海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第一章

第四七話 大人になりたい

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 夕方まで不良在庫の仕分け作業を続け、全体の約半分まで整理がついた。ほとんどの転写紙は未だ内容を確認していない。厨二病の文章を読むのは疲れる。

 穂積は水汲みに適した送液魔堰を手に持ち、居住区へと戻っていた。

「ホヅミさん……!」
「おっ! クリス君。お疲れ様。大活躍らしいじゃないか」
「えへへ……。ホヅミさんが分子のこと、教えてくれたから……」
「あんまり魔力を使わなくて済むんだって?」
「はい……。原子の手を離したり、繋げたりするだけ……。塩結晶も前より簡単に造れます……」
「すっごいなぁ! とんでもなく凄いことなんだよ? それって、つまり……――なんでも造れるんだ」
「なんでも……?」
「そう! この世のすべては分子の集まり。そして、元素の種類は限られてる。後は、結合の組み合わせだけだ。その組み合わせを自由に変えられるってことは……?」
「必要な元素さえあれば……なんでも造れちゃう……?」
「その通り!」
「はい……! ボク、なんでも造ります……! ホヅミさんは、何か造って欲しいもの……ありますか……?」
「うーん。いろいろ考えてはいるけどねー。今は船体の補修が最優先かな。クリス君のおかげでドック入りを避けられるかもしれないって聞いたよ」
「ジョジョさんのお願いは……今日、終わりました……」
「へ? 終わった!? たった二日で!?」
「はい……! もう大丈夫だって……!」

 錨地での一日目の終わり、ジョジョは高くつくかもと言っていたのに、それから二日で補修が終わった。これはとんでもないことだ。

 ドック入りすれば出入りだけで二日は潰れるだろう。この世界のドライドックがどうなっているのか知らないが、ポンプが無いのにどうやって排水するのか。ひょっとすると、ドック入りするというのは穂積が想像する以上の大事だったのかもしれないのだ。

「でも……それだけ働いて魔力は大丈夫?」
「はい……。減ってもすぐ回復しますから……」
「ほぇー。まぁ、明日の朝には曳船が到着するし、余り派手に魔法を使うのは控えた方がいいな。屋内でも実践できることを考えておく」
「はい……。また教えてください……」

(すぐに教材ネタが尽きそうだよ……)

 なるべくなら、クリスの尊敬を失いたくはない。相手は伝説級の精製魔法。多少、無茶なくらいの難易度でなければやり甲斐を感じてもらえないかもしれない。

(真水の為に海水を汲むという発想を捨てるべきかもな。当面の問題は、やはり資材か……)

 考えながら歩いていると船橋楼に着いた。部屋で身体を拭いて着替えたら夕食だ。

 桶に海水を汲んで居室に持って帰ると、クリスがパッと真水精製。小粒の塩結晶を腰の巾着袋に入れた。最近は船内のあっちこっちで乗組員の汲んだ海水を真水にして回っているらしい。

「ホズミさん……。お背中を拭きます……」
「うん。ありがとう」

 四人部屋の居室中央には、パーテーション代わりに大きめの板を立てて目隠しにしている。

 クリスにはプライバシーというものを説明し、互いに守るべきものであると理解させた。相変わらず添い寝が止められないのは困るが、今まで誰にも甘えられなかったことを思えば強くは言えない。

「ここ数日……、お忙しいみたいです……」
「そうだねぇ。海獣のせいで、いろいろと問題が山積みだったからね」
「船長に……頻繁に相談に行かれてるようですけど……」
「そうだねぇ。マリーさんの仕事を手伝ったときに問題が見つかってね。俺の個人的な……」
「あっ……。ニホン人だから……ですか……?」
「たぶん、違うと思う。ここだけの話、古代文字が読めちゃったんだよねぇ」
「古代文字……。魔堰の転写紙……?」
「そうそう。普通は読めないらしいじゃない? それが、とても危険なことだって」
「だ、大丈夫なんですか……? ホヅミさん……いなくならない……?」

 真水を含ませた手拭いで背中を拭きながら、小さな手が心配そうに触れる。少しだけ震えていた。

「大丈夫だよ。きっと悪い事にはならない。ビクトリアさんの協力も得られるし、どうやら何か思惑もあるようだし」
「船長の……思惑……」
「ん?」

 若干、声が低くなったような気がする。手の震えも、先ほどのものとは違っている。振り向かない方が身のためだろう。

「ホヅミさん……。終わりましたよ……。痒いところはありませんか……?」
「うん。大丈夫。ありがとう」
「じゃあ……、次はボクの背中もお願いします……」
「え?」
「痒いんです……。手が届かないトコ……」

 そう言ってクリスは上着を脱ぎ、そのままさらしも解いていく。穂積は慌てて後ろを向いた。

「ク、クリス君? どうして……?」
「最近……、少し晒がつらくて……、背中も痒くなるし……」
「こ、この際だから言っちゃうけど、クリス君は女の子だよね? でも、男の子でいたかったんじゃないの?」
「男だと思われてる方が……安心でしたから……。でも、今は逆……です……」
「えーと? どういうこと?」
「ホヅミさん……。背中……お願いします……」

