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第二章
第一〇九話 オススメ? 塩が味の決め手です
しおりを挟む翌朝、穂積は二日酔いだった。頭がガンガンするし、胃がムカムカするし、ソル〇ックが欲しい。
寝ている間もイソラに散々文句を言われた。曰く、「わたしが我慢してるのにズルい」ということらしい。謝りながら抱きついて、グリグリ、カミカミしながら寝落ちしたような覚えがあるが、定かではない。
ビクトリアもゼクシィも宴でかなり飲まされたらしく、グロッキーで起きて来られなかった。
これからメリッサとパゼロの船出だというのに、見送りに来ている人間が少な過ぎる。集まったのはたったの四人。穂積、クリス、グランマ、スターキーしかいない。
「メリッサ。道中、気を付けてな。パゼロさんも、お気を付けて」
「にいさん。すぐにお傍に参りますので待っていてください。それと、昨日はありがとうございました……」
「おいっ! ホヅミぃ~。昨日は、ってなんだ? 貴様メリッサに何をした?」
「え? 俺は何も……あれ……?」
記憶が曖昧だ。イソラの概念魔法のせいだろうか。
「メリッサ。無事に戻って来られることを祈ってるよー」
「パゼロ。よろしく頼んだわよ。イーシュタルが何か仕掛けて来ないとも限らないわ」
「メリッサさん……パゼロさん……。お気を付けて……。メリッサさんは……アレ……ちゃんと練習して……」
「う、うははっ! クリスぅ! と、当然だ! か、かか、完璧にマスターして、ア、アレだって出来るようになって戻る!」
「はい……期待してます……えへ……」
「管査長。司厨長。本船の方は頼みます。座標魔堰のチャージはデバ亀トリオに頼んでおきましたので、そう航海長にお伝えください。クリスも元気でな!」
「まったく、みんな飲み過ぎよ。誰も起きて来ないんだもの」
「では皆さん! 行って参ります!」
「「「「いってらっしゃーい!」」」」
メリッサとパゼロは徴発したブラド子爵家所有の艦艇に乗り込む。駆逐艦ゴーイング・ブラド号は出港準備を整えて、公爵令嬢を最敬礼でお出迎えしていた。
メリッサたちは内海を約千三百キロ北上し、最奥部にある皇室直轄領の港町イモスで下船。
陸路でパルム大湖の東側を北上し、帝都を抜けて、ノーマン公爵領に入り、北方大運河河口の州都ノースを目指すことになる。
半分以上が海路とはいえ、大陸約二千キロを縦断する長旅だ。その旅路に最初は一人で挑もうとしていたのだから、メリッサの覚悟は半端ではない。
そして、そのメリッサを二日酔いで見送りにも来られないのだから、昨日の商人組合の歓待ぶりも、半端ではなかったのである。
二日酔いの本船乗組員を他所に、クジラの解体作業は既に始まっていた。
皮、脂肪、鯨蝋、鯨肉、歯、骨、内臓、あらゆる部位が余すところなく、何かの役に立つ。クジラの巨体には大勢の解体業者の人間が蟻のように群がり、徐々に削られていった。
これほど注目を集める船に忍び込もうとする人間などいないだろうが、念のため、舷外全周にレーザーワイヤを展張して備えている。パッと見は何かは分からないだろうが、引っかかったら痛いでは済まない。
「今日は誰も動けないでしょうし、どうです? 四人で町をぶらつきませんか?」
「アラ。いいわねぇ。クリスもまだ上陸出来てなかったから、ちょうどいいわ」
「僕も未解読魔堰がどっかに転がってないか探したいかなー。行こう行こうー」
「ホヅミさまと……でぇと……えへへ……」
グランマもいるし、クリスは『ファンタスマゴリア』のVer. ACを着込んでいるので安全だろう。
ゴーイング・ブラド号を見送り、その足でオプシーの街中に繰り出した。
**********
呉服店にやってきた。
ゼクシィの髪はまだ伸びておらず、短髪以前のイガグリ頭だ。可愛い帽子でも買っていこうかと店内を探してみたのだが。
「ゴツイ革の帽子ばっかだな」
「先生には似合いません……」
「ふわふわのニット帽でもあるかと思ったのに」
「にっと帽ですか……?」
「うん。毛糸を編み込んだものなんだけど、羊とか居ないの?」
「居るわよ。だけど、すごく高価よ。畜産なんて出来るような草原は限られるもの。皇室御用達の呉服店にでも行かないとね」
「それならクリスの新素材の方が可能性ありそうだよねー」
「そうですね。今度、糸を精製してみるか。乙種材料から造れそうな気がする」
「わかりました。先生のニット帽は造りましょう」
他の服も見て回ったが、パッとしない。正直言って、街並みと同じでショボい。
いくつか作業着や肌着を買って店を出た。
「すみません。グランマさん。小銭の持ち合わせが無くて」
