上 下
68 / 463
第一章

第六八話 詰める

しおりを挟む
 ジョジョとセーラは曳船に残っていた甲板部と航海部を連れてビクトリア号に帰還した。

 曳船乗組員の遺体からは髪を一房切り取り、血の沁みついたハンカチーフで包んで一緒に連れてきている。ハンカチーフには持ち主の名前が刺繍されており、形見として持ち帰るには最適だった。本来であれば水葬に付したいところだが、そんな時間は残されていない。

 既に日は沈み、夜のとばりが降りている。数時間後には五隻の海賊船が一斉に押し寄せるだろう。

「全員、揃ってるさね?」

 セーラは船橋に職長たちを集めた。明かりを消した暗い船橋にギラギラした目が光っている。夜目の効くメリッサは船橋配置に付いていた。トムもジョジョの斜め後ろに控えて闘志を漲らせる。

「スターキー。推進魔堰はどうさね?」
「魔力カートリッジの交換は完了したー。いつでも回せるよー。指示通りに十五日パックを使用。第五戦速で丸二日は走れるー。一杯を引いたらご存じのとおり。海獣の時と同じになるからー」
「よしっ。例の……なんだっけかね? ギルドアイ……」
「『ギルドアイギス魔術魔導レーザーアーセナル『バリスタ零式コラプスVer.2.1.3』』、通称『バリスタ』だねー。三十日パックの装填を完了したー。昼間の内に水平線に合わせて仰角調整は済んでるー。転写紙の『マテリアには艦船の三十層の結界に護られる推進ファルシとドゥウ・トゥウなるアダマンパワーが存在し得るソイルを使役してみたまえ』という推奨事項を勝手に解釈して三十日パックにしたー。七日パックを使って試射したいところだったけど――」
「わかった! もういいさね! 七日パックは予備として船首楼に保管したから!」

 スターキーにも穂積の浪漫が伝染したらしい。撃ちたくて仕方がないのだ。きっちり最大火力が出るように三十日パックを確保していた。

「選抜は済んだかい?」
「ワシとトムだけだぁ」
「――正気? ……なんだわさね。アンタはいつでも」

 暗がりでよく見えないが、ジョジョは笑っているのだろう。唇の端を吊り上げて獲物を待ちわびる肉食獣のように押し殺した気配が漏れ出していた。

 狂戦士――若かりし頃の彼の異名である。

「航海長!」
「――っ。いきなり耳元でデカい声を出すんじゃないよ! アンタには見えてんだろう!」
「大きい事は、良いことです!」
「何言ってんだい? で、なんだわさ?」
「自分も――」
「「ダメだぁ!」」

 ジョジョとセーラの声がハモる。メリッサにもしもの事があっては、さすがにマズい。それに、この熱血正義娘を戦場に立たせるのには不安がある。胆が冷える。

「メリッサは配達だけして離れるように。正直言って、アンタの目には期待してる。例の見えない星には、あんまり期待してないがね」
「自分には見えます!」

 トティアスの航海術は、少々、風変わりなものだった。

 座標魔堰を使えば、全地球測位システム(Global Positioning System: GPS)のように、その時点における緯度・経度・高度を知ることができる。

 今回、ビクトリア号が曳船に通知した座標は、投錨後に魔堰を使い確認した位置座標をランデブーポイントとして知らせたものだ。

 ただし、この魔堰は運動魔法適性の魔力チャージをその都度行わねばならず、消費される魔力も大きい。したがって、地球で一般的な電波航法のような使い方は出来ないのだ。

「他の誰にも見えんわさ。暗すぎるのか、見間違えかは分からんさね」

 航海部は通常航行中、『勘』で操舵している。

 もちろん完全なヤマ勘ではなく、日に二回、定時に行われる魔堰による位置座標の確認と併せて、天体観測、風向き、海流や波浪、生物相などから経験と照らして総合的に判断する。

 地球におけるオセアニア地方の先住民が用いたウェイファインディング、スターナビゲーションと呼ばれる遠洋航海術と、GPSに頼った現代のハイテク航法のハイブリッドだ。

 外洋に出れば海面近くを住処とする生物は少なくなるため、陸地などの目標物が極端に少ないトティアスでは、太陽や月、星の位置を目標とした勘所かんどころが肝要であるとされている。

