海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第三章

第一七八話 霧に煙る島

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 水平線に見つけた島影を目指して龍涎香を進める。

 遠目には分かりづらかった島の全景が見えてきた。それなりに大きな島だが、どれだけ近づいても輪郭がぼやけて見える。

 一瞬、幻か蜃気楼かと不安になったが、どうやら島の周辺に立ち込める霧のせいで見えにくかっただけのようだ。海岸線の茶色い砂浜と、奥には山林が見えた。

 近くに港や桟橋のたぐいは見当たらない。

「フィーア? 大陸の南に島なんてあったか?」
「私は知らないわ。少なくとも帝国の海図には載ってない」
「ふーん。まぁ、この世界じゃ未発見の島があってもおかしくないか」
「そうね。世界中の島を探し回るなんて不可能だもの」

 トティアスの海図はかなり怪しい。海ばかりで陸地がほとんど記載されていないし、主要な国や地域の周辺以外は地形や深度も不明。

 何故そんなに適当かと言えば、掛かる労力に対する調査の意義が薄すぎるからだ。

 地球とは違い、国際的に他国と関係を持って、貿易に精を出す勢力など数えるほどしか無い。

 それも大概は島の集合体であり、アルローのように近場の島々でまとまって一つの共同体を作り、国を名乗っている。

 大海にぽつんと島があり、人が住んでいたとしても、積極的に名乗り出なければ認知もされづらい。

 主要航路の中間地点にある孤島など、地政学的に有意性が高い場合は既に海図に記載されている。

「衛星魔堰ですぐ調べられるんだがな。まぁ、秘匿された兵器ものだから仕方ないが」
「帝国がそんな魔堰を持ってるなんて聞いたこともないわ」
「本当に魔堰かは判らない。だが、空に動かない星がある事は間違いないし、聞いた限りじゃ女神の裁きってのは軌道上からの攻撃だ」
「ホントにあるとしても、おそらく皇帝が掌握してるのよね?」
海図チャート改補かいほに協力するわけ無いな」

 何せ、自国の西海岸すら地図に載せない国だ。歴代皇帝が受け継いでいるなら、さもありなん。

「島民はいるかな?」
「近くに人の気配は無いわ」
「無人島だったら?」
「二人で頑張るしかないわ」
「……猊下に通信は?」
「ダメよ」
「迎えに来てくれるかもよ?」
「この島の座標もわからないわ」
「そうだな。脱出は……無理か……はぁ」

 島民が居たとしても、外部と接触を持たずに生きてきた人々だ。島の位置座標を知っているか微妙な気がする。

「……ねえ。ホヅミ」
「なんだ? フィーア」
「無人島だったとして、子供、作りたい?」
「………………は?」

 コイツは今、何を口走ったのか。いや、わかっている。わかっているのだけど、ド直球過ぎる。

(そういうところだよ……)

 フィーアは無表情にじっと見ながら、端的な言葉を放ってくる。

「だから、子供、欲しい?」

 本人はいつもと変わらぬクールビューティーを気取っているつもりだろうが、少し目が泳いでいた。

(少し、イジってやろう)

 フィーアの大きな白目の中で泳ぎ回る灰の瞳をじっーっと見据えて固定すると、

「フィーアはどうなんだ?」
「……ホヅミ次第よ」
「実際に出産するのはお前だ。俺には決められない」
「そんなのズルいわ」
「子供を産むだけが人生じゃない。それに、好きでもない男と子作りなんて、すべきじゃないんだ」

 命を救われ、死地を潜り抜け、二人きりで海を漂流し、サバイバル生活を続けて、決死の覚悟で辿り着いた島が、脱出不可能の無人島だったら。

 しかも、その相手が若い美女だったら、男なら誰だって逆らえない願望が溢れるだろう。

(これって、アダムとイブじゃない? 産めよ増やせよ、しちゃっていいんじゃない?)

 しかし、がっついてはいけない。ここでそうするくらいなら、既に龍涎香の中でしている。

「どうしても欲しいなら、私が産んであげるわ」
「フィーア。自暴自棄になってはいけない。きっと希望はあるさ」
「だから、産んであげるから、感謝なさい」
「いや、俺の事はいいんだ。フィーアを傷つけてまで……そんなこと出来ない。ありがとなぁ、気を使ってくれて」
「私は傷つかないけど……」

 彼女は極度に素直で、目的のためには手段を選ばない。他に知らない、選べないと言った方が適切かもしれない。

 密航者ヘンリーへの尋問で見せたドSっぷりには心胆が冷えたが、あれは異端審問官特有のいびつな精神構造に端を発するもので、フィーアの場合はいつわる心を知らない子供の無邪気さに近い。

 穂積はフィーアの腕を引っ張り抱き寄せて、ストレートの銀髪を撫でながら静かな声音で諭す。

「フィーア。焦るな」
「焦ってないわ」
「まずは、心の休養だ」
「……意味がわからないわ」
「そのうち分かる」
「そう……」

 手頃な場所を見つけてフィーアが海水を操作し、龍涎香ごと上陸した。

 地に足のついた感覚に涙が出てくる。

 またしても、九死に一生を得た事実を噛みしめながら、穂積はフィーアと二人、見知らぬ島に降り立った。


**********


 龍涎香を砂浜に引き揚げてから、海岸線近くの森の木陰に座り、今後の相談をしている。

 とりあえずは陸地に拠点を創り、生活基盤を確保してから徐々に島の探索を進めることにした。

「まず必要なのは衣・食・住だ」
「服はあるわね」
「かなり際どいがな」
「好きなんでしょ?」
「好きだ」
「ならいいわ」

 島民が居るとして、保護を求めるにしても、どういう人間か分からない間は危険だ。下手をすると海賊の時のような危ない目に遭う可能性もある。

「始末すればいいじゃない」
「やめなさい。すぐそっち方向に走るんじゃない」

 フィーアは三聖。最近は調子がいいらしく、やろうと思えば数日中に島を焼け野原に出来るらしい。心底やめてほしい。

「最初に水源を見つけよう」
「そうね。オシッコも出にくくなってるし」
「出るとしても普通に水が飲みたいです」
「そう……」

(コイツ……なんでちょっと残念そうなんだよ)

