海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第四章

第二六〇話 魔獣 vs ビクトリア号②

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「ウズメ急げ……! ホヅミさまがピンチ……!」
「もう! なんか私って! こんな扱いばっかり!」

 クリスの大改修によって外観を様変わりさせた『白海豚・改』が単独で仮泊している。

 つい先ほどまで、割り込む余地の無いトンデモ機動を続けていたビクトリア号だが、現在は行き足も止まり、じわじわ接近する化け物の猛攻を水際で凌ぎ続けていた。

「ねぇ……ゼェヒュー……私って……ゼェヒュー……何させられてるの?」
「圧力容器への蓄圧……!」
「なんで私がこんな事を……って意味なんだよ?」
「ボクも圧縮魔堰の方がいい……!」

 艦首を対化け物用の特殊兵装に無理矢理造り替えられた『白海豚・改』は、その特異な艦首形状により元来の機動性を喪失していた。

「もう敬語すら消えてなくなったね?」
「いいから急げウズメ……! 攻撃役……!」
「絶対攻撃じゃないよね!?」

 バルバス・ラムも無くなり、三又みつまたに割れた口をガパリと開けたような構造は海水の抵抗をモロに受けるため、波切性能もあったものじゃない。

「どんどん辛くなる……。私は疲れたよ……」
「ウズメさんは、アレの本体はどこだと思いますか……?」
「本体? そりゃ、あのデカい四角いのが本体でしょ?」
「聞き方を変えます……。あの四角いのを真っ二つにしたら、どっちが萎れると思います……?」

 三つの鋭い顎はちょうど中心で噛み合うようになっており、付け根の連結シャフトがピストンロッドに接続されている。

 今、ウズメが命令おねがいされているのは、シリンダー内でピストンを駆動させるための圧縮空気の蓄圧。

 複数の二連逆止弁に手をかざして空気を送り込むが、容器の内圧が高まるほどに入り難くなるのは自然の摂理。休憩を挟みつつ、ウズメは慣れない運動魔法を頑張って行使していた。

「……えっ? どっちだろ? 前? 後ろ?」
「ボクもわかりません……。でも血が噴くなら、どこかに心臓があると思うんです……たぶん……」
「ほうほう。つまり、あのヘンテコな艦首は……」
「ボクなら一番防御の厚い場所……ど真ん中に置きます……」
「なるほど! そこをえぐってパックンチョってわけだね!」

 錬成魔法で素材を変形させて肉を抉り取るのは時間が掛かる。ならば、別の動力で一気に食い千切ればいい。今使えるエネルギーはウズメの運動魔法だけだ。

「なので、仕方なく……空気の圧力を利用することにしました……。砲魔堰の弾頭でもあれば楽なのに……」
「なら護衛艦隊に運ばせよう! そうしよう!」
「アイツらはビビって動きが鈍いです……」
「いやいや、要救助者も民間人もいるから。ビビってるわけじゃないと思う……たぶんね」

 ちょっとピーキーに造り過ぎたと、『白海豚』の開発コンセプトを反省した。せめて砲魔堰数門くらいは実装すべきだったと思う。

 魔堰は魔法と比べて、魔力の運用効率が段違いに良い。

 その事に気付いてから色々と実験したが、魔力の定量的な計測が出来ないため実証は不可能だった。

 ともあれ、実際の運用状況から推察するに、まず間違いない。

「ウズメさんを見れば明らかです……。圧縮魔堰にチャージする方が楽なはず……」
「あー、クリスぅ。もう無理ぃ……これ以上は……うっ……入んない……もう……限界だよぅ……はぁん」
張形はりがたでいい……? 特別にホヅミさまの形にしてあげます……」
「デカひっ!? ……っひ、ひどいよ! 私、初めてなのに!」
「アルローの女はそんなのばっかです……」

