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第二章
第九二話 劇的? なんということでしょう!
しおりを挟む「ホヅミ! 来たよ~!」
温水タンクへの漲水が済んだ頃、デリーがロブを連れて船尾楼前までやってきた。
「ホヅミさん。デリー姉さんが――え?」
無理矢理に連れて来られたらしいロブが、船楼を見上げて呆気に取られた様子だ。
「いらっしゃい。二人とも」
「改修するとは聞いてましたが……。随分と様変わりしましたね」
「クリスの頑張りの成果だな」
「えへ……」
「案内するからついてきてくれ」
カップルを引き連れて船楼へ入ると「「おお~っ」」と感嘆の声。クリスとニヤリと笑い合い、目で会話する。
(こんなところで驚いちゃって。困るよなぁ?)
(序ノ口ですらありません……えへへ……)
新たな柱や梁、楼内の小部屋を見回して感想を述べているカップルがいた。リフォーム後、自宅に戻ってきた若夫婦のような反応だ。
日本の空間アナリストと美少女の匠による大改造ビフォーアフター。穂積の脳内には『匠』のテーマ曲が流れていた。
そこへもう一組。トムとマリーが船倉から上がってきて合流する。
「コレすごいよね~! ここまで変わるとは思わなかったわ!」
「マリーさん。もう上甲板は見ました?」
「それがまだなのよ~。ちょうど今終わったところだから」
「ロブも来たのか」
「トムさん。お疲れ様です。デリー姉さんに連れて来られたんですよ……」
「そうか……。小員もまだ見てないが、覚悟しておいた方がいい……」
「……何かあるんですか?」
二組がダブルブッキングしてしまった。家族でもない男女四人で一緒に入ってもらうわけにもいかないが、とりあえず案内だけしておこうと脱衣所へと四人を誘う。
脱衣所には元からあった棚を流用し、籠が並べられている。
「上甲板への入り口はここだけです。ご利用の際はこの籠に服を入れてください」
「「「「はい?」」」」
四人とも無理解を示しているが、穂積とクリスはそのまま階段を上がっていく。互いに顔を見合わせて首を傾げながらも、先導する二人に続いていくと階段の先にまた扉があった。
「脱衣所とここの扉は鍵が掛かるようになってるので、使用中はしっかり施錠してください。基本的に男女で時間を分けますが、皆さんにはたまに貸し切りにする必要があるでしょうから……」
「「「「使用? 貸し切り?」」」」
扉を開けて外に出ると、そこは上甲板ではなくなっていた。見たことのない別の空間が広がっていて、異世界に迷い込んだような錯覚を覚える。
(なんということでしょ~! ってな)
穂積とクリスが得意げに胸を張ってドヤ顔をしているが、四人の目には入っていない。
「なにこれ……」
「上甲板……なのか?」
「えっ? 床が木甲板じゃないですよ? 石?」
「み、みんな上! 上見てぇ!」
見上げれば天井があった。青空が透けて陽光が差し込んでいる。
「なっ!? ガ、ガラスか!?」
「いやいやいや! あり得ない! あんな大きな板ガラスは教会でしか見たことない!」
「でもっ! 半透明で光が漏れてますよ!?」
「ホヅミ!? あんなのどこに!?」
よくよく見れば、天井すべてが半透明でできている。開いた口が塞がらない。これほどのガラス張りは見たことがなかった。
「ぜ、全部……デカい板ガラス……」
「あり得ない……。あり得ない! 一体、いくらするの!?」
「船長……。いくらベタ惚れだからって、コレは貢ぎ過ぎでしょ? アルローが破産する……」
「あの……トムさん? タンクみたいなものがあるんですけど……。アレ、何かわかりますか?」
入り口から少し先の壁際には小さめの水タンクのようなものが、一メートル程の高さの土台の上に鎮座していた。
「な、なんだアレは……?」
「白い? 塩結晶じゃないよね?」
「…………」
「デリー姉さん? 一度ガラス天井から離れよう? 気持ちはわかるけど」
円筒形の白いタンクには、縦に半透明のスリットが入っている。上の方に水面が見えるので水が入っているのだろう。更にタンクの下方にヘタクソな手形の絵が描いてある。