 故に、航海部には年嵩のベテラン船員が多い。

「本当にあるのです!」

 メリッサには他の者には見えない星が見えるという。決まった目立つ星を観測して自船の位置を識るのが常識。五感に優れるが、経験の浅い若い航海士の戯言を、誰も相手にしていなかった。

「まぁ、アンタの精度自体は大したもんだ。だから、船橋配置に付けたんだわさ」
「自分なら確実に任務を遂行してみせますが……、ご命令とあらば!」

 評価されているのか微妙なところだが、メリッサは不承不承、自分の役回りに納得したようだ。彼女が航海長の指示に素直に従わないのは珍しい。

「カートリッジ以外はどうさね?」
「海賊共の装備と、ついでに曳船の備品や資材も回収済みだぁ」
「食糧も持ってきたんでしょうね?」
「当たり前だぁ。これでツマミが出せるなぁ」
「仕方ないわね。これが終わったらパーっと放出するわ」
「ホンマもんの火事場泥棒やで……。言い訳を考えとかなあかん」

 そう言いつつも入渠費用、曳航費用、その他諸々のコストカットが出来そうなパッサーは内心ニヤニヤしている。

「それじゃ、始めるとするかね」
「派手にやるかぁ!」
「静かにやるんだわさ!」

 作戦は単純にして明快だ。海賊船の位置座標は判明している。海流を利用して一気に距離を詰めて、まずは南に陣取っている一隻に夜襲を仕掛ける。

 他の海賊船に気付かれる訳にはいかないので、仕掛けるのは少数精鋭ジョジョとトムのみ。小型高速艇で接近して船内に潜入し、ジョジョが陽動。隙をついてトムが船橋を制圧し、通信魔堰を確保する。

 その後、増援を送り込み船内の海賊を殲滅して包囲網の外へ。日の出に合わせて曳船のいるランデブーポイントへ向け進出し、集結した海賊艦隊を遠距離から『バリスタ』で一網打尽にする。

「頼みの綱が未解読魔堰とはね……」
「大丈夫さぁー。たぶん」
「不発に終われば、ヤバいさね」
「そん時ぁ逃げるしかねぇが、イザとなりゃリア嬢ちゃんを叩き起こせばいい」
「そっちの方が不安だわさ」

 ビクトリアは寝室で寝ている。なかなか起きない姪にセーラの不安は増すばかりだった。

「起こしたとしても、今のあの子に『デッチ』の人間を殺れるのかい?」

 幼いビクトリアの金色の眼差しが目に浮かぶ。あの時、自分を見つめた涙に揺れる強い瞳にセーラは賭けたのだが、それも今となっては儚い夢の記憶だ。

「どうだかなぁ。なるようにしかならんだろぉ」
「今はやれることをやるしかありません」

 先鋒の二人は覚悟を決めていた。

 トムには隠密作戦の経験もあるが、単騎の戦闘力はゼクシィに及ばない。昼間の頭目と同等の相手がいるなら厳しい。奇襲をしくじったら命は無いだろう。

 ジョジョも必要であれば海賊船を沈めてでも、本船の退路を開くつもりだった。重過ぎて水に浮かない身体を抱えて、共に沈むしかないが。


「――私も行こう」


 怜悧な声が船橋に響いた。

「――――」

 医務室で寝ていた筈のゼクシィが、いつの間にか船橋にいた。

「ゼークっ! アンタ、起きて大丈夫なのかい!?」
「まだ寝ていた方がいい! 君は知らないだろうが、体内に『レギオン』がいるんだ! 今暫く、様子を見るべきだ!」
「…………」

 ゼクシィを心配する叔母と元々カレを他所に、ジョジョは訝しんでいた。こういう時の彼女は雰囲気が変わる。怜悧な覇気を発して戦時下の顔になるのだ。

「大丈夫だ。不調は感じない」

 それが、どうした事か。声を掛けられるまで気付かなかった。威圧感をほとんど感じなかったのだ。しかし、透き通った声に弱々しさは無く、自信に満ち溢れている。

「ホヅミンは? どこ?」
「船長が寝ちゃっててねぇ。ホヅミちゃんに部屋まで運んでもらったんだけど。……一緒に寝ちゃったわ」
「そう。『デッチ』の名前が出たから、ちょっと心配したけど。ホヅミンといるなら大丈夫ね」
「どういう理屈さね? この非常時に寝こける男の何が安心なのか分からんだわさ」
「うふふっ。さぁ、何でかしら。よく分からないわ」

