海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第五章

第三一二話 披露宴二次会にて

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 とりあえず運動場のリングはプールとして利用することになり、キサラがそれっぽく補修した。

 ギジュメイルの焼結素材を使って造ったフィルターはなかなかの濾過性能を発揮したため、屋上プールと銭湯に導入する予定だ。

 プールで遊び疲れた年少組の子供たちは風呂に入ると寝てしまった。ソーヤも一緒に寝てしまったが、世話はパンチに任せてあるので大丈夫だろう。

(おれも疲れたって言ってたけどな。頑張れパンチ)

 大人たちは展望レストランに降りて披露宴二次会に入り、夕食を摂りながら歓談中である。

「セーラもノーマン卿も人が悪い。あんな話を進めていたとは」
「首長、もう終わった話だわさ。予定が狂ったのはこっちも同じさね」
「左様ですじゃ。ナツ殿の覚悟に押されてのことじゃったが、まさかホヅミがあそこまで抵抗しよるとはのう」
「勝手にやっといてなんつう言い草ですか! ナツもナツだ。ホウレンソウはちゃんとしなさい!」
「あい……すみませんでした」

 ナツからお酌してもらいながらブツブツと文句を言っていると、デカい手に背中をバシバシ叩かれた。

「こうなったら貴様が面倒見ろ。ノーマンの」
「自分の家の面倒は自分で見てください」
「阿保。ノーマン公爵家が全面協力するって意味だ。まぁ、よろしく言っといてくれ」
「え? 一緒に行かないんですか? いつ帰るの?」
「ブースター船には乗ってみてぇが、それだけだ。帝国のゴタゴタに興味は無ぇ」
「えー? それはどうなんです?」

 てっきり帝国行きに便乗して帰るのかと思っていたが、ナツの輿入れが無くなったからやめたと言う。

 ミーレスは耳元に顔を寄せて、アウルムに聞こえないようにヒソヒソ話を始めた。

「脱出船の建造に噛ませろ……」
「言ってましたっけ……?」

 あの広大な地下ドックを知れば、何を造るのか気になるのが人情というもの。繰り返されるクリスの図面改訂は地下空間をどんどん広げるものだった。

 地下道が緊急時の脱出路であることは明白なのだから、その先、セントルーサ島から脱するための船を造るためのドックだと当たりを付けたらしいが、それにしては大きすぎる。

「そりゃわかりますか……ですよねー」
「わからねぇのが、なんで岩盤を抜くかだ……。霧で隠すにしてもリスクは増すだろ……」
「脱出しても先が無いんです……」

 脱出時には相当数の人間が同乗することになる。

 新素材で建造可能な最大級の船を造っても、食糧が一ヶ月も持たないことは分かっていた。

「補給地か……?」
「遠過ぎて他国まではとても持ちません……。受入先の候補地と交渉中ですが、芳しくない……」

 今のところ秘密裏に補給する伝手はアルロー国内には無く、大使館を捨てる決断をしなければならない状況はかなり切迫したものになっているはずだ。

「なら、どうすんだ……?」
「ふふふ……ミーレスお義兄さん、簡単なことですよ」
「言え……」
「どうしよっかなぁ~」
「吐けコラ……もう一回やってもいいんだぞ?」
「二度と嫌です」

 いつの間に移動したのか分からないが、穂積とミーレスの密談が悟られないようアウルムにお酌し、色々と話しかけて見事に意識を逸らしてみせるナツ。

 秘密の玩具箱を開ける子供のように、満面の笑みでミーレスにあからさまな耳打ちをする穂積。

「無いなら造ればいいじゃなぁ~い……」
「――カハっ……! それマジか……!」
「クリスが基礎設計中です……。脱出船ニュー・ビクトリア号は最後に造ります……」
「めちゃくちゃ熱いじゃねぇか……!」
「食糧生産プラントを備えた海上構造物……。肉はどうしようかなぁ……。まぁ、いっか……自走出来るし、後から継ぎ足せるし……」
「カハハっ……! 乗った……!」
「出来ればバリスタ砲台を装備したいです……」
「熱い……! 熱いが……アルローの戦略兵器だろ……?」
「ビクトリアのでしょ……? 今どこにあるんだ……」
「リコリス環礁じゃねぇのか……?」
「それが違うらしいんですよ……」

