海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第二章

第八六話 御恩? 奉公し切れません

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 甲板に潮風が吹き渡る。

 凪でも時化でもない半端な海象の中、ビクトリア号は海流に乗りながら微速で航行していた。

 曳船に立ち寄り、極太の曳航索を回収した本船は、曳船座標を基点に北へ南へ行ったり来たり。

 目的地は特にない。いて言えば、こうして南流に沿って海上を彷徨うろつくことが目的だった。

『なぁ、アズラ? クジラって何処にいんの?』

 アズラは本船から付かず離れず付いてきている。偶に停船して行う漁業方では、『モグラ』と一緒に魚の追い込みに参加していた。本人も魚を追いかけ回すのが楽しいらしい。

『シュ――――』

 始めは大型海獣の威容に震え上がっていた乗組員も、アズラの気性を知っていくにつれて打ち解けてきている。特に『モグラ』たちは、アズラと連携したフォーメーションの練習を重ねて、すっかり親密になっていた。

『シュシュ――。シュ――、シュシュ――――』
『へぇ~。そうなんだぁ。何してんだろうな?』

 アズラに寄れば、大陸海溝を住処とするクジラは、この潮流に乗って南下することがあるという。何のために移動するのかは知らないが、大抵は一頭だけ単独で出てくるとのことだ。

 複数を同時に相手には出来ないので標的としては打って付けだ。もしかするとトビウオと共に現れた個体も、そうして海溝から上がってきたヤツだったのかもしれない。

「うーん。こっから……ここまで。あとは船首側を立ち上げて……」

 そして現在、穂積は船尾楼上甲板に上がってウロウロしている。

 食堂での捕鯨会議から既に五日が経過していた。日課となっていたクリスとの補水作業だが、最近はチェスカを中心に司厨部が海水移送と塩結晶の回収をやってくれている。

『ホヅミはん! 塩結晶! 頼んますわ!』

 塩結晶の商売が思った以上の利益を生みそうだと分かると、パッサーは増産を打診してきた。

 穂積が一人でクリスを手伝うよりも、クリスと司厨部の協力作業として定常化した方が効率が良い。そこでグランマに協力を仰ぎ、司厨部の業務に組み込むことにした。

『もちろんいいわよ。チェスカにやらせるから』
『また私だけ? 司厨長、刺方の仕事が……』
『サシミは提供する直前に切らなきゃダメなんだから、三枚に卸したらチャンバーに入れるだけじゃない』
『追い回しの仕事も……』
『アンタ以外の誰に雑用を任せられるの? 追い回しってのはそういうものよ』
『ですよねー……』

 胃袋プールを後部甲板に広げ、揚程の低い送液魔堰を使って海水を張水し、水タンクの真水精製と合わせてクリスが精製する。

 最早、本船において補水作業は真水精製ではなく、塩結晶生産と呼ばれるようになっていた。

『チェスカ。日本では刺し場ってのは、熟練の職人にしか任せられない仕事なんだよ? カウンターに立ってお客に見られながら、喋りながら、一流の腕前を披露する店もあるんだ。高級すぎて、俺みたいなEDには敷居が高いけど……』
『慰めてくれてるのか、慰めてほしいのか、どっちですか? 後者なら呼んでください。夜にぃ~! 必ず吸い出してご覧に入れます!』
『ありがとう……。でも、いいかな……はぁ』
『…………』

 EDに改善の兆しは見られない。

 毎晩、クリスの薫陶を受けたゼクシィが頑張ってくれているが、チョロリとも血が通わない。血は普通に血管を弱々しく流れ、酸素と栄養素を運ぶのみ。

 細胞を生かされているだけのニートな海綿体になんの価値があろうか。いや、無い。

 愛してくれているのが、痛いほど分かる。ゼクシィは本当になんでもしてくれる。

『ホヅミンっ。ホヅミンっ。ホヅミンホヅミンホヅミンっ。いいからね……? 私はどうなっちゃっても……く、くひゃ……!』

 普通なら尻込みするようなアブノーマルなことまで、優しげな微笑を崩さず、全身全霊でシてくれるのだ。

 クリスの性知識は底が知れない。ゼクシィの愛情と豊満な肉体を利用し尽くした過激過ぎるプレイが、毎晩、手を変え、品を変えて、しっかり教え込まれていた。

(一体、どれだけの辛い経験を……。めよう……。EDにあの子を守り抜くことなんか出来やしない……)

『ホヅミンっ! くひゃっ! くひぃいい! ホヅミィ――――っんんんぁああぁ!』

 自分に出来るのは、海よりも深い感謝と謝罪を込めて、せめてもの返礼に、ゼクシィを気持ちよくしてあげることくらいだ。

 毎回、見守ってくれているクリスの涎がエライ事になっているが、クリスに手を出すわけにはいかない。

 昨夜は何を思ったのか、メリッサも連れてきた。あり得ない。クリスと同じく、ノーマンに手を出すわけにはいかない。下手をすればアルローごと滅ぼされてしまうかもしれないのだ。

 EDになった自分にそのような業は背負えない。ものすごい目をして服を脱ぎ始めたので、丁重にお引き取りいただいた。

 メリッサに手を出すとすれば、EDが治り、更に、ノーマン公爵に認められてからだろう。

(万が一にも無いな……。特に前者……)

 ビクトリアは、穂積との性的な接触をゼクシィに禁じられていた。ビクトリアにも負い目があるので強くは出られず、寂しそうに目を伏せて帰っていくのだ。

(ビクトリアを悲しませて……。すべて俺の不甲斐無さが招いたこと……はぁ)