「デリーさんの適性は熱量魔法だったよね?」
「そ、そうだけど? なに?」
「ちょっと、こっち来て」
穂積とクリスがタンクの隣に立って手招きする。タンクを間近で観察しても、何の素材でできているのか分からなかった。
「タンクに水が入ってるから、熱量魔法で暖めてくれる? この手形に手を当てれば、中の水温がだいたい分かるはずだから」
「わかった! 温めればいいのね? どのくらい?」
「お好みで。熱いのが好きな人もいるし、人肌の温めが好きな人も」
「はぁ? まぁ、とりあえず人肌でいいのね?」
「適宜、調整してくれれば」
タンクに触れたデリーが魔法を行使する。手形の部分が徐々に温まってきた。
「こんなもんでどう?」
「…………うん。ちょうどいいと思う」
(よしよし……想定通りだ。計器が無いのは今後の課題だな)
温水タンクの母材には分厚い甲種D素材を使用し、甲種A素材でコーティングしてある。液面計として透明度は低いが断熱性の高い乙種D素材のスリットを入れた。手形の部分にだけ甲種E素材を採用することで熱伝達を良くし、温度計の代わりになるよう工夫してある。
穂積も手形に触れて温度を確認すると、タンクの脇に設置された送液魔堰のスイッチを押した。微かな振動音がして魔堰が駆動するが、何処からも水は出ない。
「トムさん。昼間のバルブと同種のものが、十個のシャワーそれぞれに付いてます。ハンドルを捻れば、頭上のノズルから出てくるので試してみてください。濡れないように気をつけて」
「ホヅミくん……。何となく分かるよ。『しゃわー』というのかい?」
「ええ。利用する時は、ここで先に身体を洗ってから進んでください。これはマナーです。マナーを守ってご利用ください」
「……とんでもないことを考えるものだ」
シャワー付きのバルブハンドルを持ち、九十度回して身を引くと、ノズルから降り注ぐ温水の雨。
「温かい……。湯だな。真水の……」
「え? いいの? 溝に流れちゃってるけど?」
「その溝がスカッパーまで通じてます。シャワーを使い終わったら送液魔堰は停止してください。流量と消費魔力の関係が分からないので頻度は何とも言えませんが、たまにはチャージしてもらえると助かります」
「それは構いませんが……、つまりこのシャワーのお湯で身体を洗っていいということですか?」
穂積がもちろんだと首肯すると、マリーとデリーは跳び上がって喜んでいた。ロブも戸惑いながらも嬉しそうだ。
トムは何度かバルブを開閉しシャワーを試してみて、それが十個も並んでいる光景に目を瞬かせていた。
「じゃあ、奥に行きましょう。こっちがメインですから」
「……まだ何かあるのかい?」
シャワースペースを抜けてパーテーションの艫側へ。
船上公衆浴場の目玉である露天風呂。
湯舟を挟んで視線の先には圧巻のオーシャンビューが広がる。
「大きなタライですね。なんですか?」
「ロブ……。これは、おそらく、風呂だ。小員が見たものとは形も大きさも素材も、なにもかも違うが」
「「お、お風呂ぉ~!? きゃあ~!!」」
「日本の伝統的な入浴スタイルの露天風呂です。屋外で景色を楽しみながら入るんですよ」
「風呂……? 初めて見ました……。入っていいんですか?」
「もちろんだとも。ここは公衆浴場。全乗組員のために造ったんだから」
「ふ、風呂に入れるなんて。しかも、船で……」
穂積は四人に入浴の心得を一通り言って聞かせる。それはもう、しつこいぐらいに。
「ここは自由にのんびりできる空間ですが、同時に公共の場でもあります。今言ったマナーを守り、みんなが気持ちよく利用できるように、周りにも指導してください。入浴の心得は脱衣所などに掲示しておきます」
「「「「了解っ!」」」」
「じゃあ、実際に利用してみて、感想を聞かせてください。どっちから入ります?」
「「――」」
マリーとデリーの視線が交錯し火花を散らす。ここに来て、穂積が自分たちを呼んだ意味を理解した。
ここで二人きりになれれば、絶対にいい雰囲気になる。久しぶりにハッスルできる。