「別にいいわよ。クリスの服が大半だしね。最近、背も伸びて来てるみたいだし、あちこち女らしくなってるし。アタシは嬉しいわぁ」
「グランマさん……ありがとう……」
「んふふ。いいの。いいのよ。ドンドン大きくなりなさいな」
「……ホヅミくんも大変だねー。クリスの同室って、我慢できるのー?」
「スターキーさん。俺は気付いたんです。EDである限り、クリスは安全だと……」
「……それも悲しいけどねー」
**********
雑貨屋にやってきた。
が、やはりショボい。クリスの造った健康グッズや玩具の方が余程しっかりしている。
布製の小物もあったが、ビクトリアの縫製の方が見栄えがいいし頑丈そうだ。
木の繊維を毳立たせた歯ブラシだけ買って店を出た。
「クリス。歯ブラシも多分もっと良いモノが造れると思う」
「ボクもそう思います……。今度、試作してみます……」
「アラ。それ造ったら試させてちょうだい。最近、すきっ歯になってきててね。挟まるのよ」
「クリス。糸楊枝を造ろう。こういう字ね」
「楊枝が糸なんですか……?」
「そう。糸を歯の隙間に通して歯垢を取り除ける。歯の健康は大切だ」
「わかりました……。グランマさん……ちょっとだけ待っててね……?」
「ああっ! クリスぅ~! なんて可愛いのかしら! ホヅミちゃん! ちゃんと幸せにしないと……!」
「はーい。わかってますよー」
「ボクはホヅミさまと一緒にいるだけで……幸せだよ……?」
「ぐうっ! 可愛いか! クリスたんめ!」
「……ホヅミくーん。大変だねー」
**********
四人はオプシーをぶらぶらと散策し、目ぼしい商店を冷やかしては「造れる……」と結論付けて出ることを繰り返した。
最終的に目的も無く彷徨う状態となり、『マーメイド・ラグーン』で昼食を食べて小休止することに。
昼は普通の喫茶店のようになるのだが、昼間っから酒を飲んでいる人もチラホラといる。
「いらっしゃいませぇ~! あっ! ホヅミさん! いらっしゃい!」
「ソフィーさん。昨日ぶり。お昼食べに来たよ」
「はいはい! 四名様ですね……って、なんですか!? この娘!? 超可愛い! なにこの真っ白な服!? 超綺麗!」
「はじめまして……ボクはクリス……ホヅミさまの愛妾です……」
「ホヅミさん!? 愛妾って、お妾さん!? こんな小さな可愛い娘を!? 妹さんにも手を出して! こんな美幼女まで手籠に!?」
「ソフィーさん。人聞きが悪いなぁ」
「しかもこの娘! レギオン奴隷じゃないですか……? ホヅミさんって何者なの?」
ホヅミとクリスがテンション上げ上げのソフィーに若干引いていると、グランマが説明してしまう。
「ホヅミちゃんは船長の婿よ」
「船長って…… 傾奇姫の!? 婿ぉ~!? ええ!? いやいや、だって東のイーシュタルとご婚約されていたはず……」
「踏み倒すんだってー。ホヅミくんに惚れちゃったからー」
「えーと。ちょっと待ってください……。昨日の妹さんはノーマン公爵のお孫さんでしたよね?」
「メリッサもだねー。ホヅミくんに惚れちゃったから、実家に認めさせるために今朝帰省したー」
ソフィーが震える指を折って数える。穂積の女の数と質。
「アルローの傾奇姫と、ノーマン公爵の孫娘と、レギオン奴隷の美幼女……」
「あと、船長の義妹もだわね」
「……昨日の組合主催の宴で大勢の男を気絶させ、何人かを半生半死にしたという? あの超絶グラマー美女ですか?」
「先生……何やってんのー?」
「男に触られた瞬間に死なすって、噂になってます」
穂積とクリスは我関せず、既に席に着いていた。
「ソフィーさん。クリスがお腹空いてるから早くぅ~。フィッシュ&チップス」
「……はーい。ただいまぁ~。お二人も同じでいいですか? 当店のオススメですけど」
「いただくわ」
「僕もそれでー」
「はーい。オーダー! フィッシュ&チップス! 四人前~!」
「はいよー。お嬢ちゃんにはプディングをサービス!」
「マスター。ありがとうございます」
「マスター……ありがとうございます……」
「……果実水もサービスぅ~!」
『ファンタスマゴリア』を纏ったクリスは訪れた常連客の注目を浴び、その可愛らしさにみんなが虜になった。
果物や砂糖菓子までサービスされたクリスが「何かお礼をさせて……」と健気に言うと、穏和な顔を布袋のようにユルッユルにしたマスターは「いいよいいよ」と頭を撫でる。
納得できないクリスは「内緒だよ……?」と言って厨房に入ると、隅っこでクリスナイフを精製してマスターにプレゼント。
その超絶切れ味に度肝を抜かれたマスターは四人全員の代金を無料にしてくれた。
「お嬢ちゃん。またいつでも食べにおいで。お嬢ちゃんは特別に一生食べ放題!」