 このクジラ狩りとて、本来の目的はクジラの睾丸ではない。穂積のナニなのだ。自分さえ、まともな生殖能力を保っていれば、本船を危険な賭けに引きずり込むこともなかった。

『ホ、ホヅミ!? ダメだぁ、こんな所でぇ! ひぐぅ! おおっ! ちょっ! あああ~。ご、ごめん……、ごめんなぁ。いぎゃっ! ごめん、ごめんごめんごめんっ! ごめんなぁさぁああィイイイ――――っいぐぅうう!』

 自分に出来るのは、海よりも深い感謝と謝罪を込めて、せめてもの返礼に、ビクトリアを気持ちよくしてあげることくらいだ。

「あとは、みんなに……。せめてもの……」

 EDをこじらせた穂積は、なんでもいいから、お返しがしたかった。

 無償の愛を注ぎまくるゼクシィとの日々を過ごすうちに、感謝と自虐の思いはおかしな方向に暴走し、何故か、アジュメイル義姉妹を何かにつけて可愛がるという行動に集約されていた。

 おかげで二人は益々、穂積から離れられなくなって、恋慕の海に沈み、愛の泥沼に堕ちていく。

 胎の奥底から湧き上がる欲求のままに、只々クジラの睾丸を求めるキンタマ女子に成り果てていた。

 自虐の穂積は気付かない。今、せっせと考えているのは、乗組員のみんなへの感謝の印だ。とはいえ――。

「結局はクリス頼み……。俺ってヤツは……はぁ」

 EDになっても、まだヒモ根性が抜けない自分に落ち込んでいると、厨房から戻ってきたクリスが階段を登って顔を出した。

「ホヅミさま……。お待たせしました……」
「いや、待ってないよ。どうだった?」
「AとBとCの結合は漏れなしです……。DとEは染み出してました……」
「ふっ……。やはり、EDは役に立たないな……」
「ホヅミさま……。DとE……ですから……」

 穂積はニヒルに笑って実験結果を自虐と共に考察する。クリスがテンポ良くツッコミを入れてくれた。その方が気が楽だ。黙られるのが一番堪える。

「熱湯を入れた時の外周温度は?」
「厚さ2mmの部分に触れて確認しました……。熱い順にE、B、C、A、そして一番温いのがDでした……」
「ちっ……。Eはマジで役立たず……。そして、面倒な事に、よりによって、別の意味で役立たずのDが、最も断熱性に優れているとはな……。まったく、ままならんものだ……EDは……」
「ホヅミさま……。儘ならないのはDだけです……」

 クリスには木材の分子を組み換えて、分子結合の異なる複数の素材を精製してもらった。

 それなりの強度を保てた五種類をAからEと呼称し、それぞれの素材から同じ形状のコップを造り、いろいろと試していたのだ。

 今回の実験は耐水性と断熱性の評価実験である。

(水が染み出してくるようではEDは使えん! クソEDがっ! そして、耐水性を有し、断熱性の最も高いのがA~。素晴らしいっ! アジュメイルのAは、やはり素晴らしいっ! 後で二人とも謝罪しないと!)

 このように、本日の義姉妹の運命が決められた。というか、朝から二回ずつ、既に『謝罪』をしたのだが、穂積としては、まったく謝り足りない。この男は狂っているのだろう。

「よしっ! では、Aがいいな!」
「ホヅミさま……。しかし、Dの断熱性能は並外れています……。他は、正直、さほど変わりません……」
「……おのれっ! Dぃ~! つまり、Dの中身はスカスカの穴だらけということだな。まるで、EDじゃないか……」
「ホヅミさま……。EDと素材の空隙比率は関係ありません……。スカスカでも、Dはそれなりの強度も保っています……。すごいことでは……?」
「……そうだな。クリスの造ったものに罪は無い。さぁて、どうしてくれよう……」
「どうしましょう……?」

 確かにクリスの言うとおり、Dを却下するのは惜しすぎる。そして、有意な性能差が見られないA、B、C素材。

「クリス! A、B、Cの耐水性を詳しく比較したい。強度は考慮せずに、可能な限り薄くコップを造って熱湯を入れて静置せよ。その後、ここに戻れ」
「ホヅミさま……。承知しました……」
「掛かれ~!」
「はい……!」

 クジラを探し始めてから、穂積は未解読魔堰の解読作業に勤しんでいた。甲板部やマリーが第一船倉を整理整頓してくれたため、格段にやり易くなった。

 穂積は申し訳なくて、下船までに可能な限り多くの魔堰を解読して本船に残したいと思い、寝る間も惜しんで読み解き続けて、やがて気が付いた。

『どうやって残せば? 字が書けないし……』

 厨二の文章など、すぐに忘れてしまう。意味の無い言葉の羅列は頭に残らないのだ。メモ帳には要点だけ残しているが、穂積自身にしか分からない。

 そこで、名乗りを上げたのが天才クリスである。なんと、日本語の読み書きを覚えて、穂積の代筆をすると言い出したのだ。

 あっという間に、平仮名、片仮名、アルファベットをマスターし、漢字にまで手を出している。別に、穂積は教えていない。一緒に解読作業しているだけで、クリスは要点だけ質問し、勝手に覚えていく。

 そんな中でも、何か造るものはあるかと聞いてくるので、精製魔法を用いた様々な化学実験を提案してきた。クリスは肌に合っていたのか、理系女子リケジョとして急成長を続けている。

「マジモンの天才です……」

 遠い目をして水平線を眺める。

 もう、教育など必要無くなってしまった。

 本物は、放って置いても大成する。

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