 ヴァルス要塞の建設はギジュメイル家の所管だった。要塞の建設が済んでから運び込むのだとすれば、彼らの元にあるのかとも考えたが、ビクトリアが国防の要となる魔堰の保管を他家に任せるとも思えない。

「やっぱりアジュメイル家でしょうか……?」
「屋敷の方には隠せそうな場所は無かったぜ……?」
「なら首長館……? 結構、人の出入りはあるんだけどな……。ちょっと聞き込みしてきます……」
「おう……悟られんなよ……」

 席を立って各テーブルに顔を出し、情報収集がてら酌をしつつ挨拶回りしてみた。

 普通に丁寧で腰の低い大使に貴族たちは面食らっている。

「イジスさん、お疲れ様でした」
「稀有な経験をさせていただきました。しかしニイタカ大使、最後のアレはいただけませんぞ」
「……事故みたいなもんです」

 ラージュメイル席に来た。軍関係者が集まっている。

「どうも、リゲートさん。ご無沙汰しています」
「これは大使、先ほどはお見事でしたな。なかなかの策士とお見受けします」
「あれは事故ですから。ははは」
「……左様で。ああ、紹介しておきましょう。彼らは貴族ではありませんが、親衛隊で指揮官職にある者たちです」
「はじめして。シュタインと申します」
「親衛隊のシュタインさんですね。新高穂積です。大使やってますけど、ただの船員ですから畏まらないでください」

 立ち上がって最敬礼するシュタインは三十台半ばの働き盛り。軍人らしいピシっとした雰囲気があり、外見もなかなかの美丈夫だ。

「ニイタカ大使……私は貴方に謝罪せねばなりません」
「……謝罪ですか?」
「私は轟沈した白海豚一番艦の艦長でした。ビクトリア様を置き去りに、艦を捨てた愚か者なのです……!」

 その時の状況はルシオラから聞いていたが、ビクトリアが敗れた時点で『改造魔獣』を相手に出来ることなど無かった。それでも娘を取り戻そうと、無謀に走ろうとしたルシオラを彼が止めてくれたのだ。

「お義母さん……ルシオラさんは謝りに来ましたか?」
「はっ。恐悦ながら、御自ら兵舎まで御足労いただき、直接セーラ様の招待状を頂戴しました。私にそのような資格など無いというのに……」
「そうですか。なら良かったです。ルシオラさんを止めてくれて、ありがとうございました」
「……最新鋭の艦と、取り立てて下さった主を捨てたのですよ?」

 シュタインはビクトリアによって一番艦の艦長に抜擢されたらしい。

 だったら間違いないだろう。幸いなことに、ビクトリアは生きている。

「艦はどうでもいいです。ビクトリアは今、大使館で養生していますが……少し弱っています」
「……はい。親衛隊でもそのように伺っております」
「彼女はアジュメイルです。守ってやって貰えますか?」
「――っ! はっ! 命に代えましても! 今度こそ必ずや!」