 ゼクシィは自然体だ。何かが変わったように思える。

「じょははっ! わかったぁ! 一人追加だぁ」
「ちょっとアンタ! 何言ってんだ!」
「なぁに。大丈夫だぁ。やっぱりこっから先は見物だぜぇ」
「…………仕方ないさね。無茶するんじゃないよ?」
「わかってるわ」

 奇襲部隊にゼクシィが加わった。


**********


「増速! 第五戦速!」
「増速! 第五! アイっ!」

 曳航索を切り離し、抜錨したビクトリア号は南へ向けてひた走る。海獣から逃れるために利用した海流に乗り、最大船速で海賊船の位置座標へ向け航行していた。

 対地速力は三五ノットを超え、猛烈な勢いで波を切り裂き、風を追い越して。

「航海長! 針路修正! 一七〇ヒトナナマル!」

 星を見ていたメリッサの声が響き、セーラが舵を取る航海部員にオーダーする。

「舵角修正! 取舵五度! 針路! 一七〇!」
「取舵! 五度! アイ! …………針路! 一七五ヒトナナゴ一七四ヒトナナヨン一七三ヒトナナサン一七二ヒトナナフタ「舵中央!」――舵中央! アイ! ……針路! 一七〇!」
宜候よーそろー!」
「ヨーソロー! アイっ!」

 針路を微妙に調整して目標座標を目指す。

 通常の航海では、ここまでの針路調整は行わない。天体観測だけで自船の位置に当たりを付けて航行するのだから当然だ。

 季節や時刻によって星の位置は変化する。多少の修正をしたところで、普通はその誤差の範囲に収まってしまう。

 だが、メリッサの針路指示に従って操船すると、次の座標確認ではズレが小さくなるのだ。ベテラン航海士よりも精密な船位予測が、なぜメリッサに出来るのか。誰にも原因が分からず、ビクトリア号の七不思議として定着していた。

「ノーマンの血が成せる技かね……」

 この奇襲は隠密性と速度が命。ウロウロと海賊船を探し回って先に発見されれば水の泡だ。敵船の早期発見のため、メリッサの持つ精密さに賭ける事にした。

 ジョジョを始め、奇襲部隊は戦闘準備を整えて格納庫で待機中。

 甲板部と管理調査部は後詰のために待機し、身体を休めている。

 航海部と事務部は全員をワッチ要員として見張り台と船橋に配置し周辺警戒中。

「それに比べて、情け無いわさ。大丈夫なんだかね」

 スターキーと司厨部は腰を痛めて休んでいる。元気なのはチェスカだけ。『バリスタ』発射には絶対に立ち会うから呼べと念押しされた。

 ホヅミはビクトリアのベッドでスヤスヤと就寝中。

 役に立たない男たちに少し苛ついていると、

「――っ水平線に船影あり! 方位! 一六二ヒトロクフタ!」
「――っ減速! 前進微速っ!」
「減速! アイ! 前進微そーく!」

 推進魔堰が静かになり船体はゆるゆると進む。

 メリッサの報告した方角をワッチ全員が目を皿にして探す。

「こちら見張り台! 船影を視認した!」
「船影確認っ!」
「こっちも見えたぞ!」

 何人か見つけたようだ。

「このまま微速で接近する! メリッサは格納庫へ!」
「はい! 高速艇格納庫へ向かいます! 奇襲部隊を送り届けた後は距離を取って警戒待機!」
「よし! ちゃんと帰ってきな!」
「イエス・マム!」

 張り切って船橋から出て行くメリッサを見送るセーラ。前線に送るのは出来れば避けたいが、敵船の方角を光魔堰で指示するわけにもいかない。

 目線の低い高速艇からでも海賊船を見失わないためには彼女の目が必要だった。

「ギリギリまで近づいたのち、高速艇を発進させる! 周辺警戒を厳となせ! 絶対に見失うな!」
「「「イエス・マム!」」」

 戦いの時が直ぐそこまで迫っていた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

野生児少女の生存日記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:1,521

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:38,056pt お気に入り:29,918

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,289pt お気に入り:4,142

世界神様、サービスしすぎじゃないですか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,530pt お気に入り:2,200

処理中です...