海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第三章

第一八三話 ツンデレ

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「ホヅミ。起きなさい」
「う~……んん?」

 寝室の暗がりの中、肩をやんわり揺すられ目を開く。左腕が少し痺れていて、二の腕に重みを感じた。

 空間を満たすエキゾチックな香りに混じって、腕の中から女の匂いが鼻孔をくすぐる。

「……あっ……ヤバっ!」

 悪夢にうなされるフィーアを抱いて横になっていたら寝落ちしてしまっていた。背中に感じる石床は冷たく、暖炉の火は消えていることが窺える。

「大丈夫よ。私はもう大丈夫」

 フィーアは慌てて起き上がろうとする穂積の胸に手を置いて止めると、寒そうに身を寄せた。

「熱は……もう無いみたいだな」
「そうね。迷惑をかけたわ」
「治って良かった」
「あなたも感染ってないみたい」
「なんで残念そうなんだよ……」

 フィーアはくんくんと鼻を鳴らすと、穂積の位置を確かめるように胸板や首、顎を撫でながら「この香りは何?」と問うた。

 寝室入り口側の板壁も粘土で隙間を塞いだため、ほとんど光が入らなくなった。すぐ傍に居る人間の顔も見えないほどに暗い。

「お香を焚いてみた。気持ちが落ち着くかと思って」
「そう。不思議な香りね。初めて嗅いだわ」
「海岸で別の龍涎香を見つけてな」
「……これがふんの匂い? ホント不思議」

 自分たちの乗ってきたものとの違いに戸惑っている様だったが、急に黙るとゴソゴソと股間をまさぐってきた。

「……ねえ」
「なんだ?」
「……勃起してるわ」
「…………なにぃっ!?」

 EDを患ってからというもの、健康な男児の朝の生理現象すら無くなってしまっていた。

 だがしかし、穂積は今、朝立ちしている。

「おお……おおおおっ! 立ってる! 勃ってるよぉ! ムスコがっきしてるぅ~!」
「よかったわね。治ったみたいで」
「ぐずっ……ぐすんっ……うん、よかった。俺は生物に戻ったんだ!」
「意味はわからないけど……よかったわね」
「ありがとう! ありがどぉ~ぅ!」
「ええ……おめでとう」

 穂積は痺れる左手でフィーアの頭を掻き抱いて感動に打ち震え、フィーアは穂積のナニをがっしり握って「……ご立派」とか呟いている。

 不思議なことに、そこに性的ないかがわしさは無かった。

 長期に渡って穂積を苦しめてきた病気EDに、現実世界では始めて見えた回復の兆し。

 フィーアも彼がどれほど悩んでいたか知っているので、熱い剛直をさする手つきは優しく、慈愛と献身に満ちている。

「お風呂に入らない? もう一週間だもの」
「うん、入りたい。魔力は大丈夫なのか?」
「もう大丈夫よ。すぐに沸かすわ。行きましょう」
「ちょっ。おい、引っ張んなよぉ~。ナニをよぉ~」

 穂積は喜びを噛み締めていた。

 これでやっと、普通に女性を愛することが出来ると。漢としてやり直せると。亀のように縮こまって生きる人生ともおさらばだと。

 手を引くようにナニを引くフィーアの事も、益々可愛く見えてきた。彼女の精神的な歪みもかなり改善され、情緒も豊かになって、あとは生活が安定すれば人生薔薇色だと――。

「そう思ってた時期が俺にもありましたぁ!」
「これは、えーと……テンプレ?」

 結論から言うと、龍涎香のせいだった。

 寝室から出て水場へ向かう途中、穂積のナニはしゅんとなった。それはもう、あっという間に垂れ下がり、フィーアがいくら刺激を送ってもピクリともしなくなった。

 暖炉に火を入れて身体を温めても駄目、トイレに行ってから再チャレンジしても駄目、全裸のフィーアが挑発的なポーズと取っても駄目だった。

 納得が行かずいろいろと試した結果、龍涎香の煙に男性の勃起機能を改善する効果があることが判明したのだ。

「香りに異性を惹きつける効果がある、くらいは聞いた事もあるけどな。いくらなんでもコレは……」
「ビクトリア号の女たちが騒いでたわ。クジラのキンタマがどうとかって」
「キンタマの効果も俺は期待して無かったんだがな。ひょっとしてマジなのかも」
「トティアスに来て大きくなってるんでしょ? 一万年も経てば生物相も変わるって言ってたじゃない」
「クジラが大きくなるついでに、そっち方面も進化したと?」
「あの黒鯨を見たでしょ? アレはあっちの方もスゴいに決まってるわ」

 そう理解するしか無いのだろうか。

 そういえば、トティアスに来てから異世界原産の何かを見かけていない。動物も植物も、どれも穂積が知る地球種ばかりだった。

「そう。やられちゃったのね」
「地球から来た外来種が、めっちゃ強かったってこと? トティアスの原生生物は大災厄のあおりと外来種の猛威の前に、敢え無く絶滅したと?」
「人間以外はね」

 唯一、異なるのは人間。見た目は同じホモ・サピエンスだが、あり得ない髪色のオンパレードだ。地球人にあんな頭髪の遺伝子は無い。

「とにかく、良かったじゃない」
「うーん、まぁ、バイアグラだと思えば……」
「お香を焚いてれば、あなたは女を抱けるわ」
「劇薬じゃないにしても、麻薬成分とか、そういうのが心配なんだが……」
「どうせスケコマシなんだから。もう中毒みたいなものよ」
「ひどい言い草だな」
「大丈夫よ。私は……なびかないわ」
「そっか……って、何が大丈夫なんだ?」