 時はあっという間に過ぎ去ってしまう。

 帝国行きの期限は差し迫り、資材の入手経路を確保するため動くなら今しかない。

 懸念は形を変えて常にあり、置き去りにせざるを得ない家族もいる。独り身で何の不安もなく、悠々と船に乗っていた頃とは違うのだ。

「よろしくお願いします。諸事情により、彼女に以前のような力はありませんので」
「はっ! ご安心ください! リコリス様ともども、私がお護りいたします!」

 その席にはセーラの二番艦を除く白海豚四隻の艦長が勢揃いしていた。

 彼らはいずれもビクトリアに取り立てられた平民らしく、熱に浮かされたように次々と自己紹介してくれた。改めてビクトリアのカリスマ性を思い知った気分だ。

「三番艦艦長を務めました! グスタフと申します!」
「三番艦? あの、グスタフさん……クリスは謝りに来ましたか?」

 クリスがウズメを引き連れてやらかした白海豚三番艦の半強制総員退艦は聞いていた。たった一人の少女に艦を奪われた艦長の気持ちは察するに余りある。

「……」

 グスタフの目が明後日の方向に逸れた。

「クリスぅ~! ちょっとこっち来なさい!」

 すぐに「はい……ホヅミさま……!」とやってきたクリスを「はい……じゃないよね?」と優しめに説教し、グスタフに謝らせた。

 こういうところはまだまだ子供だ。周りの大人は、特にチェスカなんかは分かってて放任している。

 ショボくれるクリスが可愛いのか、グスタフは「いいよいいよ」とニコニコ微笑み、総員退艦の口惜しさを水に流した。

 ついでに、白海豚にバックドアを仕掛けたこともイジス大臣に謝らせる。本来なら軍法会議ものの大罪なのだが、イジスも目付きは鋭いながらも「いいよいいよ」と赦した。

(それでいいのか、アルロー海軍……)

 クリスがこうなっちゃったのは自分も含めて、周囲が甘やかし過ぎたからではなかろうか。

 可愛いんだからしょうがない、と言ってしまえばそれまでなのだが、十年後にしっぺ返しを食らっては可哀想だ。チェスカと少し話をしておいた方がいいかもしれない。

 ラージュメイル席の全員にちょこちょこと謝って場をほんわかさせたクリスは、最後に一礼してナツのところへ戻っていった。何らかのアドバイスを予めしてくれていたらしい。

「リゲートさん、リコリス環礁はどんな感じでしたか?」
「……改造魔獣は徐々に小さくなっております」

 敢えて環礁名を口にしないのは西方管区では常識になりつつあるという。リコリス違いでややこしいし、変な暗喩あんゆと誤解されかねないからだ。

(脅しが効くってそういう意味か……)

 貴族はその辺りの表現に敏感なので、平民の指揮官は特に気を遣っているらしい。

「レギオンで現状維持できないってことは、魔力欠乏ですかね?」
「おそらくそうだと思われますが、色は変わっておりません」
「なるほど……。血液の色も異様ですし、普通の生き物とは比べられないのでしょうが……」

 ヴァルス要塞は改造魔獣が消えないことには建設できないため計画は中断し、残った予算は経済制裁に回された。

 ウッズメイルが木材を出し渋ったため、結果的に無駄な投資が切り詰められたわけだが、ギジュメイルにしてみれば国策としての要塞建設という大口公共事業を取り溢したことになる。

「イジスさん。アレが消えたとして、要塞建設は仕切り直しですか?」
「どうですかな……。大使の提案なされた北への制裁措置は良策でしたが、上手く利用した者がおります。逆に嵌められた者も多数おり、水面下の軋轢は小さくありません」
「バリスタ砲台の設置ありきの要塞ですよね?」
「無論。図らずも先のテロリストが証明してくれました。攻撃力の無い要塞に意味はない。巫女姫の罠は別としても、無視されればそれまでです」

 完成すれば西方管区の負担はかなり軽減されるし、少なくとも軍事面で帝国に遠慮せず外交に臨める。そのメリットは計り知れないはずだ。

「国の防衛戦略を固めようって話なのに、内輪揉めで貴重な時間を捨てますか?」
「……大使にも愚かに見えるのでしょうな」
「バリスタ本体は? ……ちゃんと確保してますよね?」
「ビクトリア様に聞いてください」

 困ったことになりそうだ。

 ビクトリアは『バリスタ』の名前を忘れていた。筒状のデカい魔堰のことは覚えているのだろうか。

「大使も覚えておかれませ。この国の守りが如何に薄弱なものかということを」

 それから、イジスとリゲートからアルローの国防について、講義みたいなものが始まった。

(うわー、軍事うんちく始まったよ……。どうでもいいから、バリスタ寄越せよ)

