海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第二章

第八四話 嘲笑? 甘んじて受けましょう

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 ビクトリア号は反転一八〇度。南へ向けて逆走していた。とりあえずの目的地は曳船座標とのことだ。

 ビクトリアに尋ねると、推進魔堰は突然直ったので、すぐにでも動くという。

 オプシーには行かないのかと聞くと、

「ん? ああ、いやぁ、ちょっと、忘れ物をな……」

 と、中学生みたいな誤魔化し方をされた。

 問い質したら正直に答えてくれたのだが、どうして誤魔化したのかはよく分からなかった。

 睾丸狙いでクジラを狩る事は知っていたし、別に俺なんかに気を使ってくれなくてもいいというのに。

 何故、またもや曳船を目指しているかというと、曳船の曳航索えいこうさくを回収するためだ。


**********


「クジラ狩りを行う!」

 船橋当直以外の全員が食堂に集められていた。その前に立つビクトリアは決然とそう言い放ったのだ。ビクトリアの後方では、ゼクシィ、クリス、メリッサが立ち並び、拍手していた。

 食堂に三人だけの拍手が無理矢理に響く。

 アズラ乗船のドタバタで理不尽に気絶させられたスターキーとパッサーは、遂に堪忍袋の緒が切れた。

「「船長ぉ~!」」

 怒りに赤く染まった顔を睥睨するビクトリアの『なんだ? 言ってみろ』という目が、二人の神経を逆撫でする。

「横暴なのも大概にしてー! 大体、さっきの大型の件だって、まだ何も聞いてないしー!」
「ホンマに本船をぶち壊そうとしたって正気かいなぁ!? 船長にあるまじき暴挙やでホンマぁ!」

 ビクトリアはニヤリと悪そうな笑みを浮かべると、怒れる二人を無視して女性陣に声を掛けた。

「船長? やっちゃったことは仕方ないじゃない。自棄やけになっちゃダメよ~」
「クジラ狩るとか意味わかんない! アレは逃げるものだよ!」
「あの~? 私ってなんで呼ばれたんですか? 刺方を仰せつかったばかりで忙しいんですけど?」

 マリー、デリー、チェスカの三人を囲んで厨房の方へ連れていくハーレムメンバー。

 チェスカはともかく、マリーとデリーは彼氏持ち。彼女たちが反目すると、芋づる式にトムとロブも引き摺られる可能性が高く、かなり面倒な事になる。男衆には聞こえないように小声で説得を始めた。

「カカカっ。実はな……クジラ狩りの目的はただ一つ。――キンタマだ」
「「「はぁ~?」」」
「ノーマンは古くから多くのクジラを狩ってきました。その経験から、分かっているのですよ。生のキンタマを喰らった男は…………うはっ」
「「――っ!」」
「はぁ。そうなんだ?」
「私たちの目的はホヅミンのナニの復活だ。でも、あの巨大な大型海獣のキンタマを、新鮮なうちに一人で食べ切れるわけがない。残念だけどね……」
「「つ、つまり!」」
「協力するならば、分けてやってもいい。トムとロブに食わせたら、さて、どうなるかな? カカカっ」
「「ふぅおぉおお……!」」

 マリーとデリーのスケベ根性に火が付いた。目の輝きが四人のものと同じになる。

「それって、私は関係ないんじゃ……」
「チェスカ……。少し残して乾燥させる……。貴族も愛用の媚薬になる……。超高価……」
「ひひ……。クリスさま? もしかして……」
「チェスカにもあげる……。キンタマは、ボクたちだけのもの……」
「ひひひっ! お供いたしやす!」

 女たちが厨房から出てきた。ビクトリアの後ろに六人の女が並んだ。

「クジラ狩りを行う!」

 再びビクトリアが宣言すると、六人分の拍手が響いた。マリーはトムを、デリーはロブをじっとりと見詰めて拍手し続けている。恐ろしくなったトムとロブも小さく拍手すると、ニッコリ笑ってめてくれた。