「えっと……タダより高いものはない……ので、また何か造ります……」
「なんて健気ないい子なんだぁ~! ウチの子にならないか!?」
「ごめんなさい……ボクはホヅミさまの……」
温厚なはずのマスターが、とんでもなく怖い顔で穂積を睨む。
「……兄ちゃん! 不幸にしたら殺すぞ!?」
「マスター! わかってるじゃない!」
「おお! あんたはビクトリア号の司厨長か?」
「クリスを育てるのはアタシの料理よ!」
「むぅ! あんたちょっと来な! ウチの秘伝の衣のレシピ教えるから、食わせてやってくれ」
「アラ! いいの!?」
「クリスちゃんのためだ。仕方ねえだろ?」
「マスター。料理人の鏡よ。ありがとね。ぐすっ」
「泣くやつがあるかい……。大っきくしてやってくれ。ぐすっ」
クリスがトコトコ駆け寄って来て「ホヅミさま……。すごく良くしてくれる……どうしよう……」と言うので、クリスと厨房へ向かう。
「マスター。海水大量に溜めてませんか?」
「ん? 裏の貯水槽に溜めてるが……?」
「クリスが造る塩は美味しいんです。きっとフィッシュ&チップスも美味しくなりますよ」
「そりゃ助かるが、クリスちゃんはレギオン持ちだろ? 魔力は大丈夫なのか?」
「ボクは大丈夫です……」
「そうか? おーい! ソフィー! ちょっと来てくれぇ~!」
マスターは貯水槽に案内するようにソフィーに指示して、グランマとのレシピ談話に戻る。
ソフィーに案内されて、厨房の勝手口から店の裏手に向かうと、一トンくらいの容量の貯水槽があった。
掃除や食器水洗用の海水を溜めているらしい。陸の料理屋では一般的だという。
「クリスちゃんが真水精製してくれるの? でも、今は満タンだからねぇ。無理でしょ?」
「ソフィーさん。ウチのクリスを舐めてもらっちゃ困るなぁ」
クリスは穂積と貯水槽の上に登ると、給水ハッチを開けて塩結晶精製を始め、大中小の結晶を造る。
穂積が大きい塩結晶を取り出して、下で待っているソフィーに渡した。重量20kgの真白の美しい結晶に、ソフィーは目を丸くしている。
「あわわっ! 重っ! なんですかコレ!?」
「クリスの塩結晶だ。マスターに渡してくれ。あと、貯水槽は真水になったから」
「え? 全部ですか? 満タンなのに……」
さらに中小いくつかの塩結晶を抱えて厨房へ戻ると、マスターが大結晶をマジマジと観察していた。
「グランマ司厨長。コレは塩なのか?」
「そうよ。クリスの精製した特別な塩の結晶よ。……帝国にバレたらクリスが危ないから、出処は内密にね」
「マスター。小粒のもいくつか造りましたから味見してみてください。大きいのは飾っておけば見栄えするでしょ?」
「ああ……おろし金で削ればいいんだったな?」
「細めと荒めの金を用意することをオススメするわ。味わいが変わるから」
マスターは粉雪のように削った塩をペロっと舐めると、固まって口をモゴモゴさせている。
「なあ? グランマ司厨長。コレは出処を隠して帝国全土に売りに出すって言ったか?」
「ええ。今、ウチの事務方が販路を探ってるわ」
「……」
真剣な眼差しでクリスを見つめるマスター。隣でソフィーが塩を味見して「なにこれ……!」と驚いている。
「悪いことは言わん。やめておけ」
「……どういう意味よ? 料理人ならコレの凄さがわかるでしょ? 絶対に売れるわ」
「もちろんだ。コレに比べればウチの塩も雑味が濃い。最高級のものを使ってるのに。商会はもちろん、卸売も小売も、絶対に出処を探り出す。必死になって製法を手に入れようとするだろう。……どんなことをしてでもな。警戒すべきは国だけじゃない」
陸の料理屋の店主だから実感できる危険度。クリスを本気で思えばこそのアドバイスに、穂積は深々と頭を下げて礼を言うと、
「確かに仰る通り、危険はあるでしょう。しかし、塩結晶の販売にはクリスの将来が掛かってるんです。クリスはコレで自ら稼いで、自分で自分を買い戻します」
「自分を買い戻すだと……? ――自力で奴隷から脱却して這い上がるというのか!?」
「その通りです。クリスは俺の妾になるのかもしれませんが、それがすべてではありません」
「前代未聞の……途方もないことだぞ?」
「レギオン奴隷だって、未来に夢はあっていいでしょう?」
「兄ちゃん……あんた……」
「ご馳走さまでした」
四人は出入口扉をカランカランと開けて出ていった。
「……あれが傾奇姫の惚れた男か」
「……変わった人ですね。でも、嫌じゃないです」
マスターは扉を見つめて思う。
自分に夢はあるだろうか。
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