 トップと現場、それぞれの視点から難しい話を聞かされること暫し、二人の酔いが回ってきて、説諭が議論に変わり、討論、論戦と推移し、やがては喧嘩になった。

「だから前から言ってるだろ! 制海権を維持するには薄く広く配備しておくしかないんだ!」
「兄上はセントルーサ務めが長いから忘れておられる! 艦も将兵も散り過ぎてて、いざという時に戦力を集中できん!」
「お前は上の苦労を知らんから言えるのだ! 限られた予算で諸島の防衛網を維持するに、どれだけ精緻な調整が必要か!」
「魔獣海戦では全滅も覚悟して足止めに当たったのですぞ! 増援どころか補給も覚束無いではありませんか!」
「魔獣海戦って超カッコイイですね」
「あんな特殊な戦を引き合いに出すな! おれは領海全域を治めて制海権を維持する大局の話をしてるんだ!」
「管区内でも島間の消耗度合いが違いすぎる! 無駄に浮いてる艦がある!」
「それこそ、いざという時に備えるためだ! 海獣は知らんが、他勢力は何処もアルロー海軍の動静を注視している! 弱点など無いと示威じいする事こそ重要なのだ! 抑止力を維持することがオレの仕事だ!」
「はん! 抑止力など! 今までのアルロー海軍の何処にありましたか? 大使が解読されたバリスタの用途説明に呑まれておるのでは? いつもいつも、維持する維持する、イジス兄! 名は体を表すとはこの事ですな!」
「おー、上手い。さすがだぞ言語理解」
「お前は昔からそうだ! 負けそうになると口が達者になる! もっと戦略眼を磨かんか馬鹿者! 領海全域の制海権を維持せずして国は守れん!」
「それも現場の戦術眼に命を張る者が居てこそでしょうが! 戦略など首長に任せておけばいい! イジス兄が出しゃばるから悪い!」
「首長は何も分かっとらん!」
「アジュメイル批判ですか!」
「アウルムさん、そこに居ますよ?」

 馬鹿デカい声で繰り広げられる舌戦に、さすがのナツでもアウルムの気を逸らすことは出来なかったようだ。微妙な顔でラージュメイル席を見ている。

「「ニイタカ大使はどう思われる!?」」

 似たような鋭い目を血走らせて、唾をピッピッと飛ばしながら顔を近づけてくる。

 海軍がすべてのトティアスで、軍人というのは如何にも船乗りっぽい。

「なんか良くわかりませんけど、とりあえず制空権が無いとダメなんじゃ?」
「「……なぬ?」」
「なんか、良く、わかりませんけど。適当言ってますけど」
「「制くう権……?」」
「そういう言葉を聞いたことがあるだけです。上空からの爆撃に軍艦は無力? 制空権を維持しないと、制海権もられる? だから帝国は飛行魔堰を買い占めてる? なのかな?」
「「…………」」

 五月蠅かった二人を黙らせることに成功したが、異世界のそれっぽい言葉を持ち出してお茶を濁しただけだ。

 リゲートは明朝〇七〇〇時発の駆逐艦で西方管区の海軍基地へトンボ帰りするらしい。

 忙しい身でありながら時間を作り首島まで来てくれたことに礼を言って、ラージュメイル席を離れた。

「ふう……」
「ホヅミ! お疲れさん!」
「ホヅミさんもこっち来て飲も~」
「大使って大変なんですね。僕には無理だ」
「ホヅミ君は早く貴族に慣れるといいが……」

 平民はほとんどビクトリア号の関係者なので、適当に酒を注いで回った。

 やがて夜も更けて二次会が終わると、ジョバンニング夫妻の見送りを受けた参列者たちが自宅やホテルに帰っていき、忙しかった結婚式の一日が終わりを迎える。

 さすがのジョジョもぐったりとして、セーラと二人で居室に引っ込んだ。初夜どころか子作りも済んでいる。今夜はゆっくり休んでもらいたい。

「イザベラさん、お疲れ様」
「あ……ホヅミ様……しー」
「あ……ははっ」

 レクリエーションルームのマットの上では、夕食を食べてからさらに遊んで、泥のように静かな子供たちが雑魚寝していた。

 姉とお揃いのチャイナドレスを着たまま、大の字で眠るソーヤは貴族令嬢ではなく、ただの子供になっていた。

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