 本船の女性でセーラ以外は全員ビクトリアに組した。

 セーラはジョジョやグランマと静かに酒盛りをしている。船尾楼での覇気の応酬を見て、コイツらはもうダメだと諦めたのだ。海獣と友達になるような男に惚れた時点で、運命は決まっていた。

「もう好きに生きればいいわさ……」
「首長になんて言えばいい?」
「婚約話がブラフだったんだから、もうどうしようもないわよ。はい、サシミよ。クリスの塩でどうぞ」
「おぅ……」
「腹くくるさね。まぁ、飲みなね……」
「おぅ……」

 完全に置いてけぼりのスターキーとパッサー他、男性乗組員は納得がいかない。

「「「クジラ狩るとか死ぬでしょうが! なんで……!?」」」

 口を揃えてごもっともな意見を叫ぶのは、レット、ブル、イーロのスケベ三銃士。しかし、女性陣の視線を浴びて口篭もる。簡単に目で殺された。

「お前さんら……悔しくはないのか? あの海獣の襲来が無ければ、海賊に襲われることも無かった。本来であれば、既にオプシーに着いているはずだった。お前さんらは給金を受け取り半舷上陸。家族への帝国土産を買ったり、陸の飲み屋で朝まで飲み明かしたり、女郎屋でスッキリすることだって既にできていたんだぞ?」
「娘に髪飾り……」
「オプシーの地酒……」
「「「女ぁ――っ!」」」

 災難続きの今航に、乗組員は皆、ストレスを抱えていた。

 早く予定を消化し、ガッポリ稼いで、アルローに帰りたい。

 今回、オプシーで揚荷して、あと一航海。ラクナウ列島と往復すれば、アルローへの帰路につくはずだったのだ。

 それなのに、海獣からこっち、ケチの付きっぱなしだ。

 ドック入りするかと思われた時は、本気で下船を考えた者もいた。良い船なので下りたくはないが、背に腹は代えられない。

 考えれば考えるほどに、腹に気持ちの悪いものが溜まっていくのが分かる。

「航海計画を大幅に変更する! クジラを狩って、ソイツを曳航してオプシーで捌く! その後、食料と未解読魔堰をガッポリ買い込んで、アルローへ帰ることにした!」
「「「――――っ」」」
「お前さんらには一家に一台、送液魔堰を進呈してやろう! 早めに揚程曲線の読み方をホヅミに教わっておけ!」
「「「おお~っ!」」」

 乗組員も慈善で乗船しているわけではない。家族を養うため、命懸けで出稼ぎに来ているのだ。

 確かにクジラを一隻で仕留め、丸ごと捌ければ莫大な利益が出ることは間違いない。

「船長。ホンマにそれが出来れば、四、五航海しても足らんほどの儲けは出るわ。せやけど……」

 しかし、単独でクジラを狩るなど、命知らずにも程がある。

「船長ー。言いたいことは分かるよー。でもね、クジラを仕留めるには船長の魔法でも一撃じゃ無理だし、手負いになれば暴れるし、コッチが沈むか、逃げられるかのどっちかだ。無謀だよー」

 クジラの巨大な体躯を覆う強靭な皮膚と分厚い皮下脂肪は鉄壁の防御を誇る。水中では極端に威力の落ちる熱量魔法攻撃では分が悪いと言わざるを得ない。

「一発の熱量をギリギリまで圧縮昇華し、海上に出たところを狙い撃つ。今のオレは調子がいい。一撃……いや、二、三撃で脳天を撃ち抜いてくれるわ!」
「そこは一撃と言っておこうよー」
「とにかく! 海面上に顔を出せばこっちの勝ちだ!」
「んで? どないしてや? どないして顔出さすねん?」

 女性陣が全員でトムを見る。見る。見る、見る見る。

「船長っ!? マリーナ!? ま、まさかぁ!?」
「『モグラ』は……」
「「「いやだぁああああ――――っ!!」」」
「総員で……」
「「「やぁああああああ――――っ!!」」」
「囮に……」
「「「死ぬぅううううう――――っ!!」」」
「大丈夫だ! なんとかなる! 諦めるな! 男だろ! 頑張れぇ――――っ!!」
「「「「「「頑張れぇ――――っ!!」」」」」」