 フィーアは風呂桶に上がって湯を沸かし始めた。ついでにお香の小鉢に龍涎香の粉末をドッサリ追加して水場の脇に置いているが、

「……靡かないんじゃ?」
「ええ。別に……愛してないもの」
「そっか」

 無表情に期待を込めた眼差しを乗せて、そんな事を言ってくるのだから、フィーアは本当に可愛らしい。

 龍涎香の効果はしっかりと現れて、風呂はいつもより少しだけ狭かった。

「……ねえ」
「なんだ?」
「飲んで」
「トイレ行けよ。すぐ隣だろ」
「私ばっかり……ズルいわ」
「自分からだったじゃん」
「思ってたより不味かったわ」
「文句言われてもなぁ」
「私を愛してないの?」
「愛してるさ。フィーアと同じくらいにな」
「別に……私は愛してないわ」
「そっか。トイレ行ってこい。そしたら……」
「……わかったわ」

 午前中いっぱい、フィーアと仲良く一週間振りの風呂を堪能した。

 運動魔法で湯を三回入れ替えながら、いろいろとスッキリすると、昼食を摂って今後の相談をする。

「たぶん、ぼちぼち雪が降る」
「嫌だわ。どうにかならない?」
「まず板壁の気密性を上げる。粘土で塞いで均したら、魔法で焼結して表面はガラス質で覆う」
「ええ、もうあんなのは嫌だもの。でも、暗過ぎない?」
「獣から採れた脂で燭台を作る。いくつか置けば生活には困らない」
「一緒にお香も焚けるようにしましょう」
「……うぉほん! 次に大岩の断熱だ。岩肌に土を被せて保温性能を上げる。出来るだけフワッと空気を含ませて分厚く盛り土して、表面だけ焼き固めるんだ」
「それは私がやるわ。寒いのは嫌よ」
「うん。あとは冬に向けて食糧と薪の確保だな」
「龍涎香もね。これから回収に行きましょう」

 フィーアがちょいちょいぶっ込んでくる。お香がよっぽど気に入ったようだ。

「待て待て! どんだけ焚く気だ!? まだ大量に残ってるし、焚き過ぎると酸欠になるぞ!」
「暖炉の煙突効果で空気は入って来てるじゃない。というか寒いわ」
「あっ。それは暖炉用の吸気口を作って改善する。よく気付いたな。えらいぞ」
「そう。感謝なさい」
「ありがとう。あとで愛撫してあげよう。だが、寝室と板壁内は最低限の換気を確保するだけだから、煙が充満すると危ないんだ」

 フィーアは難しい顔で黙り込んで、何故かごくりと喉を鳴らした。

「……いっぱいあるのよね?」
「ある。デカい塊を保管してある」
「ならいいわ。魔女のおこぼれを貰うわけにはいかないもの」
「お前って、実は相当なムッツリだろ?」
「ホヅミが憐れだから、仕方なく相手をしてあげるだけよ。別に……愛してるわけじゃないわ」
「……天邪鬼っていうか、ツンデレ?」
「ツンデレってどういう意味?」
「可愛い女って意味だよ」
「そう。ありがとう」
「あとセックスは当面無しで。子供でも出来たら大変だ」
「どうして? 別に……あなたの子供が欲しいわけじゃないけど」

 ツンデレ娘フィーアは可愛らしいが、互いの幸せのためにも一線を越えるわけにはいかない。少なくとも、島民を発見して良好な関係が築けるまでは難しいと思われる。居るのかも、まだ分からないが。

「出産・育児がこの環境で可能とは思えん。妊娠中のフィーアが魔法を使えるかも不透明だ。リスクが高すぎる」
「妊娠中に魔法が使えるか……? 考えた事も無かったわ」
「風邪引いたら使えなかっただろ? 普通はどうなんだろうな?」
「さあ、聞いたことないから分からないわ。周りに妊婦も居なかったし」

 トティアスに病院は無いが、代わりに生体魔法適性者が地域住民のかかりつけ医になっている。

 一般的に魔力容量の大きい者ほど高度な医術を学んでいるため技量も高い。そうした名医は上流階級者の住まう地域に居住しており、提供される医療の質には大きな地域格差がある。

「口惜しいが、治療もフィーアの魔法頼みだ。せめて魔法無しで満足な暮らしが出来なければ話にならない」
「確かに無視できない問題ね。了承したわ。別に……したいわけじゃないし」
「うん。悪いけど我慢して」
「だから……したいわけじゃないわ」
「うんうん。わかってるって。作業に掛かる前に愛撫してあげよう」
「お香を焚いて」
「もう出ないって」
「別に……欲しいわけじゃないわ」
「うんうんうん。不味いもんね」

 ムッツリ娘フィーアはドスケベだった。既に開かれていた倒錯した嗜好の扉は閉まるどころか、蝶番が弾け飛び卑猥な方向に傾いた。

「そうよ。ホヅミがオシッコを嫌がるから……その代わりなんだからね」
「……フィーア。それはツンデレではない」
「そう? じゃあ何?」
「ただの変態だ」
「失礼だわ。喜んでるくせに」
「別に……喜んでない」
「あなたもツンデレだわ」
「どういう意味?」
「……憐れな男って意味よ」
「いや、ホント、どういう意味!?」

 実際のところ、妊婦の魔法行使については穂積の杞憂だったのだが、二人の関係は暫くこのまま続くことになる。

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