 有無を言わせない声に、思わずチラリと振り向く。クリスは上半身裸で背中を向けて、タライの前に座っていた。

「クリス君……」
「ホヅミさん……。お願いします……」

 か細い声も、華奢な肩も震えている。勇気を振り絞っているのだろう。

「わかった」

 手拭いを絞って、首筋、肩、肩甲骨と上から順に背中を拭いてやる。その肌はとても白く、瑞々しく、水玉を弾く。クリスの低い体温が肩に添えた掌に感じられた。

「痒いところはあるか?」
「お胸のあたりが……」

 ちょっとチャラけて振り返るクリス。真紅の瞳が潤み、大人びた淫靡な光を向けてくる。

(これは……マズいなぁ。女の子は短期間でここまで変わるものなのか……)

「前は自分で拭けるでしょ」
「むー……。わかりました……。じゃあ、お尻の上の方が痒いです……」
「じゃあって何よ。まったく……」

 背中の下の方を拭いてやる。痩せた肢体にはあばら骨が浮き上がり、腰は折れそうなほどに細く、尻の肉付きは控えめだ。しかし、脇腹から尻にかけてのラインは芸術的な曲線を描き、見事なクビレは男を虜にするいやらしさすら備えていた。

「さ、さあ。終わったよ」

(俺はロリコンじゃない。俺はロリコンじゃない。俺はロリコンじゃない)

「ありがとうございました……。あの……ホヅミさん……」
「ど、どうした?」
「ボクのこと……、どうしてクリス君って呼ぶんです……?」
「最初は男の子だと思ったからな。途中で気付いたけど、男の子だと思ってほしいのかと……」
「ボクは……。女……です……」
「そうだね。君付けは、やめた方がいいのかな?」
「はい……。ボクは……慣れちゃってるので、このままですけど……。それに他の人にいやらしい目で見られるのは……嫌ですし……」
「俺ならいいの?」
「ホヅミさんには……もっとボクを見て欲しい……!」

 クリスの好意はストレートだ。ビクトリアを意識しているようにも見えるし、独占欲のようなものを偏執的に抱いているのも何となく分かっている。

「俺はしっかり見ているつもりだよ。君には立派に自立して欲しいと思っているし、出来ると信じている」
「女としては……見てくれない……?」
「君はまだ子供だ。君を酷い目に合わせたこの世界は間違っているが、それが普通だと思ってはいけない。良識ある大人だって大勢いるんだ。この船の人たちが、そうだろう?」
「ボクはホヅミさんが好きです……! ホヅミさんみたいな人は……絶対……ホヅミさんだけ……! ボクは……ホヅミさんが欲しい……! 欲しくて、欲しくて……堪らないんです……」

 ホロホロと泣き出してしまった。正面から欲望を吐き出すクリスの告白に胸が抉られる。

「すまない……。俺は、君にこれ以上、傷付いて欲しくない。傷付けたくない。君に俺が持っているもの、すべてを教えるつもりだ。君の将来は、自由で、可能性に満ちたものになると。そう願っている。俺自身は、その自由と可能性を狭めるものでしかない」
「――っ」
「……わかってくれたか?」

 クリスは涙を止めて立ち上がり、穂積に振り向いた。若々しい膨らみが正面に露わになる。慌てて視線を逸らす。

「えへへ……。やっぱり、ホヅミさんみたいな男の人は……他にはいません……。この世界のどこにもいない……」
「ク、クリス……」
「それです……! それがいい……! ボクのことは、そう呼び捨ててください……。――ホヅミさま……」
「さ、様って!」
「ホヅミさまっ……!」

 クリスが真正面から抱きついてきた。互いに上半身裸。柔らかい二つの膨らみが腰の辺りに押し付けられる。

「クリス! コラ! 放しなさい!」
「ダメです……! 絶対に……ホヅミさまを……手に入れて見せます……!」
「何なの、この力!? その細い身体のどこにこんな……――え~?」

 強引に振りほどこうとしても離れない。

「やっぱり……こんな細っこい身体だとダメですか……?」
「い、いや。そういう意味じゃない。クリスはそのままで十分に可愛らしい。でも、君はまだ子供だろう!」
「大丈夫です……。ボクもあと二年で成人……つまりは大人の女……です……」
「十五で成人なの!?」
「トティアスではそうです……。だから、何も問題ありません……。このまま、ホヅミさまを放さずにいれば……いずれは……。えへへ……ぐへ……」

(なに? その逆光源氏計画は? いや逆でもないか? 狙う側が幼いだけ?)

 暴走したクリスを宥め、落ち着かせて服を着るように指示すると、クリスは穂積の目の前で堂々と晒を巻き直して上着を着替えた。なんでも穂積以外の前では今まで通り男で通したいらしい。

「いや。もう、みんな知ってるからね」
「えっ……!?」
「まさか、気付かれてないとか思ってた?」
「そ、そんな……、バカな……です……」
「気を使ってくれてたんだよ。じゃなきゃ、この居室にクリスしか居なかった理由がないでしょ?」

 男の振りをしたい女の子を誰と同室に出来るというのか。『レギオン』の被害者なのは見れば分かるし、本船の安全意識が非常に高いのは思わぬ怪我からクリスを守るためだ。

「………………」
「みんながクリスを大切に思ってくれている。その辺りに気付かないのが、まだまだ子供ってことだ」
「い、いやだ……そんな……。ボクは……早く大人に……。じゃなきゃ、先生や船長に…………盗られる……!」
「クリス。焦らず、ゆっくりと、大人になりなさい」
「むー……!」

 可愛らしくむくれるクリスの頭を撫でてやりながら、穂積は内心ホッとしていた。

 いずれは追いつかれ逃げ切れなくなるのかもしれないが、それは今ではないのだと、そう問題を先送りする。

 クリスの心身の成長速度を見誤った。

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