 女性陣が無慈悲な黄色い声援を贈る。

「「「しくしくしくしくしくしくしく……」」」

 悲しみに暮れる『モグラ』たち。

「大丈夫だ! お前さんらだけじゃない!」
「「「え? ホヅミも?」」」
「え!?」

 なぜ、突然に自分が巻き込まれているのか。『モグラ』たちの涙目が心に突き刺さる。

「……ホヅミはダメだ。ホヅミが行って何になる?」

 世の理不尽を嘆く『モグラ』の怨念が穂積を襲う。

「ED……」
「EDのくせに……」
「EDなのに生きてる意味あるのか……」
「「「ED……」」」
「…………ぐすん」

 穂積は泣いてしまった。いつもは温厚なトムも助けてくれない。容赦の無い嫉妬の憎悪がEDに向けられる。

「…………っ!」

 ビクトリアは動けない。『モグラ』の言ったことは許せないが、それを言わせたのは自分の命令だ。

 何より、ここで穂積を庇うことは余計に穂積を傷付けるような気がしたし、自分に正しい対応ができる気もしない。

 ビクトリアもまた自信を失っていた。深い自責と後悔が心と身体を竦ませる。

 穂積も耐えているのが痛いほど分かる。その頑張りを無碍むげにはできない。歯痒いが甘んじて非難を受け止めるしかないのだ。今はまだ。

 そして、EDへの理解が浅い若気の至りによって、新たなる悲劇の幕が開かれる。

「「「E~D~!」」」

 スケベ三銃士。コイツらは関係ない。

「「「マジかわいそー。先生が勿体なーい」」」
「…………」

 後方でガキリと歯を噛み締める音が三つ聞こえた。三人とも同じ思いだ。大勢の男の前で女にかばわれれば、きっと悪化すると考えた。

 だから、我慢して動かない。覇気も殺気も抑え込む。

「「「女たらしのホヅミがED!」」」
「…………」
「「「船長も先生もクリスたんも、可哀想~」」」
「…………うっ」
「メリッサもだよなぁ?」
「え? 最近だっけ?」
「メリッサはEDに興味無いんじゃん?」
「「「まぁ、がんばってぇ~。EDホヅミぃ~」」」
「…………ぐっ」

 声は出せない。覇気も殺気もダメだ。だが、しかし、ビクトリアは限界だった。

(お、おのれら~! ホヅミの傷をえぐりおってからにぃ! た、耐えろ、いかん! ホヅミは耐えている! 耐えて……ああ、ホヅミぃ~!)

 自分が招いた穂積のEDに対して、何も言う資格が無い。そう思っていた。穂積の心痛を知れば知るほど、自分が許せなくなる。

(オレのせいで傷ついた。オレのせいで我慢している。オレのせいで……ED……なんと恐ろしい病気なのだ。女神ですら間接的に慈悲を与えることしかできんとは……恐ろしい。オレはEDが怖い……)

 ビクトリアの懊悩おうのうはEDという現象に対する過剰な自意識と極度の思い込みにより、増幅される。

 そこにEDに対する理解の足りないモノへの不信と、かつての己れに対する怒りもブレンドされる。

 強烈に想起させられたのは、あの夜の契りの瞬間、残酷にも自ら脳裏に染み付かせてしまった、男に対する失望感だった。

 愛する男に失望した自分の心を実感させられ、ビクトリアの中のドス黒い何かが顔を覗かせる。

 瞳の中に螺旋がぐるぐる回る。

 その視線は、醜い心根を引き摺り出した原因へと向けられた。

「「「ED! ED! ED! ギャハハハ!」」」

 スケベ三銃士の股下。

 ズボンの中で生じた歪みに、その場の誰も、当人達も、ビクトリア自身すらも、気付くことはなかった。

 ビクトリアの前で、EDに対する軽率な言動は、厳禁である。

 それは誰も知らない――。

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