 ウズメの下ネタはともかく、本当にこれ以上は蓄圧できないようだ。圧力は心許ないし、試運転も出来ないが、ぶっつけ本番でやるしかない。

「失敗したらボクはホヅミさまの傍で逝きます……」
「えっ? 私は?」
「お一人で逝ってください……」
「嫌だぁ――っ! 処女のまま一人で死んでたまるかぁ! うおぉおりゃあああ~!」
「はぁ……やれば出来るじゃないですか……」

 蓄圧完了。『白海豚・改』は抜錨し、化け物の本体中央部を目掛けてじわじわと増速した。


**********


 舞踊と武術には似通った点が多くある。舞は武にその起源を持つからだ。

 もともと戦闘のために生み出された動作が取り入れられ、祝賀の席でのもてなしとして披露されるようになったものが、舞踊の由来とされている。

 時を経て、今日こんにち知られる舞踊と武術として、別個の芸術・技術に成長していった。

 全く異なる形式ではあるものの、この二つは同じものとしてまかり通る時もある。

 ナツが武術を嗜み始めたのも、元はといえば自分の舞をより高い次元の美しさに昇華するための試みに過ぎなかったのだが、それだけのために武の極地に片足を突っ込むまで拘ってしまうのがナツという人間だった。

 それ即ち、クリスとは別種の天才である。

「「「……はぁ~」」」

 戦闘中にも関わらず、彼女の舞には周囲の注目を集め、溜息を吐かせてしまう極まった美しさがあった。

 魔力容量『0』の彼女が、どの程度の魔法を行使できるかを示す指標はもはや無い。

 だが、並大抵の強化魔法で無いことは明らかだった。少なくとも、バルトの『水槍』を一撃で相殺し散らす程度には、真白の双扇には強力な魔法が付与されている。

 『水槍』の合間に絶え間なく襲い掛かる多数の触手を、見もせずに避け、なし、捌き、打ち落とし、斬り刻む。すべての動作が淀みなく、一つの流れに集約されていて、まるで振付の決まった演舞劇を見せられているかのようだ。

「ニイタカさん……。彼女、本当に何者ですか? 援護しようにも隙がありません」
「……ですから、元高級遊女のナツですよ。俺も戦ってるところは初めて見ましたけど」

 ハインはナツの間合いを掴み切れずにいた。

 中距離から至近距離まで広い領域を無駄なくカバーし、着物の裾も乱さぬ足運びで縦横無尽に移動している。

 ナツの周囲には蒼緑色の血の円環が十重とえ二十重はたえに折り重なって模様を描いているのだが、

「あんだけ触手を落として、返り血も浴びてないし……」
「もはや芸能の域ではありません。この場の連携も彼女のおかげで回っています」

 連携と言われてもよく分からないが、ハインの見立てではゼクシィ、メリッサ、フィーアは互いに合わせる気がまったく無いという。

 そのため偶に穴は出来るのだが、ナツが見事にフォローすることで、結果的に連携らしきものが産まれているらしい。

「遊女はフォロー力が高いのかもしれません」
「何ですかそれは……。まぁ、おかげで私はやる事がありません」
「それは……良かった……?」
「良くはありませんが……私は下がって後ろを援護します。ここに居ても邪魔になるので」

 人面海獣はかなり近くまで来ており、居住区の手前まで触手が伸びている。それでも船全体が飲み込まれていないのは、船首に餌があるからだと、そう思いたい。

「貴方も危なくなったら下がった方がいいです。明らかに狙われてます」
「怖くて動けないんですよ。階段から転げ落ちる未来が見えます」
「……勇気があるのか、情けないのか、よくわからない方ですね。とりあえず、ご武運を」
「はあ……どうも」

 ハインは上甲板からぴょんと飛び降りると、銃魔堰の弾が尽きてヤバ気な三銃士の援護に向かって行った。

 それにしても、この人面海獣は随分と賢い。フィーアの『蒼龍炎』がアンギャーしている限り、熱量魔法を撃っても相殺されることが分かっているのか、触手と『水槍』をメインに攻撃して来ている。

