシィ先生が人を殺すわけがない。医者ってのは人を助けるもんだ」
ゼクシィに対して申し訳ない気持ちはある。命の恩人でもあるし、早すぎた猛烈なアピールに引いてしまった点を除けば十分過ぎる魅力を備えた女性だ。
「ゼクシィさん。俺のためにあんなに怒ってくれるなんて感激です。ありがとう。危うく惚れそうでしたよ」
「ホヅミン……!」
「なんだホヅミ。貴様、早速に浮気か?」
「まさか! ……危うく惚れそうってだけ。それにビクトリアの重過ぎる愛の理由が分かってスッキリした。婚約者がいるなんて、一言も言わないんだから。知らない内に略奪愛しちゃったじゃないか」
「なんだホヅミ。貴様、オレに婚約者がいたら身を引いたのか?」
「まさか! ……慰謝料とか請求されたらどうしようってだけ。俺、一文無しだから。もし請求されたらお金貸してね?」
呑気な会話に職長たちは呆然としている。どうやら本当に穂積とビクトリアは恋仲のようだ。
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「ホヅミン。リア姉のこと、好きなの?」
「そうだ。俺はビクトリアを愛している」
「オレも愛してるぞ! 愛しのホヅミ!」
「リア姉は黙ってて! そう……――でも、ゼクシィにも惚れそうなのよね?」
「え?」
「うふふ。なら、何の問題も無いわ。リア姉から奪えばいいかしら。ゼクシィだってアジュメイルだもの。帝国への牽制としての婚姻なら、相手がゼクシィでもいいわよね? リア姉?」
「ふむ。確かにそれはそうだ。欲しければ自力で奪え。まぁ、やらんがな。カカっ!」
ゼクシィからじわりと覇気が漏れ出した。当たり前のようにビクトリアも覇気で応じるが、穂積にとっては意味不明な謎の力場に他ならない。
「うふふ。その貧相な胸でどこまでやれるかしら?」
「あん!? 乳しかない女が何を言ってんだ?」
「男を見る目もあるかしら。ホヅミンに最初に目を付けたのはゼクシィだもの。譲らないわよ!」
「これまで迷走した挙句、なんの進展も無かったのにか? オレは会った瞬間にホヅミを落とした自負があるぞ? すでに勝敗は決している!」
「まだ、これからかしら! リア姉は史上最も自己中心的で変な姫! 傾奇姫と名高い女だもの! どうせすぐに愛想を尽かされるわ!」
再び二人のプレッシャーが高まっていく。今度は間に穂積を挟んでの壮絶な応酬だ。不可視のフィールドが穂積を中心に展開された。空間が悲鳴を上げる。
「ふん! ジェジェ。ホヅミの悦ぶ顔を見たことがあるかぁ? アイツのナニはすごかったぞ? 見たこともないほどの大物だ! アレはオレのものだ!」
「わ、私だって見た! 一番最初に見た! だから、私のナニだ!」
「死にかけて縮こまったナニだろうが!」
「一晩、みっちり全裸で暖め続けたのは私だ! ついでに、タップリと口移しで湯を飲ませたのも私だ! 死の淵から舞い戻った男の猛りは素晴らしいモノだった!」
「意識の無い男をレイプしたのか!? 貴様、オレのホヅミになんてことをしてくれたんだ!」
「レイプじゃない! 歴とした医療行為だ!」
「この負け乳がぁー!」
「黙れ無い乳がぁー!」
プレッシャーに押し潰されて穂積が崩れ落ちる。クリスがちょこちょこと駆け寄り穂積の頭を撫でた。
「ホヅミさま……? 大丈夫……?」
「うん……。ちょっと、チビッちゃったけど……」
「ボクとお部屋に戻りましょう……。ここは……危ないです……。ね……? 帰って着替えましょ……? ご飯はボクが持って行きますから……一緒にお部屋で食べましょう……」
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
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これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
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【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
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※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
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【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
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