「まだ、光魔堰は取り付けていません。危険なので利用は日没までにさせてください。あっ。もう夕方ですね」
「――っ!」
マリーとデリーがバッと距離をとって向かい合う。もう時間がない。しっぽりと楽しむためには互いが邪魔だった。
「デリー? もちろん譲ってくれるよね~?」
「こっちは潮風の中、ずっと外で作業してるんです! マリーさんこそ譲ってください!」
「トムは疲れてるの~。お風呂でのんびりして貰いたいのよ~」
「ロブだって大変なんです! お風呂でいやらし……じゃなくて、癒やしてあげるんです!」
「トムはクジラ狩りの最前線に立つのよ~? 明日、入れるかも分からないのに……くすん」
「白々しいですよ! マリーさんが送り出してんでしょ!?」
言い争う女たちを尻目に、トムとロブは穂積とあちこち見て回っていろいろと尋ねてくる。非常に建設的だ。
「浴槽が三つあるが?」
「人数や状況に応じて選べるようにしました。今日はとりあえず中型の浴槽に湯を入れておきますから」
「なるほど。合理的です」
安全上の注意事項や浴場設備の詳細に始まり、浴場の掃除、魔堰の維持管理、利用時間の割り振りなど細かなことまで三人で話し合い、トムとロブは穂積がどういうものを創りたかったのか理解した。
二人の女の言い争いを他所に穂積たちの会話を聞いていたクリスは、気を利かせて中型の浴槽に湯を張り始めていた。
太陽が西に沈み始めた頃、女の戦いは佳境を迎える。
「もう! 時間がないでしょ!?」
「こっちの台詞! サッサと白黒つけようじゃない!」
「いい度胸ね! 表に出なさい!」
「望むところ!」
腕力で解決しようと後部甲板に出て行くマリーとデリー。二人ともお風呂でしっぽりヤル気満々だった。彼氏との非日常的な逢瀬のため、互いに引くわけにはいかない。
「すいません。不用意に二組に声を掛けた俺のミスですね」
「いや……。こちらこそ申し訳ない」
「すみません。最近はああなる事が多くて……」
「ホヅミさま……。お風呂、沸きましたけど……?」
「ありがとう。クリス。そろそろ日が沈むなぁ」
さすがに一晩も経ったら、断熱性を追い求めた温水タンクでも湯が冷めてしまう。
「もう、お二人でどうぞ。マリーさんとデリーさんには申し訳ないですけど」
「ロブ。それでいいんじゃないか?」
「そうですね。お言葉に甘えさせてもらいます」
「マリーナも自業自得だ。まったく。クジラの事といい、何がしたいんだか」
「デリー姉さんも同じですよ。はぁ」
「風呂は命の洗濯といいます。のんびりしてください」
「小員が一番風呂とは気が引けるが……いや折角だ。有難く頂戴するよ。ありがとう」
「風呂は生まれて初めてです! ありがとうございます!」
「はい。ごゆっくり。脱衣所に手拭いを何枚か置いてありますから使ってください。鍵は掛けた方がいいですよ? 踏み込んでくるかも……」
「「……あり得る」」
穂積とクリスは浴場を後にし、キャットファイトに明け暮れている二人から身を隠しつつ、そそくさと居住区に戻った。
夕食の席でトムとロブから感想を聞くと、夕焼けを望みながら入る風呂は最高だったと大絶賛された。
共に厄介な彼女を持つ者同士、裸の付き合いをして随分と仲良くなった様子だ。対して、マリーとデリーはギスギスしている。
決着がつかないうちにトムとロブが出てきてしまったので、両者とも目論見は頓挫した。その後、女二人で風呂に入りサッパリしたが、男同士の裸の付き合いとは少し違ったようだ。
「ホヅミ! オレと入ろう! 今から!」
「リア姉は禁止かしら。ホヅミン、お背中流させてぇ」
「ホヅミさま……。ボクと一緒に……」
「にいさん! 自分が! 風呂で砲のお手入れを!」
利用者たちの感想を聞いた女たちが絡んでくる。穂積としては一人でのんびり入りたいのだが、誰かに魔法で湯を沸かして貰わないといけないのがネックだ。
「もう暗いし、光魔堰も付けてないから。明日以降にね」
クジラはまだ見つからない。
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