(近い……取り付かれるのも時間の問題か……)

 メリッサが舷側から身を乗り出して海面に向けて『風刃』を放っていることから見て、下にも触手がいるらしいが、推進魔堰を狙った点を含め、本船を沈めて足場を奪うことを優先した動きだ。

(何とか本体に……って入ってるな。でも……)

 メリッサの『風刃』は海獣本体にも届いているが、すぐに再生してしまって効果が無さそうだ。まるでレギオンのような速度で治ってしまう。もし無限に再生するなら、どうにもならないだろう。

(イソラは脳みそ削られても治ったって言ってたし……。それと同じだとすると弱点も無いのか……? ん? あれは……)

 東から真白の艦が突っ込んでくるのが見えた。艦首がヘンテコな形をした三胴船だ。トティアスで三胴船を知っているのはビクトリア号の関係者だけ。つまり、あれは味方である。

「メリッサ!」
「――っ!」

 三胴船を指差して声を掛けただけで分かってくれたようだ。メリッサは急接近する三胴船の進路上にたむろする触手群に『風刃』を叩き込んで援護し始めた。

 三胴船からも『風刃』が飛んで触手を切り飛ばしながら突貫してくる。

 人面海獣まで残り三ケーブルほどの地点で進路がクリアになると、

『バォオオオオオオオオオオ――――ッ!』

 三胴船の後方が爆発した。

(なっ!? おいおい!)

 とんでもない急加速で海獣目掛けて突っ込んでいく。減速も変針もする気配が無い。

 三胴船はどんどん近づいて海獣の真横に肉薄すると、『ブシュ! ズブブブゥウウウッ!』ど真ん中に突き刺さり、蒼緑色の血飛沫が真白の艦体に降り掛かる。

 メリッサはぴょんぴょん飛び跳ねて大興奮の大喜びだ。

 ビクトリアが大好きだという体当たりだろうが、相手は船ではなく、高速で再生する化け物。穴を開けても意味は無く、ヤケを起こした無謀な特攻かと思った。

 ところが、艦全長のおよそ半分ほど肉に埋まって行き足が止まったところで『バシュンッ!』と強烈な音が響き、三又の艦首が『ガゴンッ!!』と閉じた。

 直後に木霊す推進魔堰の爆音。グリグリと艦体をよじりながら蒼緑に染まった艦首を引っこ抜くと、真後ろに猛スピードで離脱していく。

 数瞬後、奇妙な体当たりを受けた人面海獣の真横から、瀑布の如き大量出血が生じ、触手の動きが止まった。

「「「う、うおおおおおおおおお――――っ!」」」

 甲板上から大歓声が沸き起こる。

「うはははははははは! うっははははひはははっ!」

 致命的で、画期的で、圧倒的にカッコいい男前な援護に、メリッサの脳筋が振り切れる。

 巻き散らされる大量の『風刃』が触手群を切り裂き、視界が開けると、引き続き特大の『風刃』を本体にぶち込む。

「これでトドメよ!」

 フィーアは『蒼龍炎』をもう一匹出して、三匹の火龍が三方向から海獣本体に同時攻撃を掛けた。

「おまえら! ビクトリア! ビクトリアを!」
「にいさん! 見ましたか!? 感じましたか!? アレぞ海戦の華! 堪りまてぇ~ん!」
「大丈夫よ、あなた! ちゃんとお腹は避けるわ!」
「二人とも、そうじゃない!」

 極限の消耗戦にアドレナリンがドバドバ出ている二人は止まらない。全力全開の魔法が人面海獣に襲い掛かり――、

『『『キャアァ゛アアアァ゛アアァアアアァ゛ア――! キャアァ゛アアアァ゛アアァアアアァ゛アアア゛アアアアァ゛アアア――――! キャアァ゛アアアァ゛アアァアアアァ゛ア――!』』』

 断末魔のような叫びが大海原に響き渡った。

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