 三週間に及ぶ飲尿生活でそっちの扉が開き切ってしまったようだ。変な方向に開花したフィーアは背徳的な色気が強すぎる。矯正せねばなるまい。

「フィーアは食料の確保をメインで。海は遠浅で魚が多いし、これだけの森林なら獣もいるはずだ」
「わかったわ。ホヅミはどうするの?」
「俺は木の実や野草を集める。栄養バランスが偏っているからな。あとは水源の近くに仮設住居を建てる」
「水源が見つかるまではどうするの?」
「それまでは今まで通り、龍涎香の中だ」
「じゃあ、それまでは飲みなさい」
「……早めに見つけ出そう」

 予想に反して水場はすぐに見つかった。

 少し森を分け入った場所に苔生こけむす岩場があり、その一画に突き出した大きな岩の表面に水が細くつたっていた。

 水の流れを辿って岩を登ってみると、後方にある崖の亀裂から浸み出した水が流れてきているようだ。

 二人で使うには十分な量の真水が確保できるだろう。

 左手を岩肌に当てると冷めたい水の感触が心地良い。流れを堰き止めて掌に溜めてみると、透き通ったきれいな水だった。

 本来なら煮沸してから飲むべきなのだろうが、我慢できずに一口啜ると、無味無臭のただの水がとても美味い。

 やはり魚の生き血よりも真水がいい。もちろん、小水だってりだ。

 フィーアも透明な水を手に溜めると、一口含んでコクンと喉を鳴らした。

「案外、簡単に見つかったわね」
「水分にあれだけ苦労してたのが嘘みたいだな」
「……ねえ」
「もう飲まないからな」
「……」

(だから、なんで残念そうな顔してんだ)

 ぱっと見は無表情なフィーアだが、穂積にはその微妙な変化がわかる。今の表情は喜怒哀楽で言うところの、喜と哀の哀よりの顔だ。

 水場の発見は喜ばしいが、もう飲んでもらえないのは物足りない、といった碌でもない心情が窺える。

「なら、私に――」
「飲ませないから」
「……」

 飲む方もいいのか、まったくもって理解出来ない嗜好だが、暫くすれば真面まともに戻るはずだ。きっとそうだと信じている。

「よし。では、行動開始だ。この場に今夜の寝床を確保する。フィーアは龍涎香から干物を取ってきてくれ」
「この場所でいいの? 結構、鬱蒼としてるけど」

 真水の流れる大岩には蔦が絡みつき、周囲にも樹木や草が生い茂っている。最低限の伐採と草刈りは必要だろう。

「ああ。しっかり体を休められる環境を整えるのが先決だな。数日は干物で凌ぐ必要があるかもしれんが、アイデアはあるから大丈夫だ」
「わかったわ。いってきます」
「いってらっしゃい」

 ひらひらと手を振ってフィーアを見送ると、穂積は腰に下げていた『ムラマサ』を起動する。

 大岩の周囲の草木を適当に薙ぎ払ってスペースを作ると、寝床の製作に取り掛かった。

「ふふふっ。こっちには『ムラマサ』があるのだよ。岩だろうが鉄だろうが豆腐と同じだ」

 水流から外れた辺りの岩肌にプラズマ線を突き入れ、ぐるりと円を描いて内側を細切れにし、岩をくり抜いていくと、大岩の側面が直径一メートルほどに丸く抉れた。

「入り口の完成だ。雨水が入らないように傾斜をつけておくか」

 穂積のアイデアとは、水源となる場所に鎮座するこの大岩をそのまま住居にしてしまおうと言うもの。

 これなら屋根も壁も作る必要が無いし、強度も十分にある。出入口を塞げば夜中に獣に襲われる心配も無い。

 入り口から少し斜め上に掘り進み、途中から平行に広げていく。二人が並んで寝られるくらいの空間が出来た。

 中は暗いが光魔堰は無いので諦めるしかない。どうせ寝るだけの場所だ。

「ちょっとデコボコしてるな。削り取ってならすか」

 寝床が平らになるように『ムラマサ』を平行に構えて、ジリジリとゆっくり横移動させていくと、真っ平らな石床ができた。

 こういう使い方が出来るのがモノならなんでも切れる『ムラマサ』の真骨頂である。

 岩の切れ端を外に掻き出したら寝室の完成。作業時間は一時間も掛かっていない。
 
 穂積が出入口の穴から這い出すと、ちょうど下着姿のフィーアが帰ってきた。漁網もどき (衣服)に干物を入れて担いでいる。

「おう、おかえり。ちょうど寝室が完成したぞ」
「ただいま。岩の中で寝るの?」
「そうだ。『ムラマサ』のおかげで加工に掛かる労力は変わらないからな。費用対効果は抜群だ」
「なるほど、合理的だわ。中を見せて」
「どうぞどうぞ。俺たちの新居だ。改善点があれば言ってくれ」
「……ありがとう」

 漁網もどきを伐採された切り株の上に置くと、フィーアは腰を屈めて白いお尻をフリフリしながら寝室に潜り込む。

 岩の中から「おー。へぇ~」とくぐもった声が聞こえてきた。

(満足してくれたかな?)

 なかなか出てこないところを見ると、気に入ってくれているようだ。

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